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光を求めて  作者: kotupon


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大食漢?!

――カシウム城・別室。

 重厚な扉が静かに閉まった瞬間、室内を満たしていたのは、豪奢な調度品と……完全に場違いな沈黙だった。


「……何で私たち、ここにいるの?」

 最初に正気に戻ったのはアンだった。

きょろきょろと部屋を見回しながら、現実を疑うような声を出す。


「……訳が分からないわ」

 イライザは背筋を伸ばしたまま、微動だにせずにそう呟く。

視線は、明らかに自分の身分とは釣り合わない絨毯の模様に釘付けだ。


「俺たち……今、城の中にいるんだよな?」

 ガンザスはゆっくりと自分の頬をつねった。


「……夢でも見ているのか?」

 ダンドスも同じく、現実逃避気味に天井の装飾を見上げる。


 ――その横で。


「このいす、ふっかふかだよ!」

 ウエンスが全力でソファーにダイブした。


「すげえ~!」

 エバンスは跳ね返るようなクッション性に目を輝かせる。


「この上で寝ると、きもちいいよ~」

 アニーはそう言って、ミライを誘う。


「うん!」

 ミライも当然のようにごろんと横になり、二人でころころ転がり始めた。


「ちょ、ちょっと! 土足……!」

 アンが止めようとするが、声は弱々しい。


「い、いいの……? 壊れたりしない……?」

 イライザは完全にパニックの初期症状だ。


 そこへ――タイミングを見計らったかのように、メイドがすっと現れ、完璧な微笑みで頭を下げた。

「皆様、昼食はまだと伺っております。今しばらくお待ちくださいませ」


「は、はいぃ~!」

 反射的に返事をしたのはカウラスだった。声が裏返り、語尾が妙に伸びる。


「も、申し訳ございません!」

 なぜか深々と頭を下げ謝るマーサ。


「ねえねえ! ここでごはん食べるの?」

「お城のごはんだよね?」

「おっきいお肉出るかな?」

 子どもたちは期待で目を輝かせ、完全に観光気分だった。


「ふわふわ~!」

 ウエンスが再びソファーに飛び込む。

 別室は今日も平和で、カウラス一家の常識だけが、盛大に崩壊していた。



 カシウム城サロン。

 先ほどまで再会の喜びと笑いに満ちていた空気が、少しだけ落ち着きを取り戻し、改まった雰囲気へと移り変わる。


「……初顔合わせの者もいることだし、改めて自己紹介をしようか」

 そう切り出したのはマリウスだった。

場を整える声音でありながら、どこか楽しげでもある。


「シャイン傭兵団団長のシマだ。」

 簡潔で無駄のない挨拶。


 続いてジトー、ロイド、トーマス、オスカーも、それぞれ肩書きと名前を述べる。

いずれも落ち着いた、無難と言えば無難な挨拶だった。


 ――そこまでは。


「モテモテザックだ、よろしくな!エリカのお袋さん!」

 元気よく、場の空気をぶち壊すような声が響く。


「……」

 一瞬の沈黙。


 続けざまに

「人は俺のことを“イケメンフレッド”と呼ぶ。よろしく、エリカのお袋さん」

 誇らしげに胸を張るフレッド。


 シマ、ジトー、ロイド、トーマス、オスカーは一斉に視線を逸らした。

(ああ……始まったな)

 そんな諦観が全員の脳裏をよぎる。


 だが――


「まあ!」

 エリジェは驚いたように目を見開いたかと思うと、すぐに柔らかく笑った。

「本当に、面白い人たちね」


 その反応に、ザックとフレッドは顔を見合わせる。


「私のことは“エリジェ”と呼んでくれたら嬉しいわ」


「了解だ、エリジェ!」

 ためらいも遠慮もなく即答するザック。


「エリジェ、よろしくな!」

 フレッドも当然のように続く。


「ワハハハ!」

 ブランゲルが豪快に笑った。

「こいつらは俺の“飲み友”でな」


「いいわねぇ」

 エリジェは羨ましそうに微笑む。


「だろ?」


「ええ、本当に」


 そのやり取りを見ながら、シマはふと気づく。

 ザックとフレッドがいる時のブランゲルは、侯爵でも英雄でもなく、ただの“男”に戻っているのだと。

 エリジェにとっても、それは嬉しい光景なのだろう。


 場が和んだところで、次に一歩前へ出たのはヤコブだった。

「お初にお目にかかります。エリジェ夫人、デシャン男爵様、マリウス様」

 深く、しかし堅苦しすぎない礼。

「しがない老学者のヤコブと申します」


「あなたが、ヤコブさんですか」

 マリウスの目が、はっきりと輝いた。

「ぜひお会いしたいと思っていました」


「ヤコブは凄いぞ」

 すかさずシマが言う。

「ヤコブの知識に、俺たちは幾度となく助けられてきた」


「お主にはかなわんよ」

 ヤコブは穏やかに笑い、肩をすくめる。


「いや、言葉に重みがあるよな」

 ジトーが腕を組んで頷く。


「今や欠かせない存在だよね」

 ロイドも同意する。


「俺たちも、爺さんに色々教えてもらってるしな」

 フレッドが言えば


「教え方が上手いんだよな、爺さん」

 ザックも続く。


「……あまり持ち上げるでない」

 ヤコブは少し照れたように言い、咳払いを一つ。


 そのとき。

「キュキュッ」

 小さな鳴き声が響いた。


「おっと、悪いな」

 シマが腕の中を見下ろす。

「アル、お前のことも紹介しねえとな」


 皆の視線が、一斉にシマの腕へ集まる。

「新しく家族になった、アルだ」


「キュウ」

 赤い瞳の仔狼が、小さく鳴いて応えた。


「まあ……」

 エリジェが思わず声を漏らす。

「なんて愛らしいの」


 サロンに、また一つ柔らかな空気が広がる。

 身分も立場も越え、名前と笑顔が自然に行き交うその光景は、まるで一つの家族の集いのようだった。


 ――それこそが、シャイン傭兵団がこの場に持ち込んだ、何よりの“力”だった。 



仔狼アルは、気づけばサロンの中心にいた。

 シマの腕から下ろされるや否や、小さな足取りで歩き回り、人の気配を見つけては尻尾を振る。

人懐っこさの塊のような存在だった。


 最初の犠牲者――もとい、栄誉にあずかったのはブランゲルだった。

「キュキュッ」


「お、おい……」

 アルは迷いなくブランゲルの胸に前足をかけ、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始める。

次の瞬間、ぺろりと頬を舐めた。


「はははっ、これこれ、そんなに顔を舐めるでない」

 そう言いながらも、ブランゲルの口元は完全に緩んでいる。

周囲から見れば、威厳ある侯爵家当主はそこにはおらず、ただの犬好き――いや、狼好きの大男だった。


 アルの勢いは止まらない。

 次はジェイソン。驚きの声を上げる間もなく、鼻を押し付けられ、頬を舐められる。

 続いてデシャン、そしてマリウスも同じ運命を辿る。


 その様子を見て、エリジェがくすりと笑う。

 エリジェは優しく抱き上げ、指先で顎の下を撫でる。

アルは満足そうに喉を鳴らし、またぺろりと彼女の指を舐めた。

「ウフフフ……くすぐったいわ、アル」


 サロンはすっかり笑い声に包まれていた。


 そのとき、控えめな足音とともにネリが戻ってくる。

「失礼いたします。昼食の準備が整いました」


「うむ」

 ブランゲルは短く頷き、執事長フーベルトへと目配せをした。

 それだけで十分だった。


 フーベルトが一歩前に出ると、まるで合図を待っていたかのように、使用人やメイドたちが素早く配置につく。椅子が引かれ、卓が整えられ、銀食器が音もなく並べられていく。

その動きに一切の無駄はなく、長年この城を支えてきた熟練の所作だった。


「君たちは、まだ母上が考案した“ワイン煮込みハンバーグ”を食べたことはないだろう?」

 そう切り出したのはジェイソンだった。


「名前だけでも美味しそうですね」

 オスカーが素直な感想を口にする。


「美味しいなんてものじゃないよ。絶品さ」

 ジェイソンは胸を張る。


「もう、この子ったら」

 エリジェはそう言いながらも、どこか誇らしげだ。


「ロイドとフレッドとトーマスから聞いてるぜ」

 ザックが言う。

「めちゃくちゃ美味かったって」


「あれはホントに美味かったな」

 トーマスも深く頷く。


「たくさん用意してあるはずだから、いっぱい食べてね」

 エリジェが微笑む。


「言われなくても!」

 即座に返すジトー。


「驚くぞ、こいつらの大食漢ぶりには」

 ブランゲルは楽しげに笑った。


「楽しみだな、マリウス」

 シマが声をかける。


「うん、どんな味なんだろうね?」

 マリウスは期待に目を輝かせる。


 その背後、サロンの片隅に控えるように立つハインツとキャシーの姿を、フレッドはちらりと見やった。

「せっかくだから、みんな一緒に食おうぜ」

 フレッドの提案に


「うむ、そうだな」

 ブランゲルも即座に同意する。


「ありがとうございます、侯爵様」

 マリウスは深く頭を下げた。


「さすがに同じ卓というわけにはいかんがな」

 ブランゲルはそう付け加え、苦笑する。


 やがて、扉が開き、次々と料理が運び込まれてくる。

 笑いと期待、そして食欲が交錯する中、昼食の時間が始まろうとしていた。


  「お久しぶりでございます、シマ様。シャイン傭兵団の皆様」

 低く落ち着いた声がサロンに響いた。

料理を載せた銀盆を従え、深く一礼したのはカシウム城料理長、ミテラン・タスーだった。

年季の入った料理人特有の佇まいで、眼差しは穏やかだが鋭い。


「俺たちは前にも会ってるけどな」

 気負いなく言ったのはフレッドだ。


 春先、ロイド、フレッド、トーマスの三人はすでに一度このカシウム城を訪れている。

その折に、件のワイン煮込みハンバーグも味わっていた。

だからこそ、彼らの期待はすでに最高潮に達していた。


 席に着くと、飲み物が配られる。


 ブランゲル、マリウス、ロイド、ヤコブ、ネリの前には赤ワイン。

 デシャン、ジトー、ザック、フレッド、トーマスには琥珀色のエール。

 エリジェ、ジェイソン、オスカーには香り高い果実酒。

 シマの前には澄んだ色のジュース。

 そしてアルの小さな器には、温められたミルク。


「では」

 ブランゲルがグラスを掲げる。

「今日という縁と、この食卓に」


 軽く掲げられた杯に続き、全員がそれぞれの飲み物を手に取る。

「乾杯!」

 グラスが触れ合い、柔らかな音がサロンに広がった。


 最初の一口。

 ナイフを入れると、抵抗なく刃が沈む。だが、ふわりと崩れるのではない。

肉はしっかりと形を保ち、切り口からじわりと肉汁が溢れ出す。


「……美味いな」

 最初に口を開いたのはシマだった。

「ただ柔らかいだけじゃねえ。ちゃんと肉の繊維も感じる」


 噛むたびに肉の旨味が広がり、舌の上でほどけていく。


「ソースに深みとコクがある……これは赤ワインを使っているのかな?」

 マリウスは目を細め、味を確かめるように言う。


「外はこんがりと、中はしっかり肉汁が詰まっておるのう」

 ヤコブは感心したように頷いた。


「料理人の腕の高さがうかがえるね」

 ロイドは穏やかに微笑む。


「これは侯爵家ならではの料理だね。赤ワインを使った煮込みハンバーグなんて、そうそう食べられないよ」

 オスカーは率直な感想を述べた。


「食通と呼ばれる連中なら、いくらでも金を出しそうだな」

 ジトーがそう言う。


「な? だから言ったろ。これは忘れられねえ味だって」

 トーマスが誇らしげに胸を張る。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ」

 フレッドがエールを一口飲み干し、皿に向き直る。

「美味けりゃ、素直に『美味い!』って言って食えばいいだけだろ」


「そうだぜ!」

 ザックも笑い、フォークを掲げる。

「見せてやろうぜ、俺たちの底なしの胃袋を!」


「キュウ!」

 足元から元気な声が上がる。


「アルも食う気まんまんだぞ」

 フレッドがそう言って笑うと、アルはしっぽを振りながらミルクの器に顔を突っ込んだ。


 そこから先は、まさに圧巻だった。


 皿が空になればすぐに次が運ばれ、肉とソースが消えていく速度は常識外れ。

エールは次々と注がれ、ワインと果実酒も軽やかに減っていく。


 シマたちは黙々と、しかし楽しげに食べ、飲み、笑う。


 その様子を見ていた者たちは、ただ呆然とするしかなかった。


「……これは」

 エリジェが思わず呟く。

「見ているだけでお腹が減る感じだわ」


 ブランゲルは豪快に笑った。

「だろう? こいつらはこうだ」


 料理人ミテラン・タスーは、その光景を誇らしげに眺めながら、静かに頷いていた。


 良い料理は、人を黙らせる。

 そして、本当に良い料理は、人をここまで夢中にさせる。

 そのことを、誰もがこの昼食で思い知ることになるのだった。

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