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光を求めて  作者: kotupon


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485/532

再会5

 カシウム城サロンは、静謐と格式に満ちていた。


 重厚な調度品。磨き上げられた床。

 そこに控えるのは、ブランゲル侯爵イーサン・デル・ブランゲル、その傍らに寄り添うエリジェ夫人。

 長男ジェイソン、執事長フーベルト、次席執事長ルーファス。

 使用人とメイドたちは壁際に控え、気配を消している。


 さらにデシャン男爵、そして――マリウス・ホルダー。

 マリウスの背後、やや距離を取った位置には側近の一人ハインツ、そして元王家特別監察官キャシーが静かに立っていた。


 そこへ、サロンの扉が開く。


 次の瞬間だった。


「――マリウス!」

 思わず声を上げたのは、シマだった。


「マリウス様!」

 ロイドも、抑えきれない声で続く。


 その名を呼ばれたマリウスは、一瞬きょとんとした顔をした後、次の刹那には表情を崩した。

「……シマ! ロイド!」


 そして一気に声が大きくなる。

「ジトーにザック、フレッド、トーマス、オスカー!みんな、久しぶりだ!」

 その声は、サロンの格式ある空気を一瞬で吹き飛ばした。


 まるで、恋焦がれていた相手と数年ぶりに再会したかのように。

 シマとマリウスは、互いに歩み寄る。


 がっしりと握手を交わし、次の瞬間には互いの肩を力強く叩いた。

「随分と次期領主としての顔になってきたな」


「君にそう言われると嬉しいよ」

 短い言葉に、信頼が滲む。


「ジトー。ザック。元気にやってるみたいだね」

 マリウスは笑いながら、二人にも声をかける。


「当たり前だろ」


「俺たちを誰だと思ってんだ」

 ジトーとザックも歩み寄り、自然と輪ができていく。


 トーマスはミライを抱えたまま、ロイド、フレッド、オスカーは子どもたちの手を引いたまま、マリウスを中心に円を描くように集まり、談笑が始まった。


「……いつからシャイン傭兵団は子連れ傭兵団になったんだい?」

と笑い、シマの腕に抱かれている仔狼に、マリウスがふと目を留めた。

「……その仔は?」


 シマが答えるより早く、ミライが言う。

「あるだよ!」


 シマの腕の中で、アルが「キュキュッ」と小さく鳴いた。


「かわいいでしょ!」とアニー。

「かけっこが得意なんだ!」とエバンス。

「それに、すごいおりこうさんなんだよ!」とウエンス。

 子どもたちは競うように声を重ね、屈託のない笑顔を向ける。


「俺たちの、新しい家族だ」

 そう言うシマに、マリウスは目を細めた。


「へえ……」

 腰を落とし、アルと目線を合わせる。

「私はマリウスだ。よろしくね、アル」


 アルは赤い瞳で見返し、また小さく鳴いた。


「…それにしてもジトー、ザック、トーマス。……前よりさらにでかくなってないかい?」


「変わらねえだろ?」


「いや絶対でかくなってる。シマもロイドも、フレッドにオスカーも」


 口々に返していくシマたち。

 笑い声が重なり、サロンの空気は完全に“彼らのもの”になっていた。


 ――まるで、ブランゲル侯爵たちや、デシャン男爵、カウラス一家の存在を、すっかり忘れてしまったかのように。


 その様子を、ヤコブは少し離れた位置から温かく見つめていた。

 そして、きちんと一礼してブランゲル侯爵へ歩み寄る。

「侯爵様。お久しぶりでございます」


「久しぶりだな、ヤコブ」

 ブランゲルは苦笑を浮かべ、視線を再会に沸く若者たちへ向ける。

「……なあ。あいつら、俺たちのこと忘れてないか?」


「私のこともね……」

 隣で、ジェイソンが小さく肩をすくめた。


「……あの黒髪の子が、シマなのね?」

 エリジェ夫人が、興味深そうに夫に尋ねる。


「ああ、そうだ」


 その様子を、デシャン男爵はただ呆然と見つめていた――驚いていた。

息子マリウスが、これほど饒舌に、これほど満面の笑みで話す姿を、彼はほとんど見たことがなかった。いつもは貴公子然とし、感情を抑え、自らを厳しく律するマリウス。


 それが今はどうだ。

 立場も、爵位も、周囲の視線も関係なく、ただ「友」として語り合っている。

 しかも、侯爵家の当主夫妻が目の前にいるというのに。


 サロンには、確かに格式はあった。

 だがその中心で、懐かしい熱と人間らしい笑顔が、確かに息づいていた。



 ――ウォッホン。

 やけに芝居がかった咳払いが、和やかに弛みきったサロンの空気を揺らした。

 音の主は言うまでもなく、ブランゲル侯爵である。


 その視線に気づいたシマは、肩をすくめて苦笑した。

「悪い悪い。マリウスに会えたのが嬉しくてな」


 その一言に、今度はマリウスがはっと我に返る。

 背筋を正し、侯爵夫妻とジェイソンの前に向き直ると、丁寧に頭を下げた。

「侯爵夫妻、そしてジェイソン様。御無礼をいたしました」


「なに、構わん」

 ブランゲル侯爵は片手を振って制し、それからわざとらしく眉をひそめる。

「……で、だ。シマ。俺に会えて嬉しくはないのか?」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、それをぶち壊したのはフレッドだった。

「何だ? ブランゲル、妬いてんのか?」


「いい年したおっさんが妬くとか、キショいぜ」

 ザックが平然と追撃する。


 あまりに遠慮のない言葉に、ハインツとキャシーは目を見開き、思わず互いの顔を見た。

 マリウスも一瞬、言葉を失う。

 だがエリジェ夫人は「まあ!」と口に手を当てつつ、その瞳はどこか楽しげだった。


 場の空気に慣れていないのは、カウラス一家だけである。

彼らはただ、何が起きているのか理解できず、硬直したまま立ち尽くしていた。


「妬いてなどおらんわッ!」

 ブランゲル侯爵が声を張り上げる。


「少しだけ忘れてただけだ」

 悪気なくそう言ったのはジトーだった。


「忘れてたんかいッ!」

 即座に飛んだブランゲルの鋭いツッコミに、サロンは一斉に笑いに包まれる。

 重厚な石壁に、遠慮のない笑い声が反響した。


 だが、その輪の外で、カウラス一家だけは依然として心ここにあらずといった様子だった。

 視線は泳ぎ、手足の置き場も定まらない。


 それに気づいたのは、トーマスだった。

「ワハハ…ハ…ブランゲル悪いが、俺の家族なんだ。別室を用意してくれないか?」

 笑顔のまま、だが真剣な声音でそう頼む。


「……私も、シマ様たちに会えて少々浮かれていたようです」

 ネリが一歩進み出て、深く頭を下げた。

「私の失態です。こちらへご案内いたします」


「ネリの後ろについていくんだぞ」

 トーマスの言葉に


「はーい!」

アニー、エバンス、ウエンス、ミライが揃って元気よく返事をする。

カウラスとマーサ、兄たち夫婦は、言葉こそ発さないものの、何度も何度も首を縦に振った。


 やがて一家はネリに導かれ、静かにサロンを後にした。


 扉が閉まると、ロイドが小さく息を吐く。

「僕たちも、配慮が足りなかったね」


「そうだな……俺も、ブランゲルたちに会えると思って浮足立ってたのかもな」

 シマはそう言って、場を和ませるように笑った。


 その言葉を聞いて、ブランゲル侯爵は満足げに口元を緩める。


「……チョロくね?」

 フレッドの小声が、しっかり聞こえる。


「声が大きいよ」

 オスカーが慌ててたしなめる。


「ブランゲルも案外単純だな」

 ザックの呟きに


(お前がそれを言うかッ?!)

 シマをはじめ、何人もの心の声が見事に一致した。


 再び笑いが起こるサロン。

その中心で、友情と信頼、そして遠慮のないやり取りが、確かな絆としてそこにあった。



 サロンのざわめきが一段落したところで、一人の男が静かに歩み出た。

「シマ……初めて会うな。デシャン・ド・ホルダーだ」

 低く、腹の底から響く声だった。がっしりとした体躯。

年輪を刻んだ身体には無駄がなく、戦場を幾度もくぐり抜けてきた者特有の重みがある。

右頬を斜めに横切る古い剣傷は、隠そうともしないままそこにあり、むしろ誇りのように刻まれていた。その奥の眼差しには、揺るがぬ意志と、決して折れぬ芯が宿っている。


「お前に救われた命だ。必ず恩は返す」

 言葉は短いが、重い。

誓いに近いその声音に、サロンの空気がわずかに引き締まった。


 シマは一瞬、デシャンの全身を見渡し、それから軽く笑った。

「何かあった時は、頼りにさせてもらいますよ……身体の方も、だいぶ戻ってきたみたいですね」

 探るようでもあり、気遣うようでもある言葉だった。


「俺に敬語はいらん」

 デシャンは即座に言った。

「ザックとフレッドにも、そう言ってある」


「普通にデシャンって呼んでるぞ」

 フレッドがさらりと言うと、ザックも無言でうんうんと頷く。


 デシャンはそれを一瞥し、鼻で笑った。

「身体の方はな……まだ全盛期には程遠い。だが、取り戻してみせる」

 その言葉に、虚勢はなかった。

できるかどうかではなく——すでに答えは決まっている者の口調だった。


「……デシャン」

 シマは一歩踏み出し、苦笑を浮かべる。

「取り戻すのはいいが、その前に領主だろ。政務をしっかりやらねえと」


 その瞬間、場の空気がわずかに緩んだ。


「政務か?」

 デシャンは肩をすくめる。

「今やマリウスに丸投げ状態だ。俺は忙しいのだ」


 堂々と言い切るその態度に、何人かが思わず目を瞬かせる。


「……父上は、こういう人だから」

 マリウスが小さくため息をつきながら言う。

 だが、その口調に本気の不満はない。


 そこに、ブランゲル侯爵が口を挟んだ。

「だがな、シマ。デシャンは不器用ながらも、実直に領地を運営しておった。今やマリウスに任せられると思っているからこそ、だろう」

 長年の付き合いだからこそわかる評価だった。


「ああ……わかる」

 シマは頷き、マリウスに視線を向ける。

「いい面になったろ?」


「うむ。見違えたぞ」

 ブランゲルの言葉に、マリウスはわずかに照れたように目を伏せる。


「私も久々に会ってびっくりしたよ」

 ジェイソンが微笑みながら続ける。

「……君たちの影響かな?」


「そうだ、俺のおかげだ」

 ザックが胸を張って言い放つ。


(いやいや、それだけは絶対にない!)

 その場にいたほぼ全員の心の声が、完璧に一致した。


「お前が何をしたってんだよ?!」

 トーマスが即座に突っ込む。


「いやはや、実にザックらしいのう」

 ヤコブが苦笑しながら言うと、再びサロンに笑いが広がった。


 その輪の中心で、デシャンは腕を組み、静かにその様子を眺めていた。

 騒がしくも、温かい。

己が守ってきたもの、そして次代へ託したものが、確かにここにある――そう確信するような、わずかな満足が、その鋭い眼差しの奥に宿っていた。



  ――シマ。

 呼ばれたその声に、シマは一瞬だけ目を見開いた。

 聞き間違えるはずがない。あまりにも馴染み深く、胸の奥にすっと入り込んでくる声音。

 だが、次の瞬間に理解する。

(……いや、違う)


 そこに立っていたのはエリカではない。けれど、確かに“同じ”だった。


 艶のある髪の色、光を受けて柔らかく揺れる瞳の色、声の抑揚――そのすべてに、エリジェ夫人の遺伝子が確かに、エリカへと受け継がれているものだった。


「私も、あなたに救われたわ」

 エリジェは穏やかに、だが真っ直ぐにシマを見つめて言った。

「この命、大切にするわ」


 一切の芝居気はない。感謝と覚悟が混ざった、静かな宣言だった。


 シマは少しだけ表情を緩め、肩をすくめる。

「ああ、そうしてくれ。エリカの悲しむ顔なんざ、見たくないからな」


 その言葉に、場の空気がわずかに和らぐ。


「……俺たちは……」

 何か言いかけたブランゲルだったが、途中で言葉を切る。


「フフッ……」

 それを察したように、エリジェが柔らかく笑った。

「それだけ、エリカのことを気にかけてくれているってことかしら?」


「さてな?」

 シマは視線を逸らし、答えを濁す。

その態度が、かえって肯定に近いことを物語っていた。


「エリカはいま、グレイス・ルネ劇場に行っているよ」

 ジェイソンが場を整えるように言う。

「エリクソンは軍務中だね」


「……そうか」

 シマは短く頷いた。


「それから」

 ブランゲルが腕を組み、少しだけ誇らしげに言う。

「エリカのシャイン傭兵団入団を、許可した」


「ほ~……」

 フレッドが面白そうに口角を上げる。

「説得されたのか? それとも実力で?」


「実力だ」

 ブランゲルは即答した。

「我が娘ながら、恐れ入ったぞ」


「へえ……」

 オスカーが感心したように息を漏らす。

「ブランゲル様にそこまで言わせるとは、エリカさん、相当頑張ったんですね」


「頑張った、などという生易しい話ではない」

 ブランゲルは苦笑し、はっきりと言った。

「俺の負けだ」


 その言葉に、シマたちは思わず目を瞬かせる。


「あいつ、そんなに強かったっけ?」

 ザックが首を傾げる。


「いつも言っておるじゃろう?」

 ヤコブが穏やかにたしなめる。

「お主たちの基準で考えるでない、と」


「まったくその通りだね」

 マリウスが苦笑しながら続けた。

「シマたちは、そこのところ、もっと自覚してほしいね。いろんな意味で」


 含みを持たせたその言葉に、シマたちは顔を見合わせ、どこか居心地悪そうに肩をすくめた。

 彼らにとって“普通”であることが、世間では“規格外”なのだという事実。

 

 シマは小さく息を吐き、心の中でだけ呟いた。

(……まったく、無茶しやがって)

 だが、その声色には、確かな誇らしさが滲んでいた。

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