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光を求めて  作者: kotupon


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再会

城塞都市カシウム。

その名が示す通り、都市はまず「壁」で人を圧倒する。

高い城壁は、幾重にも積まれた石と、要所を補強する鉄によって固められ、長い年月と戦の記憶をそのまま刻み込んでいた。正面に構える城門もまた同様で、分厚い扉には鉄の帯が幾本も打ち込まれ、閉ざされたときの威圧感は、外敵に「ここから先は通さぬ」と無言で告げている。


だが、その堅牢さのすぐ足元には、別の顔があった。

城壁に張り付くようにして、簡易な住居が無秩序に立ち並んでいる。テント、朽ちかけた木の枠組みに布を被せただけの掘っ立て小屋、拾い集めた板を継ぎ接ぎしただけの家――それらはまるで、城壁に寄生するかのように広がり、小さな町を形成していた。


税を払えず城内に住めなくなった庶民。

職を求めて流れ着いた流民。

戦争や飢饉から逃げ延び、行き場を失った者たち。


ノルダラン連邦共和国との国境地帯に位置するこの地は、カルバド帝国が幾度となく侵攻してきた最前線でもある。

そのたびにカシウム領軍、そしてアンヘル王国軍がこれを迎え撃ち、血と鉄で押し返してきた。

とりわけ、この地を治めるブランゲル侯爵家の威光と軍事力、そして数々の奮闘なくして、今のアンヘル王国は成り立たなかった――そう語られるのも、決して誇張ではない。


城塞都市の内側は、外の混沌とは対照的だった。

整えられた街路、石造りの建物、兵の巡回。

人々は多く、活気があり、王都に次ぐ王国民を抱える都市としての顔を確かに見せている。


その一角、アパパ宿。

旅人や商人、そして今は特別な客人たちを迎え入れているその宿の一室で、静かに、しかし重たい時間が流れていた。


リズは、部屋の中央に立っていた。

向かいには、九年ぶりに顔を合わせる家族――父ベン、母ヘラ、姉リタ、兄テオ。


王都から城塞都市まで、十日間に及ぶ旅路。

クリフたち一行は、ブランゲル侯爵家、ホルダー男爵家、そしてオスカーの両親オイゲンとカタリーナ、リズの家族、さらに王都のスラムに暮らす孤児や住人たちを引き連れ、この地へとやって来た。

一方で、チョウコ町からは、リズやサーシャをはじめとするシャイン傭兵団の幹部とその家族、ジョワイユーズ隊が、二日前にはすでに到着している。


チョウコ町に残された者たち――スタインウェイ、移住組、カイセイ族、そしてどうしても抜けられない者たち。動物の世話や炊事班を支える者たちの中に、キョウカの姿もあった。

彼女は日々鉄を打ち、そのたびに己の技術が高まっていくのを実感し、楽しさを隠そうともしていない。時折「鉄の声」がはっきりと聞こえるようになり、それがまた彼女を打ち場へと駆り立てていた。


――だが、今ここにある問題は、リズとその家族だ。


父ベンと母ヘラ。

かつて、生活に追い詰められ、末娘であるリズを奴隷商に売った二人。

その後悔と懺悔は、年月を経てもなお、重く胸に沈殿している。


当時十歳か、十一歳ほどだった姉リタ。その下の長男テオ。

二人は何も出来ず、泣き叫ぶことすら許されず、連れて行かれる末娘の背を見送るしかなかった。

その負い目は、成長と共に、言葉に出来ない形で積み重なってきた。


そして今、彼らの前に立つリズは――あまりにも変わっていた。


深淵の森での生活、ブラウンクラウンの影響。

成長促進を含むそれは、彼女を美しく、そして強く育て上げていた。

背丈はテオには及ばないものの、父母や姉よりも高く、姿勢はまっすぐで、眼差しには怯えよりも落ち着きが宿っている。


「……リズ……」

最初に声を絞り出したのは、母ヘラだった。

その声は震え、言葉の続きを見失ったまま、唇だけが動く。


「大きく……なったな……」

父ベンはそれだけを言い、拳を握り締めて俯いた。


姉リタは目に涙を浮かべながら、しかし一歩も近づけずに立ち尽くしている。

テオは、妹の成長をどう受け止めればいいのか分からないという顔で、ただ黙っていた。


再会の喜び。

だが、それだけでは済まない。


負い目。後悔。少しの気恥ずかしさ。

そして、九年という時間が作り出した距離。


言葉にしきれない思いが、部屋の空気を張り詰めさせていた。


リズは、そんな家族を見回し、ゆっくりと息を吸った。

胸の奥で絡まっていた感情を、一つずつほどくように。


ここに至るまで、彼女は多くを経験してきた。

痛みも、怒りも、温もりも。

そして今、ようやく――向き合う時が来たのだと、静かに理解していた。


城塞都市カシウムの堅牢な壁の内側で。

過去と現在が、避けられぬ形で、静かに交差していた。



静まり返ったアパパ宿の一室に、リズの声が落ちた。

それは震えてはいなかった。けれど、深く、胸の奥から絞り出された声だった。

「……お父さん、お母さん……お姉ちゃん、お兄ちゃん……生きててくれて、ありがとう……」


その言葉に、四人の肩が一斉に揺れた。


「生活……大変だったみたいね。ケイトから……大体の事情は聞いたわ」

責める響きは、どこにもなかった。

ただ、現実を受け止めるような、静かな労わりだけがそこにあった。


耐えきれなくなったように、父ベンが一歩前へ出る。

そして、床に膝をついた。

「……す、済まなかった……!」

嗚咽交じりの声が、部屋に響く。

「……苦しかったとはいえ……お前を売ろうと言い出したのは……俺だ……!」

その背中は、九年という時間の重さをすべて背負ったかのように小さく見えた。


「……賛同した私も……同罪だわ……」

母ヘラもまた、膝を折り、顔を覆う。

指の隙間から零れ落ちる涙が、床を濡らす。


「止められなかった私も……! 何も出来なかった……!」

姉リタは声を上げて泣き、震える手で胸を押さえた。

自分の無力さを、九年間ずっと噛み締めてきたのだ。


「……お前がいなくなってから……家の中は……葬式みたいだった……」

兄テオの声は低く、掠れていた。

「お前の……明るさが……歌や踊りが……なくなって……」

言葉が途切れ、唇が震える。


「……いなくなって、初めて分かったの……」

リタが涙で濡れた目で、リズを見る。

「……あなたの存在が……どれだけ大きかったか……」


その言葉を受けて、リズはそっと首を振った。

「私……家の仕事も手伝わないで……歌や踊りばかりしてたから……」

自嘲するように、しかしどこか穏やかな声音で続ける。

「……売られても……仕方なかったわ……」


「違うッ!!」

ベンが叫んだ。

「悪いのは俺だ!! 金を借りた……俺のせいだ!!」


「……よく理解もせず……安易に借りた……私たちのせいよ……」

ヘラの声は、ほとんど囁きだった。


そのすべてを聞き終えてから、リズは一歩、前へ出た。

家族一人ひとりの顔を、ゆっくりと見渡す。

そして、微笑んだ。


それは、かつて家で歌い踊っていた少女の面影を残した、

けれど、確かに強さを宿した微笑みだった。

「……お父さん、お母さん……思うところも、たくさんあると思う……」


一拍置き、リズは胸に手を当てる。

「でもね……私……売られて、よかったわ……」


四人が、息を呑む。


「……素敵な家族が、できたの……」

その声は、はっきりとしていた。

「……かけがえのない……家族が……!」


涙を浮かべながらも、リズは続ける。

「売られていなかったら……ロイドに会うことも……シマたち、皆に会うことも……なかった……」


記憶の中に浮かぶ、家族たちの顔。

厳しくて、優しくて、温かい日々。


「……きっと……神様は……こうなることが……分かってたのかも……」

そう言って、リズは優しく微笑んだ。


その瞬間、ベンは声を上げて泣いた。

謝罪の言葉を、何度も何度も繰り返しながら。


ヘラは泣き崩れ、床に手をつき、嗚咽を漏らす。


「……お姉ちゃんを……許して……!」

リタは泣きながら、リズに縋りつく。


「……守れなかった……守れなかったんだ……」

テオもまた、拳を握り締め、涙を堪えることなく流した。


そして――リズもまた、涙を溢れさせた。

言葉ではもう追いつかず、誰からともなく、互いに手を伸ばす。


抱き合った瞬間、堰を切ったように嗚咽が漏れた。


九年間、胸の奥に積もり続けた後悔。

懺悔。罪悪感。そして、言えなかった想い。

それらすべてを洗い流すかのように、涙は止まらなかった。


城塞都市カシウムの一室で、失われた時間を取り戻すことは出来ない。

けれど――彼らはようやく、同じ痛みと想いを抱えた「家族」として、再び、ひとつになっていた。



どれほどの時間、泣き続けていたのだろう。

声が枯れ、胸が痛み、涙はもう出ないと思っても、なお頬を伝って落ちてくる。

九年分の後悔と懺悔、喪失と再会の感情は、そう簡単に収まるものではなかった。


やがて、嗚咽が少しずつ静まり、呼吸が落ち着いてきたころ――

リズが、ぽつりと口を開いた。

「……私……」


その声は小さかったが、はっきりと部屋に届いた。

「……私たち、この都市にある《グレイス・ルネ劇場》で……公演することになってるの……」


ベンとヘラ、リタとテオは、一瞬、言葉を失ったままリズを見つめた。


「……お父さん、お母さん……」

リズは涙で濡れた目を拭い、静かに微笑む。

「……あなたの娘の、歌や踊りは……認められたの……」

一呼吸置いて、胸を張る。

「……誇って」


意味が理解できず、四人はきょとんとした顔で互いを見やった。


「……え……? どういうこと……?」

最初に声を発したのは、リタだった。


リズはゆっくりと説明する。

「私たち……一度、この都市で公演したことがあるの…エリジェ様が見てみたいって……」


「……エリジェ様……?」


「うん。ブランゲル様の奥様よ」


その名を聞いた瞬間、ベンの目が見開かれた。

「……ブランゲル様って……あの人……あのお方だろ……?」

信じられない、という表情で呟く。

「旅の途中で……何度か酒を飲み交わしたことがある……気さくなお方だった……」

少し笑い、すぐに苦笑へ変わる。

「……もっとも……シャイン傭兵団が一緒じゃなきゃ……俺たちなんか……相手にもされないだろうがな……」


「ふふ……」

そこで、リタがくすっと笑った。

「……そういえばテオ……」

ちらりと弟を見る。

「王都では……何故かザックとフレッドに気に入られて……娼館通いしてたのよ……」


「……それ、今言うことか!?」

テオが慌てて声を上げ、顔を赤くする。


「フフッ…ザックとフレッドは自由奔放だから……」

リズは、柔らかく微笑んだ。そして、はっきりと言い切る。

「……あの二人も……私の大切な家族なのよ」


その言葉に、母ヘラが不安そうに眉を寄せた。

「……リズ……あなた……シャイン傭兵団の一員なのよね……?」


「ええ」


「……危なくないの……?」


しばしの沈黙。


だが、リズは迷わなかった。

「……危険なことも……あるわ……」

それでも、視線を逸らさずに続ける。

「……だけど……シャイン傭兵団の“家族”のためなら……命も惜しくない……」

きっぱりとした声だった。

「……それに……私……こう見えても……強いのよ?」


その一言に、場の空気が一瞬、固まる。


「……フレッド……」

ベンがぽつりと呟いた。

「あの男は……確かに……無敵だった……」


「……ケイトさんも……凄かったわね……!」

ヘラが思い出すように言う。


「……もしかして……だけど……」

リタが恐る恐る尋ねる。

「……リズも……同じくらい……?」

自分でも信じていないような問いだった。


「……う~ん……」

リズは首を傾げ、少し考えてから。

「……同じくらい……じゃない?」


沈黙。


「……いやいや……」

ベンが絶句する。

「……有り得ないだろ……」


誰もが、同じ光景を思い浮かべていた。

傍若無人。堂々。悪びれることすらない態度。世の常識も恐怖も、どこ吹く風。


裏社会の荒くれ者たちが、頭を下げ、萎縮する。


そして――フレッドが剣を抜き、ファイブの首を斬り飛ばす、その一歩手前。

常人には見えない一瞬の動きで、ショートソードを滑り込ませ、止めたケイト。


「……あれと……同じ……?」

想像が、追いつかない。

そんな“異常”と呼ぶしかない存在たちと――

目の前にいる、かつて歌と踊りが好きだった末娘が、並び立つ。


静まり返っていた部屋の空気を、控えめなノックの音が震わせた。

――コン、コン。


その音に、誰もが一瞬だけ息を止める。

泣き腫らした目、絡まった感情、まだ言葉にならない思い。

そのすべてを抱えたまま、リズはゆっくりと立ち上がり、扉へ向かった。


扉を開けた瞬間、そこに立っていたのはサーシャだった。


「……」


言葉よりも先に、サーシャは一歩踏み込み、リズの顔を見つめる。

涙で赤くなった目、濡れた頬、崩れた表情。


「……綺麗な顔が台無しよ」

そう言いながら、サーシャは布と水甕を差し出した。

叱るでもなく、慰めるでもない。

それでも、その声には確かな優しさが滲んでいた。

「ほら。まずは顔を拭きなさい」


その背後から、次々と人影が現れる。


「料理、持ってきたわよ!」

明るく声を張り上げたのはメグだった。

大きな籠を抱え、湯気の立つ皿をいくつも覗かせている。


「お酒もあるわよ!」

ケイトが軽く樽を持ち上げて見せる。

その笑顔はいつも通り豪胆で、けれどどこか柔らかい。


「今日は……いっぱい語り合いなさい」

ノエルは穏やかな声でそう言い、そっと部屋の中を見渡した。

泣き疲れた家族の顔、寄り添うように座る姿を見て、静かに頷く。


「この部屋には……誰も入れさせないわ」

ミーナは扉の外を一瞥し、短く、しかし断言するように告げた。

その言葉は、まるで“守る”という意志そのものだった。


最後に、エイラが一歩前に出る。

「……焦らなくていいわ」

低く、落ち着いた声。

「埋めるのには時間がかかる傷もある。でもね……一晩で埋めなくていいの」

視線をリズへ向け、静かに微笑む。

「ゆっくりでいい。一つずつ、言葉にして、思い出して、許して……そうやって、埋めていけばいいのよ」


リズは、その場で立ち尽くしていた。

喉が詰まり、胸が熱くなり、言葉がすぐには出てこない。

それでも、やっとの思いで、小さく、確かに口を開いた。

「……ありがとう……」

その一言に、すべてが詰まっていた。

救われたことも、支えられていることも、独りではないことも。


サーシャが肩をすくめる。

「礼なんていらないわ。リズは、私たちの家族でしょう」


料理が並べられ、酒が注がれ、再び涙がこぼれる。

笑いと嗚咽が入り混じり、過去と現在が交差する。


謝罪があり、思い出があり、沈黙があり、それでも誰も、席を立とうとはしなかった。

この日、この夜――この部屋の灯りが消えることは、なかった。


それは、単なる明かりではない。

九年分の後悔を照らし、失われた時間を温め、そしてこれから続く“家族”の時間を、静かに照らし続ける光だった。

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― 新着の感想 ―
シリアスな場面でも「アパパ宿」の文字が出てくる度にじわじわくる。(笑) アパパ宿は癒し。(^v^)
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