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光を求めて  作者: kotupon


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474/532

巡り合わせ

夕刻、街道から少し外れた緩やかな窪地に、踏み固められた土と焚き火跡が残る一角があった。

風を避け、荷馬車を寄せやすく、水場も遠くない。 

旅人や行商人、商隊が何度も利用してきたのだろう、草は円を描くように倒れ、杭を打った痕もいくつか残っている。


「ここだな。」

シマの一声で馬車が止まり、一行は手際よく動き始めた。


まず馬の世話に向かったのはロイドとフレッドだった。

手綱を外し、馬を落ち着かせ、飼い葉袋を用意する。

水袋を引きずってきたのはウエンスとエバンスだ。


「こぼすなよー。」

フレッドが声をかける。


「わかってる!」とウエンスが胸を張る。


エバンスは馬の首を撫でながら、目を輝かせて言った。

「ねえ、フレッド……ぼく、馬に乗ってみたい。」


「僕も!」

ウエンスもすぐに続く。


フレッドは一瞬考え、ロイドを振り返った。

「明日、少しだけならいいよな? 横についてりゃ大丈夫だよな?」


「そうだね。」

ロイドは微笑みながら、馬の様子を確かめる。

「ガーベラたちは賢いから。歩かせるだけなら問題ないよ。」


「……お前、馬の名前覚えてんのかよ。」

フレッドは感心半分、呆れ半分で言った。

「っていうか、みんな似たようにしか見えねえんだけど。」


「全然違うよ。」

ロイドは即座に否定する。

「それだから君たちは嫌われるんじゃないかな。」


フレッドが首を傾げる。

「ちゃんと世話してんのに何でだ?」


ロイドは答えず、馬の鼻先を軽く撫でた。

その様子を見て、ウエンスとエバンスが笑う。


――ザック、フレッド、そしてここにはいないがクリフ。

なぜか揃って馬に嫌われる面々である。


一方、少し離れた場所では、オスカーが組み立て式テントを広げていた。

ものの数分で一張り目が立ち上がる。

続けて二張り目も同様に完成した。


「……おお……。」

思わず声を漏らしたのはカウラスだった。

ガンザスもダンドスも、目を丸くしてテントを見上げている。


「巷では……こんな便利なものがあるのか……。」

カウラスは感心したように言った。


そこへ馬車の点検を終えたトーマスが口を挟む。

「親父、これはまだ世に出てねえ代物だよ。」


「まだ改良の余地があるからね。」

オスカーが苦笑する。


「馬車の点検は終わったぜ。異常なしだ、オスカー。」

ジトーが報告する。


ガンザスは腕を組み、唸るように言った。

「なぁ、トーマス……俺は学がねえからよくわからねえが……これって凄いことなんじゃねえか?」


「これが世に出たら、バカ売れだろ?」

ダンドスも続く。


「まだまだ未完成だから、売りに出すつもりはないよ。」

オスカーは静かに答えた。

「それに、これを作れるのが僕一人ってのも問題だ。」


「だよな。」

トーマスが頷く。


「……へえ……。」

ガンザスは改めて一行を見渡した。

「お前たちって、ほんと何者なんだ?」


「家を建てて、公衆浴場を作って……学もある。」

ダンドスがぽつりと言う。


「……今や名も馳せているシャイン傭兵団……。」

カウラスが低く呟いた。


「ただの傭兵団であり、商会さ。」

トーマスは焚き火の方を見やる。

「……あいつを中心としたな。」


そこには、夕飯の支度をするシマの姿があった。

鍋を火にかけ、手際よく具材を刻む。

その周りではザックとヤコブにマーサ、アン、イライザが野菜やパンの準備をしている。

「キュキュッ」と鳴いては皆の足元をすり抜けていくアルフォンス。


「それ、こっちお願いね!」

アンの声に、「はーい!」とアニーとミライが元気よく返事をし、小さな手でできる範囲の仕事を手伝う。


夕暮れが深まり、空は橙から紫へと移ろっていく。

焚き火の火が揺れ、鍋から立ちのぼる湯気が、冷え始めた空気に溶けていった。


旅の途中の、名もない野営地。

だがそこには、確かな温もりと、人の営みがあった。



焚き火の周りに腰を下ろすと、日が落ちた後の空気が一段と冷えているのがわかる。

初秋とはいえ、草原の夜はもう冬の匂いを孕み始めていた。


夕飯は簡素だ。

大鍋で煮たスープと、切り分けた黒パン。

だが、旅の途中で火を囲み、温かいものを口にできるだけで、誰も文句は言わない。


――そのはず、だった。


「じゃじゃーん!」

唐突に、場の空気を切り裂くような声が響いた。

シマが立ち上がり、両手で小さな鍋を掲げている。

中では、とろりと黄金色の液体が揺れていた。


「……なんだそれ?」

眉をひそめたのはジトーだ。


「チーズフォンデュだ!」

シマは胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔で言い切った。


「ふむ……新しい料理じゃな……」

ヤコブは顎ひげを撫でながら鍋を覗き込む。

「チーズが……溶けておるのか?」


「料理ってほどじゃねえだろ?」

ザックが腕を組んで言う。


「まあまあ待てよ。」

フレッドが口を挟む。

「こいつがここまでドヤ顔で言うくらいなんだ。かなり美味いはずだぜ。で?どうやって食うんだ?」


「簡単だ。」

シマはパンを一切れ手に取った。

「パンをちぎって、フォークに刺して……こうして絡ませるだけだ。」


糸を引くように、溶けたチーズがパンにまとわりつく。

その様子に、子供たちが「おお……」と声を漏らす。


「……チーズはすぐ固まる。」

シマは焚き火を見やりながら続けた。

「小さな竃を作った方がいいな。」


「了解。」

オスカーはすぐに動いた。

石を円形に積み、牛糞燃料をくべ、簡易的な竃をあっという間に組み上げる。

鍋はそこに据えられ、再びチーズがなめらかに溶け始めた。


「……じゃ、いくぞ。」

最初に口に運んだのはフレッドだった。


「――うっひょぉ~!!」

思わず立ち上がりそうな勢いで叫ぶ。

「美味ッ!!」


「これはいいのう~!」

続いてヤコブ。

「簡単に作れて、しかもこの旨さ……!」


「何で!? 何で!?」

イライザが目を丸くする。

「なんでこれだけで、こんなに美味しいの!?」


「信じられないほど美味しいわ……。」

アンも感嘆の声を上げる。


「俺がこいつに教えてやったんだ。」

ザックが胸を張る。


「嘘つけッ!!」

すかさずジトーが突っ込む。

「さっき料理ってほどじゃねえって言ってたじゃねえか!」


「キュンキュン!」

まるで“その通り”と同意するかのように、アルが鳴く。


焚き火の周りは一気に笑いに包まれた。

子供たちもパンを小さくちぎり、恐る恐るチーズに絡めて口に運ぶ。


「おいしい!」

「もっと!」

「パンなくなるよ!」


小さな手が次々に伸び、鍋の周りはたちまち賑やかになる。


「シマ……。」

オスカーが真剣な顔で言った。

「これ、新しい商材になるんじゃないかな?」


「どうかなあ……。」

ロイドが首を傾げる。

「作り方は簡単だし……。」


「……ただ、発想がなかっただけで……。」

トーマスが苦笑する。


「ふむう……。」

ヤコブは改めて鍋を見つめる。

「これはあれじゃな……リュカ村の特産品のチーズじゃから、余計に美味いのでは?」


「ご名答だ。」

シマは頷いた。

「普通のチーズでもできるだろうが、これだけコクがあって濃厚なチーズフォンデュは無理だろう。」


「……リュカ村の名物になるな。」

トーマスが言う。

「広めてもいいか?」


「いいんじゃね?」

フレッドが即答する。

「エイラたちだって、そこまではうるさく言わねえだろ?」


「リュカ村のチーズがあってこそ、というわけだね。」

オスカーも納得したように言う。


「帰ったら、みんなに教えなきゃ!」

アンが楽しそうに言った。


「……広まってるかもな。」

シマは少し照れたように言う。

「昨夜、ネオたちに教えたから。」


「マルクたちへの置き土産ってわけだな?」

ジトーが笑う。


「ああ。」

シマは静かに頷いた。

「そういう楽しみがねえとな……一冬、リュカ村で過ごしてもらうんだから。」


「だな。」

ザックが焚き火を見つめながら言う。


草原の夜。

簡素な夕飯のはずが、いつの間にか、鍋一つで心まで温まる宴に変わっていた。

焚き火の火は揺れ、溶けたチーズの香りと笑い声が、静かな夜に溶け込んでいく。


それはきっと、リュカ村に残る小さな“味”の始まりだった。



いつの間にか、馬車に積まれていたエール樽が降ろされていた。

焚き火の赤い光の中、木製の杯が回り始め、気づけば簡素な夕飯はすっかり“酒盛り”へと姿を変えている。


「おいおい……明日の分も残しておけよ?」

 そうやんわり釘を刺したのはシマだったが、その声は早々にかき消された。


「明日は明日の風が吹くってやつだ!」

「そうそう、今飲まなくていつ飲むのよ!」


 ザックとフレッドが肩を組んで笑い、アンとイライザも杯を掲げて同調する。

大喰らいで大酒のみ――それがシャイン傭兵団の平常運転だ。

ちょっとやそっとの酒量で満足する連中ではない。


「ほらほら、次いくぞ次!」

「おせえぞフレッド、もう空だ!」

 ザック、フレッド、ジトー、トーマスの杯は底が見える暇もなく満たされていく。


対照的に、ロイドは無駄口も叩かず、静かに、しかし確実に杯を空けていく。

何気に酒豪――。


「……こういう場で飲むのは、悪くないですね」

 最近になって酒を覚えたオスカーは、少し照れたようにそう言いながら、ゆっくりと口をつけていた。


ヤコブはと言えば、エールには手を出さず、どこからか出てきたワインを楽しんでいる。

「やはり、ワシはこれじゃな……」


 下戸のシマはといえば、最初から杯を手に取らない。


アンとイライザが飲むたびに、義母であるマーサがぴしりと視線を飛ばす。

「アン、イライザ、ほどほどにしなさい」

「はーい……」

「わかってますって……たぶん」


 口ではそう言いながら、二人の杯はしっかり空になる。

カウラス、ガンザス、ダンドスもその様子を見て苦笑いしつつ、酒と料理を楽しんでいた。


 そんな大人たちの様子を、焚き火の反対側からじっと見上げていたアニーが、ふと首を傾げる。

「だんちょーは、お酒飲まないの?」


 その問いに、間髪入れずザックが噴き出す。

「こいつはお子様だからな! ワハハ!」


「うるせーよ!」

 シマは即座に言い返し、むっとした顔で腕を組む。

「俺はジュースの方がいいんだ」


「僕も!」

「私も!」

子供たちが声をそろえる。


アルも「キュキュッ」と鳴いて、まるで賛同するように尻尾を揺らした。


「よし、じゃあ俺たちはジュースで乾杯だ」

 そう言ってシマは木杯を掲げる。

子供たちも真似をして杯を上げ、アルも前足をちょこんと前に出す。


 焚き火を囲む輪は、酒の匂いと笑い声に満ちていた。

野外での食事と宴は、屋内とは違う開放感があり、子供たちもどこかいつも以上にはしゃいでいる。

笑って、喋って、走り回って――やがて、その動きが少しずつ鈍くなっていった。


 アニーはシマの隣でこくり、こくりと舟を漕ぎ、ミライもマーサの肩にもたれかかる。

アルはいつの間にかシマの膝の上に丸くなり、小さく寝息を立てていた。


「……そろそろ限界だな」

 その様子を見て、トーマスが立ち上がる。

「お袋、アン、イライザ。それから子供たちはテントで寝てくれ」


「えー、もう?」


「明日もあるんだからね」

 マーサに促され、アンとイライザは名残惜しそうに立ち上がる。

子供たちは半分眠ったまま、それぞれ抱えられてテントへ向かった。


「お前たちはどうするんだ?」

 ダンドスが残った面々を見回して尋ねる。


「俺たちは交代交代で見張りだ。念のためにな」

 ジトーが短く答える。


「ヤコブさんは休んでください」と言うオスカー。


「うむ、では馬車の方で休ませてもらうぞい」


 トーマスはカウラスたちに向き直る。

「親父や兄貴たちも、馬車の方で休んでていいぞ」


「助かる」


「僕たちは慣れていますから」

 ロイドが静かに言うと、フレッドが豪快に笑う。

「三日、四日の徹夜でも、俺たちならわけねぇ!」


夜はまだ深く、宴の余韻とともに、静かな見張りの時間が始まろうとしていた。



焚き火の爆ぜる音が、夜の静けさの中でやけに大きく響いていた。

子供たちと女性陣がテントへ引き上げ、カウラス親子も馬車の方で休んでいる。

酒盛りの喧騒も一段落したあと、焚き火の周りにはシャイン傭兵団の面々だけが残っていた。

杯を手にしている者もいれば、ただ炎を眺めている者もいる。

酒の勢いはすでに落ち着き、場を包む空気は、不思議なほど穏やかだった。


その中に、珍しくヤコブの姿もあった。

普段ならこの時間には馬車で休んでいるはずだが、今夜は焚き火の輪から離れようとしない。

何かを察したのか、あるいはただ、この時間を共有したかったのか――白い髭を指で撫でながら、黙って炎を見つめている。


シマは膝の上で眠るアルをそっと撫で、焚き火の向こうに視線を投げた。

「……クリフたちは、もう城塞都市に着いた頃か?」


誰に向けたとも知れない問いだった。


「ああ、多分な」

応えたのはザックだ。

杯を置き、背中を丸めて火に手を伸ばす。


「リズは……」

ロイドがぽつりと口を開いた。

「今頃、家族と再会しているかな」


焚き火がぱちりと音を立てる。

一瞬、誰も言葉を続けなかった。


「ああ……」

シマが静かに頷く。

「きっとな」


リズにとっては、再会の喜びと、少しの気恥ずかしさと、言葉にしきれない、やりきれない思いが交錯しているだろう――そんな光景が、自然と皆の頭に浮かんでいた。


「……オスカー」

ジトーが、不意に話題を変える。

「前に言ってたな。親に対して、特に思うことはないって」


オスカーは少し驚いたように瞬きをし、それから焚き火に視線を落とした。

「んー……」

少し考え込むような間。

「強いて言うなら……『ありがとう』、かな」


「ありがとう?」


「うん。産んでくれてありがとう、って」

オスカーは照れたように頭を掻きながら、言葉を続ける。

「だってさ……産んでくれなかったら、皆に出会えなかったし。こうして一緒に旅することも、笑うことも、なかったわけだし」

焚き火の赤が、オスカーの横顔を柔らかく照らす。


「おいおい」

そこへフレッドが、にやりと口角を上げて割り込んだ。

「それ、俺たちにじゃなくて、メグに言う台詞だろ?」


「ぶっ――」

オスカーが言葉に詰まり、耳まで赤くなる。

「う……それは……まあ……そうなんだけど……」


「ほら見ろ」

「顔に出てるぞ」

ザックとジトーが面白そうに笑う。


「兄貴公認、だしな」

トーマスが焚き火越しにシマをちらりと見て、そう付け加える。


「……まあな」

シマは苦笑しつつも否定はしない。


「じゃあそのうちさ」

ザックが、わざとらしく顎に手を当てる。

「オスカーはシマのことを、義兄さんって呼ぶのか? それとも兄貴?」


一瞬、場の空気が止まった。


「……いや」

オスカーはきっぱりと言った。

「シマは……シマだよ」


「即答かよ」

「変わんねえな」

「それでいいんじゃないか」


皆がそれぞれ笑う中、ヤコブが「ほっほっほ」と喉を鳴らす。

「今更、呼び方など変えられんじゃろう。呼び名というのはの、積み重ねた時間の重さじゃ」


その言葉に、シマは小さく息を吐いた。


焚き火の向こう、夜空には雲一つなく、無数の星が瞬いている。

小川のせせらぎ、馬の鼻息、薪の焼ける音。

すべてが溶け合い、静かな時間を形作っていた。


シマはゆっくりと顔を上げ、星空を見上げる。

「……俺たちが、こうして出会えたこと自体が」

少し間を置き、噛みしめるように言う。

「奇跡かもしれねえな」


誰もすぐには返事をしなかった。

だが、その沈黙は否定ではなく、同意だった。


剣を持つ者、学を持つ者、商いを知る者。

出自も、過去も、目的も違う。

それでも同じ焚き火を囲み、同じ夜を越えている。


アルが、シマの膝の上で小さく寝返りを打ち、くう、と寝息を立てた。

シマはその背を撫でながら、もう一度、星空を見上げる。


焚き火は静かに燃え続け、夜は深まっていく。

奇跡のような巡り合わせを、確かにここに刻みながら。

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― 新着の感想 ―
連載再開嬉しいです!再開まで読み返してました。 次の更新楽しみにしています。
久々に更新されて嬉しいです。 やっぱりシャイン傭兵団は最高ですね。 皆家族って感じがして、「俺たちが、こうして出会えたこと自体が・・・ 奇跡かもしれねえな」というセリフは思わず「うんうん、きっと 奇跡…
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