エピローグ
――さて、翌日の午後である。
内宮東院桃果殿の奥庭で、喪の白装束をまとった王太后が、膝の白猫を撫でながら、お気に入りの祐筆に手紙を読み上げさせていた。
だらだらと長い手紙の送り主は北院主計所の督。
後宮きっての実務官僚集団のトップに立つ彼女は、実は単なる飾り物である。今は亡き先代国王に寵愛されて公主〈*王女〉を産んだ身分低い女嬬が、しかるべき立場を調えるために「紅梅殿の督」の地位を与えられたのだ。
王太后は、自らよりも深く先代国王の寵愛を受けた女嬬を、決して嫌ってはいなかった。
貴妃の御殿に仕える女嬬に美少女が取り揃えてあるのは、そもそもそういう用途に用いるためである。
紅梅殿はよくよく元の身分を弁えていて、折に触れて挨拶の手紙を寄越すし、季節ごとの贈答品は欠かさないし、気まぐれに余りものの仔猫を与えても随喜して喜び、新入りの主計生を専属の世話係にして面倒を見させているという。
王太后にとっては今も昔も可愛い召使だ。
しかし、そんな可愛い召使にも一点だけ面倒なところがある。
とかく手紙が長いのだ。
そしてだらだらしている。
北院で目にしたありとあらゆる日常茶飯事を、朝餉の献立から庭のスズメの数から、思いつくままひたすらに綴り続けたような手紙は、聞いているだけで眠気を催してくる。
「……――以上でございます。どのようにお返事いたしましょうか」
「ううむ」
王太后は唸った。
半ば眠りながら聞いていたため、最後のほうのいくつかの単語しか耳に残っていない。
それらを覚えているのは意味がよく分からなかったためだ。
王太后はとりあえず、それらについて訊ねてみることにした。
「のう青蘭、ひょうたん池とは何だ?」
「北院と媽祖堂のあいだの内大池の俗称でございましょう」
「そうか。では雪とは?」
「紅梅殿どのの猫の名では?」
「そう……だったかの?」
どうも文脈的に猫っぽくない箇所が多かった気がするのだが、青蘭がそうだと言うならそうなのだろう。
王太后は貴人らしい大雑把さで疑問を棚上げし、最後に最も気にかかった点について訊ねた。
「猫といえば、紫薇殿にやった仔猫がそのひょうたん池に落ちて死んだというのは本当なのか? 雪がこっそり教えにきたと、紅梅殿はそう書いていなかったか? 猫がおのれの同胞の死を報せにきたのであろうか?」
「あ――」
祐筆はしばらく目を泳がせてから、もっともらしい口調で答えた。
「そのようにお聞きなのであれば、おそらくそうなのでございましょう」
「そうか。畜生にも肉親の情があるものなのだなあ」
王太后は大雑把に納得した。
祐筆がふと思いついたように言い添える。
「紫薇殿さまと言えば、仔猫が死んで以来ふさぎこんでおいでとか。あちらの殿付きの薬師が案じていると、橘庭の督が申しておりました」
「そうか。では今度はむく犬をやろうかのう」
「それはよろしゅうございますね。すぐに手配いたしましょう」
「うむ」
王太后は無造作に頷いた。
なべて世はこともなし。
完
完結いたしました。
最後までお読みくださってありがとうございます。




