008. 山フィールドの洗礼
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山に行く。それは簡単なことではない。
森フィールドから山フィールドは明確な地形の境界があるわけではない。森フィールドにも傾斜や小山がある。ただ、山フィールドに差し掛かるとき、魔力濃度が急激に上昇する。冒険者であるなら、空気が急に重くなったとか、身体がうまく動かせないといった感覚を得るだろう。実際、森フィールドの魔物の魔力適性はAだが、山フィールドの魔物は魔力適性Sを持つ。つまり、計測が困難であり、人類が現状探索できる最高峰であるということだ。
異空間生物学では、植生と魔物の生態をバイオームという。未だ、ダンジョン内における植生やリソースの循環は不可解なことが多い。
新宿ダンジョンの山フィールドは、さまざまなバイオームを持つ。針葉樹林、広葉樹林、荒れ地、沼、湿地、岩山、雪原、熱帯雨林、砂山(砂漠)。これらバイオームは、魔力の循環や停滞、そしてその地に根ざす魔力素材によって決定されていると考えられている。逆説だが、この山フィールドには、豊富な魔力素材が大量に眠っていることを意味する。そのため、そこは、人類にとって時代を切り開く新天地であった。
しかしながら、人類は依然としてその地を征服できていなかった。異空間ひいてはダンジョンにおいて、高い魔力を持つ魔物が強大だからである。さらに、漂う高い魔力の奔流は、魔学テクノロジー製品でも長期間耐えられないほどである。
それが、いまだ人類が個人戦力による探索を推進している理由だった。
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オーガとの邂逅のあと数日後。拓斗は、山フィールドの手前まで来ていた。後ろは、雑木が並ぶ森フィールド。10m先は広葉樹や低木が生い茂る広葉樹バイオームだ。
冷蔵庫から開けたときに冷気が足をつたうように、拓斗の体を魔力がつたう。濃い魔力は、拓斗の体に作用し、悪寒や吐き気を促す。
この魔力濃度に慣れるまでに何年、いや何十年かかるのか。そう思わせるほど、強大な魔力。
山フィールドの魔物は、めったにテリトリーから出ない。その理由の一つとして挙げられるのが、魔力を源に生きているからとされる。例えば、広葉樹バイオームの魔物は、そのバイオームで生み出さられる特性の魔力の循環で生かされている。それが、別のバイオームまたは森フィールドに出れば、その特性の魔力を身に受けることができない。すると、その魔物は弱体化するしかない。その魔力によって保ってきた肉体は、源を断たれては全力を発揮できないということである。ここで注意が必要なのは、弱体化したとて元来屈強な魔物であることに変わりはないということだ。
拓斗は、意を決して足を踏み出す。
1m。背筋から汗が出る。
3m。汗が顔を伝う。
5m。吐き気が強くなる。前かがみになる。
8m。手が地面につく。喉が非常に乾く。
10m。体が山フィールドに入る。
地面に倒れる。全身に打ち付ける極めて濃厚な魔力を受け入れ、流す。そうすることで、周囲の魔力の乱れを極力抑制し、気配を察知されるのを防ぐ。
ドローンがフワフワしている。この魔力濃度の中で、十分に内部魔力を制御しきれていないようだ。
おもむろにリングデバイスによるモニターをONにする。空中に注意の文字が映し出される。ドローンの状態は良くないらしい。制御部である魔核がオーバフロー状態と出ている。山フィールドでは、ドローンは長くはもつまい。
拓斗は、ふと気になって配信情報を見た。コメントが以前に比べて圧倒的に多い。なじみの名前が見えず、少し心配になる。
:大丈夫なのか こいつ
:山フィールドってそんなやばいの?
:あっコメント見た
:みてる~~っ?
:やっほー
:タクトかわゆす
:てーふってー!
:そこ山フィールドだろ コメントみてる場合じゃない
などなど。好き勝手に書き込まれる。何があったかは分からないが、バズったかもしれない。
時折、空中の文字が揺らぐ。このリングデバイスは魔力を使ってホログラムを出力している。そのためだろうか、ドローン同様少し調子が悪いようだ。投影を消す。
拓斗は目をつむる。全身の魔力循環を意識し、周囲の魔力を徐々に取り込む。体に濃い魔力を慣らす。そうすることで、いくらか適応が早まるだろう。このダンジョンに潜ってから得たノウハウだ。
集中していると、眠気に襲われ、眠ってしまった。
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拓斗は、まずは素材を採取することにした。今後の生活で必要になると考えて、まとまった量をマジックバックに入れていった。
広葉樹バイオームはもっとも一般的なバイオームだ。採取できる素材も相応に一般的なものになる。例えば、草を取っても草原フィールドや森フィールドに比べて豊富な種類を持つ。治癒系統魔力を含む植物も多様だ。普通の双子葉類の新芽にみえても実は、治癒系最上級効能を持つ素材である。ほかにも、ヨモギに似た殺菌作用のある草やドクダミに似た麻痺作用のあるつる草もある。低木を締め付ける蔦は筋弛緩作用がある。腐葉土から生えたキノコはほぼ毒性の強いものになる。こういった植物は魔物に良性と悪性の作用をもたらし、魔物の魔力ひいてはその肉体を大地に還す。そうやって、バイオームは魔力を原動力に物質と魔力を循環させるのである。
拓斗は、採集途中、魔物を遠目に見た。シカ型、クマ型、ウサギ型、トリ型、ウルフ型など。豊富な植生のおかげが、多様な魔物をいることを認めた。まだ、直接的に交戦はしておらず、遠目にお互いを認識し、出方を見ている感じであった。
拓斗の魔力によって強化された目は、魔物の魔力濃度とその量を確かめることができた。いずれの魔物も今の自分より濃い。正面からかち合った場合、拓斗の攻撃は魔物の魔力障壁に阻まれることは容易に想像できた。
したがって、拓斗はこのように素材を採集しながら動向を観察し、自身の体をこの魔力濃度に慣れさせることを最優先とした。
拓斗は、山フィールドの一角に拠点を作ることにした。幸い、この広葉樹バイオームには特別攻勢な魔物がいなかったためである。森フィールドで剥いだフォレストディアの毛皮を継ぎ接ぎし、一枚の大きな絨毯を作った。やたらと過密な広葉樹をオーガの斧で伐採し、持ってきた鋸と鉋で、ややつたない木材を作る。
2週間が経つころ、床と屋根だけの拠点ができた。基礎には、沢から少し大きな石をいくつか調達し使った。屋根にはふんだんに動物油を塗った皮を張り、その上を木材と樹皮で覆った。たぶんすぐ雨漏りするだろうことは承知の上だ。せいぜい4畳ほどの拠点だった。
拓斗は、ここで寝泊まりし、拠点のすぐそばに簡易な石窯を築いて、草を焼いて食べた。沢あるいは湧水から水をボトルに詰め、マジックバックに常備した。
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山で暮らし始めて6か月が経つ頃、不意にドローンから音がした。
ーパキンッ
フラフラしていたドローンがこと切れたように墜落した。ドローンを確かめると、魔核が割れたのが原因だった。拓斗には、魔核に直接魔導回路を刻印できる知識も技術もない。直せるのはせいぜい、素材と魔力素子を繋ぐ魔導回路ぐらいだ。
続いて、間もなくリングデバイスも怪しくなってきた。ホログラムは揺れに揺れ、文字が読めるか読めないかという具合だった。内部の処理が生きてるのかどうかすらわからない。
拓斗は、この先、対魔部の監視も協力もなく生きていかねばならないことを再確認した。
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そろそろ、肉が恋しい。それがたとえ血と魔力にまみれていても食べたい。そう拓斗は思い始めていた。
広葉樹バイオームの植物や果物を食べること、6か月。自身の体もだんだんとここの魔力にも慣れて、体も十全に扱える状態にあった。
すでに、拓斗の頭の中は、獲物で一杯だった。シカ、クマ、ウサギ、ウルフ。ウルフの肉はやや硬そうだ。そんなことを思いながら仕度を済ませる。
1日目、狩猟のイメージを思い起こす。弓。つがえ、引き絞る。放つ。
2日目、ややブランクがある剣技を、型からゆっくり確かめるように思い起こす。無意識に体が動くまでイメージと現実をすり合わせる。
次の日、いよいよ狩猟に向かった。もはや、魔物討伐ではなくなっていた。
見つけたのはウサギ型の魔物だ。殺気を出さず、自然に歩みを進める。フォレストディアの角の鏃の矢を撃ち放つ。ウサギが魔力の乱れに気づいて、魔力障壁を張る。鏃は障壁を貫けなかった。ウサギは、拓斗を一瞥して走り去っていった。
強い。フォレストディアの角を使った鏃は、半年もの間、ここの魔力にさらしてあった。それは、十分に魔力を含んだ武器であったことを意味する。なによりも、あのウサギは、50m弱の魔力の変動を察知して障壁を展開した。広く精度の高い感知能力と強い魔力障壁。拓斗が魔物肉にありつくには、これらを攻略する必要が出てきた。
そして、多分拓斗よりも強い。それはウサギがこちらを敵視していないことから推測できる。矢すら拓斗の存在すら歯牙にもかけない、そんな態度であった。
魔力の強化、さらに魔力の変動を気取らせない魔力操作の技術。そして、魔力攻撃。この3つが拓斗の直近の目標となった。




