005. 森フィールドの頂点
オークキングの死体をマジックバックに詰めた拓斗は、水場を訪れていた。
装備を脱ぐと背中側が融解していた。拓斗自身の背中もやや痛い。
ドローンで背中を移してもらい、リングデバイスで確認する。
背中が爛れていた。
拓斗は、泉に入り身を清めた。背中に痛みが突き刺さる。
マジックバックから医療用治癒シートを取り出し、なんとか背中に張る。魔力が細胞に浸透し、細胞シートが癒着し新たな皮膚の造成を促進する。
シートが剥がれないよう、きつく包帯を巻く。
手当てを終えて、一息ついた。今日の激戦がよみがえる。
オークとの一対多は危なげなく、対処することができた。視線を遮り一対一に持ち込む。道場での稽古が活きた。技術があってこその力。相手を切れれば問題なかった。
オークキング。かの魔物は、拓斗にこれまで以上の経験を与えた。一太刀で崩れないオークジェネラル複数の相手は、慎重を要した。さらに魔法である。高位の魔力適性を持つ魔物が使うことのできる魔力攻撃だ。拓斗は、初めて見たし、初めて受けた。
魔力攻撃を習得できれば、さらに上を目指せるだろう。
(魔力適正をより向上させ、体の魔力濃度を高める)
拓斗の次なる目標がおぼろげにさだまりつつあった。
(体は動く、明日はオーガの野営地だ)
★☆★☆★
オーガ。
森フィールドの魔物の最強格である。怪力、強靭な肉体、そして道具を器用に扱う技術、頭がいい。
ドローンが、拓斗の背中越しにオーガの野営地を映す。
:昨日の今日でまじ?
:この人やばい
:どうやら今日はオーガらしい
:いつもこんな感じなの?
:いつもはこそこそしてるだけ
:人増えたな
:いつも2人とか3人なのに
リングデバイスが投影するコメントを、視界から外す。コメントが消える。慣れないコメントに面倒で返すのを放棄した。
それより精神を統一するとき。
オーガの野営地にこれほど近づいたのは初めてだ。あと30mも進めば、哨戒するオーガに気づかれるだろう。
「ょしっ」
意を決して、拓斗は歩き出した。オーガの匂いが近くなる。
ラインを越えた。
「ウオオーオ」
哨戒するオーガが雄叫びを上げる。オーガの威嚇が拓斗の身を打つ。拓斗は歩みを止めない。
「ウオオー ウ゛オ゛オ゛ー」
オーガの野営地が動き出す。戦闘を担当するオーガが駆け出し、集結する。拓斗はこの場において侵略者だった。
オーガの集団と拓斗が対峙する。彼我の距離10m。弓持ちオーガが弓をつがえる。
「ウオオーオオオオオ」
オーガの最後通告だ。拓斗は己が糧のために、強くなるために、体を前に出した。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
矢が真中線や頭を狙って飛ぶ。直剣の腹が鏃を弾く。弾かなかった矢が装備をかすめる。斧が、棍棒が、鉈が拓斗を襲った。
拓斗は武器を受け流し、体をずらす。オーガの武器と武器がかち合う。オーガの猛攻が装備に傷を作る。
受け流しの合間に攻撃を徐々に挟んだ。それが、オーガの魔力障壁を削りオーガの体表に裂傷を与える。
至近距離のオーガの咆哮が、拓斗の体を揺らす。強い指向性の魔力が拓斗の魔力循環をわずかに乱す。
拓斗の攻撃は、確かにオーガの損耗を促していた。だが致命傷には至らない。
やがて、オーガたちの息が上がる。オーガの猛攻がまばらになり、とってかわるように弓矢による攻撃が増えた。拓斗と対峙するのはいかにも歴戦の戦士オーガたち。その戦いには技術があった。戦士オーガが入れ替われば、寸劇に矢が迫る。オーガの猛攻は技術を増して維持されていた。
拓斗の脳裏に道場での訓練がよみがえる。道場では魔力適正が低く幼い拓斗は技術を多く学ばされた。魔力をほぼ持たない拓斗にとって、兄姉弟子や師範の攻撃は手加減されているとはいえ、まるで暴風の如き威力であった。強靭な体に頼らず、武器をいなす。技術では負けない。それが今日の拓斗を養成している。
若いオーガたちは、言葉を上げずにじっと戦いの行く末を見守っていた。戦士オーガたちにも疲労の色が見え始めていた。決着は目の前まで迫っていた。
矢が尽き、戦士オーガが一体また一体と離脱していく。その体には、無数の切り傷があった。拓斗の装備も塗装がはがれ落ち、凹み、一部は装甲が落ちてた。ただ、拓斗の身はいまだ健在で、息もそこまで上がっていなかった。
最後の1体が膝をついたとき、あたりは静寂に包まれた。オーガたちが、拓斗の動向を注視する。ここから虐殺が始まるのか。逃げるにしても、疲労と畏れか、体は止まったままだった。遠巻きに、女子らしきオーガがそわそわとみている。
(こんなものなのか)
拓斗は正直、消化不良であった。直剣に魔力を全開に込めれば、オークを一太刀に斬れるだろう。だが、それをする気にはなれなかったし、技術を持ったオーガがいなくなるのはなぜか嫌だった。
そんなとき、奥の簡易なログハウスから、1体の年老いたオーガが進み出てきた。その身に、魔物の骨や鉱物で作られたであろうアクセサリーと鮮やかな布をまとっていた。身にまとう魔力は弱弱しいが濃度が高い。昔は相当な魔力を扱っていたようだ。そんなオーガが口を開いた。
「オ゛マ゛エ゛ハ゛ ス゛ヨ゛イ゛
ヤ゛マ゛ニ゛イ゛ケ゛」
つたない日本語が発せられた。拓斗は驚愕に目を見開き、唖然とした。同時に拓斗は、山に行くことを決心した。そのオーガの雰囲気が拓斗に有無を言わせなかった。
「すまない。いい戦いだった」
拓斗は、なにかお詫びの品を渡したかったが、マジックバックは邪魔になるので木の上に置いたままだ。とりあえず、踵を返し、来た道を戻った。
座り込んだオーガたちが、拓斗の一挙手一投足を見つめる。まだ、空気は張りつめていた。
野営地を抜け、オーガたちの視界から消えたとき、野営地からくるプレッシャーが霧散した。
拓斗は、マジックバックを回収し、フォレストディアを何体か狩ることした。幸い、いつもの場所にいたのでフォレストディア3体を血抜きし、マジックバックに詰めた。
その日の夜、お詫びとして、オークの野営地入口にそっとフォレストディアを置いた。
★☆★☆★
次の日、水浴びもそうそうに切り上げて、装備の手入れを行った。
変形してしまった装甲をアンビルにあてて、ハンマーで裏から形状を整える。魔力を込め最大の力でハンマーを振り下ろす。このままでは、形状は戻るが耐久度は減るだろう。今までに狩ったオーガの魔核を粉して、バーナーで熱する。添加物をまぜ、液状にする。それを使って、装甲に魔導回路を描く。これによって、拓斗の魔力が装甲に流入し、魔力障壁を発生させ、耐久度を上げる。
直剣と短剣には、オークキングの魔核で魔導回路を上塗りし、骨粉でコーティングを施した。
ほかに、インナー等のほつれを裁縫でなおたり、フォレストディアの角で鏃を作成して、1日を終えた。
次は森フィールドを抜け、山フィールドへ進出する。
また新しい日々が始まろうとしていた。




