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第13話 そして二人はいなくなる

 夜の王都の外れに、馬の足音が響き渡る。

 街の灯りは遠く、石畳の道もここまで来ると人の気配はほとんどない。


 その道を、一台の簡素な馬車が進んでいた。御者台に座る男——エドガー・ランドルフは、前だけを見ていた。


 積まれている荷はわずか、護衛どころか御者すらおらず、たった一人、馬を走らせている。


 その姿はあまりに質素で、王族のものとは思えないほどだった。

 第一王子としての地位も、王宮での信用も、すでに失われている。民衆からの評価も地に落ちた。

 誰の目にも、すべてを失った男に見える。


 国を追われ、ただ、夜の道を進んでいく。


「よぉ。見送りに来てやったぞ」


 その声が、闇を裂いた。

 馬車の前方に、いつの間にか三つの影が立っている。


 エドガーは手綱を引き、馬を止めた。


「……何者だ?」


 警戒を込めた問いを口にした。だが返ってきたのは、あまりにも気の抜けた声だった。


「ひどいな。顔くらい覚えてくれてると思ったんだが」


 月明かりの下に浮かび上がる顔を見て、エドガーの目が見開かれる。


「おまえは……ヴァン、といったか」


 そして、その背後にいる二人にも目を向ける。

 エドガーはゆっくりと息を吐いた。


「もう放っておいてくれないか。私はこの国を出ていく。今の私はもう王子ではない。ただの敗北者だ」


「敗北者だって? 冗談じゃない。勝ち逃げは許さねぇって言ってんだよ」


 ヴァンの強い言葉に、初めてエドガーは興味を持った。


「……ほう?」


 御者台から降り、ヴァンの前に立った。

 改めてヴァンの顔を見る。全てを見通すような真っ黒で暗い瞳だった。


「お前たち、どうやってここに来た?」


 次期国王と呼ばれた者の国外追放。その経路は限られた者しか知らないはずだった。


「ウチの優秀な情報解析担当が調べてくれたんだ」


 軽く親指で後ろを示す。ユリウスは一歩も動かず、ただ無言でそこに立っていた。


「そうか。では、問いを変えよう。どうしてここに来た?」


 その問いに、ヴァンは笑みを浮かべた。


「簡単な話だ」


 一歩、前に出る。


「あんたなら、これだけ言えば分かるだろ? ——《《俺は鑑定士ではないから》》だ」


 エドガーは何も言わない。ただ、じっとヴァンを見つめる。

 やがて、肩が細かく揺れはじめた。


「……ふふ……はは」


 息を吐くような笑いが漏れ出る。それはすぐに抑えきれなくなり、次第に大きくなっていった。


「ふはは……ははははは!」


 夜の静寂に、不釣り合いなほどの笑い声が響く。

 ひとしきり笑った後、エドガーは目元を押さえながら、なおも笑みを残したまま言った。


「そうか……そうか!」


 視線を三人に戻す。


「お前は、たったそれだけのことで——ここまで辿り着いたと言うのか」


 カナンは、理解できないものを見るような目をエドガーに向ける。


「……どういうこと? え、だって、ヴァンが鑑定士じゃないなんて、そんなの……当たり前じゃない?」


 ヴァンはカナンに向かって笑う。


「だよなぁ。とてもそうは見えないだろうし、実際、俺が鑑定士だったことなど生まれてこのかた一度もない。鑑定自体は、まぁ、似たようなことは一応できるけどな」


 そして視線をエドガーへ戻す。


「けれど、エドガー王子は俺を見てそう呼んだんだ。——なぜか?」


 ユリウスが静かに口を開いた。


「……事前に、誰かから情報を得ていた」


「そういうことだ」


 ヴァンは頷き、続ける。


「だが、俺は多少よく見えるくだらない眼を持っているだけの一般人だ。鑑定士だなんて誤情報を、誰が流す?」


 ヴァンの問いに、エドガーは悪戯っぽく微笑んだ。


「待て待て。そんなもの、ただの私の勘違いに過ぎないだろう」


 その言葉は弁解と言うよりも、どこか、この状況を楽しんでいるように聞こえた。


「そう、勘違いだ」


 ヴァンはあっさりと肯定する。


「ただし、勘違いしたのはお前じゃない。お前に情報を伝えた人間の方だ」


 追放代行団リザードテイルは厳密にはギルドの一員ではなく、ヴァンたち三人は冒険者ではない。

 そのため、便宜的に名乗る職業が必要だった。


「……まぁ、俺も悪かったさ。“鑑定士……のようなもの”とは言ったからな」


 そのとき、カナンが、何かに気付いたように目を瞬かせた。


「それじゃあ、その相手って、まさか……!」


 ヴァンは迷いなく言い切った。


「セレナ・アストレア。あんたは彼女から、俺たちの情報を受け取っていたんだ」


 絶対にありえない人物の名前を告げられ、カナンは何がなんだかわからなくなる。


「それ以外に、俺が鑑定士なんて誤解は生まれようがないのさ」


 ユリウスが、眉を寄せた。


「……ですが、それはおかしくありませんか? 二人は追放者と追放対象者です。関係性としては対立しているはずで、彼女が我々の情報を流すとは考えにくい」


「そこがそもそもの間違いだ」


 ヴァンは言い切る。


「先入観に囚われるな。上辺の関係性なんてどうでもいい。結果だけを見てみろ」


 ユリウスとカナンに、ヴァンは改めて問いかける。


「今回の件で、この国から追放されたのは誰だ?」


 ユリウスは一瞬だけ思考し、すぐにハッとして、答えを言う。


「聖女セレナ・アストレアと……第一王子エドガー・ランドルフ」


「そうだ。この国を支えていた二本の柱。元婚約者の聖女と王子。その二人が、同時期に国を出ていく」


 聖女と王子は親密な関係だった。しかし、その関係は既に破綻している。


 ——そのはずだった。


 だが、もしも、その前提が誤っているのだとしたら……。


 ヴァンは視線をエドガーに移し、続けた。


「“自分は、国と……愛する女性と、どちらを守るべきか”」


 それはエドガーが弟セドリックに言った言葉だった。


「この意味を、俺たちは完全にはき違えていた」


 カナンが息を呑む。


「それって、つまり……」


 その先を、ヴァンが、エドガーを指さして言う。


「そう。今回の件はなんのことはない。愛し合う二人の逃避行、要するに、駆け落ちってヤツだ。——こいつは、確かに、愛する女性を守りきったんだ」


 その言葉を受け止めたエドガーは、国境の先の小さな家を想っていた。

 そこに、たった一人の想い人が自分を待ってくれている。


 ヴァンはすべてを断言する。


「この国が、聖女を捨てたんじゃない」


 夜の風が、ひときわ強く吹き抜ける。


 誰も言葉を発しない。

 そして——その沈黙をヴァンが断ち切る。


「この国が、こいつらに捨てられたんだ」




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