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第6話 クビになったメイドは肝心なことを言わない

「……で、王宮のメイドをクビになった、と」


 リザードテイルの事務所で、机に足を投げ出したまま、ヴァンが気のない声で言った。


「だってさ!」


 カナンが机を両手で叩くと、その衝撃が床まで伝わる。

 ヴァンは床にヒビが入ってないか確かめる。隣りでは、ユリウスが衝撃で取り落とした魔導書を静かに拾っていた。


「わたし、頑張ったんだよ?」


「ああ。具体的に、お前のやったことをまとめてみようぜ。まず、メイドらしからぬ怪力を見せつけて」


 ヴァンは指を立てて数え始める。まずは親指。


「追放対象者である聖女にはいきなり正体を見抜かれて」


 人差し指。


「王子の私室に押し入ろうと衛兵をぶっ飛ばして」


 中指。


「王子相手にブチ切れて恫喝して」


 薬指。


 並べ立てられた事実に、カナンは次第に勢いを失っていく。

 ヴァンが5本の指を立て、最後はユリウスが引き継いだ。


「結果、聖女追放のタイムリミットを早めてきた、というわけですね」


 ヴァンは肩をすくめた。


「あのぅ、えっと、カナンさん、何やってんの?」


 カナンはぐうの音も出ない。

 しばらく唇を引き結んでいたが、やがて観念したように頭を下げた。


「……ごめんなさい」


 ポニーテールがぶらんと下に揺れる。

 ヴァンは何も言わずに立ち上がるとそのまま窓へ歩き、鍵を外して押し開けた。

 穏やかな風が、ふわりと室内に流れ込む。


 ——その直後。


「オコラレタ! オコラレタ!」


 人間のものではない、甲高い声が飛んできた。カナンが顔を上げる。

 窓の外、銀葉のポプラの枝に止まった野生のヨウムが、こちらにクチバシを向けていた。


「ヤクタタズ! ヤクタタズ! カナンハ、クビ!」


「……また、あいつ!」


 しばしばカナンと口喧嘩をしているヨウムである。


 思わず窓に駆け寄るカナンを見ながら、ヴァンはくつくつと笑う。ユリウスも、こらえきれない様子で肩を震わせていた。


「くくっ! お前がいない間も、あいつ、よく遊びに来てな。一緒にピザ食って仲良くなったんだ」


 ヨウムは満足げに体を揺らすと、ばさりと羽ばたき、どこかへ飛び去っていった。

 その様子を見届けたカナンは、申し訳なさそうにうなだれた。


「本当にごめんなさい」


「まさか、潜入捜査に行って王族に対する伝説の襲撃犯になって帰って来るとはな。狂乱の戦鬼さん」


「……うう」


「ですが、よくクビになっただけで済みましたね。伝説の襲撃犯、狂乱の戦鬼なのに」


 ユリウスが当然の疑問を口にする。


「……それがね、クビで済んだのは、聖女様が庇ってくれたからみたいなの。追い出されるとき、メイド長が言ってた」


 ユリウスが目を細める。


「なるほど。普通なら王族への反逆と取られてもおかしくありません。クビどころか牢に入っていたでしょう」


「本当に、セレナ様は素晴らしい方だったわ」


 カナンの目が潤み、鼻声になる。


「まぁまぁ、お前なりにがんばったってのは、よくわかったよ」


「ええ。想定外ですが、追放対象者と良好な関係を築けたのは十分な成果と言えるでしょう」


 慰める二人の言葉に、カナンはようやくいつもの元気を取り戻した。


「……ありがとう。……あれ? そういえば、わたしの潜入中、二人は何していたの?」


 ヴァンとユリウスが顔を見合わせる。


「そうだな。俺たちも報告しておくか」


「ええ、大変な戦いでした」


 ユリウスの言葉にカナンに緊張が走る。

 二人の実力の高さは知っている。

 自分がメイドなんぞをしている間に、二人に“大変な戦い”と言わせるほどの何かがあったのだ。


「俺の411勝89敗ってとこだな」


 ヴァンは心底嬉しそうにそう言った。


「……くっ、ですが、後半は僕の勝率も上がってきましたよ!」


「はっはー! 甘いね、ユリウス君。心理戦のゲームで俺に勝てると思うなよ!」


「もう一戦! もう一回やりましょう! 僕の分析でヴァンの癖が見えてきました!」


「ほう! やってみろよ!」


 楽しそうに語る彼らだが、カナンには何を言っているのかわからなかった。

 その様子に気付いたヴァンが説明した。


「ん? ああ、俺ら暇だし、ずっと『シノミリア』で遊んでたのよ」


 シノミリア。二人用のボードゲームで、暇を見つけてはヴァンとユリウスは遊んでいる。


「……は?」


「こちらも大変な戦いでしたよ」


 ユリウスも当然のように頷く。


「ヤクタタズ! ヤクタタズ! カナン、ヤクタタズ!」


 外から、いつの間にか戻ってきていたヨウムの声が聞こえてくる。


「役立たずはあんたらだ!!」


 再び机に鉄槌が落とされ、今度は完全に割れた。


 ヨウムが「カナン、オコッタ!」と楽しそうに鳴き、再び去っていった。


「だってさ!」


 ヴァンはそう言いながら、割れた机の残骸を悲しそうに見つめる。


「考えてもみろよ。俺らに、恋愛絡みの問題がわかるわけがないだろ」


「まったくです。カナン、少しは冷静になっていただきたいものですね」


 ユリウスも当然のように頷く。二人共自信満々にそう言い切った。


「はあ!? そこ!?」


 カナンは思い出す。事務所で依頼の概要を話していた時だ。


“さすがユリウス。わかってるね。おそらくは、そういう話だ”


 ヴァンはそう言った。

 どうやら、あのときから今回は恋愛絡みの案件であると察しており、全てをカナン任せで進めるつもりだったらしい。


「確かに、ヴァンはモテないし、ユリウスはそういう話に興味がないのはわかるけど……」


「余計なお世話だ!」


 ヴァンの言葉を無視して、カナンはさらに文句を言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込み、代わりに大きく息を吐いた。

 経緯はともかく、なんにせよ、任せられた仕事を失敗したのはカナン自身なのだ。


「……ただな、お前の報告を聞いて、いくつか気になることが出来た」


 ヴァンは急に真面目な表情になって、そうつぶやいた。


「この件は単純な恋愛話ってだけじゃない気がするんだ……」


 その後もぶつぶつと口にして、思考を巡らせている。カナンには気付けなかった何かをヴァンは見通しているのかもしれない。

 それこそがヴァン・サンライトがリザードテイルの団長である所以だった。


 やがて、ヴァンの考えが一段落したところで、カナンは口を開く。


「……実は、言わなきゃいけないことがあって」


 ヴァンとユリウスの動きが止まる。


「王宮を出るとき、聖女様が、わたしのところに来てくれたの」


 カナンは続ける。


「人目を盗んで、わざわざ、追いかけてきてくれて」


 その光景を思い出しているのか、声が心なしか柔らかくなる。


「それで——今夜12時に、月祈の回廊に来てほしいって」


 ヴァンが身を乗り出した。


「お前、それを早く言えよ!」


「まったくです。カナンのお喋りには無駄が多すぎます」


 ユリウスは空中にスライドを展開し、日時と場所から何が読み取れるかを即座に分析し始める。


「それと……」


 カナンが、もじもじと視線を逸らした。


「ギルドのお仲間の皆さんといらしてください、って言ってた」


 ヴァンはふっと口元を緩めた。


「こっちの動きはお見通しってことか」


「かなり頭の回る相手と見受けられます。もしかしたら、我々の想定以上に危険人物かもしれません」


 ユリウスが、空中に浮かぶ聖女の姿を見つめながら言う。

 ヴァンは、楽しげに目を細めた。


「面白くなってきたな。聖女様、か。——相当なイイ女らしい」




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