【2章 6話】 予感
「フューレ様が本物である可能性が限りなく高い。だから僕はフューレ様を本物として接するよ。だから謝罪させてもらう。今までの無礼をお許しください」
ジアッゾは立ち上がると頭を下げた。
「彼らの技術に嘘は無い。英雄であるフューレ様を疑い、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
リアナも背筋を伸ばして立つと、深々と頭を下げた。
「そんなの、別にいいよ。僕が君たちの立場でも疑っていると思うから。
きっと僕は1度処刑されて、幸運にも50年後にもう1度生きる機会が与えられた。味わえなかった学生としてね。
だから様付けを止めてくれたら嬉しいな。クラスメイトなのだから」
ジアッゾとリアナが椅子に座る。
リアナは口元を緩ませて、目をキラキラと輝かせている。
「こうしてフューレ様、いやフューレさんと同じ空気が吸えて、光栄の至りですわ。握手してください。ああ、フューレさんの熱がわたくしに伝わって来る」
リアナが気持ちの悪いアイドルのファンみたいになっている。
俺も目の前でプライベートのアイドルを見た時は、アイドルを目に焼き付けようと必死だったから気持ちは分かる。
隣のミリアナさんが口角を上げて、鉛筆のように見える何かをリアナに向けている。その何かの先にはレンズのような物が取り付けられているから、たぶんカメラだろう。
見なかったことにいしよう。
ミリアナさんの行動がまったく眼中に入っていないリアナは、胸元から1冊の本を取り出した。本は繰り返し読まれているのか、角が剥げている。
その本とボールペンをフューレに差し出す。
「あの、サインください。わたくしフューレさんの冒険譚を毎日読んでいますの」
「僕にサインなんて無いよ」
「名前を書いてくれるだけど構いません」
「僕が本を書いたわけじゃないのだけど」
「いえ、あなた様の本です」
鼻息荒く迫るリアナに押されて、フューレ渋々と言った感じで本を受け取った。
「ははは。しょうがないなあ。大切なクラスメイトだしね」
「はい。大切ですか……」
リアナは爽やかで純朴そうなフューレの笑みを見て惚けている。
フューレは時々、とても魅力的な表情を見せる。入学式から常に一緒にいる俺でも、未だに心を掴まれる事がある。
もしこれが、フューレを作った博士達が意図したものであるのなら……。
「サインはここに書けばいいのかな」
リアナの興奮は最高潮に達している。
表紙を開けた空白のページにフューレがサインを書くと、受け取ったリアナは本を頭に打ち付けている。
めちゃくちゃ怖いんだけど。
だけどリアナにとってそれだけの存在だったのだろう。しかも公開処刑という残忍な方法で死んだと思っていたのに、生きていた。
興奮するのは仕方が無いのかもな。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。これでフューレが助かるかと思いきや、リアナは食事中ずっとフューレに熱視線を送っていた。
ここ数カ月間の、溜まりに溜まったフューレへの思いが一気に噴き出したのだろう。ファンの暴走の恐ろしさをまじまじと見せられた。
食事が終わり建物の外に出ると、空の一切が夜のものとなっていた。冷たい夜風が食事後の火照った体に気持ちがいい。
キャレットも楽しそうに傘を振り回している。
テニスをしていた時はどうなることかと心配していたけど、最終的には楽しい会になったと思う。何よりもフューレとジアッゾとリアナの3人の距離が、少なからず縮んだのは成果である。
「ジアッゾの世界でもフューレの冒険譚は読まれているんだな」
「委員長の読まれている、という表現は読んで知るという意味なのだとしたら、正確性に欠ける。確かに読むことで歴史を詳細に知りえたけれど、僕たちは当事者だ。
フューレがレジスタンスを指揮する姿はリアルタイムの映像で見ていたし、フューレが処刑されたのもリアルタイムで、見た」
そうか。ジアッゾは機械の体だから死というものが無いのだ。
「ジアッゾは何歳なんだ」
「65歳だ。意外に若いだろ。僕の国でヌードリアスへのマテリアルエクスチェンジが始まったのは、ほんの60年前だからね。僕は7歳でマテリアルエクスチェンジをしている。あ、マテリアルエクスチェンジというのは、精神を他に移す事をそう呼ぶ」
「は、はあ。そうなんだ」
よし、読書するジャンルにスペースオペラも入れよう。
「ジアッゾはどうして、地球に来て高校生をすることになったんだ?」
俺はずっとこの質問をしたかった。ジアッゾだけではなく、他のクラスメイトにも。
「探求の旅だよ。
僕達は星にいる限り、常にマザーコンピューターと接続して、バックアップを残し続けている。
だから体が粉微塵になったとしても、数秒後には新たな体を得て復活が出来る。僕の世界の人々は生への執着が薄いんだ。人は必死になるから感情が表に出る。僕達にはそれが薄い」
生身の体ではわからない感覚だ。俺はジアッゾの体を羨ましく思うけど、決して良い事ばかりではないのだろう。
「そんな時に地球産の映画を見たんだ。ロードムービーというジャンルの映画だ。
僕はその映画を見た時に理解が出来なかった。命の期限があるのに、そんな貴重な時間を漠然と消費する旅に出る意味がね。
多くの映画を見たけれど、一向にわからない。だから僕はこの地球に来た。命を限りあるものにして、旅に出ることで映画の本当の意味を理解したかった」
「命を限りあるものって、生き返るんじゃないのか?」
「僕の星とこの地球はあまりにも距離があり過ぎる。
リアルタイムでの通信は不可能だ。だから僕は頭にチップを埋め込まれている。記憶はそこに保存している。もし今の僕が消滅した場合、僕の星で僕が復活するだろうけど、ここ数カ月の記憶を持たない僕だ。それは僕じゃない」
「そうか。じゃあ無茶はしないでくれよ。俺の目標は全員で卒業だからな」
「善処するよ」
頷くジアッゾの横顔を見ていると、キャレットが叫びながら前方に躍り出た。
「伏せろ」
ジアッゾは咄嗟に俺の頭を押させて地面に伏せさせる。
前方のキャレットは傘を前に突き刺す。すると傘が強風に当てられかのように裏返ると同時に、猛烈な衝撃が地面を走る。砂埃を巻き上げ、地響きに似た振動を起こし、俺達がいる場所を残してコンクリートの地面が抉れ飛んだ。
キャレットは後方に押し出される。転びそうになりながらも必死に耐えるキャレット。
キャレットの足が目の前まで迫る。道の先で何が起こっているのかがわからない。だが何者かに襲撃を受けたことはわかる。
キャレットの傘が包み込むように裏返っていく。そして傘の中棒の先が丸い球になった。
「フフフ、我が暗黒の力の前では造作も無い。これぞ襲撃者へと繋がる印である」
キャレットの傘が開くと中から細長い針のような物が落ちた。フューレはすぐに空中から腕時計のような装置を取り出して、腕に巻く。
装置から緑色の光が照射されて針のような物を包み、ホログラム映像が宙に浮かぶ。その映像には文字がずらっと並んでいる。
「これはタミダンクルスに似た超硬合金だね。データベースには無い。何かわかる?」
ジアッゾは映像を覗き込むが首を横に振る。
「リアナはどうだ」
振り返って見たリアナの顔は青ざめている。
「まさかここまで……」
リアナは唇を噛んだ。




