【1章 11話】 ツチノコだーーー!
マージエリイ夫人の洋館を出ると、携帯電話のマップアプリを起動させる。現在地は勿論、多田篠公園の森の中である。
明確に目的地があるわけではないが、取りあえず公園の中心部に向かって歩いていく。
「よく出来ていましたね。参考にさせてもらいます」
鞍馬が楽しそうにそう言う。
「よく出来ていたって、どういうところが?」
「雰囲気作りですよ。騙されに来た客が、気持ちよく騙される環境。
これはなかなかに難しい。人間という生物は、自分が知的で物事を知っていると思い込んでいます。
だからそんな自分より目立っていて、少しでも知的部分で劣る人間を無知だと言って攻撃するんです。
そこであの洋館です。とにかく怪しい物を猥雑に並べて、根源的に誰もが考える儀式を見せる。そしてパニックを起こさせて判断基準を鈍らせる。
そうして一旦でも取り込めば、知的な自分が騙されている筈は無い。自分で判断をしてここにいるのだと思ってしまう」
「へえ、そうなんだ」
人間の俺に言う話で無いと思うけど、鞍馬が楽しそうだから良し。
「そうね。あの机から伸びていた作り物の腕なんかもまさにそうね」
まさかの水引が鞍馬の話に入って来た。すると阿字ヶ峰が驚きを見せながら駆け寄って来た。
「え! あれ作り物じゃったのか?」
「あなたそれでも幽霊?」
「う、うるさい。仕方が無いじゃろ。ワシは人間を驚かす側なのじゃから」
「向上心が無い幽霊ね。人は過去から新たな発明をするの。逆に言うと新たな発明をしたければ過去を知る必要があるのよ。
インターネットを使えば、過去に使われたトリックを無数に知れる。幽霊なら驚かせ方を学びなさい。
時代に取り残されて、本当の意味で過去の遺物になりたいの?」
「ぐぬぬ」
霊能者が呪いの人形に、向上心の話をしている。敵に塩を送る状況を目の当たりにして、中々シュールで面白い。
だけど俺としても作り物というのが気になる。
「そのマージエリイ夫人が使ったトリック? 種を教えてくれないか」
「いいわよ。あれはマテリアルズ現象が起こったと思わせるトリックよ。
霊媒師の両手が塞がっているから、手による操作が不可能だと勘違いさせるの。
真実は靴の先にゴムひもを取り付けた手をはめておくの。そして足を上げてその手を出して驚かせた後、用済みになったらゴムひもを引っ張って、全てをポケットなんかに隠すのよ」
俺と阿字ヶ峰は同時に感嘆の声を上げる。
「ちなみにマージエリイ夫人が行おうとした交霊方法だけど、あれは女性霊媒師ユーサピア・パラディーノが行っていた方法と同じね。
彼女の左手の上には委員長の手があり、彼女の右手の下にはフューレさんの手がある。彼女は手を少し動かして、右手と左手に入れ替えた。結果として手で繋がれた円は継続しているけど、右手が空く。その手で砂に文字を書いたの。指か棒を使ってね」
俺と阿字ヶ峰とフューレは同時に感嘆の声を上げる。
「なんじゃ。全てトリックじゃったのか。驚かせよって。だが良い勉強になった。
ワシは立場上驚かす専門じゃったからのう。髪を伸ばして物を動かすだけでは、時代遅れという話は理解できる」
幽霊が現代知識を取り入れて人間を驚かす。手に負えない状況ではある。
まあ、幽霊が必ずしも悪い存在では無いと俺は知ったので、昔よりかは恐怖を感じないと思う。
自由にさせておこう。
心霊映像が派手になる未来を想像していると、フューレがポツリと呟く。
「マージエリイ夫人って何者だったのかな?」
「俺とフューレの記憶を消した奴らの仲間の可能性がある」
「え! 敵だったの!」
「敵かはわからないけど、フューレと以前に会っているのは確実だ。記憶は有るか?」
「無いよ」
「それが証拠だ。俺が玄関先でマージエリイ夫人に、フューレが交霊会に興味があると言ったら、マージエリイ夫人は迷わずにフューレを見た。
事前に知っていたんだ。
何故知っているのか。フューレの情報を事前に探っていたのか、もしくは俺たちの消された記憶の中にいたのか。
俺の予想になるけど、2日前も俺とフューレはマージエリイ夫人に会って交霊会に参加した。そしてあの暗闇の中で、何かしらの方法を使って記憶を消された」
「阿字ヶ峰ちゃんが驚いていたけど、本当に部屋に誰かが入ってきたのかな」
「そうだろうな。阿字ヶ峰は人間の気配は感じ取れる」
阿字ヶ峰が苦い表情で俺を見上げる。
「確かに人間っぽかったわ。驚く必要は無かったんじゃな。フヒヒ」
「そのおかげで争いも無く追い払えたんだ。結果的に良かった」
「敵であるのなら、あの場で叩き潰してやって良かったんじゃないかのう」
マップアプリを見る。もう少し離れるか。
「それは理由があるんだけどその前に。水引に聞きたいんだけど、砂の上に絵を描いたのは誰だ?」
「子供の幽霊よ。マージエリイ夫人、トリックは使っていたけど、霊を呼び寄せることには成功したみたいよ」
当然のようにさらっと言ってのける。子供の幽霊の存在に、今更驚かない。いたんだろう。
「そうか。あの絵はマージエリイ夫人の洋館の場所を示していた」
携帯電話をフューレに見せる。この多田篠公園は上空から見れば台形で、砂の上に描かれたバツ印の場所に洋館がある。
「ツチノコはあそこにいたんだ」
「それじゃあ戻って探してみる?」
「それは直接聞いてみた方が早いだろう。そろそろ洋館からも、歩道からも遠い。鞍馬、まだ黒ずくめの7人は俺たちをつけているか?」
「変わらずに」
俺はその場に立ち止まると辺りを見渡す。そして大声で叫ぶ。
「出て来いよ。俺達をつけてきているのは知っている。決着を付けようじゃないか」
風の音が聞こえる。しばらくすると、落ち葉を踏む音と共に7人の黒ずくめの者たちが木の陰から現れた。
手には流線型の銃のような物を持っている。銃は真っ黒で魚に似た形だ。被っているヘルメットのバイザーも真っ黒なので、顔はまったく見えない
「今なら取り押さえられますよ」
小声で言った鞍馬に向けて、俺は否定の意味で首を振る。
「もう少し待ってくれ」
改めて見ても識別は不可能だ。それならしょうがない。
「ケイ、いるんだろ。話をしよう」
7人の黒ずくめの1人が、右手でヘルメットの側面を触る。するとヘルメットの右から左に線が走り、顎のあたりから首の後ろに向かって折り畳まれていく。
そうして現れた顔は、クラスメイトのケイである。彼女はスーツの中から髪の毛を引き上げる。
サラサラと髪が風で揺らめいている。
「どうして私だとわかったの?」
「匂いだ」
「匂い? きっしょ」
ケイの表情が歪む。そんな反応もいつも通りのケイである。ある意味安心する。
「記憶を消された理由に心当たりは?」
「ケイたちは俺たちにツチノコを探されたくはなかった。
だからツチノコに関する記憶を徹底的に消した。俺は思い出したけど、フューレはツチノコ自体を不自然なほどに忘れていた。
他に理由があるのなら、ツチノコの記憶を消す必要はない。
ケイは教室で俺たちがツチノコを探していると知った。2日前と今日、そのどちらも教室にケイがいた。
次にあのマージエリイ夫人の洋館だ。俺たちをずっとつけていたケイたちが、あの洋館に簡単に入れた理由は、同じ組織であるから。
洋館に立ち込める匂いだ。あれはおそらくムスク系のお香だ。そのお香は発散させると上品な石鹸のような匂いになる。ケイの匂いと似た匂いに。
何かしらの繋がりがある可能性がある。だから試しにケイの名を出したら、まんまと引っかかったという訳だ」
「私が迂闊だった。そういう訳ね。上手くいかない。イライラする」
ケイはため息をつくと、髪の毛が毛先から青色に代わっていく。
何だあれ? まずくないか
「鞍馬。頼む」
「わかりました」
鞍馬が右手を上げると、半透明の何かが7人の黒ずくめに襲い掛かる。ケイを除いた6人はその半透明の何かに殴られて倒れ込んだのだが……。
「甘いわ。いけ、マージアリ!」
ケイがそう言うと、腰のカプセルから3つの光球が飛び出す。その光球は空中で形を変えて色が付くと、半透明の何かに襲い掛かった。
半透明の何かが「痛てて」と声を上げると消えてしまった。
残された元光球の物体だ。
その姿は腹が膨らんだ蛇のような姿だ。
「ツチノコだーーー!」




