【1章 6話】 幽霊!VS霊能者!
「そもそも妖怪とUMAは同じだという考えを訂正しなければならない」
多田篠公園へ向かう道中、鞍馬は俺とフューレに対して異議申し立てを始めた。
全ての始まりはフューレの一言からであった。
「妖怪の一派がUMAなの?」
「違います」
フューレの発言に間髪入れずに口を挟んだ鞍馬は、一つの反論も許さないと言わんばかりの凄みを全身に纏わせて俺を見る。
こうして鞍馬は妖怪とは何か、という話を始めた。
「妖怪には知性がありますが、UMAには動物としての本能しかない。自らの名前を言えないような生物と同一だと言われるのは不服です」
「でもタキタロウだっけ? あの大きい魚は自分の名前を言えるようには思えないけど、テレビで妖怪として紹介されていたぞ」
鞍馬はこれまた大きなため息をついた。
「本当に困った話ですよ。今から数百年前、妖怪を娯楽として消費された始めた時代がありました。そして人の好奇心の数は、人の前に姿を現した妖怪の数を上回りました。
だから不思議な生物を妖怪という言葉に押し込めることで、人は好奇心を満たしていきました。委員長が聞いたタキタロウもその1つです」
鞍馬は目を細めて空を見上げた。
考えてみれば妖怪は人語を使うイメージがある。ということは相応の知性を持ち合わせていることだ。
「俺たち人間を猿と同じだと言われるみたいなものか。悪かった。次からは気を付けるよ」
俺の言葉を聞いた鞍馬はとても満足気に頷いた。
「そうです。妖怪としての誇りがある。それを知ってくれればいい」
目の前の鞍馬は妖怪であり、俺たち人間とは違う世界に生きる存在だ。
よくよく考えてみれば、俺は妖怪と歩いているのだ。とんでもない異文化交流である。
後ろで何やら言い争っている阿字ヶ峰は幽霊だし、水引は霊能者である。隣で話が分からないから取りあえず笑顔を見せているフューレに至っては宇宙人だ。
どうやら面白い状況にいるようだ。
だが俺はそんな者たちの委員長なのだ。
面白がっているだけにはいかない。現に俺はツチノコ探索中に記憶を消されるという、実害を伴う謎の事態に巻き込まれている。
自分から巻き込まれに行っているような気もするが、それは考えないことにする。
「委員長は野槌、いやツチノコを探しているのでしたね。ツチノコと言うのは…」
「いや、少し待ってくれ」
俺は鞍馬の言葉を遮った。
「2日前の何も知らない俺の足跡を辿らないといけない。きっとその先に記憶を消された場所がある。
知識があれば行動は変わる。必要になれば聞かせてもらうよ」
「承知しました」
鞍馬はそれだけを言うと黙る。
俺たち3人が無言で歩く。すると背後から聞こえていた声がより鮮明に耳に届く。先程までは無視していた声はどうやら喧嘩に近い言い争いのものであった。
気になって振り向いてみると、阿字ヶ峰と水引はお互いに笑顔を向けているけど、その間にはお互いに刃物を突き刺し合っているような緊張感が張り詰めている。
「お主の短絡的な思考、所詮は力を手に入れて粋がっているだけの小娘じゃ」
「年齢の話なら、あなた達はゼロよね。生きてはいないもの。お人形さん」
「人の思いを踏みにじるのが得意な霊能者は、どうやら死者を悼まないらしい。死者の思いに連れていかれるのが楽しみじゃ。フヒヒ」
「今そうしないのね。それならば安心。あなたの力で私を引っ張れないのなら、これからも私は安全」
阿字ヶ峰が睨み上げると、彼女が歩く周囲のアスファルトの地面や家の塀に足跡や手形が浮きだしては消えていく。
これが街灯の光しかない夜道ならば恐怖を覚えていただろうが、今は太陽が煌々と降り注いでいる。それに阿字ヶ峰を知っているので、そういうものか思ってしまう。
「言っておくが、わしはお主を呪い殺せる。そうしないのはわしの慈悲と、委員長の存在だと知れ」
「自身の無力さを委員長のせいにするのは、少し恥ずかしいわよ」
「なんじゃと」
「手を出すのかしら。ならば私も手を出すわ。正当防衛よ」
その瞬間、阿字ヶ峰周囲の足跡と手形が向きを変えて、一斉に水引の元に向かって行く。
その中の手形の1つが水引に触れると、彼女は瞼を開いた。その先の両目は金色に輝いている。
初めて水引が目を開く姿を見た。俺は彼女のことを少し神秘的な印象を持っていたが、少しどころの話ではない。
目を開いた水引からは明らかに金色のオーラを感じ取れた。
俺が彼女を知らずに今の姿を見たら、きっと神か何かだと思っただろう。
だけど、今俺が思うことは1つだけだ。
これは、まずいんじゃないか?
先程までの天気が嘘のように、一帯が薄暗くなる。どこからかすすり泣く声すらも聞こえて来た。
「何これ、ちょっと怖いんだけど!」
水引は足跡や手形をオーラで吹き飛ばすと、阿字ヶ峰に手をかざす。すると阿字ヶ峰は塀に叩きつけられる。
「すごい霊力じゃな。だがわしが何年生きとると思っている。お主程度の霊能者など何人も相対した」
阿字ヶ峰は大きく口を開ける。すると、その中から無数の青白い手が水引に向かって伸びる。先程までとは違い実態を伴うその手に、俺はどうしようもない嫌悪感を覚える。
この感覚は人が生まれながら持つ防衛本能なのだろう。
俺の体は今すぐ逃げ出せと言っている。だが委員長として逃げ出すわけにはいかない。
「まだ敵と会ってもいないんだぞ」
俺は2人の元へ走り出す。
阿字ヶ峰が口から出した手は既に水引に掴んでいる。水引はその手を払うが圧倒的に手数が足りない。膝をつく水引だが、阿字ヶ峰も塀に拘束されたままである。
拮抗しているのかどうかも分からないし、そもそも何が起こっているのかも分からない。
それでも俺は2人を止めなければならない。
「2人とも止めろ」
俺は阿字ヶ峰と水引の間に立ってそう叫んだ。2人の目が一斉にこちらに向き、手の1本が俺の腕を掴んだ。
めちゃくちゃ怖い。恐怖に口の中が一瞬で乾く。全身から冷や汗が噴き出し、感じたことの無い勢いで鳥肌が立った。
腐った木造の橋の上に立たされているように、不安だけが思考を埋める。
「止めじゃ。委員長すまんかった」
阿字ヶ峰の口から生えていた手が光となって霧散していく。水引は立ち上がり阿字ヶ峰を一瞥すると、彼女の拘束を解いた。
「すみません。委員長さん。大丈夫?」
瞼を閉じた水引が俺の腕に優しく触る。するとその部分から暖かさが広がって、安心感が湧いてくる。
気が付くと周囲のどんよりとした空気は既に無く、快晴の空と太陽に照らされたアスファルトがそこにはあった。
「喧嘩をする力は俺の記憶を奪った奴らまで取っておいてくれ」
まだ敵は姿すら現していないのに、俺の体は疲労による脱力感を覚えている。仮に2人が本気で戦えば、俺は疲労だけでは済まないだろう。
俺にとって幸運なのは、どういう訳か阿字ヶ峰も水引も俺の話を素直に聞いてくれることだが、そこが逆に首を傾げる要因である。
理由の分からない称賛ほど気持ちの悪いものは無い。
だからハッキリとさせなければならない。
何故、俺なのだろうかと。
顔を上げると駆け寄って来る阿字ヶ峰の姿を見えた。
「委員長よ。大丈夫じゃったか?
まったく、無茶をしよって。そこの憎い霊能力者と違って、お主ならばすぐにあの世に引っ張られるぞ。困った奴じゃ。フヒヒ」
楽し気に笑う阿字ヶ峰は、さらりと恐ろしいことを口に出しやがった。
「困っているのは俺の方だ。無茶をさせる状況を作らないでくれ。
これからは水引との喧嘩は無しだ。何かあったら俺に言え。厳正なる判決を下してやる」
「委員長の頼みなら仕方が無いのう。良いか水引よ」
「納得した。これからは委員長に相談する」
またである。この謎の従順な態度。たかが1ヵ月で彼女達の信頼を勝ち得たとは、俺には到底思えない。
だから聞くしかない。
「そうしてくれるのは嬉しいんだけど、どうして俺に従ってくれるんだ? 何かした記憶は無いんだが」
阿字ヶ峰は腕を組むとじっと俺の顔を見て、「何と言えばいいか。どうするか」とぼそぼそと呟いている。
答えあぐねている様子の阿字ヶ峰は、視線を動かして鞍馬を見る。
「僕から話しましょう。僕と阿字ヶ峰がどうして委員長に従うのか。
理由は2人とも委員長に既に会っているからです。その顔は記憶にないと言ったところですね。それは仕方がありません。人とは不思議な生物です。
次に僕の言葉を思い出した時、きっと委員長は僕の言葉の意味を知る。委員長が現在手にしているものは、風の尾でしかない。いつか風の元に辿り着いてくれればいい」
「フヒヒ。鞍馬が何を言っているか分からんと思うが、その通りなのじゃ。まったく。鞍馬は詩人だからな」
「何を言っているのですか。僕は詩人ではありません」
「その変わらんところはお主の良いところじゃが、直した方がいいところでもあるぞ。何にせよ鞍馬が言いたかったのは、わしらが答えを言うよりも自分で探せということじゃ」
どうやら俺はこの2人に、過去に会っているようだ。しかもその時のことは教えてくれないらしい。
彼らとの出会いは欠片も記憶にないが、鞍馬が言うように俺が思い出すしかないようだ。
気が向いたら考えてみるか。
阿字ヶ峰と鞍馬は俺と面識があるのなら、水引も俺と過去に会っているのだろうか?
「水引も同じ理由か?」
「私は違う。あなたのオーラが教えてくれたの。信じるに値する人だと」
「オ、オーラか、そうか」
水引は霊能者である。そう言えば、テレビで見た霊能者がオーラを診断するとか言っていた。
俺はその時に何を言っているんだこいつは、と思っていたけどオーラは本当にあるらしい。
テレビに出ていた霊能力者を胡散臭いと思うのは変わらないが、現実に霊能力を見せてくれた水引の言うことは信用できる。
だから俺も水引の信頼には答えたい。
「そのオーラが見掛け倒しにならないように頑張るよ。そろそろ多田篠公園だ」




