【0.5章 4話】 毒舌の容疑者K
「さすが広い公園ね。ドブネズミも大きいわ。ごめんなさい。委員長だったわ。おかしな色の服を着ているから間違えたわ」
第一声から俺に対する罵倒だ。確かに俺が今着ている服は、灰色と茶色の中間のような変な色である。相変わらず手厳しい。
これでこそ俺が良く知っているケイだ。
「変な色の服で悪かったな。それにしてもどうしたんだ」
ユニットハウスの中はとても簡素である。中央には1台の机と向かい合わせに置かれた2脚の椅子がある。その片方にケイが座ってこちらを見ている。
他には壁際にホワイトボードと、折り畳まれた椅子が数脚と、これまた折り畳まれた1台の長机、そして壁掛け時計とエアコンが設置されているのみで、他には何も無い。おそらくこの部屋は会議用で、もう1台あったユニットハウスに資料なんかを置いているのだろう。
俺はケイの向かいの椅子に座ると、ケイは大きなため息をつく。
「どうしたんだ。何があった」
「なんだかハエの羽音が聞こえるわね」
「そうかもしれない。ケイからは良い匂いがするからな」
「きっしょ。止めてくれないかしら」
「だったら答えてくれ。何があった」
「委員長には関係ないわ」
「そんなことはない。ケイは俺のクラスメイトだからな。困っているのなら助けてやりたい」
「困っていないわ」
「そうだとしても、話してくれないか」
「そいつらに話す気は無い」
ケイは俺の背後に目線を向ける。そうか、俺には話す気はあるのか。なんだか嬉しい。
「だそうなので、2人にしてもらえませんか。それと写真も貸してもらえますか」
俺の言葉に背の高い警察官は眉根をひそめると、初老の警察官が肩に手を置く。
「構わないよ。それでは僕達は部屋を出ようか」
初老の警察官は机上にケイと黒猫が写った写真を置くと、皆を引き連れてユニットハウスから退出していく。全員が部屋から出て扉が締められたので、改めてケイの方を向く。
「それじゃあ何があったか話してくれないか」
まさかの無言である。これだからクラスの中で友人が出来ないんだ。いや、別に友人がいないのはケイだけでは無いな。考えただけで憂鬱になるクラスだ。
だけど俺は委員長としてクラスをまとめないといけない。面倒くさいなんて言っていられない。
俺は携帯電話を取り出してカメラを起動すると、机の上に置いた。
「写真を撮ってくれないか」
「はあ? どうして私がそんなことを」
ケイはぶつくさと言いながらも右手で携帯電話を手に取ると、カメラのレンズを俺に向けた。
「じゃあ、撮るわよ。3、2、1、撮ったわよ。これでいいかしら」
雑に撮られるかと思ったが、意外にもケイはカウントダウンを伝えてくれた。
「ありがとう。これでわかったことがある。この写真だけど、もしかして鏡越しに撮ったか? 左右を正すために」
「え、え! な、何言ってるのよ」
そう噛みながら言うケイの目線は定まらないし、突然髪をいじり始める。明らかに動揺している。
「写真を撮った時、ケイは右手でシャッターを押した。ケイは右利きだ。だけどこの写真が左右反転しているのなら、ケイは左手で撮ったことになる。それと写真の右上に白い物が見切れているけど、これは鏡のフレームじゃないのか?
こんな苦労をしなくても、左右を反転してくれる機能が付いていると思うぞ」
「何ですって! 先に言いなさいよ」
「その反応を見るに、俺の考えは正しかったようだな」
ケイは口をへの字に曲げてから、顔をそむけた。
「そうよ。反転したら嫌じゃない」
ケイの頬がほのかな朱色に変化した。今が平常時ならこの恥ずかしがっているケイを楽しむのも面白そうだが、今はしないでおこう。
それにケイとこれほど会話が続いたのは初めてだ。いつもは一言だけ残してどこかに去ってしまう。事件に巻き込まれて良かった点だ。
「俺は今回の事件について、大体の流れは知っている。だからケイ、聞かせてくれ。ケイは自分の猫が犯人だと思うか?」
「違うわ」
「その根拠は?」
「私のペットだからよ。私が信じないで、誰が信じるのよ」
寂しそうに俯くケイはとても可愛らしく見えてしまう。俺に嗜虐趣味があるわけではない。彼女の優しさを見たからだ。
「だったら俺も信じる」
「はあ? 何を言っているのよ」
「俺は委員長だからな。クラスメイトを信じて、困っているなら助けるのが役目だ。ケイは自分のペットが冤罪を掛けられていて困っている。それなら俺がケイのペットの無罪を信じて、それを証明する。俺はお前を信じる」
俺は真っ直ぐにケイの目を見る。しばらくして、ケイは「きっしょ」と呟いた後、ため息交じりに視線を逸らした。
「そんな恥ずかしいセリフ、私なら言えないわ」
「今後の意思表明だと思ってくれ」
ケイは小さく口角を上げる。
「委員長はきっと、この先苦労するわね」
「あのクラスの委員長になった時点で苦労の覚悟はしている。それに今回の事件だけど、そもそも気になる点がある」
「気になる点?」
「その前に、ケイの猫はどこだ?」
「それが……、いなくなったのよ」
「いなくなっただって?」
「そうよ。それで探した。そしたら警察が猫の話をしていたからこの写真を見せた。もしかしたら見つかるかもしれないと思って。それでこのありさまよ。迂闊なことをしたものね」
「それは言ったのか?」
「言わないわよ。色々と、面倒だし」
どおりで初老の警察官が困っている筈だ。事件を起こしたらしき猫の飼い主が現れて、一言も口を開かないのだから。
「そうか。取りあえず話を戻す。気になる点だけど、ケイの猫はこの写真を見ると右肩の辺りにハートの模様があるけど、左肩にも似た模様はあるのか」
「左肩にはないわ。左はおしりの辺りに、もう少し小さいけどハートの模様があるわ」
「そうか。コンビニ店員の話だと、猫の左肩にハートの模様があったと言っていた。しかも、そのコンビニ店員はずっと見ていたとも語っている。
更におしりの模様については一言も話していない。つまりコンビニ店員の証言には信じるに足るものでは無い。
俺が思うに、コンビニ店員は確かにケイの猫を見たけど、それはコンビニの前を通り過ぎる姿を見ただけだったのではないか。その時に見たハートの模様の存在だけを記憶していて、どこにあったのかは記憶してはいなかった」
「利用されたのね」
「その可能性はある。もしコンビニ強盗の件が嘘なのだとしたら、他の件も怪しくなってくる。だから改めて俺たちで調べ直そうじゃないか」
「調べ直すって、どうするつもりなの?」
「こういうのはどうだ。ケイは自分のペットが他人に被害を与えてしまったこと、そしてその猫が行方不明であること、この2つが重なって動揺している。
被害者は賠償を求めていないと聞いたけど、猫が戻ってくる前にまずは迷惑を掛けたアイドルの天坂、被害者の女性、発見者のサラリーマン、それとコンビニに直接謝りたい。だから連絡先を教えて欲しい」
「そんな簡単に教えてくれるものかしら?」
「やってみないとわからない。案外簡単に話が進むかもしれないだろ」
ケイが鼻で笑った。
「ふんっ。そう思えないわ。だけどそれが私の為なのだとしたら、断る理由は無いわ。委員長に任せる。私は委員長の指示通りに動くわ」
「ありがとう。それじゃあ行くか」




