準備
今日から岳人はまた旅に出る、それもとても長い旅。
行先は不明、旅の内容もノープラン。そして、元には戻ることのできない。
それがこの世界のルール。
だが、仕方のないこと。元に戻れるのならそれは双六ではない。双六でできたからこその決まり。
しかし、それは岳人にとっては特に意味はない。
元に戻れようが戻れまいがとにかく現実世界への帰還を望むのみ。
一刻も早く戻らなければどうなってしまうのかわからない。
このまま、この世界で歳をとって死んでゆくのも有りかと思ったこともあるが、どうしても向こうでやり残したことが山ほどある。
それを叶えるためには死んでしまうわけにいかない。
だから、俺は今日、前へと進む。
日が昇った朝八時ころ、岳人は大きな欠伸をして目覚める。
いつものように顔を洗い、歯を磨いていく。ひげを剃ることも忘れてはいけない。
真っ白なワイシャツを着崩し、迷彩柄のズボンを身に着ける。
そのまま、一階にある食堂へと足を運ぶ。朝ごはんの時間だ。
岳人の部屋はここ一カ月同じ部屋で寝泊まりしている。二階の右端の部屋だ。
少々お値段はするが、快適な部屋で、何と言ってもベッドが大きい。
寝相の悪い岳人にとってはかなり有難い大きさとなっており、安眠できていた。
そんなお部屋とも今日でお別れだ。寂しさもあるが次の町に期待するしかない。
岳人はドアの施錠を行い、締まっているか確認した後に食堂へと向かった。
「今日が最後のシャロン飯かー。なんだか、寂しい気もするなぁ」
独り言を呟きつつ、階段を下っていく。
食堂前に着いた岳人はここの主人と目が合った。
「やあ、ガク!目覚めはどうだい?今日はシャロン姉さん特製パンだそうだ」
「おはようございます、ライト主人。朝から元気ですね、シャロンパンに元気になる薬かなにか混入していましたか?」
「そんな言い方はないだろう?薬だなんてよ、まあいい。おめさんも食べたらわかるよ」
この白いひげを顎下に生やしたおじさんがこの宿「ジージー」のオーナーのライトだ。
いつも、陽気な雰囲気を放っている優しい人だ。
ライトと挨拶を交わした岳人は食堂の中へと進む。
席は全部で十席、そのうち四席が埋まっている。いつもこの人数くらいがこの時間に過ごしている。
全員食事を終えた後のようで一人一人が飲み物を片手に自分の世界に入っている。
岳人はいつもの窓側の席に着席する。すると、席を一つまたいだところから声が掛かる。
「よう!ガクト!元気か?なんか、眠そうな顔だな!」
「おはようカイン。相変わらずの元気の良さだな、その元気が俺にもあればな」
赤の髪に白いシャツ、ジーパンに巻くベルトはこげ茶色で味がある仕様になっている。
そして肌の黒さがカッコいいと村で人気の男、それが隣にいるカインだ。
「なあ、ガクト。聞いたところによると、村を出るんだって?どうして今になって」
岳人は聞かれるだろうと思っていた質問について淡々と答える。
「いや、まあ。先に進んでゴールしたくてな。それに、この街には用がないからな」
「そうか、がんばれよ。俺はもうしばらくこの街で滞在させてもらうがな」
カインは残念そうな表情をみせるもそれは一瞬のことだった。悲しい顔は見せないというカインの誓いなのか彼はあまり暗い表情を見せない。その、カインが一瞬でも見せた表情には相当な悲しみが詰まっている。
「そしたら、今日にでも転送の遺跡。行くんだろ?良いマスが出ることを祈っているよ。」
「あぁ、ありがとな。転送の遺跡は課題をクリアしないと使えないからな、そこがまた重要だよ」
「課題かー。あれは確かランダムだったよな。というか、あれだけは絶対クリアしろよ?でないと、奈落の底行きになってしまうからな」
「俺もそろそろ慣れたよ。あの課題は特に難しいことは言われないからな。ただ、どんなものが来るのかは想像がつかないな。前のは……思い出すだけで胃が痛くなる」
「そ、そうか。本当にがんばれよ!絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
「わかってるよ。カイン」
カインは健闘を祈ると言い残し、そのまま席を立って行った。
すると、料理長のシャロンが直接、岳人のところへ運んでくれた。
「いい、旅立ちに、なります、ように」
シャロンは身長の高い女性シェフである。髪型はいつもポニーテールでその顔立ちはモデル顔負けの美人さんである。しかし、コミ障が働き、友人は少ないと聞く。だから、あまり給仕を休むことは無い。
「ありがとうございます、いってきます」
シャロンは少し笑顔を見せると足早に去って行った。少し、恥ずかしさが残っていたようだ。
食事は先ほどライトの話題から出てきたシャロンパンにフワフワ卵のスープ。野菜のサラダというザ・朝ごはんと呼ぶにふさわしいものだった。シャロンパンはほのかに温かさを残し、口にほおばると中のクリームの甘すぎない甘さが心地いい。サラダを完食して、卵スープを飲み干すと、岳人は立ち上がる。
戦いの準備が整ったかというかのように満足げな笑みを浮かべてダイニングから立ち去った。
転送の遺跡の試練へと立ち向かうべく、部屋の荷物をまとめて部屋のなかを見渡す。
そこにはこの一か月間の思い出の匂いが残っていた。
沢山いろいろなことがあったが、そのどれもが大切だ。
これからまた、新たな旅に出る。自分のゴールを探す旅に。
岳人は愛用のハットを被り、ドアから出て行く。その背には「またな」と言っているような雰囲気を出していたが、この世界では「またな」はあり得ない。一期一会の双六の世界だから。




