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「69話」 無の消滅!


 昔から、絵画などにおいて死の擬人像が用いられる事があった。


 その擬人化された死というのは即ち、骨と皮だけの老人とも取れる……まさに死神のような姿だった。


 更に、“死”と言えば、ヨハネの黙示録、四騎士が1人。蒼ざめた馬の騎士が有名だろう。


 彼は記述によれば冥府を従えているとされる。


 何故俺がこんな話をしているかって?  それは……


 「今、世界が丁度黙示の時が訪れているからな……」


 俺はグレイプに、何より自分自身に言い聞かせる様に言った。


 その声は自分でも驚くほど頼りが無く、生気がごっそり抜けた様だった。


 俺の情けの無い声に反発する様にして唇を尖らせるグレイプ。


 そのまま唇奪っちゃうよ?


 「だからって、なんで天使の能力(チカラ)が取れないんだよ……?」


 目にかかる程度の金髪がハラリと揺れて、グレイプの碧い瞳を浮き彫りにする。


 頬は怒りの興奮からか僅かに蒸気しており、ほんのりと朱がさす。


 俺は、そんな様子のグレイプに悶え……じゃなかった、弁解した。


 「俺こそが、神の御使いとして運命を破壊し、新たなる調和を齎す存在なんだ……だから」


 俺がそうまで言いかけたところで、グレイプに突然胸倉を掴まれた。


 俺よりも若干背の高いグレイプにソレを行われた為、自動的に俺は爪先立ちに成る。


 急激に目の前に近づくグレイプの顔。そこには憤りに満ちた紺碧の眼が在った。


 グレイプが激昂する様に俺に向かって怒鳴りかける。


 「だから……!  それが意味わかんねぇんだよ!!」


 じっと眼を見つめられたまま叫ばれる言葉に俺はすっかり身を縮めていた。


 悔しさからか、食いしばられた白い歯に俺は目を奪われた。


 今にも噛みついてきそうなグレイプのヤエバ……俺は、自分の妄想に嘆息した。


 掴まれたままの胸倉、グレイプの腕の力は未だに緩む事がない。


 「兄ちゃんが天使だからとか、運命を壊すだとか……そんな事は関係ねぇんだ!!」


 そんなグレイプの慟哭にも近しい叫びは“無”で満たされた虚ろな空間に轟いた。


 一歩踏み出されたグレイプの右足と、絡み合う様に重なる俺の左足。


 俺の目の前には今だ、幼い少年でありながら瑞々しい色香を発するグレイプの首筋が映る。


 グレイプの香りが俺の鼻腔を()く、だが、俺の意識は確かにグレイプに向けられていた。


 いや、グレイプのその先の言葉に……


 「兄ちゃんは……兄ちゃんはオレだけの兄ちゃんなんだ!」


 グレイプがそう叫んだ瞬間に掴まれていた胸倉は解放された。


 しかし、それから息つく暇も無く、俺の腰は逞しいグレイプの腕にガッチリとホールドされていた。


 左腕を俺の腰に回し、少しきつくグレイプの足と密着させられる。


 余った右手は探る様に俺の背中を這う。


 右手は俺の最初は腰の裏の辺りを差する様だったが、徐々に登って、俺の肩甲骨の辺りでピタリと止まった。


 完全に捕まった。


 俺の顔はグレイプの首筋に埋められているが、お互いの肉体(カラダ)からお互いの心臓の鼓動が聞こえてきた。


 抱きすくめられてから急に、早鐘を打つ様に鳴る鼓動を、グレイプに気づかれていないかどうも気になる。


 吸い込むグレイプの香りが強くなる、肩に回された右手が俺を逃がさない様に力強く抱きしめる。


 「ーーッ……」


 俺に出来る事は、抗う様に身をよじる事だけだった。


 しかし、思った以上に強い力で結ばれ俺はソレをほどく事などできなかった。


 それどころかグレイプの右手に軽く頭を押さえつけられてしまう。


 グレイプの胸に押し当てられた耳からはやはりグレイプの軽やかな鼓動が聞こえてきた。

 

 これ以上の抵抗は無駄だと悟った俺も、ゆっくりとグレイプの背に腕を伸ばす。


 ピッタリと重なり合う俺たち。


 そんな俺たちのシルエットはきっと、恋人どうしが重なり合ってる……官能的な光景だったろう。


 俺たちをそっと諦観する“無”さえも胸を焼き焦がす程、それは情熱的な抱擁だった。


 俺の両腕もグレイプの背中を目的無く這い回る。


 左手は静かにグレイプの背を撫で、最終的にグレイプの右肩を厳かに抱く。


 幼い肉体(カラダ)の中に、しかし幼稚さはどこにも無く、無骨に盛り上がったソレが俺の指先から得られる全ての情報だった。


 ……右手は、グレイプの腰に向かっていた。やはり、引き締まった背筋の感触を確かめる様に、俺の指はうごめいた。


 親指、人差し指、中指、薬指、小指……それら全てで俺はグレイプを感じていた。


 どくり、どくりと心臓が血を、酸素を身体中に送り出す。


 ふと、視線をあげるとグレイプと強に目が合った。


 吸い込まれる様な碧の瞳に、俺は父と同じ、グレイプの優しさや意思の強さを感じ取った。


 俺は、少し潤んだ眼で、グレイプを上目遣いに見上げる。


 なんでだろう、弟……グレイプにこんな気持ちになったのは始めてだった。


 前から愛おしかった、守ってあげたかった、大好きだ。


 だけれど、今は、違う。


 「あ……」


 それは、一瞬の出来事だった。


 徐々に近づいてくるグレイプの強張った顔。


 黄金の長い睫毛は伏せられていて、瞼が時折痙攣する様に動く。


 その、グレイプの熱っぽい息を鼻先に感じていた時には、もうそれは終わったあとだった。


 「……ッン…!」




 瞬間……空虚な闇は、晴れた。


 

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