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短くて小さな物語  作者: MMPP.K


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8/8

008 ハゼル、コロッケ

「コロッケが食べたい」


 誰しも1度は思ったことだろう。

 世界で一番美味しい食べ物は?と聞かれたら、そう、最初に思い浮かぶ料理だ。


 週末、いつものように読書をしていた私、目に飛び込んできた料理の写真を見た瞬間。あ、私、コロッケが食べたいって思ったんです。しかも家で作ったやつを食べたい。


 思わず、

「コロッケが食べたい」って嫁さんに言い放ったわけです。


「手伝ってあげるから、自分で作ってみたらいいねん」とのお言葉が返ってきました――なるほど。


 こうして、私のリュウジさんの「至高のコロッケ」への挑戦が、始まったのでした。

 いや、挑戦というよりも、料理初心者の私にとっては、冒険と呼ぶ方がしっくりくるかもしれませんね。


 じゃがいも……それは修行

 まずじゃがいもを手に取ります。

 皮をむこうとすると、ころんと手から零れ落ちる。

 なぜ君はそんなに俊敏なのか……落ちるたびに小さなため息をつきながら、なんとか皮むきを終えました。


 レンジで加熱!


 ホクホクのじゃがいもが出来上がってきた。

 思わず、パクッ!


「完成だ」

「まだだし、つまむの1口だけだからね」


 嫁さんからの注意が飛んでくる。


「すでに美味しいぞ!」


 そして、私は冷蔵庫からビールを取り出した。

 キリンビール、一番搾り「ホワイトビール」350ml、口当たりが軽くフルーティーなのが特徴だ。


 プシュゥッ!グビツ!ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。トン。


 グビッ、ゴクゴクゴクゴクゴク……「ぷはぁ!うまい」


 空になった缶ビールに目をやりながら。


「男の料理はビールだ!りゅうじさんも言っていた、これは真理なんだよ」


 ふと隣を見ると、嫁さんの目は冷たかった。違ったらしい。


 それにしても、ふかされたじゃがいもをマッシュするのは、思った以上に力仕事だった。

 崩しすぎるとクリーミーになりすぎて、じゃがいも感が薄れる。わかってはいるんだが……つい、頑張ってしまった。


 この段階で、料理というよりも筋トレ兼マッシュ修行の様相を呈してきていた。


 玉ねぎ投入……そして事件

 ひき肉と玉ねぎを炒める段階……ここで私の野心が顔を出してきました。


「クリーミーすぎるマッシュに対抗するなら、玉ねぎで触感を出せばいいんじゃないか?」


 結果はご想像の通り、半生どころか限りなく……生。


 当然、嫁さんから愛の指摘が飛んできた。


「火、通そっか!?」


 そうか、料理って素材との対話なんだな――私の挑戦心は、少し早すぎたようだ。


「ある程度水分を飛ばしておかないと、揚げたときに爆発しちゃうからね」


 爆発!


 そうか、料理は爆発なのか――この世界は、まだまだ知らないことであふれているようだ。


 背水の陣…それすなわち、私の胃に直撃。


 そして思い出すのは、私の我儘で始まる料理(今回はコロッケ)の掟である。

「失敗」したら、自分の胃袋に直行、逃げ場なし、ここで背水の陣となるわけである。


 もちろん指摘に従い、玉ねぎを炒め、味付けもレシピを忠実に守る。


 一口食べた分は、ご愛敬だ。


 ひき肉の旨味、玉ねぎの甘み、そしてクリーミーなじゃがいも、少しずつ形が整ってくる。

 おそらく、お味は担保されたはず……。


 揚げる前にしっかりと冷ますという工程にさしかかりました。


「ほら、丸めるで」


 嫁さんがエプロンの紐を結び直しながら言う。


 私はタネに手を伸ばしかけ、触れた瞬間。


「あつっ……いや、これまだ無理やろ」

「せやね、まだ熱いね」


 手を引っ込めると、嫁さんがあっさり言った。


「とりあえず冷やそか」


 ボウルごと冷蔵庫へ。


「30分くらい置いとこか」

「30分……読書できるな」

「また本なの」


 料理メモ

 じゃがいもは力仕事、ホクホク感とのジレンマ


 ホクホクじゃがいもは、一口までならOK


 男の料理はビール、それが真理


 玉ねぎアレンジで小さな事件発生に気を付ける


 背水の陣でモチベーションMAXそして慎重に至る


 味付けはプロの味に忠実従え!


 ただし失敗は、胃袋へ(重要)


 ネタは冷やして丸める


 私はソファに戻り、途中だった「ぺぺたま」のページを開いた。

 卵を2個使うという暴挙に震えながらも、写真にくぎ付けになる。


「これ、ほんまに2個入れるんか……」

「なにが?」

「ぺぺたま、卵2個やねん」

「知らんよ」


 即答だった。

 料理というのは、どうやら共有されない情報も多いらしい。


 写真の中のパスタは、やたらと艶やかで、完成されている。

 それに比べて、さっきまで触っていたじゃがいもは、どこか無骨だった。


「同じ料理やのに、全然ちゃうな……」

「そらプロやし」


 また即答だった。


 なんとなく悔しくて、ページをもう一度見直す。

 工程、材料、分量。


 ちゃんと書いてある。


「ちゃんとやれば、できるってことか……」

「そのためのレシピ本」


 また返ってきた。


 会話は成立しているのかしていないのか、よくわからない。

 でも、なんとなく安心する。


 キッチンとリビング。

 距離はそんなにないのに、世界が少し違う。


 本の中の料理と、現実の料理。


 その間で、私はたぶん、行ったり来たりしている。


 ただ、その「ちゃんと」は一番難しい。


 ……気づけば、コロッケの存在を完全に忘れていた。


「もう、そろそろいいじゃないかな!」


 コーヒー片手に、再び読書にふけっていた私に、嫁さんが私に声をかけてきた。


 ちなみに今読んでいるのは「ぺぺたま」なるページの読み返し、卵を2個も使う中年オヤジにとっては恐ろしい存在である。

 ああ食べたい。


「なにが?」

「なにって、コロッケの続き、作るんでしょ?」


 もちろん忘れていたわけじゃない。


 冷蔵庫からとりだした冷や冷やの、じゃがいもとひき肉と玉ねぎと調味料の混然一体になったなにかに、衣をまとわせる作業の開始だ。


「おお、なんかプロっぽいぞ」

「そらそうでしょ、冷やしたら固まるんやから」


 嫁さんは淡々と丸め始める。


 私も真似して丸めるが、なぜか俵型にならず、ほぼ球体。


「丸い。丸すぎる」

「丸くても揚がるって。気にしすぎ」


 卵液にくぐらせ、パン粉をまぶすと、急に“コロッケの顔”になる。


「おお、急にそれっぽい!」

「衣つけたら大体なんでも美味しそうに見えるんよ」


 二人で黙々と作業を続ける。


 タネの冷たさ、パン粉のサラサラした感触、静かな時間。


「これ、何個できるんやろ」

「さあ?途中でつまみ食いしたからねえ」


 揚げる、弾ける、いとおかし

 いよいよ、揚げのステージ。


 フライパンに油を注ぎ、適温に熱する。これ以上ないほどの緊張感と高揚感。


 手に持ったコロッケの種?ネタ?を、ギュッと握りしめる。


 そして、コロッケの種?ネタ?をそっと入れる。ジュワッ、パチパチパチッという音とともに香ばしい匂いが立ち上がってきた。


「あちぃっ!」(熱い!)


 慌てて手を引っ込める。


 ああ、この音、この香り。

 お家コロッケ作りの醍醐味は、まさにこの瞬間に凝縮されているんじゃないだろうか……眺めてるだけでヨダレガ。


 そして、揚げながら「本当に成功するのか?」「油は熱すぎないか?」と心臓がドキドキ、それと同時に、ここまでの努力が報われる瞬間でもありワクワクしてくる。


 揚げ上がり、そして味わい。

 油から上げたコロッケは、外はサクッ、中はきっとクリーミーなはず。

 思わずつまみ食い。


「あつっ!」


 思わず声をあげてしまったが、玉ねぎは程よく火が通り、甘みとシャキッと感がちょうど良いアクセント……狙い通りだった。嘘である。


 じゃがいもはホクホク……をちょっと通り越してクリーミー……そしてひき肉の旨味が口の中に広がる。


 自分で作ったからこそわかる、美味しさ補正バイアスの効きまくりを差し引いたとしても美味しかった。


「成功だ!」


 思わずつぶやいていました。そして心でガッツポーズ。


 その横で、ボンッ!


「なんだ!テロか?」


 コロッケの衣の端がはじけていた。


「あぁ、やっぱり水気がまだ残ってたとこあったみたいやね」

 嫁さんが、一言で説明してくれた。


「やはり……料理は爆発だ」


 そう言った瞬間、もう一つのコロッケが大きく膨らんだ。

 パチパチと油がはねる。


「ちょ、危ないって」

 嫁さんの声と同時に、ボンッと音がした。


 油の中では、コロッケがそのまま揚がっている。


「ほら、焦げるで」 嫁さんに言われて、私は慌てて一つを取り上げた。


 皿の上に、コロッケが並んでいる。

 ……さっき、弾けたはずなのに。


「ほら、失敗した分もちゃんと食べや」


 嫁さんがそう言って、皿をこちらに寄せる。

 私は一つ手に取り、口に運んだ。


 コロッケをひとつ取って、皿の上を見た。


「あれ、これ……一個多くない?」

「え?最初からこの数やで」


 妻はそう言って、何事もない顔でひとつ取った。


 もう一度、数えようとして、やめた。


「ほら、食べや」

 嫁さんが皿を寄せる。


 私は、もう一つ取った。

 


作品、読んでくれてありがとうございます。


1週間に1話、2話あげてみますね。


「短い文章が好き。」


MMPP Publishing では、気軽に読める、短くて小さな物語を集めています。


クスっと笑えたり、少し考えたり、なんとなく心に残ったりする話があります。

だいたい1分くらいで読めちゃいます。


これからも、作品を公開していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。by MMPP.K


no+e:https://note.com/mmpp_publishing/

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