望まぬ第二の人生
はじめまして、threadです。
本作を開いていただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
この作品が処女作となります。
その日も、いつもと変わらない仕事帰りだった。
天野理人、三十二歳。職業は弁護士。
仕事柄、他人の揉め事に巻き込まれることは日常茶飯事だった。依頼人の利益を守るために知恵を絞り、時には相手の矛盾を突き、時には冷徹な判断を下す。
感情よりも合理性。
理想よりも現実。
そして何より、自分の利益と安全を優先する。
それが理人の生き方だった。
「……やっと終わったか」
腕時計を確認すると、時刻は午後七時を少し過ぎたところだった。
今日の仕事は面倒だった。相手方との交渉が長引き、予定よりもずいぶん遅くなってしまった。
理人は小さく息を吐き、駅へ向かって歩き出す。
夕暮れの街には、帰宅する人々の姿があった。車の走る音、信号機の電子音、誰かの話し声。
見慣れた光景。
いつも通りの帰り道。
このまま帰宅して、食事を済ませて、眠る。
明日も仕事だ。
そんなことを考えながら横断歩道の近くを通りかかった、その時だった。
「危ない!」
誰かの叫び声が聞こえた。
理人が顔を向けると、小さな子供が道路の真ん中に飛び出していた。
その先には、こちらへ向かって走ってくる車。
運転手が急ブレーキを踏む。
タイヤが路面を擦る甲高い音が響いた。
しかし、間に合わない。
子供は迫ってくる車に気づいていないのか、その場に立ち尽くしていた。
理人は一瞬だけ周囲を確認した。
距離、速度、子供までの位置。
間に合う可能性は低い。
普通に考えれば、関わるべきではない。
自分が飛び出したところで、二人とも助からない可能性だってある。
それでも――。
「クソ、何で動いてしまうんだよ」
気づけば、理人の身体は動いていた。
地面を蹴り、子供の身体を強く押し出す。
子供が道路の外へ転がるのが見えた。
次の瞬間。
凄まじい衝撃が、理人の身体を襲った。
視界が回転する。
身体が宙に浮いたような感覚。
全身を走る激痛。
そして、地面に叩きつけられた。
「がっ……!」
息ができない。
視界がぼやけていく。
周囲から悲鳴や叫び声が聞こえるが、何を言っているのか分からない。
助けた子供は無事だろうか。
そんなことを考えながら、理人は薄れゆく意識の中で苦笑した。
「……はぁ。自分のことだけ考えて生きるつもりだったんだけどな」
それが、天野理人の最後の言葉だった。
◇
――眩しい。
最初に感じたのは、それだった。
理人はゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
見知らぬ天井。
木材を組み合わせたような天井には、見たこともない模様が描かれている。病院の白い天井とはまるで違う。
身体を起こそうとして、理人は違和感を覚えた。
「……?」
腕が細い。
手のひらも小さい。
指も短く、肌にはまだ幼さが残っている。
慌てて自分の身体を確認する。
着ている服は見慣れない粗末な布の服。
身体つきも、明らかに大人のものではない。
「どういうことだ……?」
記憶をたどる。
仕事帰り。
道路に飛び出した子供。
助けようとして、自分が車に轢かれた。
そこまでは覚えている。
ならば、ここは病院なのか。
いや、違う。
部屋の造りも、家具も、置かれている道具も、どこか現実離れしている。
理人は慎重に周囲を観察した。
窓の外には、見たこともない街並みが広がっていた。
石造りの建物。
舗装されていない道。
その道を歩く人々の服装も、まるで中世ヨーロッパのようだった。
さらに、窓の外を通り過ぎた人物の耳が、妙に長いことに気づく。
「……エルフ?」
思わず口に出していた。
そんな馬鹿な。
だが、目の前の光景は夢にしてはあまりにも鮮明だった。
理人はしばらく考え込んだ。
自分は死んだ。
そして、知らない場所で子供の身体になって目覚めた。
この状況から導き出せる答えは一つしかない。
「……生まれ変わった、ということか」
突拍子もない結論だった。
しかし、弁護士として数々の事案を扱ってきた理人は、どれだけ信じがたい話であっても、目の前の事実を無視することはしなかった。
ここがどこなのか。
自分が何者なのか。
なぜ子供の身体になっているのか。
分からないことだらけだ。
だが、一つだけ確かなことがある。
「まずは情報収集だな」
焦っても仕方がない。
理人は新しい身体と、この世界について少しずつ理解していくことにした。
◇
それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
理人はこの世界の情報を周囲の人々から集めていた。
どうやらここは、魔法や魔物が存在する異世界らしい。
そして、この世界には奴隷制度が存在していた。
理人自身も、その制度と無関係ではなかった。
記憶を辿ると、彼がいた村は盗賊に襲撃されていたらしい。
家族を失い、行き場をなくした理人は奴隷商人に捕らえられ、売られることになった。
その後、いくつかの場所を経て、彼は奴隷市場へと運ばれた。
自分の意思とは関係なく、値段をつけられる。
人間を商品として扱う光景に、理人は内心で不快感を覚えた。
だが、今の自分には何もできない。
身体はまだ幼く、頼れる人間もいない。
この世界の常識も十分には理解できていない。
無謀に動くのは得策ではなかった。
「……今は耐えるしかないか」
理人は周囲を観察しながら、次の機会を待つことにした。
そして、一月が経った頃。
「おすすめの子はいるかしら?」
落ち着いた女性の声が聞こえた。
理人が顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。
冒険者らしい身なりをした女性だった。
彼女は周りを一度見てから、奴隷商人へ視線を戻す。
「荷物持ちとして使うつもりよ。最低限の仕事ができれば問題ないわ」
「かしこまりました。では、この子はどうでしょうか?」
「頭の回転は早いし、指示はしっかりと聞いてくれますよ。」
女性は少し考えた後、特に迷う様子もなく頷いた。
「それでいいわ」
こうして、理人はその女性に買われることになった。
女性の名前は、エレナ・クロムウェル。
後にリヒトと名乗ることになる少年の、長い異世界生活の始まりだった。
この時の理人は、まだ知らない。
自分がこの世界で自由を手に入れ、やがて一つの国を創ることになるなど、想像もしていなかった。
受験生ですので、時間が取れません。
更新は不定期に行っていきます。申し訳有りません。できるだけ早く更新していきたいと思っています。
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