薄暗い森(51〜102)
【51】
あなたは薄暗い森の入り口に立っている。風鳴りの草原から続く道は、ここで深い木々の影に飲み込まれていた。頭上では枝葉が幾重にも重なり、昼だというのに森の中は夕暮れのように薄暗い。湿った土の匂いが漂い、ときおり遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。足元を調べると、大きな足跡が見つかった。人間のものではない。まるで巨大な獣が歩いたような跡である。その足跡は北へ向かって続いていた。東には細い獣道が続き、西には苔むした岩場が見える。南へ進めば草原へ戻ることができる。
東へ進むなら【24】へ
北へ進むなら【52】へ
西へ進むなら【54】へ
南へ進むなら【55】へ
【52】
森の奥へ進むにつれて、空気はさらに冷たく湿り気を帯びてきた。頭上では無数の枝が絡み合い、わずかな陽光さえ地面に届かない。あなたは足元に残された巨大な足跡を追いながら歩いている。その足跡はますますはっきりとしたものになり、一歩ごとの間隔も人間では考えられないほど大きい。ビッグフットの噂は単なる伝説ではないのかもしれない。周囲を見回すと、木の幹には鋭い爪で引っかいたような傷跡がいくつも残されている。何か大きな生き物が縄張りを示しているようにも見えた。やがて足跡は北西へ向きを変え、さらに森の深部へと続いている。一方、南へ戻れば森の入り口へ帰ることができる。
北西へ進むなら【53】へ
南へ進むなら【51】へ
【53】
あなたは急に目の前が真っ暗になるのを感じた。そして、かなり落下して地面に尻餅をつく。どうやらかなり深い落とし穴にハマってしまったらしい。10メートルはあるだろうか。暫く困っていると、上の方から原始人のような髭もじゃで、獣の毛皮を腰巻きにしている男がやってきた。やけに足が大きい。
「どうした。落ちたのか」
「見ての通りだ。助けてくれ」
「助ける。けど、僕の靴がどこにあるか、教えてくれ。そうしなければ、助けない」
「あんたの靴?さぞや大きいのだろうが」
「どこにある?」
あなたはふと三つの建物が頭に浮かんだ。答えをちゃんと言わないと助けてくれそうにもない。相手は頭が少しいかれているようだ。
「朽ちた塔の中にある」と言うなら【71】へ
「石碑の近くにある」と言うなら【72】へ
「ミノタウルスの石像の近くにある」と言うなら【73】へ
【54】
ここは薄暗い森の西側に広がる一角である。地面には厚く苔が生え、ところどころに灰色の岩が顔を出している。木々は古く太く、その幹には長い年月を物語る深い皺が刻まれていた。風が吹くたびに枝葉が擦れ合い、まるで誰かが遠くで囁いているような音が聞こえる。周囲には動物の気配がほとんどなく、不自然な静けさが森を支配していた。足元には落ち葉が積もっており、その下には何かが埋まっていそうにも見えるが、今のところ目立ったものは見当たらない。北へ向かう道は岩場の間を縫うように続いている。南へ進めば木々が少し疎らになった場所へ出られそうだ。東へ向かえば森の入り口付近へ戻ることができる。
北へ進むなら【57】へ
南へ進むなら【56】へ
東へ進むなら【51】へ
【55】
あなたは南へ向かって歩いてみたが、しばらくすると森はそこで途切れていた。目の前には切り立った土の崖が広がり、その下には濁った川が勢いよく流れている。崖の高さはかなりあり、とても飛び降りられるような場所ではない。左右へ進めそうな道もなく、誰かが通った形跡も見当たらなかった。川の流れる音だけが辺りに響き、森の木々は風に揺れて不気味な影を落としている。周囲を注意深く調べてみたが、隠し通路や洞窟の入り口らしきものも見つからない。どうやらここは完全な行き止まりのようだ。これ以上先へ進むことはできない。仕方なく、あなたは来た道を引き返すことにした。
北へ戻るなら【51】へ
【56】
森の中を進むうちに、周囲の木々は少しずつまばらになり、地面には柔らかな草が広がるようになった。しかし明るくなったわけではない。空を覆う枝葉は依然として厚く、森全体を薄暗い空気が包んでいる。近くには小さな切り株がいくつも並んでおり、昔ここで木こりが作業をしていたのかもしれない。だが今では人の気配はなく、切り株には苔がびっしりと生えていた。耳を澄ますと、どこからか水の流れる音が微かに聞こえてくる。南へ続く道は緩やかな下り坂になっており、森のさらに奥へと続いている。西には太い木々が密集した暗い区域が見える。北へ戻れば岩場の多い場所へ帰ることができる。
北へ進むなら【54】へ
南へ進むなら【63】へ
西へ進むなら【59】へ
【57】
岩場の間を抜けて北へ進むと、森の景色が少し変わった。木々の隙間から西の方角を見たあなたは思わず足を止める。そこには灰色の石で築かれた古い城がそびえ立っていた。高い塔と城壁を持つその城は、森の中に忽然と現れたかのようである。城へ続く道は雑草に覆われているものの、今も通ることはできそうだ。一方、南へ向かえば再び苔むした岩場の多い森へ戻ることができる。西には城、南には森。どちらへ向かうかはあなた次第である。
西へ進むなら【58】へ
南へ進むなら【54】へ
【58】
あなたは森を抜け、古びた石畳の道を進んで城の前へたどり着いた。高くそびえる城壁は灰色の石で築かれており、長い年月を経ているにもかかわらず威厳を失っていない。城門の上には風に揺れる旗が掲げられているが、その紋章は色あせて判別しづらくなっている。堀はなく、代わりに深い森が天然の防壁となって城を囲んでいた。
門の両脇には甲冑を着た衛兵の姿がある。しかし彼らは微動だにせず、まるで石像のように立ち尽くしている。近づいてみると生きてはいるようだが、どこか様子がおかしい。あなたを見ても何も言わず、ただじっと観察しているだけである。
城の中からは人々の話し声や食器の音が微かに聞こえてくる。どうやら城そのものは今も使用されているらしい。あなたが門へ近づくと、衛兵たちはようやく動いた。そして二人同時にあなたの手元や腰の辺りを注意深く見つめる。その視線は、何か特定の品物を探しているようだった。
もし【ゾグマの指輪】を持っているなら【74】へ
持っていないなら【75】へ
【59】
木々の間を抜けたあなたは、小さな池のほとりへ出た。池の水はひどく濁っており、表面には緑色の藻が浮かんでいる。腐った草の匂いが漂い、とても近づきたい場所には見えない。しかし池の中央付近を見たあなたは思わず目を凝らした。水面から白い女の手が一本だけ突き出ていたのである。
その手は溺れて助けを求めているようにも見えるが、どこか様子がおかしい。指先がゆっくりと動き、まるでこちらへ来いと招いているように見えるのだ。周囲を見回しても人影はない。聞こえるのは風が木々を揺らす音と、池の水が僅かに波立つ音だけである。
あなたはすぐに近づくべきか、それとも様子を見るべきか迷った。
しばらく様子を見るなら【76】へ
北へ進むなら【60】へ
西に進むなら【62】へ
東に進むなら【56】へ
【60】
森の奥を進んでいたあなたは、突然視界が開ける場所へ出た。そこには驚くほど美しい湖が広がっている。今まで見てきた薄暗い森とはまるで別世界であった。湖面は鏡のように澄み渡り、空や木々の姿を鮮やかに映し出している。湖の中央には小さな島があり、白い花々が咲き乱れていた。
そして島の上には、何人もの美しい女性たちの姿が見える。透き通るような白い衣をまとい、長い髪を風になびかせながら歌を歌っているのである。その歌声はあまりにも美しく、聞いているだけで心が穏やかになってゆく。彼女たちは妖精なのだろうか。それとも別の存在なのだろうか。時折こちらへ微笑みかけているようにも見える。
歌声に耳を傾けるなら【88】へ
南へ進むなら【59】へ
西へ進むなら【61】へ
【61】
湖のほとりから西へ進むと、小高い丘の麓に洞窟を見つけた。入り口は大きく口を開けており、大人が何人も並んで通れそうなほど広い。洞窟の周囲には草が生い茂り、長い間人の手が入っていないように見える。中からは冷たい風が吹き出しており、どこか地下深くへと続いているらしい。
入口付近の岩肌には奇妙な凹凸があるが、長年の風雨で削られたものだろう。洞窟の奥は暗く、松明がなければ先を見ることはできない。しかし何かが潜んでいるような気配もなく、比較的安全そうに見える。もしかすると宝物が隠されているかもしれないし、森を抜ける近道になっている可能性もある。
洞窟の中へ入るなら【86】へ
引き返すなら【60】へ
【62】
あなたは森の奥へと進んだが、やがて道は途切れてしまった。周囲を見回しても先へ続く道は見当たらず、どうやらここは行き止まりのようである。木々は異様なほど密集しており、無理に進もうとしても通り抜けることはできそうにない。
しかし、この場所には奇妙なものがあった。空き地の中央に石造りの台座が置かれているのである。台座には苔が生え、長い年月を経ていることが分かる。その上には一つの水晶球が載せられていた。透明な球体の中には白い霧のようなものがゆっくりと渦を巻いている。
もし【勇者の紋章】を持っているなら【79】へ
持っていないなら【80】へ
【63】
南へ進んだあなたは、小さな広場のような場所へ出た。周囲を木々に囲まれており、これ以上先へ続く道は見当たらない。どうやらここは森の行き止まりらしい。
しかし広場の中央には奇妙なものが立っていた。赤い金属で作られた兵士の銅像である。兵士は片手に剣を握り、今にも敵へ斬りかかろうとする姿勢を取っていた。顔は赤ら顔で、怒っているようにも笑っているようにも見える。その表情を見ていると、なぜだか落ち着かない気分になってくる。
銅像の表面には緑色の錆が浮いているが、不思議なことに剣だけは鈍い光を放っていた。そして銅像を支える石の台座には、何か文字が刻まれている。長い年月で削られているものの、近づけば読むことはできそうだ。
台座の文字を読むなら【72】へ。
引き返すなら【56】へ。
【64】
あなたはリッチロードを睨みつけた。そして思い切り中指を立てる。
「くたばれ!」
玉座の間にその言葉が響き渡った。リッチロードは何も言わない。ただじっとあなたを見つめている。重苦しい沈黙である。青白い炎だけが揺れ、広い玉座の間には不気味な静けさが広がった。
あなたは少し後悔し始めた。もしかすると怒らせてしまったのではないか。いや、怒らせたに決まっている。次の瞬間には恐ろしい魔法で消し炭にされるかもしれない。あなたが冷や汗を流していると、リッチロードの肩が小さく震えた。
そして――。
「ぶっ」
笑いを堪えるような声が漏れる。
「く、くたばれじゃと?」
肩の震えは次第に大きくなり、やがてリッチロードは腹を抱えて笑い始めた。
「ははははは!
わしはもうくたばっておるわ!」
玉座の間に大笑いが響く。
「なるほど! それはそうじゃ! わしはリッチじゃからな! 死んでおる! ははははは!」
どうやらこの冗談は大変気に入られたらしい。リッチロードはしばらく笑い続け、ようやく落ち着くと涙を拭った。
「よい。実に愉快じゃ。久しぶりに笑わせてもらったぞ」
そう言うと、彼はあなたに興味を持ったような目を向けた。【67】へ。
【65】
あなたは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。相手がどれほど邪悪な存在であろうと、まずは礼儀正しく話をするべきだろう。そう考えたのである。
「は、はじめまして。私は――」
そこまで言いかけて、あなたは言葉を失った。リッチロードの赤く燃える瞳が、じっとこちらを見つめている。
その視線には底知れない邪悪さと、何百年、何千年もの時を生きた者だけが持つ圧倒的な威圧感が宿っていた。あなたの額から冷たい汗が流れ落ちる。
「ほう。何か話でもあるのか?」
リッチロードは玉座に腰掛けたまま微笑んだ。しかしその笑顔は、獲物を前にした肉食獣の笑顔にしか見えない。
あなたの足は震え始めた。礼儀正しく話そうと思っていたのに、いざ本人を前にすると、とてもではないが会話などできそうにない。
無理だ。こんなの無理である。あなたは突然くるりと向きを変え、全力で逃げ出した。
「ま、待たんかーい!」
という声が後ろから聞こえた気もするが、そんなことを気にしている余裕はなかった。あなたは逃げた。そして、その結果は――。【66】へ。
【66】
「やっぱりここから立ち去ろう」
あなたは本能的な恐怖に突き動かされ、踵を返した。こんな邪悪な存在と関わってはいけない。そう思ったのである。だが、二歩も走らないうちに異変が起きた。
目の前に黒い霧が渦を巻き、その中からリッチロードが現れたのだ。ローブの奥で、骸骨の顔が笑っていた。まるで最初からそこにいたかのように、あなたの行く手を塞いでいた。
「逃げるのか?」
リッチロードは静かに問い詰める。その笑みには怒りも憎しみもない。ただ絶対的な力を持つ者だけが見せる冷たい余裕があった。あなたは剣を抜こうとした。しかし間に合わない。リッチロードはゆっくりと指を一本伸ばし、あなたを指差した。
「死ね」
その一言と共に、あなたの身体から力が抜けてゆく。腕が痩せ細り、皮膚が縮み、肉が消えていく。悲鳴を上げようとしても声は出ない。視界の端で、自分の指が白い骨へと変わっていくのが見えた。そして最後には、あなた自身もまた骸骨となって崩れ落ちた。リッチロードはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「次の客を待つとしよう」
あなたの骨は玉座の間の隅へ放り投げられた。そこには同じような骸骨が無数に積み重なっていた。
ジ・エンド。
【67】
リッチロードはひとしきり笑った後、満足そうに玉座へ身体を預けた。
「いやあ、実に愉快じゃった。ここ数十年、いや数百年かもしれんが、これほど笑ったことはない」
そう言うと、彼は顎に手を当てながらあなたを眺めた。
「気に入ったぞ、人間」
嫌な予感がした。リッチロードに気に入られるというのは、あまり良いことのようには思えない。
「そこでじゃ。褒美をやろう」
リッチロードは指を鳴らした。空中に黒い霧が現れ、その中に一つの城の姿が映し出される。森の奥深くに建つ小さな石造りの城だ。城壁は崩れ、塔は傾き、窓ガラスもほとんど割れている。
「オンボロ城じゃ」
リッチロードは誇らしげに言った。
「昔は立派な城だったのじゃが、まあ色々あってのう」
どう見ても廃墟である。
「今日からおぬしを、あの城の城主に任命する!」
リッチロードは満面の笑みを浮かべた。まるで素晴らしい贈り物を与えたつもりらしい。
さて、どうする?
断るなら【68】へ。
引き受けるなら【69】へ。
【68】
「そうか」
とてつもなく険悪な暗い雰囲気があたりに立ち込めたので、あなたは逃げ出したくなった。【66】へ。
【69】
あなたは少し考えた後、うなずいた。
「分かりました。引き受けます」
リッチロードは満足そうに立ち上がった。
「うむ! 話の分かる若者は好きじゃ!」
そう言うと、彼は袖の中から一本の古びた鍵を取り出した。黒ずんだ鉄で作られており、ところどころに奇妙な紋様が刻まれている。
「受け取るがよい」
あなたはその鍵を受け取った。【オンボロ城の鍵】を手に入れた。
「その城は髑髏湾の南に聳える、キマイラ山脈の西にある。確か、名もなき辺境地と呼ばれおったな。あの一帯は……」
リッチロードは説明を続ける。
「まあ、少々ボロいが住めんことはない。屋根は半分くらい残っておるしな」
それは住めると言ってよいのだろうか。
「城主として立派に励むのじゃぞ。税金は取らん。住民もおらん。兵士もおらん。まあ気楽なものじゃ」
どうやら本当に廃墟らしい。だが、城を持つ機会などそうそうあるものではない。もしかすると、いつか役に立つ日が来るかもしれない。
リッチロードは満足そうにうなずくと、衛兵たちに合図した。気がつくと、あなたは再び城の外へと送り出されていた。さて、冒険を続けよう。【57】へ。
【70】
あなたは、とても美しいミランダ姫と一緒に、旅をすることになる。ミランダ姫の実家は、髑髏湾の近くにあるのだという。アドベンチャーシートの仲間の欄に、【ミランダ】と記入しておくこと。そして、あなたは【ゾグマの指輪】というものも獲得している。これを持っていると何か良いことがあるかもしれない。それにしても、あなたは自分が無意識で必殺技を使えることに驚いたのだった。ひょっとしたら、記憶を失う前は、剣術の達人だったのかもしれない。さあ。廃墟を後にして、森の中に戻ろう。【59】へ
【71】
落とし穴の底で途方に暮れていたあなたは、穴の縁からこちらを覗き込む巨大な顔を見上げた。ビッグフットである。全身を毛で覆われた大男は困ったような表情を浮かべていた。
「ひょっとしたら、あれのことかな」
あなたは風鳴りの草原で見つけた大きな靴のことを思い出し、思いつくままに助言してみた。するとビッグフットは目を輝かせた。
「なるほど!行ってみる」
彼は大声で叫ぶと、森を揺らすような勢いで走り去っていった。地面はドスンドスンと激しく揺れ、その姿はあっという間に木々の向こうへ消えてしまう。
それからしばらく経った。十分ほどか、あるいは一時間近くかもしれない。穴の底では時間の感覚が曖昧になる。あなたが半ば諦めかけた頃、再び地響きが近づいてきた。
ビッグフットが戻ってきたのである。そして彼の足には、見事に巨大な靴が履かれていた。
「見てくれ! ぴったりだ!」
彼は嬉しそうに何度も足踏みして見せた。以前よりも堂々とした姿に見える。どうやら長年の悩みが解決したらしい。
「ありがとう、人間。お前のおかげだ」
ビッグフットは満面の笑みを浮かべると、腰の袋から小さな品を取り出した。
「これは礼だ。役に立つかもしれん」
それは古びた小さな笛だった。見た目は地味だが、不思議な魔力が宿っているように感じられる。
あなたは【小笛】手に入れた。
「もし、何かピンチになったらこれを吹いたら、助けに来るからな。まあ、ここら辺一帯だけだけど」
ビッグフットは満足そうにうなずくと、再び森の奥へ去っていった。その後ろ姿を見送りながら、あなたはこの小笛がいつか重要な場面で役立つかもしれないと思うのだった。とりあえず戻ろう。【52】へ
【72】
風は止み、不思議な静寂が辺りを包み込んでいる。あなたは、この石から何か意味を汲み取ろうと思ったのであるが、全くわからない。ルーン文字で何か書いてある。ふと足元を見ると、小石がわずかに震えていた。何かがおかしい。そう思った瞬間、周囲の景色が大きく揺らいだ。
それは、圧倒的な石でてきた、形容不明な質量そのものだった。逃げようという考えが頭をよぎる。しかし、その時にはすでに遅かった。巨大な影が視界を覆い、世界は急速に狭くなってゆく。
木々のざわめきも、風の音も、すべてが遠ざかっていった。あなたの冒険は、抗う間もなく終わりを迎える。森は再び静けさを取り戻し、何事もなかったかのように薄暗い時間を刻み続けるのであった。
あなたは死んだ。
【73】
風は止み、鳥の声も聞こえない。不思議な静寂が辺りを包み込んでいる。ふと足元を見ると、小石がわずかに震えていた。何かがおかしい。そう思った瞬間、周囲の景色が大きく揺らいだ。
それは、圧倒的な石でてきた、形容不明な質量そのものだった。逃げようという考えが頭をよぎる。しかし、その時にはすでに遅かった。巨大な影が視界を覆い、世界は急速に狭くなってゆく。
木々のざわめきも、風の音も、すべてが遠ざかっていった。あなたの冒険は、抗う間もなく終わりを迎える。森は再び静けさを取り戻し、何事もなかったかのように薄暗い時間を刻み続けるのであった。
あなたは死んだ。
【74】
重い両扉が音もなく開き、あなたは王の間へと通された。薄暗い廊下を進むにつれ、空気は冷たく淀んでゆく。壁には黒い燭台が並んでいるが、その炎は青白く揺れ、まるで生者の訪問を拒んでいるかのようだった。
巨大な玉座の間へたどり着く。そこに座っていたのは、もはや人間とは呼べない存在だった。
痩せ細った身体は豪華な王衣に包まれているが、その下にある肉は干からび、骨が浮き出ている。顔は骸骨のように痩せこけ、眼窩の奥には不気味な赤い光が燃えていた。長い年月を生きた邪悪な魔術師――リッチロードである。
その姿を見ただけで、あなたの胸には激しい嫌悪感が湧き上がった。まるで腐った沼の底を覗き込んだような気分である。この世の生き物ではない何かが、玉座の上からあなたを見下ろしていた。リッチロードは口元を歪める。
「ほう……生きた人間か。珍しい客人だな」
その声は耳に届くというより、頭の中へ直接流れ込んでくるようだった。
あなたはどうする?
礼儀正しく話をするなら【65】へ。
逃げるなら【66】へ。
「くたばれ」と中指を立てるなら【64】へ。
【75】
あなたは、城の中に入るが、何か雰囲気が怪しい。今なら間に合いそうだ。この場を急いで去るのなら、【57】へ そのまま進むのなら【66】へ
【76】
その手のひらには、大きな口があって女の声でがなり立てた。
「セイレーンの歌声は、耳栓が通じる相手と通じない相手がいるのよー」
あなたが唖然としていると、手は池の中に消えた。何だったのだろう。あなたは立ち去る。
北【60】へ 西【62】へ 東【56】へ
【77】
あなたは、ゾグマの指輪を持っているだろうか?持っているなら【78】へ。持っていないなら【91】へ。
【78】
城と思えたのは一種の残留思念みたいなものだった。幻である。おそらく亡くなったゾグマの魔法力がそれを可能にさせたのだろう。あなたは、これ以上、ここで油を売っているわけにはいかないと、【59】へ戻った。
【79】
あなたの勇者としての勘が心の中で囁いた。「これ以上この先にゆくと、白い靄に巻き込まれて、大変なことになるぞ。でも、その先の試練に打ち勝つと、見返りも大きいぞ」とまるで、この小説の作者であるかのようなことを言い始めている。どうする。
進む【80】へ
戻る【59】へ
【80】
あなたは、何だかわからない靄の中に巻き込まれて、頭がクラクラしてゆく。それでも歩き続けた。【81】へ。
【81】
あなたは気がつくと、荒野の真ん中に立っていた。何が起きたのか分からない。ついさっきまで何をしていたのか思い出そうとしたが、記憶は妙にぼやけていた。学校へ向かっていたような気もするし、家でのんびりしていたような気もする。だが、どちらにしても、こんな場所に来る予定だけはなかったはずである。あなたは周囲を見回した。見渡す限り荒野だった。乾いた土がどこまでも続き、ところどころに背の低い草が生えている。空は異様なほど青く、雲はゆっくりと流れていた。風が吹き抜けるたびに草が揺れ、さらさらと音を立てる。遠くには山脈のようなものが見えたが、それ以外には何もなかった。道路もない。電柱もない。自動販売機もない。コンビニなどもちろん存在しない。文明の気配がまるで感じられなかった。あなたは念のためポケットを探った。財布はあった。スマートフォンもあった。しかし電源を入れてみると、予想通り圏外だった。あなたはため息をついた。遭難という言葉が頭をよぎったが、こんな場所が日本にあるとも思えない。試しに大声で助けを呼んでみたが、返事はなかった。風だけが吹き抜けていく。仕方がないので歩き始めることにした。このまま立っていても何も変わらないからだ。あなたは適当に一方向を選び、荒野を進んだ。十分ほど歩く。何もない。二十分ほど歩く。やはり何もない。三十分ほど歩いた頃には、自分は一生荒野を歩き続けるのではないかという気分になってきた。そのときだった。地平線の向こうに何かが見えた。最初は岩山かと思った。しかし近づくにつれて、それが巨大な建造物であることが分かった。城だった。石造りの大きな城である。高い塔が何本も空へ伸び、厚そうな城壁が周囲を取り囲んでいる。まるでファンタジー映画に出てくるような城だった。あなたは立ち止まった。ここまで来る途中、異世界なのではないかという考えが何度も頭をよぎっていたが、その疑いはますます強くなった。もし本当に異世界なら、この城には王様や騎士が住んでいるのかもしれない。あるいは魔法使いやドラゴンがいるのかもしれない。だが考えていても仕方がない。少なくとも人がいる可能性は高そうだった。食べ物や水を手に入れるためにも、一度立ち寄ってみる価値はある。しかし、わざわざ城になど関わらず、そのまま先へ進むという選択肢もある。さて、どうする。
城の中に入る(82へ)
無視して先に進む(83へ)
【82】
城の中に入ると、思っていたよりもずっと立派な造りだった。外から見ても巨大な城ではあったが、中へ入るとその大きさはさらに実感できる。高い天井。磨き上げられた石の床。壁には見たこともない人物の肖像画や、意味の分からない紋章が描かれた旗が飾られている。あなたは少し緊張しながら廊下を進んだ。誰かに呼び止められるかと思ったが、不思議なことに誰も止めない。甲冑を着た兵士たちはいるのだが、あなたを見ると軽く会釈をしたり、道を空けたりするだけだった。まるで城の主賓でも扱うような態度である。あなたは何となく居心地の悪さを感じながら歩き続けた。すると前方に巨大な扉が見えてきた。いかにも重要人物がいそうな場所である。試しに近づいてみると、左右に立っていた兵士が無言で扉を開いた。どうやら入れということらしい。あなたは覚悟を決めて中へ入った。そこは広間だった。とにかく広い。小さな村なら丸ごと入りそうなくらい広い。赤い絨毯が一直線に奥へ伸び、その先には豪華な玉座が置かれている。そして玉座には一人の老人が腰掛けていた。頭には王冠。肩には真っ赤なマント。白いひげを胸の辺りまで伸ばしている。どう見ても王様だった。しかし、あなたが予想していた王様とは少し違った。威厳たっぷりに睨みつけてくるわけでもない。重々しい声で話しかけてくるわけでもない。むしろ妙に機嫌が良さそうだった。老人はあなたを見るなり、ぱっと顔を輝かせた。そして立ち上がると、友達に会ったときのような気軽さで手を振ったのである。あなたは少し困惑した。周囲には大臣らしき人物や兵士たちも並んでいるのだが、誰も驚いていない。どうやらこの国では王様がこういう性格なのだろう。老人は満面の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと玉座から降りてきた。そしてあなたの目の前まで来ると、親しげに肩を叩いた。初対面なのに距離感が近い。あなたが反応に困っていると、老人はニコニコしながら口を開いた。
「よう、勇者よ。わしは、ロードクリキントン三世じゃ」
その言葉を聞いて、あなたは二つの疑問を抱いた。一つ目は、自分は勇者だったのかということである。そんな覚えはまったくない。二つ目は、本当にロードクリキントン三世という名前なのかということである。しかし王様は非常に満足そうな顔をしている。どうやら本当にその名前らしい。さて、どうする。
殴る(84へ)
話す(85へ)
【83】
あなたはしばらく城を見つめていた。巨大な石造りの城である。高い塔が何本も立ち並び、城壁はまるで山のようにそびえていた。あそこへ行けば人がいるだろう。食べ物もあるだろう。寝る場所だって見つかるかもしれない。しかし、あなたは何となく嫌な予感がしていた。理由は分からない。だが、こういう城というものは大抵ろくでもないことの始まりなのである。王様に会わされるかもしれない。勇者と呼ばれるかもしれない。世界を救えと言われるかもしれない。考えれば考えるほど面倒な気がしてきた。あなたは結論を出した。城は無視する。少なくとも今は無視する。別に城は逃げないのだから、後で気が向いたら来ればいい。そう考えたあなたは城に背を向けて歩き始めた。最初は少し不安だった。もしかすると大事なイベントを見逃しているのではないかと思ったのである。しかし五分ほど歩いても何も起こらなかった。十分ほど歩いても何も起こらなかった。十五分ほど歩いても何も起こらなかった。誰かが追いかけてくるわけでもなく、城の方から「待つのじゃ勇者よ!」などという声が聞こえてくることもない。あなたはだんだん安心してきた。やはり面倒事を回避するという判断は正しかったのかもしれない。荒野はどこまでも続いていた。地面は乾ききっており、ところどころに黄色っぽい草が生えている。風が吹くたびに草が揺れ、さらさらという音が聞こえた。空には大きな鳥のような生き物が飛んでいる。しかしよく見ると翼が四枚ある。異世界らしい生物だった。あなたはできるだけ目を合わせないようにした。異世界の生物というものは、大抵こちらを食べようとするものである。しばらくすると地面の色が少し変わってきた。岩が増え始めたのである。さらに歩くと小さな崖のような場所も見えてきた。荒野というより岩場に近い景色になっている。あなたは水筒でも持ってくればよかったと思った。しかし持っていないものは仕方がない。異世界転移というものは準備期間を与えてくれないのである。そんなことを考えながら進んでいると、遠くに黒い影が見えた。最初は岩山だと思った。しかし近づくにつれて形がおかしいことに気づく。ぽっかりと口を開けた巨大な穴だったのである。洞窟だった。しかも普通の洞窟ではない。入口だけで家が何軒も入りそうなほど巨大だった。あなたは思わず足を止めた。洞窟の周囲には草もほとんど生えていない。中は真っ暗で、何があるのか全く分からなかった。冷たい風が奥から吹き出してくる。少し不気味だった。しかし同時に好奇心も刺激された。洞窟の中には何かがあるはずである。宝物かもしれない。古代遺跡かもしれない。あるいは怪物かもしれない。もちろん怪物である可能性はかなり高い。しかし、ここまで来て何も調べずに通り過ぎるのも惜しい気がした。あなたは巨大な洞窟を見上げながら考えた。さて、どうする。
入る(86へ)
無視して先に進む(87へ)
【84】
あなたは王様を見た。王様もあなたを見ている。広間には静かな空気が流れていた。赤い絨毯の上に立つあなたと、玉座の前に立つ威厳ある顔つきの王様。周囲には兵士や大臣らしき人物が並んでいる。誰も何も言わない。どうやら次の行動はあなたに委ねられているらしかった。普通に考えれば話をする場面である。相手は国王なのだ。まずは挨拶をし、自分がどこから来たのか説明し、水や食料を求め、できれば元の世界へ帰る方法について相談する。それが常識的な対応というものであろう。しかし、人間というものは不思議な生き物である。常識的な行動を取れる場面で、なぜか非常識な選択肢が頭の中に浮かんでしまうことがある。そして困ったことに、その非常識な選択肢ほど妙に魅力的に見えることがあるのだ。あなたの頭の中にも一つの考えが浮かんでいた。殴る、である。なぜそんな考えが浮かんだのかは分からない。異世界に飛ばされたショックかもしれない。荒野を長時間歩いた疲労かもしれない。あるいは王様という呼称に、何か人を挑発する響きがあったのかもしれない。理由はともかく、あなたはその考えを実行に移すことにした。ゆっくりと拳を握る。兵士たちの顔がわずかに引きつった。しかし王様は相変わらずニコニコしている。何だか腹が立ってきた。あなたは一歩前へ出た。王様は笑っている。さらに一歩前へ出る。やはり笑っている。まるで自分が殴られる可能性など一ミリも考えていないような余裕の表情だった。あなたは勢いよく拳を振り上げた。そして思い切り殴りかかった。だが次の瞬間、王様の姿が消えたように見えた。いや、消えたのではない。速すぎて見えなかっただけである。あなたの拳は空を切った。嫌な予感がした。とても嫌な予感だった。人生の中でも上位に入る嫌な予感だった。恐る恐る後ろを振り向く。そこには王様が立っていた。さっきまで玉座の前にいたはずなのに、いつの間にか背後へ回り込んでいたのである。王様は深くため息をついた。まるで宿題を忘れた孫を見る祖父のような顔だった。そして静かな声で言った。 「勇者よ」 あなたは返事をしなかった。というより返事をする余裕がなかった。 「なぜ殴ったのじゃ」 「いや、その……何となく」 「何となくか」 王様は目を閉じた。数秒間だけ沈黙が流れる。広間にいた全員があなたを見ていた。兵士も大臣も使用人らしき人々も見ていた。そして王様は目を開くと、やれやれという表情で右足を持ち上げた。たったそれだけの動作だった。しかし次の瞬間、世界がひっくり返った。王様の蹴りがあなたの腹部にめり込んだのである。凄まじい衝撃だった。馬に蹴られたことはないが、もし馬百頭に同時に蹴られたらこんな感じかもしれないと思った。あなたの体は砲弾のように吹き飛んだ。広間を横切り、廊下を横切り、城門を突き抜け、荒野へ飛び出す。さらに飛ぶ。まだ飛ぶ。どこまでも飛ぶ。途中で鳥のような生物を追い抜いた気もする。そして最後に地面へ激突した。あなたは星空のようなものを見た気がした。あるいは幻覚だったのかもしれない。どちらにせよ確認する暇はなかった。王様は、やけに強くて、あなたは、王様の蹴りで瞬殺された。
【85】
ふと、頭によぎった考えではあるが、あなたは殴るのをやめた。冷静に考えれば、初対面の王様を殴るというのはあまり良い選択ではない。仮に殴ったとしても、その後の人生が好転する可能性はかなり低そうだった。むしろ地下牢に放り込まれるか、その場で処刑される可能性の方が高い。あなたは自分の理性がまだ正常に機能していることを確認しながら、王様に向かって軽く頭を下げた。するとロードクリキントン三世は満足そうにうなずいた。どうやら殴られなかったことを喜んでいるらしい。王様は再び玉座に腰を下ろした。周囲の大臣や兵士たちも安心したような顔をしている。どうやら彼らも、あなたが突然王様を殴り始める可能性を少しは考えていたらしかった。もっとも、そんなことを考える時点でこの城の人々も大概である。あなたは咳払いをした。何から話せばいいのか迷ったのである。自分が異世界に来たらしいことを説明するべきか。それとも食べ物が欲しいと頼むべきか。あるいは帰る方法を聞くべきか。しかし、あなたが言葉を選んでいるうちに、王様の方が先に話し始めた。 「わしはおうさまじゃ」 知っている。見れば分かる。むしろ王冠と玉座とマントまで装備しているので、王様以外の職業だったら驚く。だがあなたは黙って続きを聞くことにした。 「世界は闇に覆われようとしている」 急に話が大きくなった。あなたは少し嫌な予感がした。こういう話の流れは大抵ろくなことにならない。 「魔王ゾグマを倒すのじゃ」 やっぱり来た。あなたは心の中でそう呟いた。魔王である。異世界で王様が出てきたら、その次はだいたい魔王である。ある意味で期待を裏切らない展開だった。しかし、あなたは一つ気になることがあった。魔王ゾグマとは何者なのだろうか。名前からするとかなり悪そうである。だがロードクリキントン三世も大概な名前なので、名前だけでは判断できない。もしかすると意外と良い人かもしれない。あるいは悪い人だが趣味は園芸かもしれない。そんなことを考えていると、王様はさらに続けた。 「魔王は、この先の洞窟にはいない」 あなたは少し驚いた。まだ洞窟を見ていないのに洞窟の話が出てきたからである。どうやらこの世界には洞窟が存在するらしい。しかも王様はその場所まで知っている。 「その先にある池のあたりを調べよ」 王様はそう言うと満足そうにうなずいた。説明は終わったらしい。あなたとしてはもう少し詳しい話を聞きたかった。魔王の強さとか、世界が闇に覆われる理由とか、報酬はいくらなのかとか、聞くべきことはいくらでもある。しかし王様はすでに仕事を終えた顔をしている。周囲の大臣たちも「会議終了」といった雰囲気を漂わせていた。どうやら会見は本当に終わったらしい。あなたは少し釈然としなかったが、今は先へ進むしかなかった。
先に進もう(83へ)
【86】
あなたは巨大な洞窟の前に立っていた。近くで見ると、その大きさはますます異様だった。入口だけで城門ほどの幅があり、高さも十分すぎるほどある。中は真っ暗で、奥がどうなっているのか全く見えない。冷たい風が洞窟の奥から吹き出しており、そのたびに低い唸り声のような音が聞こえてくる。普通の人間なら少し警戒するかもしれない。しかし、あなたはここまで荒野ばかり見てきたので、何か新しいものを発見できるというだけで少し嬉しくなっていた。もしかすると宝物があるかもしれない。古代文明の遺跡があるかもしれない。あるいは親切な老人が住んでいて、お茶とお菓子を出してくれるかもしれない。可能性はいくらでもある。もちろん怪物がいる可能性もあったが、人間というものは都合の悪い可能性についてはあまり深く考えないものである。あなたは深呼吸をすると洞窟の中へ足を踏み入れた。内部はひんやりとしていた。外の荒野よりもずっと涼しい。足元は意外と平らで歩きやすかった。岩壁はなめらかで、自然にできた洞窟にしては妙に整っているようにも見える。あなたは少し不思議に思った。さらに進む。やはり静かだった。コウモリもいない。虫もいない。水滴の音すら聞こえない。むしろ静かすぎるくらいだった。あなたは立ち止まった。ここでようやく少し警戒心が芽生えたのである。洞窟というものは普通、もう少し生き物の気配がするはずだ。しかし、この洞窟には何もない。あまりにも何もなかった。あなたは振り返った。入口はまだ見える。しかし、なぜか最初よりも遠く見えた。そんなはずはないのだが、妙に遠い。嫌な予感がした。人生の中でもかなり上位に入る嫌な予感だった。洞窟の壁を見上げる。岩が並んでいる。いや、岩ではないような気もする。妙に規則正しく並んでいるのである。まるで巨大な歯のようだった。あなたは目を細めた。さらに天井を見る。こちらも妙な形をしている。洞窟の奥へ向かって湾曲しているのである。そして床を見る。こちらも不自然だった。全体的に湿っている。しかも妙に柔らかい。あなたは急に背筋が寒くなった。嫌な予感が確信へ変わる。その瞬間だった。洞窟全体がゆっくりと動いた。地面が揺れる。壁が震える。天井が閉じ始める。あなたは理解した。洞窟ではなかったのである。これは巨大な生物の口の中だったのだ。しかも、その生物は今まで口を開けたままじっと待っていたらしい。あなたが十分奥まで入るのを待っていたのである。 「あ」 あなたは間抜けな声を出した。次の瞬間だった。 「パクッ」 巨大な口が閉じた。あなたは逃げる暇もなく飲み込まれた。入った途端、洞窟はドラゴンの口だったことが判明して、あなたは食われて死亡。
【87】
あなたは洞窟を見つめた。確かに気になる場所ではあった。大きさも異様だし、中には何かありそうな雰囲気もある。しかし、どうにも嫌な予感がした。そもそも異世界で発見した巨大な洞窟に何の準備もなく入るというのは無謀ではないだろうか。ゲームならセーブしてから試すところである。だが残念ながら現実にはセーブ機能など存在しない。もし洞窟の中に怪物がいたら終わりである。もし落とし穴があったら終わりである。もしドラゴンがいたらもっと終わりである。あなたは慎重な判断を下した。洞窟は無視する。世の中には触れない方がいいものもあるのだ。そう結論づけると、あなたは洞窟に背を向けて再び歩き始めた。荒野は相変わらず広かった。空は青い。風は吹く。草は揺れる。代わり映えしない景色である。しかし洞窟というイベントを回避したことで、少しだけ生存率が上がったような気がした。あなたは満足だった。しばらく進む。すると地面の様子が少し変わり始めた。乾いた土ばかりだった荒野に緑が増えてきたのである。草の量が多くなり、小さな花まで咲いている。どこかに水源があるのかもしれない。そう思いながら歩いていると、やがて遠くに光るものが見えた。太陽の光を反射してきらきらと輝いている。あなたは少し足を速めた。近づいてみると、それは湖だった。かなり大きい。岸辺から向こう岸が見えないほどではないが、それでも十分に広い。水は透き通っており、空の青さをそのまま映している。しかも、その湖の上には小さな人影が無数に飛び回っていた。最初は鳥かと思った。しかし違う。よく見ると人間のような姿をしている。背中には透明な羽が生えていた。妖精である。あなたは思わず目を見開いた。異世界だから妖精くらいいてもおかしくないのだろうが、実際に見ると驚く。妖精たちは湖の上を飛び回りながら楽しそうに笑っていた。まるで絵本の世界だった。一方、その湖から少し離れた場所には別の水場もあった。こちらは池だった。しかもかなり汚い。水は濁り、周囲には枯れ草が生えている。湖と比べると天国と泥沼くらいの差があった。普通に考えれば湖へ行くべきだろう。妖精もいるし景色も美しい。しかし、あなたはここまでの旅で学び始めていた。この世界では見た目が良いものほど危険な場合がある。逆に、見た目が汚いものに重要な何かが隠されている可能性もある。湖では妖精たちが楽しそうに飛び回っている。池は相変わらず薄汚れている。あなたは二つの水場を見比べながら考え込んだ。どちらへ向かうべきだろうか。
湖(88へ)
池(89へ)
【88】
あなたは湖を前に一人で佇んでいた。池の方も気にならないわけではなかったが、どう見ても湖の方が魅力的だった。水は澄み切っているし、妖精たちは楽しそうに飛び回っている。どう考えてもこちらの方が安全そうだった。少なくとも見た目だけならそう見える。あなたは湖畔へ近づいた。風は心地よく、水面は太陽の光を反射して宝石のように輝いている。湖の上を飛び回る妖精たちは、近くで見ると驚くほど美しかった。身長はあなたの手のひらほどしかない。透き通った羽を持ち、金色や銀色の髪を風になびかせている。まるで童話の世界から抜け出してきたような存在だった。あなたは少し感動した。異世界へ来てから妙なことばかりだったが、ようやくファンタジーらしい光景を見ることができたのである。妖精たちもあなたに気づいたようだった。数匹がこちらへ飛んでくる。警戒している様子はない。むしろ興味津々といった表情だった。あなたは軽く手を振った。妖精たちは楽しそうに笑った。どうやら友好的らしい。よかった、とあなたは思った。ここまで怪しい洞窟だの荒野だのばかりだったので、普通に話が通じる相手を見るだけで安心できる。妖精たちはあなたの周囲をくるくる飛び回り始めた。鈴の音のような笑い声が聞こえる。どこか甘い香りまで漂ってきた。花の香りだろうか。あるいは香水のようなものかもしれない。あなたはだんだん気分が良くなってきた。疲れも忘れてしまいそうだった。そのとき、一匹の妖精が歌い始めた。小さな声だった。しかし妙によく聞こえる。不思議な歌だった。意味は分からない。知らない言葉のはずなのに、なぜか心地よかった。すると別の妖精も歌い始める。さらに別の妖精も歌い始める。やがて湖全体が歌声に包まれた。美しい旋律だった。あなたは思わず聞き入った。こんなに綺麗な歌は聞いたことがない。頭の中がぼんやりしてくる。身体が軽くなる。何も考えたくなくなってくる。気がつくと、あなたはその場に座り込んでいた。妖精たちは楽しそうに歌い続けている。その歌声を聞いているだけで幸せな気持ちになれた。もう旅なんてどうでもよかった。元の世界へ帰る方法もどうでもよかった。魔王がいるかもしれないという話もどうでもよかった。ただ、この歌を聞いていたい。ずっと聞いていたい。あなたはそう思った。だが、そのときだった。妖精の一匹が笑いながら言った。 「また一人引っかかったわ」 別の妖精も笑った。 「これで百年くらい働いてもらえるわね」 あなたは意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。しかし身体は動かない。歌声から逃れることもできない。妖精たちは妖精ではなかったのである。彼女たちの正体はセイレーンだった。あなたを美しい歌声で魅了し、一生、奴隷としてこき使うことにしたのであった。
【89】
あなたは池へ向かうことにした。湖の方は確かに美しかった。妖精たちも飛んでいるし、いかにもファンタジーらしい景色である。しかし、だからこそ怪しかった。ここまでの旅で学んだことが一つある。この世界では、いかにも安全そうなものほど危険であり、逆に怪しいものほど重要だったりする可能性があるのだ。もちろん根拠はない。ただの勘である。しかし、異世界に飛ばされた人間が頼れるものなど勘くらいしかない。あなたは湖から目をそらし、薄汚れた池の方へ歩き始めた。池は近づけば近づくほど汚かった。水は灰色に濁り、水面には得体の知れない藻のようなものが浮いている。岸辺の草は枯れかけており、虫らしきものまで飛び回っていた。正直なところ、できれば近寄りたくない。しかし、ここまで来た以上は仕方がない。あなたは顔をしかめながら池の周囲を歩き始めた。すると奇妙なことに気づいた。池の向こう側に何かが見えるのである。最初は岩山かと思った。しかし違った。人工物だった。あなたは目を細めた。灰色の巨大な建造物である。しかもかなり大きい。近づくにつれて、その正体がはっきりしてきた。城だった。石造りの巨大な城である。荒野で見た城よりも古く、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。高い塔が何本も立ち並び、窓はどれも黒く沈んでいる。まるで誰も住んでいない廃城のようだった。しかし完全な廃墟というわけでもなさそうだった。城壁は崩れていないし、門もちゃんと残っている。誰かが住んでいてもおかしくない。あなたは少し緊張した。もしここが本当に魔王の城だったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎる。しかし同時に、こんな目立つ場所に本当に魔王が住むだろうかという疑問もあった。もっと山奥とか火山とか、そういう場所に住みそうなものである。あなたは慎重に近づいた。やがて城門の近くまで来る。そしてそこで、一枚の立札を発見した。木製の簡素な看板だった。文字が書かれている。あなたは声に出して読んだ。 「魔王ゾグマの城。関係者以外立ち入り禁止」 あなたはしばらく立ち尽くした。あまりにも正直だったからである。普通なら隠すのではないだろうか。魔王の城ならなおさらである。しかし看板には堂々と魔王ゾグマの城と書かれていた。しかも関係者以外立ち入り禁止である。まるで会社の事務所のような注意書きだった。あなたは城を見上げた。本当に入っていいものだろうか。いや、関係者以外は駄目らしいので、本当は駄目なのだろう。しかし中には魔王がいるかもしれない。あるいは何か重要な手掛かりがあるかもしれない。あなたは看板と城を交互に見ながら考え込んだ。
入る(90へ)
様子をみる(77へ)
【90】
あなたは城を見上げた。立札には確かに「魔王ゾグマの城。関係者以外立ち入り禁止」と書かれている。しかし、ここまで来て引き返すのも癪だった。そもそも、わざわざ看板を立ててくれているのだから、ある意味では親切な魔王なのかもしれない。少なくとも無断で侵入したあとに文句を言われることはないだろう。あなたはそんな都合の良い解釈をすると、堂々と城門へ向かった。門は半分ほど開いていた。警備兵の姿は見えない。番犬もいない。罠らしきものも見当たらない。妙な話だった。魔王の城というくらいだから、もっと恐ろしい警備があると思っていたのである。だが、何もない。拍子抜けするほど何もなかった。あなたは慎重に門をくぐった。城の中庭は静まり返っていた。人の気配もない。風が吹くたびに草が揺れる音だけが聞こえる。ますます拍子抜けだった。もしかすると本当に誰もいないのかもしれない。そう思い始めたときだった。どこか遠くで「ピッ」という音が鳴った気がした。小さな電子音だった。あなたは首をかしげた。今の音は何だろう。異世界で聞くような音ではない。むしろスーパーのレジか何かで聞くような音だった。しかし周囲を見回しても何もない。気のせいだったのかもしれない。そう思って一歩前へ出る。 「ピピッ」 また鳴った。今度は少し大きい。あなたは嫌な予感がした。非常に嫌な予感だった。洞窟へ入ろうとしたときと同じ種類の予感である。本能が逃げろと叫んでいた。しかし、すでに遅かった。 「ウィーン」 どこからともなく機械音が響く。機械音である。完全に機械音だった。魔王の城なのに機械音だった。あなたは混乱した。魔法の世界ではなかったのか。すると次の瞬間、城壁のあちこちから赤い光が灯った。点が一つ。二つ。三つ。十個。二十個。いや、もっとである。無数の赤い光があなたへ向けられていた。あなたは固まった。嫌な予感しかしない。映画やアニメで何度も見た光景だったからである。 「警報。警報。侵入者を確認しました」 どこからともなく声が響いた。完全に機械だった。魔王の城なのに機械だった。あなたはもはや突っ込む余裕もなかった。 「排除を開始します」 やめてほしかった。しかし相手は聞いてくれなかった。次の瞬間だった。無数の赤い光が一直線に伸びる。レーザービームである。しかも一本や二本ではない。雨のような量だった。あなたは慌てて逃げようとした。しかし遅い。レーザービームの方が圧倒的に速かった。まばゆい光が視界を埋め尽くす。そして一瞬後、あなたは自分の体が軽くなったような気がした。不思議に思って下を見る。すると胴体だけが立っていた。どうやら頭がなくなっているらしい。 「あ」 そう思ったときにはもう遅かった。入った途端、警報機が作動して、レーザービームが飛んできて、あなたの頭を切断する。あなたの冒険はそこで終わった。
【91】
あなたは立札をもう一度見た。「魔王ゾグマの城。関係者以外立ち入り禁止」と書かれている。どう考えても怪しい。ここまで旅をしてきた経験から言っても、こういう場所へ何も考えずに突入するとろくなことにならない気がした。洞窟も怪しかったし、湖も怪しかった。この世界は見た目の印象を全く信用できないのである。あなたは慎重に行動することにした。城へ入るのではなく、まずは様子を見る。情報収集は大事だ。ゲームでもいきなりボスに突撃するより周囲を調べる方が生存率は高い。あなたは池のほとりにある岩陰へ身を隠した。そして灰色の城を観察し始める。城は静かだった。窓に人影はない。門も閉まっている。兵士らしき姿も見えない。鳥の鳴き声すら聞こえなかった。まるで時間が止まっているかのような静けさである。あなたは少し待った。何か起こるかもしれないと思ったのである。しかし何も起こらない。一分経つ。何も起こらない。五分経つ。やはり何も起こらない。十分経つ。そろそろ帰りたくなってきた。もしかすると本当に誰もいないのかもしれない。そんなことを考え始めたときだった。突然、城の奥から奇妙な音が聞こえてきたのである。 「ミシッ」 小さな音だった。あなたは耳を澄ませる。 「ミシミシッ」 今度は少し大きい。何かが壊れかけているような音だった。あなたは首をかしげた。老朽化だろうか。しかし次の瞬間、その予想は大きく裏切られることになる。 「バキバキバキバキッ!」 凄まじい音が響いたのである。城の中央部分に大きな亀裂が走った。あなたは目を見開いた。何が起きているのか分からない。地震だろうか。しかし地面は揺れていない。では攻撃を受けているのだろうか。しかし周囲には誰もいない。あなたが呆然としている間にも城は崩壊を続けていた。塔が折れる。壁が砕ける。窓が吹き飛ぶ。石材が雨のように降り注ぐ。もはや城というより巨大な積み木を子供が蹴飛ばしたような有様だった。 「ドッカーン」 ついに大爆発が起きた。炎と煙が空高く舞い上がる。衝撃波が池の水面を揺らし、あなたの髪を後ろへ吹き飛ばした。灰色の城は完全に消滅した。残ったのは瓦礫の山だけである。あなたは呆然と立ち尽くした。意味が分からなかった。なぜ城が勝手に爆発したのだろうか。誰も攻撃していないのである。あなたはただ様子を見ていただけだった。すると、その瓦礫の山が突然動いた。大きな石が押しのけられる。さらに石が転がる。そして中から人影が現れた。黒いマントを羽織った男だった。年齢は若く見える。顔立ちは整っているが、どこか疲れたような表情をしていた。男は瓦礫の上へ立つと、服についた埃を払いながら大きく伸びをした。まるで昼寝から起きた人間のような気楽さだった。あなたは直感した。この男が魔王ゾグマである。男はあなたに気づいた。そして軽く手を振る。まるで近所の知り合いに会ったかのような態度だった。さて、どうする。
「どうして城を壊したんですか」ときく(92へ)
戦う(93へ)
【92】
あなたは瓦礫の山の上に立つ男を見上げた。男は黒いマントを羽織り、いかにも魔王らしい格好をしている。しかし、その表情には威厳も邪悪さもなかった。むしろ長時間の会議を終えた会社員のような疲労感が漂っている。さっきまで巨大な城が建っていた場所から現れた以上、この男が魔王ゾグマなのだろう。だが、どうしても気になることがあった。城である。あれだけ立派な城が、ほんの数秒前まで存在していたのである。それが突然崩壊した。誰も攻撃していない。隕石も落ちていない。ドラゴンも現れていない。ただ勝手に爆発したのである。普通なら理由を聞きたくなる。あなたは恐る恐る口を開いた。 「どうして城を壊したんですか」 魔王ゾグマは一瞬だけきょとんとした顔をした。そして顎に手を当てる。まるで難しい哲学的な質問をされたかのような反応だった。あなたは少し待った。魔王なのだから壮大な理由があるのかもしれない。世界征服計画の一環とか、新しい魔王城への引っ越しとか、古い城への決別とか、そういう深い事情があるのかもしれない。だが、ゾグマの口から出た言葉は全く違った。 「何かつまんないんだもん」 あなたは黙った。聞き間違いかと思ったのである。 「え?」 思わず聞き返す。 「だから、何かつまんなかったんだもん」 魔王は真面目な顔で答えた。どうやら本気らしい。あなたは混乱した。城というものは普通、勢いで壊すものではない。ましてや魔王城である。建設費も維持費も相当な額になっているはずだ。しかしゾグマは特に後悔している様子もない。むしろ少しすっきりした顔をしていた。 「僕って、ほら、魔界の王様でしょ。魔王だから」 そう言いながらゾグマは胸を張った。確かに魔王である以上、魔界のおうさまなのだろう。理屈としては分かる。しかし、それと城を爆破したこととの関係は全く分からない。あなたは少し考えた。ここで相手の話に合わせるべきだろうか。それとも否定するべきだろうか。相手は魔王である。機嫌を損ねると危険かもしれない。しかし、妙に常識人っぽいところもある。どう反応するのが正解なのか分からなかった。ゾグマはあなたの返事を待っている。瓦礫の上に立ったまま、どこか期待するような目で見ているのである。まるで学校で先生に指名された生徒の気分だった。あなたは困った。非常に困った。しかし返事をしないわけにもいかない。さて、どう答える。この男を王様と認めるか、どうか?そして、認めたらどうするだろうか。あなたは熟考してからこう答えた。
「はい」(84へ)
「いいえ」(94へ)
【93】
あなたは魔王ゾグマを見た。ゾグマもあなたを見ている。瓦礫の山の上に立つ魔王と、その下に立つあなた。風が吹き抜ける。さっきまで立派な城が建っていた場所とは思えないほど殺風景な光景だった。普通なら会話を続けるべきなのかもしれない。しかし、あなたはここへ観光に来たわけではない。そもそも王様から魔王を倒してほしいと言われていたのである。もちろんロードクリキントン三世の話をどこまで信用していいのかは分からない。しかし目の前の人物が魔王であることは確からしい。ならば勇者らしく戦うべきなのではないだろうか。あなたはそう考えた。そして勢いよく地面を蹴った。 「うおおおおおおお!」 自分でも少し驚くほど勇者っぽい叫び声が出た。ゾグマは一瞬だけ目を丸くした。 「えっ、戦うの?」 「戦う!」 「本当に?」 「本当だ!」 「そうなんだ」 魔王は少し残念そうだった。しかし次の瞬間には表情を引き締める。どうやら戦う気になったらしい。ゾグマは瓦礫の山から飛び降りた。着地と同時に地面が揺れる。やはり魔王である。見た目は普通の青年のようでも、人間離れした力を持っているらしかった。あなたは拳を握る。ゾグマも構える。次の瞬間、二人は同時に飛び出した。拳と拳がぶつかる。衝撃が走る。あなたは数歩後退した。しかしゾグマも同じだけ後退している。思ったより戦える。あなたは少し驚いた。ゾグマも驚いたらしい。 「あれ?」 と呟いている。再び激突する。拳が飛ぶ。蹴りが飛ぶ。避ける。殴る。飛び退く。瓦礫が砕ける。池の水が跳ねる。戦いは予想以上に激しかった。しかし、しばらく戦っているうちに妙なことに気づいた。ゾグマの様子がおかしいのである。最初は余裕そうだったのに、だんだん額に汗が浮かび始めた。呼吸も荒い。動きも少し鈍くなっている。あなたは警戒した。何か罠かもしれないと思ったのである。しかし違った。ゾグマは本当に疲れているようだった。魔王は肩で息をしながら手を振る。 「ちょっと待って」 「待たない!」 「いや、待って」 「待たない!」 「お願いだから待って」 魔王はかなり真剣だった。あなたは少し戸惑った。するとゾグマは額の汗をぬぐいながら空を見上げた。太陽は真上近くにある。かなり暑い。 「ごめん。ちょっと休憩しない? あそこの洞窟で。ここ、日差しが当たって、暑いんだもん」 そう言ってゾグマは遠くを指差した。そこには見覚えのある巨大な洞窟があった。あなたは少し考えた。確かに暑い。しかし相手は魔王である。休憩を受け入れていいものか分からない。だが、魔王は本当に休みたそうだった。さて、どうする。
洞窟で休憩する(86へ)
戦いをやめない(95へ)
【94】
あなたは少し考えた。目の前にいるのは魔王ゾグマである。本人は「僕って、ほら、魔界のおうさまでしょ。魔王だから」と言っている。確かに理屈としてはそうかもしれない。魔界を支配しているなら王様である。しかし、何となく納得できなかった。そもそも王様という言葉にはどこか立派な響きがある。民を導き、国を治め、責任を背負う存在という印象がある。それに対して魔王という言葉から連想されるのは、世界征服とか侵略とか巨大な城とかドラゴンとか、そういう物騒なものである。両者は似ているようで違う気がした。あなたは腕を組んで考える。そして結論を出した。 「いいえ」 はっきりと言った。ゾグマは瞬きをした。 「え?」 「王様ではないと思う」 「ええっ?」 ゾグマは明らかに動揺した。さっきまで余裕そうだった顔が一気に崩れる。まるでテストで百点を取ったと思っていたら名前を書き忘れて零点になった生徒のような顔だった。 「僕を王様として認めないのかい?」 「認めない」 「ショックだな」 ゾグマは本当にショックを受けたらしい。肩を落とし、遠くを見る。どこか哀愁まで漂っていた。あなたは少しだけ申し訳ない気持ちになった。しかし、嘘をつくわけにもいかない。するとゾグマは再びこちらを見た。 「じゃあ聞くけどさ」 「何だ」 「僕は王様じゃないなら何なんだよ」 もっともな疑問だった。確かに魔王は王様ではないと言った。しかし、では何なのかと聞かれると難しい。あなたは考えた。魔王を一言で表現する言葉など知らない。魔王は魔王である。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、せっかくなので何か答えなければならない気がした。ゾグマも真剣な顔で待っている。どうやら彼にとっては重要な問題らしい。あなたは周囲を見回した。瓦礫。池。空。風。そして魔王。特に良い答えは思い浮かばない。だが何か言わなければならない。すると頭の中に妙な言葉が浮かんできた。なぜそれが浮かんだのかは分からない。しかし一度浮かんでしまうと、もうそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。ゾグマはじっとこちらを見ている。あなたはゆっくりと口を開いた。さて、どう答える。
「腐ったミカンだ」と答える(96へ)
「道端のゲロだ」と答える(97へ)
【95】
あなたは首を横に振った。確かに暑かった。太陽は容赦なく照りつけているし、ここまで戦い続けたせいで体力も消耗している。しかし、だからといって魔王の提案に素直に乗るのはどうなのだろうか。そもそも相手は魔王である。世界を闇に覆おうとしているらしい存在である。その魔王が「ちょっと休憩しない?」と言ってきたからといって、「そうだね」と答える勇者がいていいのだろうか。あなたは少し考えた。そして結論を出した。ここで休憩したら何か大事なものに負けた気がする。 「戦いをやめない」 あなたはきっぱりと言った。ゾグマは目を丸くした。 「えっ」 「戦う」 「いや、でも暑いよ?」 「戦う」 「本当に?」 「本当だ」 ゾグマはがっくり肩を落とした。まるで楽しみにしていた遠足が雨で中止になった子供のようだった。しかし、しばらくすると諦めたようにため息をつく。 「しょうがねえな」 その口調は、それまでのどこか気の抜けた雰囲気とは少し違っていた。あなたは警戒する。魔王はゆっくりと首を回した。肩を回した。腕を伸ばした。足を伸ばした。まるで運動前の準備体操である。 「じゃあ、準備運動は終わった」 その言葉を聞いた瞬間、あなたは嫌な予感がした。今までの戦いは何だったのだろうか。互角だと思っていた。実際、殴り合いも蹴り合いも成立していた。しかし、もし今のが準備運動だったとしたら話は変わってくる。ゾグマは軽く息を吐いた。次の瞬間、その体がふわりと宙へ浮かび上がる。あなたは目を見開いた。魔法である。ようやく魔王らしい行動だった。ゾグマはどんどん上昇していく。十メートル。二十メートル。三十メートル。やがて池や瓦礫を見下ろす高さまで浮かび上がった。黒いマントが風にはためく。その姿はようやく魔王らしく見えた。あなたは拳を握りしめた。逃げるべきだろうか。しかし逃げたところでどうなるか分からない。ゾグマは上空からこちらを見下ろしながら笑った。 「バトル再開」 そして右手を空へ掲げる。空気が震えた。雲が渦を巻く。空が暗くなる。あなたは嫌な予感しかしなかった。 「メテオストライク」 ゾグマがそう言った瞬間だった。空に無数の光が現れる。最初は流れ星かと思った。しかし違う。光はどんどん大きくなっていく。燃えながら落下してくる。隕石だった。しかも一つや二つではない。何十個もある。何百個あるようにも見える。あなたは青ざめた。これは気合や根性でどうにかなる規模ではない。隕石の群れは轟音を響かせながら地上へ迫ってくる。大地が震える。風が唸る。空が燃える。あなたは必死に周囲を見回した。近くには洞窟がある。逃げ込めば助かるかもしれない。しかし、その場で耐えるという選択肢もないわけではない。さて、どうする。
洞窟の中に逃げ込む(86へ)
耐える(98へ)
【96】
あなたは少し考えた。目の前では魔王ゾグマが真剣な表情で答えを待っている。自分は王様なのか、それとも王様ではないのか。その問いは彼にとってかなり重要な問題らしかった。しかし、あなたはどうしても王様とは思えなかった。退屈だからという理由で自分の城を爆破するような人物を王様と呼んでいいものだろうか。少なくともあなたの知っている王様像とはだいぶ違う。もちろん、だからといって何と呼べばいいのかは分からない。しかし人間というものは、時として最初に思いついたことを口にしてしまう生き物である。そして残念なことに、その最初に思いついたことほど余計な場合が多い。あなたの頭の中にも一つの単語が浮かんでいた。それは決して褒め言葉ではなかった。むしろかなり失礼な分類に入る言葉だった。しかし、一度思いついてしまうと消えない。頭の中で何度もその言葉が回り続ける。ゾグマは期待に満ちた目でこちらを見ている。あなたは少しだけ迷った。本当に言っていいのだろうか。相手は魔王である。機嫌を損ねれば命が危ない可能性もある。しかし、ここまで来て無難な答えを返すのも何だか負けた気がする。あなたは覚悟を決めた。そしてゆっくりと口を開く。 「腐ったミカンだ」 空気が止まった。風も止まった気がした。池の水面すら動きを止めたように見える。ゾグマは固まっていた。目をぱちぱちさせている。どうやら聞き間違いではないか確認しているらしい。 「え?」 「腐ったミカンだ」 あなたはもう一度言った。今度ははっきり聞こえたはずである。ゾグマは数秒ほど沈黙した。やがて肩が震え始める。怒っているのだろうか。泣いているのだろうか。あなたには分からなかった。しかし次の瞬間、魔王は天を仰いで絶叫した。 「うぬぐおおおおおおお!」 大地が震える。池の水が波立つ。空を飛んでいた鳥のような生物が一斉に逃げていく。 「許せん!」 ゾグマは拳を握りしめた。 「わしを、給食のときに食べきれなくて、机の中に入れたまま、忘れ去られたミカンのように……言うなあ!」 どうやらかなり具体的なイメージだったらしい。あなたは少しだけ申し訳ない気持ちになった。しかしもう遅い。ゾグマの怒りは限界を超えていた。黒いオーラが体中から噴き出す。瓦礫が浮き上がる。地面にひびが入る。空が曇り始める。どう見ても良くない展開だった。 「許さんぞ勇者ああああ!」 ゾグマの体が膨張し始める。腕が太くなる。肩が広がる。身長が伸びる。あっという間に二倍、三倍、四倍と巨大化していく。やがて城の残骸よりも大きな姿になった。巨大な影があなたを覆う。あなたは思った。言い過ぎたかもしれない、と。しかし反省してももう遅い。怒り狂った巨大魔王が目の前に立っているのである。さて、どうする。
戦う(93へ)
必殺「ムーンストライクフラッシュ」を使う(99へ)
【97】
あなたは真剣に考えた。目の前の魔王ゾグマは、自分が王様であることを認めてほしいらしい。しかし、どうしても王様という感じがしなかった。城は退屈だから壊すし、話し方も妙に軽いし、どこか魔王というより近所のフリーターに近い雰囲気すらある。もちろんフリーターが悪いわけではない。しかし少なくとも王様らしさとは別の方向性である。ゾグマは腕を組みながら返事を待っていた。どうやらかなり真剣な問題らしい。あなたは悩んだ。無難な言葉でごまかすこともできる。しかし、なぜか別の言葉が頭に浮かんでしまった。そして、その言葉は一度浮かんでしまうと消えてくれなかった。言うべきではない。絶対に言うべきではない。理性はそう警告していた。しかし、人間というものは時として理性よりも勢いを優先する生き物である。あなたは口を開いた。 「道端のゲロだ」 沈黙が訪れた。風が吹く。池の水面が揺れる。遠くで鳥のような生物が鳴いている。しかし、その場にいる二人だけは完全に止まっていた。ゾグマはまばたきすらしない。どうやら理解するまで時間がかかっているらしい。 「え?」 数秒後、ようやく声が出た。 「道端のゲロだ」 あなたは繰り返した。確認のためである。余計な親切だったかもしれない。ゾグマはしばらく口を開いたまま固まっていた。そして天を仰ぐ。 「それあまりにも酷い例えだわ」 本当に傷ついた顔だった。あなたは少し申し訳なくなった。しかし、もう遅い。発言というものは取り消せないのである。ゾグマは額を押さえながら首を振った。 「ひどいわ」 「そうかもしれない」 「いや、そうかもしれないじゃなくて、ひどいわ」 「すまない」 「レベルが違うわ」 魔王は本気で落ち込んでいた。あなたはどう反応すればいいのか分からなくなった。するとゾグマは突然顔を上げる。そして真剣な表情で言った。 「BPOに訴えるわ」 「え?」 「BPOに訴える」 意味が分からなかった。ここは異世界である。なぜBPOが存在するのだろう。しかしゾグマは本気だった。次の瞬間、どこからともなく数人のスーツ姿の人間が現れる。あなたは目を疑った。彼らは書類を抱え、真面目そうな表情をしていた。 「話は聞かせていただきました」 「これは問題発言ですね」 「極めて遺憾です」 口々に言う。あなたは状況についていけなかった。異世界である。魔王である。池のほとりである。それなのにBPOの関係者らしき人々が会議を始めているのである。数分後、彼らは結論を出した。 「魔王ゾグマ氏に深く同情いたします」 そしてあなたを刑事告訴した。何の罪かは分からない。しかし告訴された。さらに放送界から追放された。もっとも、あなたは最初から放送界に所属していなかったので特に困らなかった。勇者なので、あんまり関係がなかったのである。ゾグマは少しだけ満足したようだった。 「まあ、それはそれとして」 魔王は拳を握る。 「戦おうか」 どうやら本題に戻るらしい。あなたも覚悟を決めた。さて、どうする。
戦おう(93へ)
【98】
あなたは空を見上げた。無数の隕石が落ちてきている。大きいものは家ほどもあり、小さいものでも人の頭くらいの大きさはある。しかも数が多い。一つや二つではない。何十、何百という火の玉が大気を焼きながら降り注いでいるのである。普通に考えれば終わりだった。誰がどう見ても終わりだった。常識的な判断力を持つ人間なら全力で逃げるだろう。あるいは洞窟へ飛び込むだろう。しかし、あなたは違った。なぜか分からないが、耐えようと思ったのである。自分でも理由は説明できない。勇気だったのかもしれない。無謀だったのかもしれない。あるいは単純に面倒だったのかもしれない。とにかく、あなたは逃げなかった。両足を踏ん張り、拳を握り締め、正面から隕石を迎え撃つことにした。上空では魔王ゾグマが信じられないものを見るような顔をしている。 「えっ」 と呟いているのが聞こえた。どうやら彼も予想していなかったらしい。あなたは深呼吸した。隕石はどんどん近づいてくる。熱風が吹き荒れる。地面が揺れる。空気が振動する。しかし、あなたは動かなかった。やがて最初の隕石が落下してくる。轟音とともに頭へ直撃した。 「ゴッ」 かなり痛かった。思わず涙が出そうになった。しかし耐える。次の隕石が飛んでくる。 「ゴッ」 さらに痛い。頭がくらくらする。しかし耐える。三つ目が飛んでくる。 「ゴッ」 もう何が何だか分からなくなってきた。しかし耐える。四つ目。五つ目。六つ目。次々と隕石が降り注ぐ。普通の人間なら百回くらい死んでいる状況だった。しかし、なぜかあなたは立っていた。理由は不明である。気合かもしれない。根性かもしれない。あるいはこの世界の物理法則がおかしいのかもしれない。とにかく立っていた。あなたは拳を握り締める。頭には巨大なたんこぶがいくつもできていた。服もぼろぼろだった。しかし倒れない。 「うおおおおおおお!」 叫ぶ。 「うおおおおおおおおお!」 さらに叫ぶ。 「うううううう!」 意味はない。しかし叫ぶ。 「おおおおりゃあああああああ!」 最後に全力で叫んだ。すると不思議なことが起きた。上空で隕石を操っていた魔王ゾグマが、なぜかよろけたのである。 「えっ」 ゾグマは驚いていた。どうやら予想外の展開だったらしい。あなたも驚いた。しかし、よろけたのは事実である。これはチャンスだった。魔王は隙を見せている。ここで一気に決着をつけられるかもしれない。あなたの脳裏には一つの技が浮かんでいた。必殺「ムーンストライクフラッシュ」である。もちろん、今まで一度も使ったことはない。しかし名前だけは格好良かった。あるいは別の方法で攻撃するという手もある。さて、どうする。
必殺「ムーンストライクフラッシュ」をやる(99へ)
蹴る(100へ)
【99】
あなたは決意した。ここで決めるしかない。目の前には魔王ゾグマがいる。巨大化し、隕石を降らせ、好き勝手やってきた魔王である。しかも今はよろけている。明らかに隙があった。こんな好機は二度と訪れないかもしれない。あなたは拳を握り締めた。全身に力を込める。何か特別な技が使える保証などなかった。しかし、なぜか確信があったのである。自分には必殺技がある、と。その名もムーンストライクフラッシュ。どこで覚えたのかは分からない。誰に教わったのかも分からない。しかし名前だけは頭の中にはっきり存在していた。異世界だからそういうこともあるのだろう。たぶん。あなたは両腕を広げた。風が吹く。空が鳴る。ゾグマが怪訝そうな顔をした。 「何それ」 と聞いてきた。だが答える暇はない。あなたは全神経を集中させた。すると不思議なことが起こる。周囲の空気が震え始めたのである。地面の小石が浮き上がる。瓦礫が揺れる。池の水面が波立つ。何だかすごそうな雰囲気になってきた。実際にすごいかどうかはまだ分からない。しかし見た目だけはかなりすごかった。ゾグマも少し警戒したらしい。顔つきが真剣になる。あなたはさらに力を込めた。すると頭上に巨大な光の球体が現れた。白く輝くエネルギーの塊だった。大きい。かなり大きい。家一軒くらいありそうだった。あなた自身も少し驚いた。まさか本当に出るとは思っていなかったのである。しかし出てしまった以上、やるしかない。 「必殺!」 あなたは叫んだ。光の球体が唸る。 「ムーンストライクフラッシュ!」 その瞬間、巨大な光線が放たれた。眩しい。とにかく眩しい。あなた自身も目を閉じたくなるほどだった。光は一直線にゾグマへ向かう。魔王は慌てて防御姿勢を取った。しかし遅い。光線は容赦なく直撃した。 「ドッゴーン!!!」 凄まじい爆発が起こる。大地が揺れる。空気が震える。周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。池の水が高く跳ね上がる。爆煙が辺り一面を包み込んだ。あなたは肩で息をしながら結果を待った。やったか。そう思った。だいたいこういう爆発の後は勝利である。少なくとも物語ではそうだ。しかし現実は甘くなかった。爆煙がゆっくりと晴れていく。そして、その向こうに人影が見えた。ゾグマだった。魔王は両腕を交差させ、防御の姿勢を取ったまま立っていたのである。服はぼろぼろになっている。顔にも傷がついている。明らかにダメージは受けていた。しかし倒れてはいない。 「あっぶねえ」 とゾグマは言った。あなたは愕然とした。渾身の必殺技だったのである。それなのに倒れない。どうやらまだパワーが足りなかったらしい。しかし完全に無駄ではなかった。ゾグマは弱っている。息も荒い。もう一押しで勝てるかもしれない。あなたは考えた。どうするべきだろうか。
女装する(101へ)
剣を投げる(102へ)
【100】(エピローグ1)
あなたは考えた。目の前には魔王ゾグマがいる。空にはまだ隕石がいくつも浮かんでいる。周囲には城の残骸が散らばっている。そして相手は世界を闇に覆おうとしているらしい魔王である。普通に考えれば必殺技を使う場面だろう。しかし、あなたの頭の中には別の考えが浮かんでいた。蹴る、である。非常に単純だった。単純すぎると言ってもいい。だが、人類の歴史を振り返れば、案外そういう単純な行動が世界を変えることもある。たぶん。あなたは深く考えるのをやめた。そして目の前の魔王へ向かって勢いよく飛び出した。ゾグマは少し驚いた顔をしている。どうやら必殺技のようなものが来ると思っていたらしい。しかし、あなたは違った。大きく足を振り上げる。そして全力で蹴った。ところがゾグマはひらりと身をかわした。実に見事な回避だった。魔王らしい身のこなしである。あなたの蹴りは空を切る。普通ならそこで体勢を崩して終わりだった。しかし、そのとき偶然が起きた。あなたの足が近くに落ちていた隕石へ当たったのである。 「コン」 軽い音がした。隕石は空中へ飛んだ。あなたは一瞬だけ呆然とする。なぜなら、その隕石が思った以上によく飛んだからである。そして、その隕石はゾグマの方へ向かっていった。魔王は反射的に足を出した。 「コン」 今度はゾグマが蹴り返した。隕石は再び空中へ舞う。あなたの方へ飛んでくる。あなたは反射的に足を出した。 「コン」 また飛ぶ。ゾグマの方へ飛ぶ。 「コン」 ゾグマが返す。 「コン」 あなたが返す。 「コン」 「コン」 「コン」 「コン」 二人はしばらく無言で続けた。最初は偶然だった。しかし、だんだん面白くなってきた。隕石は思ったよりよく跳ねる。しかも妙に蹴りやすい。あなたは少し笑った。ゾグマも笑った。 「あれ?」 とゾグマが言う。 「これ面白くない?」 「面白いかもしれない」 さらに続ける。 「コン」 「コン」 「コン」 「コン」 いつの間にか戦いのことを忘れていた。世界征服も忘れていた。勇者とか魔王とかもどうでもよくなっていた。二人とも夢中になっていたのである。やがて日が傾き始めた頃、ゾグマが隕石を軽く蹴り上げながら言った。 「ねえ、勇者君」 「何だい、魔王」 「これ、楽しいから競技化しようよ」 あなたは考えた。確かに楽しい。しかも世界中の人が遊べそうだった。 「いいアイデアだね」 「だろう?」 「うん」 二人は固く握手した。こうして勇者と魔王は争いをやめ、新しい競技を広めるために協力することになったのである。そして長い年月を経て、その競技は世界中へ広がっていった。人々はそれをサッカーと呼んだ。こうして、サッカーが誕生したのであった。あなたは、ゾグマと別れて、また、薄暗い森の中に戻る【59】へ
【101】(エピローグ2)
あなたは考えた。魔王ゾグマは確かに弱っている。ムーンストライクフラッシュも直撃した。あと一押しで倒せるかもしれない。しかし、どういうわけかあなたの心は戦いから少しずつ離れ始めていた。ここまで色々なことがあった。異世界へ飛ばされ、荒野を歩き、王様に会い、洞窟に食われかけ、魔王と戦い、隕石を頭で受け止め、ついには必殺技まで放ったのである。普通の人間ならとっくに疲れ果てていてもおかしくなかった。あなたも疲れていた。そして、その疲れとともに一つの思いが胸の奥から込み上げてきた。もう無理だ。これ以上、男らしく戦い続けるのは無理だ。あなたは静かに目を閉じた。そして決意する。戦いではなく、自分自身に正直になることを。ゾグマは不思議そうな顔でこちらを見ていた。 「どうしたの?」 魔王は首をかしげる。あなたはゆっくりと外套へ手をかけた。風が吹く。瓦礫が転がる。空には薄い雲が流れている。そしてあなたは外套を脱ぎ捨てた。 「あれ?」 ゾグマが目を丸くする。実は外套の下には、すでに女もののドレスを着ていたのである。鮮やかな色合いのドレスだった。いつから着ていたのかは分からない。そもそも異世界へ来る前から着ていたのかも分からない。しかし着ていたのである。事実として着ていた。あなたはスカートの裾を軽くつまみ、静かに言った。 「さっきまで、男めいた感じで戦っていたでしょ。それで、無理だな。あたしにはこれ以上できないって思ったの。だって、あたし、実は女装マニアなんだもん」 沈黙が訪れた。ゾグマは固まっている。あなたは少し緊張した。もしかすると笑われるかもしれない。もしかすると怒られるかもしれない。しかし次の瞬間、ゾグマの表情がぱっと明るくなった。 「まあ、偶然!」 そう叫ぶと、魔王は勢いよくマントを外した。あなたは驚いた。マントの下から現れたのは、ビロードの赤いドレスだったのである。しかもかなり凝ったデザインだった。どう見ても趣味で選んでいる。魔王は照れくさそうに笑った。 「実はあたしもなの」 二人はしばらく見つめ合った。戦う理由が急速に消えていく。世界征服もどうでもよくなってきた。勇者も魔王もどうでもよくなってきた。同じ趣味を持つ者同士としての親近感だけが残る。 「まあ、あたしたち、気が合うわね」 「本当にね」 「戦いなんてやめましょう」 「そうね」 あなたは周囲を見回した。瓦礫の山。広い土地。景色も悪くない。ふと、一つのアイデアが浮かんだ。 「ここにオカマバー作るのってどう」 ゾグマは目を輝かせた。 「いいわね」 「でしょ」 「名案」 二人は固く握手した。こうして勇者と魔王は争いをやめ、瓦礫となった元魔王城の跡地にオカマバーを開業することにしたのであった。共通の趣味を持っていた二人は意外なほど息が合い、その店はやがて人間界と魔界の両方で評判となったという。
【↑ この話は、デスシティというシナリオができたら、そこを舞台にこの続きを描きます。その日まで、待っててね!!作者より】
【102】(エピローグ3)
あなたは魔王ゾグマを見た。ゾグマもあなたを見ている。ムーンストライクフラッシュは確かに効いていた。魔王は傷だらけで息も荒い。立っているのが不思議なくらいの状態だった。しかし、それでも倒れない。さすがは魔王である。普通の敵なら十回くらい死んでいてもおかしくない攻撃だったはずだ。それなのにまだ立っている。あなたは焦った。このままでは逆転されるかもしれない。だが、もう必殺技を撃つほどの力は残っていなかった。どうするべきか。あなたは周囲を見回した。瓦礫がある。池がある。そして地面には一本の剣が落ちていた。いつからそこにあったのかは分からない。もしかすると戦いの途中で誰かが落としたのかもしれないし、もしかすると最初からそこにあったのかもしれない。しかし今は細かいことを気にしている場合ではない。あなたは剣を拾い上げた。意外と軽い。ゾグマはそれを見て苦笑した。 「おっ、最後の勝負って感じ?」 「そんなところだ」 「なるほどね」 魔王は両腕を広げた。どうやら避けるつもりはないらしい。余裕なのか、それとも疲れすぎて動けないのかは分からなかった。しかし、どちらにしても今しかない。あなたは深呼吸した。勇者らしいことなどほとんどしてこなかった旅だった。洞窟に食われたり、王様を殴ったり、隕石を頭で受けたり、魔王と意味不明な会話をしたりしてきた。しかし最後くらいは勇者らしく終わってもいいのかもしれない。あなたは剣を構えた。そして全力で投げた。剣は一直線に飛ぶ。空気を切り裂きながら進む。その軌道は驚くほど美しかった。ゾグマは目を見開く。避けようとした。しかし一歩遅かった。剣は見事に魔王へ命中したのである。 「うぐわあああああ!」 ゾグマは大きく叫んだ。そしてゆっくりと後ろへ倒れていく。地面が揺れる。風が吹く。やがて魔王は完全に動かなくなった。終わったのである。あなたはしばらくその場に立ち尽くしていた。勝ったという実感がなかった。だが、確かに勝ったのだ。世界を脅かしていた魔王ゾグマは倒れたのである。そのときだった。瓦礫の奥から誰かが出てきた。金髪の女性だった。年齢はあなたと同じくらいだろうか。陽の光を受けて髪が輝いている。驚くほど美しい女性だった。彼女は急いでこちらへ駆け寄ってくる。 「あたい、捕まっていたの。ミランダ姫っていいます」 あなたは驚いた。どうやら本当にお姫様らしい。魔王城から出てきた以上、捕らわれていたという話も納得できた。 「おお」 あなたはそれしか言えなかった。ミランダ姫はにっこり笑った。 「ありがとう。勇者」 そう言うと、いきなりあなたへキスをした。あなたは真っ赤になった。姫は楽しそうに笑っている。 「もう、照れるなあ」 あなたは何も言えなかった。すると姫はさらに言った。 「ねえ。結婚しましょう」 話が早かった。しかし、ここまで来たら細かいことを気にするのも野暮というものだろう。あなたは頷いた。こうして勇者であるあなたは、美しいミランダ姫と結婚することになったのであった。【70】へ。




