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さようなら、私の愛した騎士様。二年間搾取された有能侍女は、冷徹次期侯爵の手を取り完璧な決別を選びます!  作者: 恋せよ恋


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第9話 スティーブの策略

 薔薇園でのあの夕暮れから数日。


 スティーブは王宮の執務室で、深夜まで一人、いくつかの書類を検分していた。机の上に並んでいるのは、公務の書類ではない。彼が私的に動かしている有能な「影」の者たちから届けられた、極秘の報告書だ。


 書類の束の最上段には、第一騎士団のダリル、そして己の婚約者であるカサンドラ伯爵令嬢の名が記されていた。



「これほど、分かりやすい証拠をばら撒いて歩いていたとはな」


 スティーブは冷淡な声を室内に響かせた。



 彼が裏で集め始めた二人の不貞の証拠は、すでに言い逃れの不可能なレベルに達していた。


 報告書には、二人が逢瀬を重ねていた高級会員制クラブの利用記録、人目を忍んで密会していた貴族街の貸し別邸の住所、さらには日付や時間まで克明に記録されている。


 それだけではない。ダリルがカサンドラへ贈ったとされる、一介の次男坊騎士の給与では到底購入できないはずの、高価な香水や宝飾品の購入台帳。そして逆に、カサンドラがダリルへと買い与えた、騎士団の規律を無視した特注の馬具の贈答記録までが揃っていた。


 この金がどこから出ているのか。ダリルがメリッサから「結婚資金」として毟り取った金が、そのままカサンドラとの贅沢なデートに横流しされていたことは、帳簿の数字を見比べれば一目瞭然だった。



 大切な侍女であり、己の心の拠り所であるメリッサをボロボロにして搾取し、他の女と笑い合っていた男。


 そして、我が物顔でオレオ侯爵家に出入りし、メリッサを嘲笑っていた傲慢な女。



 スティーブの胸中にあるのは、二人に対する氷のように冷え切った、それでいて底知れない怒りだった。だが、彼は感情に任せて動くような青二才ではない。王太子の懐刀と呼ばれる男だ。やるからには、二度と這い上がれないよう、一網打尽に、完膚なきまでに叩き潰す。


(まずは、カサンドラの実家からだな)


 スティーブはカサンドラの実家であるカサンドラ伯爵家の財政状況と、派閥の動向が記された別の紙に目を移した。



 調べてみれば、伯爵家は近年、放漫経営とカサンドラの派手な浪費によって、財政が火の車であることが判明した。さらに悪いことに、彼らは現在の王太子派ではなく、不穏な動きを見せている対立派閥の貴族たちと、裏で不適切な資金援助のやり取りをしている疑惑まで浮上してきたのだ。


 王族への反逆にも繋がりかねない、決定的な弱み。

 スティーブはその証拠の尻尾を、すでに確実に握っていた。



「オレオ侯爵家との婚姻による結納金で、すべての赤字を帳消しにするつもりだったのだろうが……。その甘い夢も、ここまでだ」


 カサンドラ伯爵家は、スティーブとの婚姻を何が何でも成立させなければ破滅する。その状況でありながら、当の娘は第一騎士団の男と不倫劇に興じている。これが公になれば、伯爵家は不貞による婚約破棄だけでなく、オレオ侯爵家に対する重大な侮辱罪、さらには派閥闘争の罪まで着せられ、爵位剥奪は免れない。



 そしてダリル。


 弱小伯爵家の次男で、第一騎士団の「広告塔」として調子に乗っている男など、スティーブの手のひらの上でいつでも潰せる羽虫に過ぎない。上級貴族の婚約者に手を出し、さらに自身の不貞のために他者(メリッサ)の給金を不正に詐取していたとなれば、騎士爵の剥奪はおろか、不名誉除隊、最悪の場合は鉱山行きだ。



「お兄様、夜分に失礼いたしますわ」


 物音も立てずに執務室の扉が開き、イザベルが入ってきた。彼女の手には、温かいハーブティーが握られている。



「イザベルか。夜更かしが過ぎるぞ」


「お兄様こそ、メリッサのための『お仕置き』の準備で大忙しですのね。……それで、進捗はいかがかしら?」


 イザベルは机の上に散らばる不穏な書類の数々を見て、実の兄そっくりの、冷酷で美しい笑みを浮かべた。



「すべて揃った。あとは、最も劇的で、言い訳の効かない『舞台』を用意するだけだ。近々、王宮で開かれる夜会がある。そこで第一騎士団の面々も警護に駆り出されるはずだ」


「あら、最高の発案ですわ。衆人環視の中で、あの二人の化けの皮を剥ぎ取るわけですね」


 イザベルは楽しそうに首を傾げた。



「メリッサには、まだこのことは伏せておいてくれ。彼女は優しい。無駄な心痛をかけたくない」


「分かっておりますわ。メリッサにはただ、当日、最高に美しいドレスを着て、私に付き添ってもらうだけです。……あの大馬鹿ものが、自分がどれほど価値のある宝物をドブに捨てたのか、その目で思い知ればいいのですわ」



 兄妹の視線が交差し、冷徹な同意が交わされる。


 ダリルとカサンドラは、自分たちがどれほど恐ろしい怪物の尾を踏んだのか、未だに気づいていない。お気楽な不貞の蜜月を楽しんでいる彼らの背後には、すでに逃げ場のない鉄格子が迫っていた。



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