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さようなら、私の愛した騎士様。二年間搾取された有能侍女は、冷徹次期侯爵の手を取り完璧な決別を選びます!  作者: 恋せよ恋


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第5話 かつての同級生、現在の主従

「あら、そこにいるのはメリッサじゃない? 相変わらず随分と地味な格好をしているのね」


 オレオ侯爵家のきらびやかな応接室に、甲高い勝ち誇ったような声が響いた。


 声の主はカサンドラ伯爵令嬢。次期侯爵家当主スティーブの不本意な婚約者であり、燃えるような赤髪を派手に巻き立てた、傲慢さを絵に描いたような令嬢だった。



 お茶の給仕をしていたメリッサは、表情一つ変えずに、流麗な動作で一礼した。



「お久しぶりでございます、カサンドラ様。本日はスティーブ様との定期のお茶会でございますね。ただいま極上のダージリンをお淹れいたしました」


「ふん、相変わらずお人形みたいに澄ました顔をして。……本当に落ちぶれたものよね。学園の淑女科時代、あれほど優秀だと持て囃されていたメリッサ・メーデンが、今や人の後ろに控えてお茶を配るだけの、ただの薄汚れた侍女だなんて」


 カサンドラは扇子で口元を隠しながら、クスクスと下品に笑った。



 彼女がここまでメリッサを敵視し、見下そうとするのには理由がある。学園時代、淑女としての作法、座学、刺繍にいたるまで、カサンドラは一度としてメリッサの成績を上回ることができなかったのだ。名門貴族のプライドをへし折られ続けたカサンドラにとって、卒業後にメリッサが平民に近い身分として侍女になったという事実は、歪んだ優越感を満たす最高の蜜だった。



「学園での学びは、こうして侯爵家でお仕えするための礎となっております。私にとっては身に余る光栄な日々にございます」


「口先だけは達者なのね。でも、哀れだわ。身分が低いということは、それだけで人生の選択肢がないということよ? いくら学園で成績が良くても、結局は一生、私のような高貴な人間に頭を下げて生きていくのよ。惨めだと思わないのかしら?」


 執拗な嫌がらせの言葉が紡がれるが、メリッサの心には一ミリも響かなかった。



 王太子の側近として激務をこなすスティーブや、最愛のイザベルお嬢様に比べれば、カサンドラの嫌がらせなど、羽虫の羽音よりも中身がない。メリッサはただ「大人の対応」として、完璧な微笑みを崩さなかった。



「カサンドラ様、お茶が冷めてしまいますので、どうぞ温かいうちにお召し上がりください」


「チッ……本当に可愛げのない女。……ああ、そういえば、あなたのあの婚約者、第一騎士団のダリルだったかしら?」


 カサンドラはわざとらしく声を弾ませ、紅茶に手を伸ばした。


 その瞳に、邪悪な光が灯る。


「彼、最近とても羽振りが良いのよね。騎士団の同僚たちを誘って、毎晩のように高級な酒場でお金を使い回しているらしいわよ。次男坊のくせに、一体どこからそんな大金が出ているのかしら? まさか、健気な侍女様が身を粉にして稼いだお給料を、貢いでもらっているわけじゃないわよね?」


 その言葉に、メリッサの給仕する手が、ほんの一瞬だけ止まった。



 カサンドラはそれを見逃さず、獲物を見つけた肉食獣のように身を乗り出した。



「やっぱり図星なのね! 可哀想に。男に都合よく使われていることにも気づかないなんて。彼はね、もっと華やかで、自分にふさわしい地位のある『特別な女性』と、大人の恋を楽しみたいのよ。あなたみたいな、手荒れが酷くて地味な侍女に縛られるなんて、彼にとっても可哀想な話だわ。身の程を知って、早く身を引いてあげたらどうかしら?」


 カサンドラは、自分がダリルと裏で通じ合っていることを、優越感と共に暗にあてこすってきたのだ。


「あなたの男は、私に夢中よ」と言わんばかりに。



 だが、カサンドラは致命的な勘違いをしていた。


 メリッサが手を止めたのは、ショックを受けたからではない。ダリルが無心してきた大金の使い道と、その不実の決定的な「片方の当事者」が、まさか目の前の婚約者だったという繋がりに、呆れ果てたからだ。



(……ああ、そういうことだったのね、ダリル)


 頭の中で、すべての点と線が繋がった。



 ダリルが自分に「あと一年待て」と言った理由。

 カサンドラがなぜかダリルの懐事情に詳しい理由。


 怒りは湧かなかった。ただ、底冷えするような軽蔑と、自分の純愛を踏みにじった二人への、静かな決意が胸の中で固まるだけだった。



「貴重なお話をありがとうございます、カサンドラ様」


 メリッサは、これまでで最も深く、そして最も美しい一礼をした。その所作には、伯爵令嬢であるカサンドラを遥かに凌駕する、本物の気品が宿っていた。



「ダリル様がどのような方と、どのような『大人の遊び』をされていようと、それは彼の自由でございます。……ええ、本当に。私には、もう関係のないことですわ」


「な、何よその態度は……!」


 悔しがらせるつもりが、まるで響かない。それどころか、自分の方が格下であるかのようにあしらわれたカサンドラが、顔を真っ赤にして立ち上がろうとしたその時。


「――そこまでにしてもらおうか、カサンドラ嬢」


 応接室の重厚な扉が開き、冷徹な空気を纏ったスティーブが入ってきた。その瞳は、実の婚約者であるカサンドラを、まるで汚物を見るかのような冷たさで射抜いていた。


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