第22話 新たな婚約の発表
カサンドラが悲鳴をあげながら衛兵に引きずり出され、大広間の重厚な扉が閉まると、会場には再び張り詰めたような静寂が戻った。
一連の劇的な大没落を特等席で目撃した貴族たちは、未だに興奮と困惑の冷めやらぬ様子で、中央に佇むドレス姿のメリッサを見つめていた。
そんな中、会場の壁際で扇子を握りしめた上級貴族の令嬢たちが、ひそひそと毒に塗れた声を漏らし始めた。
「……いくらカサンドラ様が罪を犯したからって、あそこにいるメリッサとかいう女、ただの侍女でしょう?」
「ええ。地方のしがない子爵家の次女ですわ。いくらオレオ侯爵家のお気に入りだからって、こんな夜会で主役気取りなんて、身の程を知るべきですわよね。子爵令嬢風情が、侯爵家に嫁ぐなんて万に一つもあり得ないのに」
嫉妬と羨望が入り混じった、陰湿な嘲笑。それはカサンドラがいなくなってもなお、貴族社会に蔓延る強固な身分制度の壁だった。
メリッサを小馬鹿にする令嬢たちの声は、決して小さくはなかった。しかし、その声が周囲に伝播する前に、一瞬で場を支配するほどの令嬢の声が響いた。
「あら。我がオレオ侯爵家が望んで迎える至宝に対して、ずいぶんと賑やかな『蚊の羽音』が聞こえますわね?」
令嬢たちがぎょっとして振り返ると、そこには、オレオ侯爵家の愛娘であり、王都の社交界の若き女王でもあるイザベルが立っていた。彼女の背後には、オレオ侯爵家お抱えの屈強な護衛たちが控えている。
「い、イザベル様……っ!」
「メーデン子爵家を『しがない』と仰いましたかしら? メリッサの生家は、我が領地の要たる魔鉱山管理を完璧にこなし、当家に多大な富をもたらしている最重要の忠臣。その次女であり、学園を優秀な成績で卒業した才媛メリッサを、ただの侍女と侮るなど……。あなた方の家は、我がオレオ侯爵家全体の審美眼と、ひいては我が家の財政基盤そのものを愚弄なさるおつもりかしら?」
イザベルの完璧な笑みの奥にある、底無しの殺気。
メリッサをスティーブの妻にするため、裏で完璧にプロデュースした張本人こそ、この妹イザベルだったのだ。メリッサを侮辱することは、イザベルの「完璧な計画」に泥を塗ることに同義だった。
「ひ、ひえっ……! そんな、私たちはただ……っ」
「お黙りなさい。耳障りですわ。――明朝、あなた方の実家の領地と我が家との交易ライン、すべて『再検討』させていただきますわね。もちろん、今すぐこの夜会からも退場していただきますわ。衛兵、この無礼者たちを外へ」
イザベルの冷徹な一言で、メリッサを揶揄した令嬢たちは、顔面を土気色に変えてその場に泣き崩れ、カサンドラの後を追うように無様に夜会からつまみ出された。
イザベルはパチンと扇子を閉じると、ふふ、と満足げに微笑み、中央の兄たちの元へと歩み寄った。
会場を包んでいた不穏な空気は、完全に霧散した。
大広間の中央。スティーブは、隣で少し緊張したように俯くメリッサを見つめると、誰もが目撃する前で彼女の手をそっと取り、自身の腕へと優しくエスコートした。
メリッサが驚いて目を見開いた瞬間、スティーブは会場全体を見渡し、これ以上ないほど誇らしげに、そして凛とした声を響かせた。
「皆様。我がオレオ侯爵家より、今宵お集まりの皆様に明確に申し上げる。本日、我が家は重大な裏切りを排除した。そして同時に、これまで陰から我が家を支えてきた功労者であり、私が心より敬愛するメリッサ嬢を、今後はオレオ侯爵家が総力を挙げて庇護することをここに宣言する。彼女への不敬は、我が家への敵対とみなす!」
その堂々たる庇護の宣言に、会場中がわっと沸き立った。
ただの侍女ではなく、侯爵家が絶対に手放さない「至宝」なのだと誰もが理解した。スティーブの横に立つメリッサの姿は、オレオ侯爵家の象徴たる紺青のドレスを見事に着こなし、その気品は未来の侯爵夫人として完璧だったからだ。
「よくぞ言った、スティーブ!」
オレオ侯爵夫妻が満面の笑みを浮かべて前に進み出てきた。
侯爵はメリッサの元へ歩み寄ると、その優しく頼もしい手でメリッサの肩を叩いた。
「メリッサ、いや、我が家の愛しい未来の娘よ。これまで我が家のために尽くしてくれた君を、今度は家族として迎えられることを、これ以上ない誇りに思う。スティーブを、そして我が家を、末永く支えておくれ」
「メリッサ、本当におめでとう。お兄様にはもったいないくらいの最高の義姉様だわ!」
侯爵夫人は慈愛に満ちた目でメリッサを抱きしめ、イザベルも先ほどの冷酷さが嘘のような、無邪気で満面の笑みで祝福を贈った。
建国以来の格式を誇るオレオ侯爵家が、家族総出で一人の令嬢を熱烈に歓迎している。その圧倒的な光景を目にしたゲストたちから、やがて、割れんばかりの大拍手が湧き起こり、大広間全体を揺るがすほどの祝福の嵐へと変わっていった。
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