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双りが舞う時  作者: 柚希
9/14

話を要約すると、星宮家は代々祓い屋のようなことを生業としている家系で、本家の者たちは全員人ならざるものが視えるという。その中でも封じる力を持って産まれるのが本家の長女と、守り手と呼ばれている五星柱の五人だというのだ。


「え、皆視えてるの?」


突然のオカルトめいた話に、思わず問いの声が洩れる。

疑問というより疑惑に近いその声音に、千星がなんとも言えない表情で肩を竦めた。


「視えるよ~。ま、全員が全員じゃないよ。おじいちゃんは遠縁の人間だから視えないし、当主様とかオレの父さんとかは視える。分家とかになると視える人間はほとんどいないし、ま、遠縁だろうが分家だろうが五星柱だったら例外なく視えちゃうんだけどねぇ。逆に視えるのが五星柱に必須の第一条件なんだけど」

「じゃあ、あたしのお母さんも視えてたの……?」

「そりゃあそうでしょ、本来未来ちゃんのお母さんが舞姫の立場で次期当主様だったんだから」


にわかには信じがたい話に絶句する。

母親が視えるなんて話は一度だって聞いたことがないし、何より祖父も元々遠縁の人間だったことに驚いた。


「何でお母さんは今まで言わなかったんだろ」

「嫌だからでしょ。また奪われたら今度こそ壊れちゃいそうだし」

「奪われる?」

「千星」

「はあい」


遮るように声をかけた織杜を思わず見る。


「話してくれないんですか?」

「悪い、これについては俺たちの口からは言えない」


申し訳なさそうな顔で謝る彼に、唇を噛む。


「まあ、とにかく未来ちゃんのお母さんは色々あってこの家が嫌いなんだよ。当主様なんて天敵だしね」

「俺もあのババアは嫌いだ。好きな奴いんのかよ」


最早飽きてきたのか煎餅を食べながら彗が話に混ざる。


「てめえの母親も嫌いだけどな。役目も何もかもほっぽいて、他人に責任押し付けて、呑気に外の世界で暮らしてるときた。虫酸が走るぜ」


指先をこちらに向ける彼の表情を眺めながら、ポツリと呟く。


「なにもしらないのはそっちもでしょ」

「あ?」


ハッとして、口を閉ざしかけ、それからニッコリと笑って向けられた指先を握った。


「関節技かけたいなぁ」

「離せ!」


慌てた様子で指先を取り戻した彼は、どうやら先程のことがトラウマになってしまったようだった。

可笑しそうに笑う千星に怒り狂っている彗から視線を外し、苦笑を浮かべている織杜に顔を向けた。


「おじいちゃんも遠縁なんですね」

「あぁ、星宮一族はなるべく血の濃度を薄めないために基本的には一族同士で結婚するからな。でも近親婚ばかりしてると後々弊害も生まれるから、分家や遠縁は外の人間と結婚しても許されてるんだ」


徹底した閉鎖的なやり方に思わず顔をしかめる。

未来が今まで生きてきた価値観の中にはないもので、戸惑いよりも不可解な気持ちがわいてしまう。


「五星柱ってどんなことするんですか? 封じる力があるって」

「正確には俺たちは舞姫のサポートみたいな役割をするんだ。たぶんこの後稽古すると思うが、鎮魂の舞は霊的なモノの力を鎮めて清めるんだ。俺たちは神楽器 (かぐらき)という特殊な楽器を使って舞姫の力を増幅させ、怒り狂う霊的なモノから舞の間舞姫を守る役割を担う」

「怒り狂うんですか……?」

「まあ、中には」

「怖すぎる」


ホラーは苦手ではないが得意でもない。

それも作り話の中でなら、という前提がある。

現実で、人間の手に負えないような未知なるモノを相手にするなど、普通の女子高生として生きてきた未来には無理な話だった。


(いや、今すぐ家帰りたぁい)


「それ、危険はないんですか? 取り憑かれたりとか、死んだりなんて……」

「あるよ~」


何でもないことのようにあっけらかんと答える千星に、思わず固まった。


「マジ?」

「マジマジ」

「いや、無理すぎる。できないわ」


自分の命が懸かっているなら、そんな簡単にはいやりますとはならなかった。


「できないとかここじゃ関係ねぇよ。やるんだよ、役目なんだから。それともてめえはまた逃げんのか。今度はやれんのに、できないを言い訳にして、一人だけ責務から目を背けんのか」

「逃げるって、言い方」

「何だよ、逃げてんだろうが」

「あたし今まで知らなかったんだよ? それで急に幽霊相手にしろって、あんたみたいに免疫も耐性もないわ」

「そんなの皆同じだろうが。幽霊視えてようが視えてなかろうが、儀式すんのは皆最初は誰でも初めてだろ。怖いとか嫌だとか思わねぇとでも思ってんのか」


どこか苦い口調でそう言った彗の瞳は、思いの外真っ直ぐな光を湛えていた。


「まあ、立場からは逃げられないってことだよね。責務を放棄したら、誰かに迷惑がかかる。五星柱としてこの家に生まれた宿命だよねぇ」


軽やかな口調でそう言った千星の表情は穏やかなのに、何故か未来はそれが悲しいことのように思えた。


「ま、てめえがここに寄こされたってことはお前の親も承諾したってことなんだろ。言い訳も押し付ける人間もなくなったし、むしろよくここまで本家から逆に逃げれたわ」


承諾した。父親はたぶんそうなのだろう。

でもそれはきっと、これ以上壊れかけている現状を繋ぎ止めるためのものなのだ。

もしかしたら、夏休みの話だったこの生活は、違うものになるのかもしれない。


ぐるぐると思考が回って、未来は頭を抱えて大きな溜め息を吐いた。

当事者が何も知らされていないことへの怒りと、この先の不安、不信感と、やはり怒りがぐちゃぐちゃになっていく。

納得はしていない。

強制されることは嫌いだ。

納得こそできないが、今はこの夏休みの間だけという話を信じよう。やれることはやる。


「分かった。とりあえず夏休みの間だけ。まだ聞きたいことも沢山あるけど、たぶん答えてはくれないだろうから今は聞かない。たださ、あたし本当になんにも視えないけどその務めとかをやれるの?」


真っ直ぐ彼らに視線を向けると、少しだけ驚いたように見えた。


「お前マジでなんも視えねぇの」

「だからそう言ってるでしょ」

「でも全く能力がないわけじゃないと思うんだよねぇ。だからこそ今ここにいるんだし」


首を傾げる千星に、彗がニヤリと何かを企んでいるような悪辣な笑みを浮かべた。


「いいぜ、ものは試しだ。少し繋いでみっか」

「勝手なことしたら怒られるぞ、彗」

「どうせ儀式ん時やる羽目になるだろ。器になれねぇなら、そもそもこれやっても視えねぇよ」


そう言って彗は、未来の背後に回った。


「は? ちょっと近いんだけど」

「うるせぇな。俺だっててめえに好き好んで触りたくねえっつの」


彗のつけている香水の匂いだろうか。少しだけ甘い、スパイシーな香りがする。背中にぴったりとくっつくようにして、彼の長い指先が未来の右手に絡まった。


「静かに呼吸して、俺の手に集中しろ」


言われるまま、呼吸する。

背後で彗の静かな鼓動を感じていると、掌から熱が広がる心地がした。

じわじわと熱くなる手に思わず身動きする。


「動くな」


ピシャリと言われ、また静かに彼の手と繋がる自分の手に視線をやった。

そうしているうちに、何か蔦のような痣のものが彗の半袖に隠れた腕から伸びて、次第に未来の掌まで絡まるように繋がった。


(何これ!?)


蔦が自分の肩まで張って右の肩甲骨の辺りまで伸びているのが感覚でわかった。

そして燃えるような熱さに思わず背後に頭突きをかまして掌を離すと、スウッと熱が引いたのがわかった。


「てめぇ……っ」


顎を押さえながら噛み殺しそうな目でこちらを睨んでくる彗を放置して、慌てて自分の手を見るが、最早そこに痣はなかった。


「あれ、ない?」

「未来ちゃんちょっとごめんねぇ」

「ぎゃあ!」


背中に回った千星に背後から服の中を覗かれ、悲鳴を上げる。


「こら、千星」

「ごめんごめん。でも確認できたよ~。無事繋がってる」


悪びれもなく笑う千星に、疑問符しか浮かばない。


「え、背中になんかあるの?」

「後で部屋で見てみて。花が咲いてるからさぁ。まさか繋がるだけじゃなく印も出るなんて、やっぱり舞姫なんだね」

「印?」


一体自分の背中に何があるのか。

気になって仕方ない未来の耳に突然小さな音が聞こえてきた。


「ん? なんだろ?」

「どうした? 具合悪くなったのか?」


心配そうに顔を覗きこむ織杜にはこの音は聞こえてないのだろうか。

段々と大きくなる音に、漸くそれがなんの音か気づいた。


「踏切の音?」

「はぁ? 踏切の音だ? 電車なんかこんなクソ田舎にあるわけねぇだろ」


馬鹿にしたように嘲笑う彗の背後を見て、未来は驚いて目を丸くした。


「え、君どっから入ったの?」


そこには、小さな少女がこちらを見つめていた。

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