20.彼らの飛空船で(2)
2017.2.7 挿入
「まずは落ち着いて。帰さないとは言わないから」
打ち身を一つ増やしたエアは、青年になだめられて、憮然として寝台に座りなおした。
そこへ、茶色の髪の少年が部屋に入ってきた。片手に湯気のたつ金属のカップを持っている。
「バーム兄、お茶」
「お、ご苦労さん」
青年がカップを受けとり、エアに差し出す。
「まあこれでも飲んで」
青年の後ろで少年が、「え、そいつにやるんだったの?」と顔をしかめている。
エアはカップと青年を用心深く交互に見やった。
湯気とともにたちのぼる強いにおいが鼻をさす。少年はお茶だと言っていたが、かいだことのないにおいだ。カップの中には、緑がかった茶色の液体がゆれている。
重ねて押しつけられて、しぶしぶカップを受けとる。けれど、口をつける気にはなれず、両手でカップをつつんでそろえたひざの上に置いた。
青年が苦笑して、エアをのぞきこむ。
「君がどうしても帰りたいなら、なんとかしてあげるよ。でも、その前に俺たちのはなしを聞いてくれないかな。実は──」
「その前に、確認しておきたい」
壁にもたれて二人のやりとりを見ていた紅茶色の髪の若者が、青年をさえぎって言った。
「あんたがマイアだというのは、本当か?」
エアはびくりと顔を上げた。
青年がふりむいて、口をとがらせる。
「なんだよ、今さらそれ聞くの?」
「おまえは今さらかもしれんがな。俺はまだ、おまえの言葉以外に、その子がマイアだと示すものを見ていない。──どうなんだ?」
若者の視線を受けて、エアは瞳をさまよわせた。
何と答えたものだろう。こんな素性の知れない若者たちに、マイアであることを認めてしまってよいものか。
もっとも、青年たちには、彼女が神兵たちから「マイア」と呼ばれているところをさんざん見られているのだから、今さら隠そうとしても意味がないような気はする。
「わたしは──」
言いかけて、エアはためらった。
去り際の光景がよみがえる。
泣きそうな顔で打杖をかまえたスワニー、神使長の酷薄なまなざし、躊躇なくエアをとらえた神兵たち、そしてラベル──
もうずっと長い間、胸の奥にひそみ続けていた不安──気づかないふりをし続けてきた疑念がうごめく。
(わたしは、本当にマイアなの……?)
エアの沈黙を警戒ととったのか、若者がつけ加えて言う。
「あんたがマイアだろうが、そうでなかろうが、俺たちのあんたに対する扱いは変わらない。特段、危害を加えるつもりはないし、ことさら丁重に遇するつもりもない。本当のところを確認しておきたいだけだ」
エアは瞳をふせた。
両手でつつんだカップの中。とろりと暗い色の水面に、強ばった少女の顔がうつっている。
頬とあごにすり傷ができていた。額には包帯が巻かれている。ほかにも、体のあちこちが痛い。
エアはカップをつつむ指に力をこめた。
「……そう、だよ。わたしは当代のマイアだわ」
少なくとも、この十年の間、そう聞かされて育った。だからエア自身も、周囲の期待にこたえようと、必死に努力してきたつもりだ。
エアはマイアだと言いきったラベルの声が耳に響く。同時に、助けを求めるエアの声に、微動だにしなかったラベルの苦しげな顔が目の前にうかぶ。
(どうして……)
「マイアなら神力があるはずだが──」
若者が近づいてきて、腰に下げていた革の道具入れから何かを取り出す。
開いた手にのっているものを見て、エアはぎくりとした。
灰色の乾いた数粒の欠片──植物の種だ。
「証を見せてくれ。たしかマイアは、その神力で植物の種を芽吹かせることができるんだったよな?」
若者のてのひらの上の種を見つめて、エアはごくりと喉を鳴らした。
エアが神力をあらわすことができたのは、五歳のときの一度きりだ。
上目づかいに若者たちをうかがう。
失敗したらどうなるのだろう。マイアだと名乗ったエアの言葉は、嘘だったと思われるのだろうか。神使の小娘が、青年たちの誤解をよいことにマイアのふりをしたと?
それならまだよいが、当代マイアに神力がないなどということが知られるのは、さすがにまずい。
動こうとしないエアに、若者が目をすがめる。
「どうした、できないのか?」
どうする。一か八か神力の発現を試してみるか。それとも──
エアはゆっくり口を開いた。声がふるえないよう、下腹に力をこめる。
「……マイアの神力は見世物ではないわ」
目線を上げて、若者を見すえる。まなざしに力をこめて、せいぜい毅然として見えるように祈りながら。
「身の証を立てるための道具でもない。こんな場で、あなたたちを満足させるためだけに神力をあらわすことはできないわ」
ヒュウッと金髪の青年が口笛を吹く。
なんだとっ、と茶色の髪の少年が声を上げた。
「俺たち遊民ごときに、女神さまの神力は見せられないってわけか?」
驚くエアをにらみすえて、頬を真っ赤にしてまくしたてる。
「見下しやがって! 今すぐおまえをこの船から放りだすことだってできるんだからな。真っ逆さまに落っこちて、ぺちゃんこにつぶれても、そんなふうにとりすましていられるか、試してみるか?」
「こら、クレイン」
金髪の青年が、ペシリと少年の額を叩く。
「バーム兄、なんでだよ!」
「いちいちかみついてたら、はなしが進まないだろ。それに、俺たちは商人だ。要求が通らないからって脅すなんていうのは、俺たちの流儀じゃない」
「だけど、こいつ……!」
「そうカッカするなよ。《神護院》の女神さまなら、このくらいお高くて当然だって」
少年が不服そうに口をとがらせる。
その頭をくしゃりとかきまぜて、青年が若者を見た。
「なあジョット、もういいだろ? 本人が認めているし、《神護院》の連中も彼女を『マイア』って呼んでたんだ。俺たちとしたら、今のところはそれで十分だ」
ジョットと呼ばれた若者は何か言いたそうにしたが、思いなおしたように口を閉じた。ひとつ肩をすくめて、種を革袋に戻す。
(切り抜けた……?)
安堵の息をつきそうになるのを、すんでのところで飲みこんだ。てのひらにかいていた汗を、さりげなく衣のかげでふく。
「──さてと、それじゃ、やっと本題に入れるかな」
青年が部屋のすみにあった木箱を動かしてきた。エアの正面にすえて、その上にどっかり腰を下ろす。
「さんざん苦労させられたけど、ようやく当初の目的を果たせるよ」
「目的……?」
「ああ」
青年が緑の瞳をきらめかせる。
「当代マイアにおかれては、先代マイアが交わされた約束をすみやかに履行いただきたい」
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