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痕我軌(あとがき)

 本作『カリブの紅玉』を書いたのは、今から十年以上前、二〇〇三年頃のことである。

 もともとプロの物書きになりたいと思いつつ、思うだけで何もしない典型的敗残者の私だったが、当時、無職になってぽっかりとエアポケットのように時間ができたのを機に、一本投稿してみようという気になったのだ。

 懸賞雑誌を買い、適当な募集期限と分量でアタリをつけ、幾つかの候補の中から選んだのが、某歴史文学賞だった。

 それまで私は歴史小説を書いたことなどなく、それどころか読むほうでさえ二十冊と読んでいなかった。にもかかわらず「歴史小説なら書けそうだ」と思ったのは、私が大学時代に歴史学を専攻していたという、ただそれだけの理由であった。

 完全にナメきっている。勿論、後でしこたま悔やむことになったのは言うまでもない。


 当初は『カリビアン・ルビー』というタイトルだったのだが、そろそろ完成という段になって、たまたまある雑誌の記事を目にし、愕然とした。

 アメリカで某海賊映画が大ヒットし、数ヵ月後には日本にも上陸するというのである。

 なんということだ。これでは、影響を受けたと思われてしまうではないか。しかも、ご丁寧にタイトルの一部までもがカブっている。

 そう、それこそ、あの大ヒット海賊映画シリーズの第一作目であった。

 ここ数十年、ヒットした海賊映画などなかった(というより、他の海賊映画など何も思い浮かばない)のに、何故よりにもよってこのタイミングなのだ、とハリウッドを恨んだものだ。泣く泣くタイトルを『ルビー・スターダスト』という迷走感たっぷりのものに変更したのも、今となっては……別にいい思い出でもないな。

 その後投稿したものの、あっさり落選。

 しかし、私としては気に入っていた作品だったので、このまま陽の目を見ないのは忍びない、と思っていた。

 そして、「小説家になろう」の存在を知り、半ば供養のようなつもりで投稿した、というわけだ。

 十年ぶりに読み返すと、記憶のイメージよりも遥かに下手糞であり、さすがにこれでは、無料であっても人様には見せられん、と最低限の加筆修正をした。

 ついでに、タイトルも変更することにした。

 年を食ったせいか、モードが当時と変わっていて、できるだけ無駄を削ぎ落とした、枯れた風合のものにしたくなった。が、あれこれ考えても良いものは浮かばず、結局『カリブの紅玉』という、なんだか手応えの無い題名になってしまった。そして、最初のタイトルを日本語にしただけだったことに気付き、己の進歩の無さに苦笑した。この作品を書いてから、一本も小説を書いていないのだから、進歩が無いのも当然ではあるが。


「小説家になろう」については、ぼんやりと「ラノベが中心、メインターゲットは中学生あたりかな」という印象だったが、言っても「歴史」カテゴリーなら、少数の大人向けなのだろう、と深く考えなかった。

 自分の作品が、とんでもかく場違いだったことに気付いたのは、投稿した後のことである。

「歴史カテゴリーでは、どんな作品がウケてるのかな?」と調べてみて、愕然とした。

 歴史カテゴリーなら歴史小説が掲載されていると思い込んでいて、それ以外のものなど可能性さえ考えもしなかったのだが、そこに並んでいたのは、タイムスリップやら、歴史改変ものやらであったのだ。

 後の祭りである。ケーキ屋のショーウインドーに間違って置かれた海苔せんべいの気分だった。慌てて、他の投稿サイトにもアップしまくったりしてしまった。

 見たほうも、何故ケーキ屋に海苔せんべいが置いてあるのかと、びっくりしたのではないだろうか。驚いたのはお互い様なので、勘弁してほしい。


 私がメアリー・リードと、私掠船という歴史の徒花あだばなのような奇妙なシステムを知ったのも、大学時代のことだった。

 ゼミで、講師が十個くらいテーマを列挙し、このうち好きなものを一つ選んでレポートを書け、という課題が出された。その中に、私掠船が入っていたのだ。

 私の遠い後輩にあたる若者が読んでいるかもしれないので、ここで注意しておきたい。

 間違っても、本作を参考にしようなどと思ってはいけない。

 可能な限り史実に忠実に描こうと努めたつもりだが、ところどころ、創作が入っている。

 例えば、人名。資料では「イギリスの海賊」としか記されていない者に、勝手に人名をつけたりしている。船名などもそうだ。

 大きなところでは、メアリーの生年や年齢も創作である。実際には、明らかになっていない。私がメアリーの個人年表を自作し、大体このあたりではないかと推定したものを書いたのだ。

 しかし、何といっても最大の創作は、作中で「ウォルター・スコット」と名付けた人物である。

 この人物についてわかっていることといえば、


 メアリーには、惚れた男がいた。

 メアリーは、その男を護るために決闘をした。

 メアリーは、その男の子を身籠った。

 メアリーは、最後までその男の名を明かさなかった。


 これくらいのものだ。

 この人物を医者という設定にしたのは、私なりの理由がある。

 私が引っかかったのは、「なぜ、メアリーは、その男の名を明かさなかったのか」ということであった。どのみち縛り首なのだから、明かしたところで変わりはなさそうなものではないか。

 そこで考えた。

 名を明かさないのは、そうすればその男が縛り首にならずに済むからなのではないかと。

 逆に言えば、名を明かすと、メアリーとの繋がりの強さから海賊の主要メンバーとみなされて、死刑になるからなのではないかと。

 では、海賊船に乗っていて、海賊の仲間ではない、つまり海賊行為を行わない者とは何だ?

 一般人が用も無いのに乗っているわけはあるまい。料理人? 客船ではあるまいし。牧師? 命のやり取りを日常的に行う者が、逆に信心深いというのは、ありそうな話ではあるが……。

 必然性と必要性から考えて、船医というのが、最もしっくり来る答えだった。医者ならば、メアリーが女と気付く場面もあろう。

 ……というわけで、私が勝手に考えた人物像なので、くれぐれも真に受けたりしないように。


 最後に、エピローグ部について触れておく。

 メアリーの最期については、「産褥で死んだ」という短い一文で語られているのみである。

 これには幾通りかの解釈が可能だろうが、当時のメアリーの置かれた状況や衛生環境や医療水準、そして子についての記述が一切ないこと等を併せて推察するに、出産時に母子ともに死亡した、と考えるのが妥当だろう。

 しかし、あのメアリー・リードという女が、愛する男の子を産むことなく、死ぬものだろうか? 命に代えても、子供だけは無事に産み落としたのではないか。

 そんな思いが、あのラストシーンを書かせた。

 無論、これは私の単なる想像、というより妄想に過ぎず、歴史的根拠があるわけではない。

 だが、これ以外の結末は、私には考えられなかった。


 長くなってしまったが、本作を読んで、一人でも面白いと思っていただけたなら幸いである。

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