六十三話 ヒョウテキ
「ロッテ、待ってよ! 待ってったら!」
1人で先に進んだロッテをようやく見つけて、僕は肩をつかんだ。振り返ったロッテは、ぶっすりとしていて、まだごきげんがナナメだった。
「もう、なんなのあの子! ちょっと可愛いからって調子こいてんじゃないわよ! ムカツクのはあんたのほうだってのよ! あの高そうでかわいい服なんか、うらやましいけど、うらやましくなんかないんだから! あれで勝ったと思わないで欲しいわね!」
と、何故かフィーザに対して怒っているはずなのに、僕に人差し指を向けて猛攻を仕掛けてきた。
「でも、いいなあ。あの服。あたしもあんなの着たいなあ。あ~あ。誰か商業区であたしに買ってくれないかなあ。最近流行の服がたくさん置いてあるお店があるのよねー。誰か優しくて男気のあるかっこいい男の子が買ってくれないかなー」
ロッテは、僕の目を見ながらそう言った。ロッテの瞳はまっすぐに僕の瞳を射抜き、目を逸らすことがためらわれた。フィーザとは違う種類の恐ろしい目だった。
……誰か助けて、お願い。
「えっと……その、確約はできないけど、時間があれば……付け加えるなら、予算の範囲内でなら……」
目の前でキレイな花が咲いた。それはロッテの笑顔。満開の笑み。赤い髪をなびかせた彼女は、さながら情熱の花のようである。
「アル! 愛してる!」
両手を広げ、ロッテが僕に抱きつこうと駆け寄ってきた。
それに気付くと、僕はロッテに向けて腰の剣を即座に抜き放ち、刃を閃かせる。狙ったのは、ロッテの首筋。
金属と金属がぶつかる重い音。剣の柄から衝撃を感じ、そいつを切り落とすことができたと感じた。
石畳で舗装された道の上に落ちたのは、真っ二つになったナイフ。真横からロッテの首目掛けて飛んできたのだ。
周囲がざわめく。僕の抜いた鈍い銀色の光を見て、近くにいた老婆が腰を抜かし、道端で遊んでいた子供は泣き叫んでいた。
こんな昼間に、それも人がいる中で誰かに襲われた? 僕が? ロッテが?
「大丈夫、ロッテ?」
「び、びっくりしたじゃない! アルのバカ! いきなり何するのよ!」
「ちょ、ちょっと! 足元見て、ナイフだよ。誰かがロッテにナイフを投擲したんだ」
「それは解ってるわよ! でも、いきなりあたしに向って抜剣することないでしょ。何か言ってよ! 殺すつもり!?」
ロッテが鼻息を荒く、僕につかみかかってきた。今は、それどころじゃないはず、なのに。ぐぐ。首が、絞まる。ロッテは僕を殺す気かもしれない。
「それより! もう気配がない。追跡しなくていいの?」
ロッテは、僕の首から手を離すと、改めて周囲に気配をめぐらせた。
「確かに……追跡はもう無理ね。そう遠くないところから投擲したはずだけど……気配を殺すのがうまいわ。どこの誰だか知らないけど、いい仕事するじゃない。狙われたのはあたしか……」
ロッテは、ナイフが飛んできた方角。民家と民家の隙間を睨みつけた。そこに人の気配なんてどこにもない。
「後で上に報告しておくわ。もしかしたら敵が入り込んでいるのかもしれない。それとも……個人的にあたしを恨んでいる身内がいるのかも……。ごめんなさい、アル。やっぱりお洋服は当分いいわ。狙われたのがあたしなら、アルにまで危害が及ぶ。でも、大丈夫よ。もしアルが襲われてもあたしが守ってあげる。お姉さんに任せなさい」
笑顔を見せるロッテ。しかし、彼女の右手はわなわなと震えていた。
「アルはあたしが守るの。アルを傷付ける奴は絶対に……許さない。アルはあたしの太陽だから……」
震えの正体は怒りのようだった。
「ロッテ……ありがとう。とりあえず、みんなと合流しよう」
「うん……そうね。ごめん、アル。少し頭に血が昇ってたみたい。でも、覚えておいて欲しいの。あたしにとってアルは大切な人。あなたのためなら、あたし何だってできるから……だから、お姉さん達の復讐だって……あたしにとっても、フィーナさん、レイナさん、セレーナさんは姉同然だったわ。8年前のある時、妹だって言ってくれて、一緒にお茶を飲んでお菓子を食べたっけ……だから、あたしは――」
「ロッテ。その話はやめよう。今は、ね?」
僕は意識して強い口調でそう言った。
黄金のヴァンブレイス。復讐。殺された姉達。
この数日ですっかりほのぼのしてしまっていたが、僕は復讐者だ。その果てにあるのは幸福ではないだろう。
あいつを止めなければいけない。しかし、再び見えた時、僕は冷静でいられるだろうか?
……思い出す。ガイザー・ドルベン。あいつがカリンを殺した時の事を。僕は怒りに飲まれて闇を操った。
僕が、僕が気を抜いたばっかりに、カリンがガイザーの手にかけられてしまった。もし、ロッテが同じように殺されたらと思うと……たぶん、僕は自分をコントロールできないだろう。
ガイザーはカリンを殺した。カリン……カリンの笑顔と先ほどのロッテの笑顔が重なる。
公的に黄金のヴァンブレイスを追うことになったが、できればそれにロッテを巻き込みたくない。カリンの時のようなことには、したくない。
「アル! 聞いてる?」
「え? ああ」
「この件は、直接ドルイド卿にあたしから報告するわ。王都に帰還した報告と合わせて……とりあえず、そうね。アルとあたしとエリオ様でドルイド卿の所に行きましょう。その間、セインさん達には宿で待ってもらおうかしら」
「うん、わかった」
僕とロッテは、後から追いついた師匠たちと合流する。ロッテが今しがた僕と決めた決定事項を師匠とリトとオルビアに伝えると、エリスは先に自分の家、ドルイドの元へと向った。後から僕とロッテも出頭することになっている。
「それじゃ、あたし達は宿に向うわよ。付いてきて」
僕らはロッテに案内され、宿へと向う。が、ロッテはどうやら道に迷ってしまったらしく、何度も来た道を行ったり来たりした。
「あの、ロッテ?」
「ちょーーーと、黙ってて。今、思い出しそうなのよ~確かあそこがこうなって、そこがこうだったから、あっち……かな?」
「おばちゃん。迷子はせめて、人生の迷子だけにしてよ」
「だから、誰がおばちゃんよ!」
道に迷うロッテに、リトが噛み付いて、路地の真ん中でケンカを始めた。時と場合は無理としても、せめて場所だけは考えて欲しい。
「ふむ。では、自分がそこの筋肉に尋ねてこよう」
そう言って、オルビアは近くにいた住民に声をかけた。
ちなみに、オルビアは筋肉と言ったが、声をかけた住民は、ボディビルダーのようなムキムキマッチョマンではなく、10代後半の、僕より少し年上の少女だった。
人を筋肉筋肉というのも、どうなんだろうか。
やがて、オルビアは住民から宿の場所を聞き出し、僕らはようやく寝床にたどり着く。
宿に着いた僕らは、それぞれの部屋を割り振り、一度解散することになった。王都滞在中の宿泊費に関しては、エリスが工面してくれることになったので、それぞれ一部屋をあてがって豪勢にいかせてもらうとしよう。
僕とロッテは、部屋に荷物を置いたあと、カウンターで落ち合った。
「アル。行く前に、少しお腹に何か入れておかない? ちょっと時間かかるかもしれないわよ? ここだけの話、ドルイド卿って話がクソ長いから」
ロッテは幼い頃見せた悪ガキの顔で笑った。僕は苦笑して頷くと2人して、宿から少し離れたレストランに入り、窓際の席に着く。
レストランは、昼前ということもあったが、比較的空いていて注文後すぐに料理がやってきて快適だった。
数日振りに対面したまっとうな食事。僕は心を躍らせると、ナイフとフォークを手に取り、意気揚々と、鶏のモモ肉のソテーに襲い掛かろうとした。
その瞬間。感じたのだ。
背中を突き抜ける悪寒を。
本能的に危険を感じる。どこからかは解らないが、何かが、くる――!
「ロッテ!」
「え?」
僕は、反射的にテーブルを蹴飛ばして、ロッテを押し倒した。
僕とロッテは、レストランの床の上で体を重ねる。
「ちょ、ちょっとアル! そんな、こんなとこで……まだお昼よ? もう、アルったら……アルもやっぱり年頃の男の子ね。いいわ。夜になったらいっぱい可愛がって、あ・げ・る。大人の時間を過ごしましょう」
ロッテがなにやら、妖艶に笑っていた。僕はそれに構わず立ち上がると、周囲を見回す。
案の定、他の客や店員からは不審な目で見られていた。突き刺さる視線の中、僕はそれを見つける。
「何だ、これ?」
僕が座っていたちょうど心臓に位置する空間。真後ろの壁に直系5CMほどの穴が空いていた。それも、ただ穴が空いたというだけでなく、何か焼け焦げたような跡が、真後ろの壁だけでなく、正面の壁にも穴が空いていた。
「アル……? え、何これ?」
ロッテも異変に気付き、その穴をしげしげと眺めていた。
そこでふと先ほどのナイフの時を思い出す。あれは最初ロッテを狙っていたとばかり思っていた。しかし、ロッテは急に僕に飛びついてこようとしていて、本来あの位置には僕がいるはずだった。
そして、今起こった、謎のビームのような攻撃。あれは僕の心臓を狙っていた……とすれば、狙われているのはロッテではない。
――僕だ。