六十四話 オマエヲユルサナイ
「ロッテ、今すぐここを離れよう」
「……そうね。誰かがまたあたしを狙っているみたいだし」
ロッテは顔をうつむけて深刻な表情をした。僕はそっとロッテの肩に手を乗せる。
「違うよ、たぶん狙われているのは僕だ」
「え? アルが? どうして??」
顔を上げたロッテと目が合う。顔は引き締まり、真摯な表情を見せた。
僕は先ほどの件を伝えようかと思ったが、ここには民間人が、力を持たない人たちがいる。早々にここを立ち去ったほうがいいだろう。
「とにかくここを出よう。無関係な人まで巻き込んでしまう、どこか安全な所へ……」
「それなら、ドルイド様のところへ行きましょう。敵がどんな奴でも、さすがにルーンナイト第二席にまでケンカ売ったりしないわよ」
「……そうだね、じゃあエリオの所へ案内してくれ」
「わかったわ、ちょっとそこのあなた! ここの食事代、ツケといて! 今度来たとき必ず払うから、行くわよ、アル!」
ロッテは僕の腕をつかむと、レストランを烈風のごとく抜け出した。
レストランから出て、敵の第二波が無いか警戒する。
「……大丈夫そうね。アルはあたしの後ろにいて。さっきのがルーンによる攻撃なら、あたしが盾になるわ」
ロッテのルーンは攻撃よりも防御に重点を置いたものだ。しかし、ロッテを危険な目にあわせたくは無い。
ロッテは、僕にとっても……大切な友達だから。
「いいんだ。ロッテは僕の後ろにいてくれ。ロッテは僕が守るから」
「ダメよ、アルはあたしが守るのよ!」
「ロッテは僕が守るんだ!」
僕がロッテの前に出ると、ロッテがすぐに僕の前に出て、僕がまたすぐにロッテの前に出て……。
……こんな時に何をやっているんだ。
しかし、隊列が乱れまくったおかげか、敵の襲撃はなく、いつの間にやら目的地に到着していた。
ケガの功名というヤツだろうか。しかしまるで緊張感が無い……。
けれどそれがまた敵の意表を突いたとも言えるし……まあ、これはこれでよかったと思おう。セオリー通りの対応では敵の思うつぼだ。
「アル、着いたわ。ここがエリオ様とドルイド様の王都での別宅よ」
ロッテの視線の先を見る。別宅といっても、けっこうな豪邸だ。屋敷の周りは石壁で覆われていて、入り口は警備の兵士が付いていた。
「行きましょう」
「うん」
常に背後に気を配っているが、今のところ何も感じない。無事に逃げおおせたと思いたいが……。しかし、狙っている相手のことも解らないのだ。
このまま防戦一方ではダメだろう。何か有効な手立てを考えなければならない。
僕は、そう考えを巡らせながらハーケンの屋敷へ足を踏み入れた。
屋敷の中は思ったよりも質素な物だった。特にこれといった珍しい物なんてない。生活に必要な最低限の物を揃えただけという感じだ。
ドルイドという人の、人となりが垣間見えたような気がした。
僕とロッテはメイドさんに広間へと案内され、そこでしばし待った。
そして待つこと数分。重い足音がした。そっと耳を澄ませてみる。音の間隔からして、歩幅は大きい。
ゆっくりと、威厳を持って歩いている。それだけでもドルイドという男が重量的にも、人物としても大きな男なのだということがわかる。
ドアをノックする音が静かな部屋に響き渡る。僕とロッテはソファに座り込んでいた。ロッテの顔が急に引き締まり、ソファから腰を上げた。
僕もそれにならって、即座に腰を上げる。
「待たせたな、第六席」
地の底から響くような重い声。そして、その大きな体を窮屈そうに広間の中へと押し込んでくる。
そしてその顔には、誰もが目を見張ることであろうX字の傷がある。その視線は目が合えば殺されるんじゃないかと思えるぐらいに鋭い。頭髪は短く切りそろえられていて、見た目だけでも恐ろしい。
正直、こんな親父が家にいたら帰りたくないと思う。僕なら、グレてしまうかもしれない。
エリスはドルイドをどう思っているのだろうか……。
「まあ、座れ。話はそれからだ」
「――はい」
ドルイドが向いのソファに腰を下ろしたのを見て、ロッテもまた腰を下ろす。
「アル」
「あ、う、うん」
ロッテに脇を小突かれて僕はすぐにソファに腰を下ろした。
すると、目が合った。
背筋が凍りつく。何で今日一日、目が合っただけでここまで怖い思いをしているんだ、僕は。
「お前が、そうか」
ドルイドがじっと僕を見つめる。胸が高鳴って鼓動が早くなるが、これは絶対に恋心ではない。今にも殺されそうな雰囲気だ。
「アルフレッド・エイドス……」
「は、はい!」
声が上ずる。僕は気が気ではなかった。
「大きくなったな。あの豆粒みたいなお前がこんなにも立派になって、私の前に姿を現すとは……思いもしなかったぞ」
そして、僕は我が目を疑った。ドルイドがその凶悪な顔で、にっこりと笑ったのだ。えくぼが出てたりと、その意外な変貌振りに戸惑う。
「お前の父とは、共にロイド様の下で修行した仲でな。残念ながら、お前の父は騎士の道をあきらめたが、少年時代を共に過ごした無二の親友であった。懐かしいものだ。あれから十数年……。そして、8年前のことは……気の毒であった。本当に、気の毒であったな……私にはこれ以上かける言葉がみつからん、すまん」
そして、ドルイドがその大きな頭を深々と下げた。ドルイドが頭を下げた床の上には、光り輝く雫がぽつぽつと落ちていて……泣いているようだった。
「父と、お知り合いだったんですか、知りませんでした。その、どうか頭を上げてください」
ドルイドは頭を上げると、すでに元通りの凶悪な顔に戻っていた。あ、やっぱりもうちょっと頭下げててもらったほうが良かったかも。
「お前がガイザー・ドルベンを手にかけたと聞いたとき、私は大きく頭を悩ませた。親友の忘れ形見。それも、エイドスの家を継ぐ長男だ。お前の父がどれほどお前を可愛がっていたのかも知っている。しかし、私の立場はルーンナイト第二席である。王に弓引く愚か者は処分せねばならん。そこで第六席を差し向けたが、あとはお前も知っての通りだ。シャナールとの戦いが始まり、事態はそれどころではなくなった。そして、お前は第八席となることを受け入れここにいる。非常に数奇な運命だ。私は内心ほっとしている」
「いえ、とんでもないご迷惑をおかけして……」
「済んだことだ。仕方がない。……しかし、何故お前はガイザーをその手にかけた? いずれ自分の首を絞める結果につながることが解っていて、何故だ?」
「それは……」
僕が口を開こうとしたとき。ノックの音が聞こえた。
「何だ? 今大事な話をしている、要件なら後にしろ」
ドルイドがドスの聞かせた声でドアの向こうに怒鳴りつけた。
すると、ドアが開いてメイドさんが中に入ってきた。先ほど僕らを案内してくれたメイドさんとは、違う人だった。長い金髪を左右で結わえてツインテールにしている。年は僕と同じ年くらいの可愛らしいメイドさんだ。そのメイドさんは、頭を下げて小さくくぐもった声でしゃべった。
「アルフレッド様にお客様がお見えでございます。何でも、火急の要件だとひどく慌てておられた様子で……」
「僕に、客?」
こんな所に一体誰が? 師匠たちだろうか?
「ふむ。仕方が無い。一度話は中断しよう。アルフレッドよ、行って来るがいい」
「はい、すみません。あの、それでそのお客さんはどこに?」
「いえ、それには及ばないのです、アルフレッド・エイドス」
メイドさんが顔を上げると、笑っていた。そして、その右手にはナイフが握られている。
「地獄で親父に詫び入れて来い、死ね! アルフレッド・エイドス!」
「フィーザ!?」
メイドさんはフィーザだった。背中を突き抜ける悪寒。フィーザは一直線に僕の心臓を狙ってきた。
まさか!? ここはルーンナイト第二席の家だぞ。こんなところで、それもどうしてフィーザが僕の命を!?
頭の中に疑問がうずまく。しかし、僕の体は突然のことに驚いて動かせない。ナイフが、僕の胸に、突き刺さる――。
「ぐ、くそ。体が動かねえ……」
だが、フィーザのナイフは僕の胸に刺さる前に、皮膚に触れる寸前でぴったりと止まっていた。
フィーザの体はぶるぶるとまるで金縛りにでもあったように、動かなかった。一体、何が?
「私の家で無粋なマネをしてくれる。どこの愚か者かは知らぬが名前だけでも聞いてやろう、名乗るがいい。それからじっくりと情報を聞き出し、処分する」
ドルイドが右手をフィーザに掲げ、動きを封じているかのようだった。あれもルーンによるものなのだろうか?
「アル、離れて!」
ロッテがそう叫ぶと、僕は弾かれたように後退する。
「オレの名前? 知りたきゃ教えてやる! オレの名前はフィーザ・ドルベン。アルフレッド・エイドス、お前が殺したガイザー・ドルベンの娘だ! オレは絶対にお前を許さねえ。地獄の果てまでも追い掛け回して、殺してやる」




