第三部 阿吽仁王 九
木枯らしが吹く中を、黒鷹精久郎と芥川行蔵は本所深川へ向かった。
黙って、歩いていく。
永代橋を渡る。
風のせいで、さすがの永代橋も人通りが少ない。
永代橋から小名木川を目指す。
その後は、小名木川沿いの一本道である。
風が蕭々と鳴っている。
小名木川は荒れている。
波が高く、しぶきが飛んでいる。
川面に、舟の姿は、ない。
風で飛ばされたしぶきに濡れながら、二人は、歩く。
猿江町。
日向道場へ着いた。
黒鷹精久郎は、三尺三寸の大刀を抜いた。
芥川行蔵が、聞いた。
「手伝います?」
黒鷹精久郎が、言った。
「独りでやる」
黒鷹精久郎は、玄関を入った。
廊下を進む。
道場の扉を、無造作に、開けた。
道場の板の間には、六人の武士がいた。
車座になり、酒を飲んでいる。
奥の、一段高い、畳敷きの見所には、武士が二人、座っている。
一人は、赤柄組首領三岸鎌之助。
もう一人の、桔梗紋の羽織を着ているのが吉野橋又十郎。
合計八人。
見所の壁には、白鞘の大刀が立てかけてある。
三尺二寸、白鞘の姿から、刀身の凄味が分かる。
越中呉服郷郁正作阿仁王丸である。
黒鷹精久郎は、こうしたことを瞬時に読みとった。
読みとりながら、近くの、背中を見せている二人を、斬る。
道場内の武士たちが、驚いた。
一斉に立ち、刀を抜きかける。
刀を抜きかけた一人の頭を、斬った。
これで三人。
斬り下ろさず、すぐに刀を抜く。
抜きながら、後ろを向いて、刀を振り下ろす。
背後から黒鷹精久郎を斬ろうとした武士は、黒鷹精久郎の刀を、鍔で受け止めた。
黒鷹精久郎の刀は、鍔を切断し、そのまま、武士の腕を、斬った。
腕は、刀を握ったまま、飛んだ。
四人。
黒鷹精久郎の刀には、四人の脂が付いている。
鍔を切断したので、刃こぼれもある。
残り四人を斬るのに不安がある。
黒鷹精久郎は、刀を捨てた。
腕を斬られて悲鳴を上げている武士の、小刀を抜く。
上段から刀を振り下ろしてくる武士を、見る。
眼前の太刀風を髪一筋で避け、懐へ飛び込む。
腹を、左右に斬る。
腹を斬った武士を盾にしながら、もう一人の喉を斬る。
残りは、見所の二人である。
吉野橋又十郎は、逃げようとした。
後ろから、袈裟懸けに、斬る。
三岸鎌之助を、見る。
三岸鎌之助は、怒鳴っていた。
気勢を上げているのか?
助命をしているのか?
もちろん、その声に、耳を傾けることは、しない。
黒鷹精久郎は、突き進んだ。
三岸鎌之助の手首を、掴む。
小刀を、腹に突き刺す。
そのまま、背後の板壁に、串刺しにした。
八人を、倒した。
黒鷹精久郎は、道場を見渡した。
七人が死んでいる。
ただ一人、腕を斬られた侍だけが、悲鳴を上げていた。
黒鷹精久郎は、自分の大刀を拾い上げると、止めを刺した。
大刀を、そのまま、鞘へ収める。
どうせ、研ぎに出さなければならない。
鞘ごと、拵えを新しくするつもりであった。
黒鷹精久郎は、阿仁王丸を持ち、外へ出た。
風が、一段と、強くなっていた。
芥川行蔵が、前と同じ場所に、立っていた。
芥川行蔵が、聞いた。
「終わりましたか?」
「ああ」
「後は、始末します」
「かたじけない」
「礼の言葉より、欲しいものがあります」
「何だ?」
「尼子秘帳」
「考えておく」




