第3章:揺れる街角、交わる想い(2)
大通りを抜けると、やや裏通りに入った。
そこには職人が住む作業小屋が密集している地域が広がっていた。
鍛冶屋や大工、織物工房などが軒を連ね、入口からは忙しそうな作業音が聞こえてくる。
ファルクが「実はあまり来たことがないんですよね、この辺」と言いながら、ソウヤと共に通りを進む。
「なんだか雰囲気が違うね。大通りの賑わいよりも、職人さんたちの真剣な空気を感じる」
「ええ、ただ、ここの人たちの中には『魔道具の普及』を快く思わない人もいるって聞きます。伝統工法で家を建てたり、家具を作ってきたのに、魔道具が入ってくると仕事を奪われるんじゃないかって……」
ファルクの話を聞きながら、ソウヤはふと、工房の奥から聞こえてくる木槌の打撃音や、火花を散らす金属の焼き音などに耳を傾けた。
たしかに、この世界に一気に魔道具が浸透すれば、職人が手作業でやっていた工程が不要になる場合もある。
そうなれば収入減や失業につながるのかもしれない。
そんなことを考えていると、路地の奥から「おらァ、そこどいてくれ!」という荒っぽい声が響いた。
見ると、ムキムキの腕をした男が大きな丸太を担いでこちらへ向かってくる。
年齢は三十代くらいだろうか。上半身は汗とすすにまみれ、鍛冶用エプロンを掛けている。
ファルクがとっさに「すみません!」と道を譲る。
男はぶっきらぼうに一瞥してから、そのまま脇を通り過ぎていく。
ちょっと荒っぽいが、職人というのはこういう気性の人も多いのだろう。
少し先へ進むと、小さな鍛冶屋の工房があり、入口には鉄製の看板がぶら下がっていた。
扉が開いているので中を覗くと、火炉が熱気を放ち、鉄を打つ音がガンガンと響いている。
すすの匂いと鉄の粉が空気に混じり、独特の息苦しさが漂う。
「おおっ……すごいな。まさに鍛冶屋って感じだ」
「そうですね、俺も実はここ、初めて……」
ファルクが戸惑い気味に視線を走らせる。
そこへ、炉の近くにいた職人――顔中すすだらけの初老男性が気づいて振り返った。
「なんだ、客か? 悪いが今忙しい。簡単な修理なら後回しだ」
その口調は素っ気ないが、ファルクの鎧を見て「ああ、兵士さんね。どうかしました?」と問いかける。
ソウヤが「見学してもいいですか?」と遠慮がちに尋ねると、男は溜息まじりに「好きにしな」と言ってくれた。
工房の奥には、大小さまざまな金槌やひかき棒などが掛けられている。
炉では赤熱した金属があぶられ、職人がハンマーでリズミカルに叩いている。
ファルクと二人、そこに立つだけで汗ばんできた。
「これ全部、人の手で打ってるんですね。魔道具は使わないんですか?」
ソウヤが聞いてみると、職人はふいと顔を背ける。
「魔道具ねぇ。こっちでも何度か導入してみようって話はあったが、うちは古い流儀があってな。火加減や鉄の硬さなんかは、この感覚で覚えてる。あんな石やら紋様でどうこうするなんて、よくわからんし信用できんよ」
溶けた鉄がキン、と音を立てる。
「まあ、実際便利かもしれんが、職人が育たなくなるよ。若ぇのが誰も技術を覚えなくなるじゃねえか。俺たちみたいな古い技も、いつか廃れるんだろうさ」
その声音には一抹の虚しさが混じる。
ソウヤはその感覚を理解できる気がした。
現代日本でも、急速な機械化によって伝統工芸や手作業の技術が衰退する話を何度も耳にしていたからだ。
「でも、技術がなきゃできないこともありますよね? 全部が全部、魔道具で代用できるとは思わないし……」
ファルクが純粋に言葉をかける。
職人は「ふん」と短く鼻を鳴らして、炉から目を離さない。
「そうだな、俺たちにしかできねえ技もあると信じたいが……現に領主様は魔術師を優遇してるだろ。兵器も増えるし、街の設備もどんどん変わる。便利になるのは結構だが、ここらの職人がどうなろうと知ったこっちゃないってわけさ」
レオンが領主として『都市の繁栄』を目指す一方、置き去りにされる伝統的な仕事。
職人が憤りを抱くのも無理はないのだろう。
ソウヤは言葉に詰まる。
(急激な技術革新がもたらす『光と影』……やっぱりここでも顕在化してるんだな)
ふとした拍子に、職人がハンマーを置き、厚い革手袋を外してソウヤに向き直った。
「兵士さん、そっちの兄ちゃん……お前さんらは領主側の人間か?」
「領主……というか、俺は研究所に協力してる形ですが、雇われたわけじゃなくて、まだ試されてるようなものです。ファルクはまあ、城の騎士見習いですね」
「そうか。じゃあ、あんまり俺たちの職人仕事を潰すようなことはすんなよ……悪いが、領主様の『軍備拡張』とか、『最先端魔道具』とかの話を聞くたびに複雑でな。噂じゃ、兵器に使う材料が優先されてるせいで、こっちの金属が手に入りにくくなってるっていうし」
それは初耳だ。
ソウヤは少し驚き、ファルクを見やるが、彼も「知りませんでした……」と小声で驚いている。
「部材不足とか納期遅れとか、そういうのが起きてるんですか?」
「まあそういう話もちらほら聞くな。俺は自分で仕入れのルートを確保してるが……まあ、軍事優先なら工房に回る素材は減るかもしれないな」
男はそう言うと、またハンマーを握り直す。
「とにかく、俺たちは俺たちで仕事を続ける。誰も面倒なんざ見てくれないんだろうしよ。ほら、あんたらもあんまり邪魔してないで出てってくれ」
それきり背を向けて作業に戻ってしまった。
ソウヤはファルクと顔を見合わせ、わずかなやるせなさを抱えたまま工房をあとにする。
外は少し曇りが強くなり、薄暗さを増している。
ファルクが少し肩を落として言う。
「なんだか、すごく刺々しい雰囲気だったな……。でも、たしかに兵器や魔道具のために素材や人手がどんどん引っ張られるなら、こういう人たちは困っちゃいますよね」
「そうだな。一面的には街が発展するけど、既存の産業が負の影響を受けることもある。どうやって折り合いをつけるか、レオン様や研究所もあまり考慮してないのかもしれない」
相対的に職人の地位が下がりつつあるとすれば、今後の社会分断を生みかねない。
泉の枯渇だけでなく、こうした人々の反発も『暴走』の火種の一つになりうる――ソウヤはそんな不安を抱き始めるのだった。