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第二十一話 戦車と侍女長

判決から1週間後、元陸軍大将スルガと元海軍大将エチゼンは切腹した。

ネリマ演習場の一角に御座が敷かれ、両名はそれに正座し、白い麻布で作られた着物の腹辺りを大きく開いた。渡された短刀の鞘から刀身を抜くと、彼らは潔く腹をかっさばく。

血が吹き出し、臓物が腹から飛び出る。スルガは苦悶の表情を浮かべ、介錯(かいしゃく)されるまで、ひたすらにまで空を恨めしく睨んでいた。ただ、エチゼンは眉ひとつ動かさず、辞世の句を詠った。


「皇国の 安寧願いて 挙兵せり されど正せぬ 祖国の道程」


最後の一文字を発すると同時に、介錯が背部から首を断った。

皮1枚で繋がった頭は腹から飛び出る臓物を隠し、首から赤い水が噴き上がって、本件はようやく決着となった。

これらを見届けたのは今からつい2週間ほど前のことだ。


これら一連の事件を反芻する。

クーデターは、後生の歴史家に暴かれるのは間違いない。

いくら巧妙に隠蔽しようとしたところで、人の口に戸は建てられぬ。さらに此度のことは諸外国の大使らには、多かれ少なかれ伝わっている。

情勢不安を材料に付け入られるには、隙が大きすぎる。外務省が渡した『お土産』がどこまで通用するのかわからないが、今はそれに賭けるしかない。

だが、歴史家達はこういうに違いない。

「全世界を見てもこのクーデター事件の規模は異例であり、これほどの大規模なクーデターにも関わらず一日足らずで皇帝側の勝利で終息したことは、さらに異例である」と。

扶桑皇国に取っても、皇国史上最大のクーデターだったが小六の機転により非常に早く収拾した。そして、幾つかの収穫が合ったことが不幸中の幸いだ。

だが、その種は軍と一人の男を統率でき得なかった妾自身が()いたもの。できればそのまま畑で腐るか、可能であれば有益な利益をあげる作物に育ってもらいたいものだった。が、残念なことにどうやら凶悪な魔法植物であった。さらに、その収穫作業に投じた労力に見合わない僅かな収穫量ときた。だが、この収穫を完了せねば次の種が蒔けない。それどころか甚大な被害を及ぼすため必要労力だったと割りきる他に、自らを納得させることはできそうにない。それ故に、収穫物を可能な限り有効利用する必要がある。


「陛下。到着しました」


一人の男が扉を開ける。小六だった。他には数名の護衛が見える。

どうやら、考え事に耽っている間に目的地に着いたようだ。

促され車を降りると、赤レンガ造りの大きな建物を目に飛び込む。

クーデターで得た収穫の一つを、この施設で実証される。


「こちら魔研と軍研の共同隷下組織である旧魔導兵器評価試験所。現陸戦兵器評価試験場です」


言葉を聞き流しつつ、そのまま建物の中に入る。

中に入ると、いくつもの爆裂音が聞こえた。

階段を上り、部屋に通される、そこは階下を見下ろすような造りになっており、硝子越しに下を見やれば、複数の兵士が標的に向けて、黒い鉄の筒を構えていた。

彼らはその黒い筒に箱を差し込み、出っ張りを引く。そして引き金に指をかけると、また爆裂音が聞こえた。そして、そのまま引き金を引く度に、爆裂音が轟く。


「いままでの銃と違い、射撃の度に遊底を操作する必要がない、ガス圧作動方式の自動装填小銃となっております」


小六が説明する。


「なぜいままでの銃にはそのガス圧さど……」


「ガス圧作動方式です」


「そう。そのガス圧作動方式にしなかったのだ?」


思えば今までの銃は一発撃つ度に、槓桿と呼ばれる鉄の出っ張りを引いて薬室に弾を込めていた。

だが今見てるものはそのような動作は弾倉を交換したときの1発目のみであった。


「端的に申し上げれば……資金と時間が不足していたことと、なによりも、必要性を理解できていませんでした」


「その必要性とは?」


「狂化魔法を受けた敵兵に対しての制圧力が圧倒的に不足していました。そこで、自動装填により制圧力の強化を図ります。これは量産性よりも大いに必要な問題であります」


なるほど。それは理解できる。いくら美味しい米でも、価格が高すぎれば誰も買わない。買うとしてもごく少数の金持ちだけだ。しかし軍隊は大飯食らいときた。そうすれば、味よりも量を取る。言われてみれば簡単な話だった。

だが、実地試験を経て質よりも量を取った選択が誤りであり、質を優先する必要を認めることになった。

必要こそが発明の母とはよく言ったものだ。お陰で本格的な実戦の前に、非実用的な兵器を量産せず済んだ。


「現状はあくまで試験用ですが既に形になっております。しかし、量産するにはどんなに急いでも3ヶ月は先になります」


「3ヶ月……」


確かに量産するためには既存の工廠の改修や新たな工員の育成に時間が掛る。そう考えれば3ヶ月というのはかなり早い部類だろう。


「ですが、量産が開始されれば、3年以内に、少なくとも歩兵の近未来化は実現します」


「その近未来化が達成されるまでどうする? 実戦が必ずしも無いわけではないだろう」


「現状としては銃剣か刀で近接戦闘に縺れ込んだ際の対処……が関の山です」


「わかった。せめて2年以内に近未来化になるようにせよ。予算も付ける」


「はい」


話に区切りがつき、再び階下を見下ろせばキビキビとした動作で射手は銃を銃座に置いたまま退場し、次の射手が入場する。


「あれはなんで人を変えておる?」


「射手ごとの個人的な癖……個癖(こへき)というのですが、個癖による命中誤差を極力最小化するためです」


「なるほどな……」


階下では妾の視察を全く知らされていないのだろう。粛々と小銃評価試験が進められていた。

先の一件で、情報保全として妾の動向は秘匿化することになった。警護体制も改められて、認識阻害や視認不可などを使える魔法師、魔導師により構成されていると聞く。

現に、目に見える範囲では小六と2名の近衛兵である。残念ながら今日の近衛兵にはアイシャもムツキもいない。


「では、次の視察に行きましょうか」


「あぁ」


部屋を後にして、車両に乗り込み小移動する。

10分と経たずして車が停まる。

ブレーキ音一つとしてあげずに停まった車の扉が再び開けられると、今度は魔導機関の上げる轟音と盛大な土煙が歓迎してくれた。


「これは、戦車か」


「はい。戦車です」


車を降りてまず目に飛び込んだのは土を巻き上げ、大地を踏みしめ固めながら爆走する巨大な鉄箱であった。

魔導機関がうねりを上げ、そのマフラーからは消費し切れなかった魔力が青い煌めきとして排出される。


「さきの戦いで戦車と魔法師が戦って戦車が負ける……という、開発者としてはいかんともし難い事象が発生したため、戦車の全面的な見直しを図りました」


「にしても、ずいぶんと大きくなっていないか?」


傍目から見ても戦車の大きさは明らかに大きくなっていた。

あの飛行機の倉庫でみた時のよりも倍近い大きさに見える。


「はい。必要な諸要素を組み込んだ結果ではあります」


「その必要な諸要素……にしては行くらなんでも大きいぞ」


「……誰が、個人の防御魔法ごときで40㎜砲弾を弾かれると予想したでしょうか。さらには戦車の正面装甲を筋力強化魔法と対物理障壁魔法の併用による正拳突きで貫通されると誰が予想できただろうか……そういった個人技で撃破できないような戦車を開発することが、戦車の大型化の理由です」


言われてみれば、サクヤとの対戦車戦闘報告書というものが、被害報告書や復旧計画書の中に混じっていた記憶がある。

あの内容は兎にも角にも、滅茶苦茶だった。

曰く、戦車の砲弾を食らったが威力が低く、防御魔法で弾き飛ばせた。曰く、それに腹が立ったので筋力強化と拳を対物障壁魔法で保護して殴ったら、装甲を貫通した。曰く、それでも撤退しないから、火炎魔法で車体ごとローストした……などなど、彼女個人の卓越したなどという言葉では到底説明がつかない戦闘能力により、1個戦車中隊が壊滅している。その1個中隊を派遣させた馬鹿な指揮官は既に粛正済みだ。

当の開発者本人からすれば、「ふざけるな!」と言いたくもなることだろう。

確か、この正拳突きで装甲を貫通された戦車の正面装甲は……厚さ25㎜の鉄板。

厚さ25㎜……厚さ2.5㎝。なるほど。絶対にサクヤを怒らせないようにせねば。


「なるほどな」


「さらに、対魔法・魔導対策に装甲及び塗料には反魔石の粉を使用し、さらには反魔石の粉を使った煙幕弾を6発装備。主砲は52口径40㎜砲から57口径57㎜砲に変更、正面装甲は魔導製錬式装甲38㎜を18度の傾斜を付けており。車体全体も最低でも25㎜の分厚さを確保。それに対し機関もより強力な1000馬力級の魔導機関を搭載し、機動力は前のよりもさらに強化しております。……あとはサクヤ近衛師団長を招いての実地試験を行うだけです」


若干、小六の目に怪しい光が宿るも、無視する。

やはりそろそろ、狂気に満ちた研究者どもと関わらせるのを止めるべきだろう。そうでなければ、遅かれ早かれ、小六はあの魔研所長と同じマッドサイエンティストの仲間入りを果たす。

考えがおかしな方に脱線していたが、ふと、忘れかけていたことを思いだす。

既に季節は10月の終わりに近い。

あと3か月と少しで合衆国大統領と面会である。

いまでこそ、帝国の植民地から鉄鉱石やボーキサイトその他貴金属などを輸入し、軍備増強に勤しんでいる。だが、その価格は合衆国産よりも数割高いの現状である。

いくら新兵器を量産するにしても、鉄の価格が高いのは問題だ。

それだけではなく、ここ最近になって国内で大きな問題が発生した。


魔石産出量の大幅な減少。


それは、単にほとんど採ってしまった。というだけだが、それ故に死活問題である。

まだ消費よりも産出量が上回っているが、それでもあと何年で下回るか……頭が痛い。

民中県でいくつかの産出地の選定が進んでいると聞くが、まだまだ「産出する可能性がある」だけだ。

物資輸送用の船舶も少ない。

問題が山積みであることを再認識したときに、土煙が顔を襲う。


「ごっほ!ごっほ!」


どうやら戦車が真横を通過したらしい。

盛大に巻き上げられた土が盛大に顔を覆った結果だった。

汚れても良いような服を着てはおるが、さすがに砂まみれになるとは思いもしなかった。


「陛下。今から主砲の実射を実施しますよ」


小六は一人、気持ちを高めているようだったが、妾からすれば一刻も早く帰って湯浴みしたい。

だが、それを言葉に出すほど、妾は幼くもない。

軽く首肯して、主砲の試射を見学する。


『これより、主砲の実射評定試験、単射を実施する。1、2番戦車、前へ!』


射撃統制のもと、2台の戦車が台座に昇る。

標的は300mさきの小山の麓にあるらしい。

それは覆いが被さり、(まと)そのものは見えない


(てき)、出た!』


ドォォォオオオン!!!


その言葉と同時に2輌の戦車の砲口が吠えた。

爆発石が爆ぜ、その運動エネルギーは砲弾へと至り、螺旋状に溝が彫られた砲身で速度と回転を得た砲弾は一直線に飛んでいく。

……決して、目に見えているわけではないが。


ドーン!


はるか遠方から弾着音が聞こえる。


『的、確認せよ』


統制官の声が聞こえる。

確認作業が進む間に、射撃を終えた2輌の戦車は台座から後退する。



『1的、2的共に命中。50㎜の鉄板の貫通を確認』


『了解。続いて速射を実施する。1、2番戦車、前へ!』


統制官の声が続く。

射撃の瞬間こそ妾でも盛り上がるが、それまでの待ち時間が、長い。ともすれば、暇と感じる。


「では陛下。本日のメインディッシュまでにお茶でもいかがですか?」


「うむ。いただこう」


今日は紅茶である。

香り高い上質の湯気と茜色に染まる液体。あぁ、素晴らしい。

紅茶自体の質は既に岩盤まで低下して久しいが、久々に上質な茶葉で淹れられたことを鼻孔と視覚、そして味覚が証明してくれる。

あぁ、素晴らしきかな紅茶。

なによりもその上質の茶葉を、最高の状態で淹れられる技量。それを持つ人間はなかなかにいない。

尤も、この素晴らしき紅茶の時間を大砲の音が見事に台無しにしてくれるが、今は考えないことにする。

兎も角、妾は今、紅茶に夢中なのである。


「あぁ、サクヤさん。やっとこられましたか」


「はい」


あぁ。道理で良い腕前だと思った。

サクヤが淹れてくれたのか。なら当然であるな。

そこで小六とのやり取りを思い出す。

あとはサクヤ近衛師団長を招いての実地試験を行うのみ……。


「……もしや、サクヤが来たのは………」


「陛下が思われている通りかと」


にこりと笑うサクヤだが、身体強化並び自己再生。対物理衝撃に身体硬化、更には3重に張り巡らされた物理遮断障壁……数々の魔法が張り巡らされていた。

あぁ、忘れていた。彼女が有能すぎる故に忘れていた。

彼女は魔法を駆使して戦う戦士であるということを。

武勇伝に事欠かない彼女が、今日、新たな武勇伝を築くのを見ることになると、妾は直感した。


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