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第十九話 逆徒に鉄槌を

普段より文字数が多いです。

時間に余裕をもってお読みください

小六の指示を受けて、ここから真南に70㎞の地点にいる護国艦隊に向け飛行戦艦を回頭させる。

ほぼ180度の回頭で70㎞という距離はかなりの遠くに感じるが、この艦の速度なら、第1、第2砲塔が約10分後に、第3、第4砲塔も約20分後には洋上艦艇への有効射程圏内に入るそうだ。なんでも、最上甲板に付けられた主砲と艦底に設けられた主砲とでは、仰角があまりにも違うなのだとか。

ハシヤ大将が快く応じてくれたものの、心境としては「市場に運ばれる荷台の子牛」だ。自らではどうしようもない不可逆的な圧力により、行かざるを得ない。というのは、人としての本来あるべき生存本能に逆行しすぎていて、もはや新手の拷問に近い。

心中でいくらぼやいたところで状況が良くなる訳でも、時間が巻き戻るわけでもない。そう自分に言い聞かせ、流れ行く景色のなか前方を睨む。

広い。とにかく広い空。鳥さえも飛ばぬこの高さを、妾は飛んでいる。

幾度も体験したにもかかわらず、こんな状況でも美しいと感じる妾の神経は、どこかおかしいのだろうか。

そんなこんなを考えていると、緊急警報が鳴り響いた。


『こちら底部艦橋。前方より、高度6000m付近を飛行する航空機発見。数は12。所属は海軍航空準備隊のもののようです』


警報と共に伝声管より報告が上がる。


「了解。すぐさま直掩機を回す。手隙の者は対空機銃座につけ! 対空見張りを厳とせよ!」


モカの素早い命令で、6機の直掩機が現場に急行するとともに、そこかしこそで慌ただしい音が響く。


「対物・対魔導術式を起動せよ」


「了解。対物・対魔導術式を起動します」


その声が聞こえるとガラス越しの景色が、青白く(かすみ)がかる。

その霞が対物・対魔導術式らしい。だが、心許ない。


「陛下。安心なされよ。この艦はそう簡単には落ちやせんよ。なんせわしと小六君が作ったんじゃから」


魔研の所長がそういっているが、根拠に乏しいのでその詳細を聞く。


「純粋な装甲でさえ200㎜くらいの砲弾の直撃に耐えられる。さらに対物術式により32㎝までの砲撃ならほぼ無傷じゃよ」


よほど自信があるのだろう。胸を張っている。だが、一つ気がかりなことがあった。


「……その試験は済んでおるのか?」


「もちろん済んでいるよ」


その一言でほっとする。


「それは良かった。安心できる」


「尤も、50分の1模型での話ですがね」


そのまま呑気に「ほほほ」と笑っているこのクソジ……魔研の所長を今すぐ殴りたくなったが、不毛なことはしないのが一番だ。ともかく、今はその言葉を信じるほかにない。

アイシャやムツキを見れば顔が引きつっていた。


「直掩機、敵機と接触……交戦開始を確認」


『こちら底部艦橋。下方より接近する航空機発見。数6。所属、海軍航空準備隊』


さらに報告が入る。


「残りの直掩機をすべてそちらに回せ」


「了解」


艦の周りを飛んでいた残り4機の戦闘機も、新たな敵の方に向かって行く。

一体全体どうしてこうなる。まるで敵はこちらの挙動を把握しているようじゃないか。


「対地迷彩術式……発動してますか?」


ムツキの発言。全員が気づく。


「……対地迷彩術式起動!」


遅ればせながら、モカは命令した。

それから数分も経たないうちに敵機は全て撃ち落とされ、直掩機の帰還待ちとなった。

どうやら海軍は独自に研究をしていたらしく、何機かは開発計画に無い機影だったという通信があったが、機体性能だけでなく、操縦士の技量も相まって敵ではなかったらしい。

それらが帰還する。この飛行戦艦と同高度であれば、対地迷彩術式は意味をなさないらしい。

ただ地上や海上から視認を困難にするための術式だからだそうだ。


「第1、第2砲塔。射程圏内に入りました」


砲雷長の声が聞こえたが、妾はここで決断する。

敵の注意を引く都合上、相手から視認可能なところから砲撃せねば意味がない。

小六の命令に実直に従ってやろうではないか。


「砲撃せずにそのまま接近せよ。高度1000m。距離20㎞にて砲撃を開始せよ」


「陛下! それは……」


ハシヤだけでなく、モカやアイシャ、ムツキ。それ以外の全員の目がこちらを見て驚きの表情を見せる。


「全軍の指揮権は皇帝が有する。そしてその『皇帝』である妾が命じる。やれ」


「再考を……」


「くどい。それともお主らは、命が惜しいか? 妾も惜しいぞ。しかしな、みな命が惜しい中、わずかな人員が命がけの作戦を決行するのに、我々だけが安全圏でぬくぬくとするのは、おかしいとは思わぬのか? そしてこちらが陽動なのにこそこそして居っては陽動に成らぬであろう?」


小六等が一番危険なことを今から行うのだ。それを無碍にしないためにも、ここが正念場である。


「う……それは、確かに」


「では再度命令する。高度を1000mまで落とし、距離20㎞にて砲撃戦を開始せよ」


「命令を受領します。艦長へ命令を下達する。これより護国艦隊に対し砲撃戦の用意を行う。高度を1000mまで降下し、距離20㎞になり次第、砲撃戦を開始。陽動としての務めを果たせ」


その傍で聞いていたにもかかわらず命令を下達されると、今初めて聞きましたと言わんばかりに命令を復唱するモカだが、これこそが様式美なのであろう。

それは副長、そして各員への細部の命令下達もそうであった。


「距離30㎞。現在の高度6000。これより急速降下します」


その声が聞こえたと同時に、急激に飛行戦艦は高度を落とす。

とはいっても、落下しているわけではなく降下しているだけだ。飛行石への供給魔力を徐々にカットすることで一定の速度を維持して高度を落としていく。

浮遊感を味わったのも束の間で、高度は1000mまで降りていた。

一気に5000mも下ると、普通なら耳がキーンとするらしいが、様々な術式保護の掛けられたこの艦には関係のない話のようだ。


「全プロペラ推進用魔導機関、始動!」


機関長の掛け声のもと、幾つもの風切り音が響く。


「現在速力100ノット。理論速度到達。速力100ノットにで安定!」


操舵長の声は緊張が覗く。景色は今まで以上に早く流れる。


「この高度、この距離ならオオワダツ戦艦の砲弾が届きますな」


ふーはっはっはっ!などと所長がふざけた笑いをしている。その言葉に早くも若干後悔する。だが、もう引き返しようがない。


「皆の衆。存分に暴れよ」


もうどうにでもなれと投げやりな喝を入れる。それは自分自身にも喝を入れる必要があるから言った。立派な皇帝になると誓ったのだ。気をしっかり持たねばならない。


「彼我の距離24㎞!」


「全砲へ、榴弾装填。次弾より徹甲弾を装填せよ。目標オオワダツ戦艦!」


もう艦長が板に付いて来たモカが命令を下す。


「距離20㎞」


「斉射始め!」


射撃号令がかかり、砲撃が始まる。


「弾着20秒前。18、17、16……」


観測手が読み上げる。


「3、2、弾ちゃーく、今。夾叉確認」


「了解」


「オオワダツから砲撃! 到達まで残り19秒!」


「急速浮上!面舵一杯!」


「急速浮上!」


「おーもかじいっぱ~い!」


今度は突き上げるような衝撃と左に向かって引っ張る力が体を襲う。

急な挙動で正直、気分が悪くなってきたが「敵弾全て艦左下方500mを通過」という観測手の声を聴いて、我慢する。なぜならそれは先ほどまでこの艦が居た位置だからだ。


『第1砲塔徹甲弾装填良し。照準良し』


その後も第2、第3、第4砲塔から伝声管での報告が続く。


「第二斉射、ってぇ!」


「発射確認。弾着まで残り20秒」


観測手の御決りのセリフが聞こえたときに、魔導無線機から音が聞こえた。


『……カラス。シロカラス。こちら小六。護国艦隊の甲板上にオレンジ色の飛行機が駐機してあるものはあるか?』


間違いようのない小六の声は、極めて事務的な内容だった。


「こちらシロカラス。確認する。待て」


通信手がそういうと、見張り手に聞きに行き、2言ほど交わし、すぐに席に戻る。


「小六。小六。こちらシロカラス」


『シロカラス。こちら小六』


「オレンジ色の飛行機を確認。6機すべてオオワダツの後部甲板にあるのを確認した」


『了解。ではこれより忘れ物を届けてくる』


「あ、待って……」


いい終える前に通信は切られた。


「弾ちゃーく今。命中弾1。艦側面の中央付近。致命弾に成らず」


観測手の声が聞こえる。双眼鏡を借りて船窓から見ると着弾による黒煙に混じり、海面の上を滑るようにして飛行する10個の点が見えた。

それはオオワダツに強襲し、数機が強艦したと思ったら、突如爆炎や氷柱が立ち上がり、さらには海の水が吸い上げられ、艦橋の真上から大量の海水が落とされる。


ほどなくして、護国艦隊全艦の艦尾には白旗が掲げられた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「あの事件での死傷者は?」


「現在も集計中ですが、第6歩兵連隊で203名が犠牲に、重傷者は200名近いですが全員、数年で復帰が可能です。騎士軍団では92名が犠牲になり、重傷者は500名近く、うち89名が復帰が不可能です。民間人も流れ弾に巻き込まれ30名ほどが重傷を負いましたが、命に別状なく、また社会復帰も問題ありません」


「近衛などのけが人は?」


「……近衛の死者は32名。重傷者は200名以上。うち復帰が不可能な者が半数に上ります」


「そうか。ありがとう」


サクヤは恭しく一礼し、執務室を出て行く。

その後ろ姿には哀愁漂うが、それでも彼女はしっかりとした足取りだった。


「被害規模、各国への根回し、新聞社や魔導放送局への口封じ……やることが多すぎる」


全ての原因はクーデターを誘発した小六だ!

と言いたいところだったが、エチゼンの取り調べ結果によりそれが違うことが分かった。

エチゼンはもともと、妾を傀儡化する気だった。そのために皇帝派を偽り、陸軍との不仲を演じ、さらには大粛正の手伝いを行うなどしていた。だが、そこで彼にとって予想外だったのが妾が小六を召喚したことだそうだ。

それにより計画は大幅に狂ったが、そんな中で小六が、陸軍クーデター誘発しそれを海軍が抑え込む。というシナリオを持ってきたときに、そのシナリオを利用することを思いついた。ということだそうだ。

あの事件の終息より1週間が経ってようやくその情報が出てきたのは、エチゼンがなかなか口を割らなかったためだ。

まぁそこで、少々の痛みを与えることを機密調査室に許可したのが昨日で、今日にはもう書類ができているのだから、存外に根性のないやつだったのだろう。


扉をノックされ、入室を許可する。


「小六です。陛下に折り入って相談が御座います」


あれ以来、小六は何かをするときには必ず、妾から裁可を得てから行動するようになった。

当たり前の話。だが、それが今までうまく行ってなかったからこそ陸軍と海軍が結託したクーデターに繋がった。


「相談とはなにか?」


「本日の午後8時ごろ、二人切りで話したいことが御座います」


「今では……ダメなのか?」


「執務中ですので」


「お主も固いなぁ。……場所は、どこが良いか?」


「陛下がよろしければ、屋上でお願いします」


「わかった。では、8時に屋上だな」


「はい。8時に屋上に」


若干の人間不信に陥るも、小六は裏切らないであろう。そう、絶対の信頼がある。

小六だけでなく、サクヤやアイシャにムツキにヤマベ……いままで幾度となく裏切られてきたのに、妾はまだ人を信じている。



―――――――――――――――――――――――――――――


呼び出された屋上。

既に秋の半ばであり、昼間こそ温かいが、この時間になれば少々冷える。

だが、そらに浮かぶ三日月と星々の煌めきは非常に美しかった。


「少々早く来過ぎたか……」


独り言を吐く息はわずかに白い気がする。もう冬が近くなってきているのかもしれない。

扉が開く音が聞こえる。振り返ると、そこにめかし込んだ小六が居た。

背広姿が良く似合っている。


「すまない。待たせた」


小六は申し訳なさそうな顔をしたようだった。

はっきりとしないのは夜だからだと思う。


「いま来たところだから、気にするな」


なぜだろうか、すごく緊張する。

一瞬の空白。

先に口を開いたのは小六だった。


「リンレンはこの前、すごくかっこよかった。って、みんな言ってるよ」


「……あれは、周りにおだてられた結果だ」


「けど、俺が来た時よりちゃんと皇帝になれてるよ」


「世辞は止せ……恥ずかしい」


また、空白が生まれる。

空を見る。月が笑いかけてくれているような気がした。


「で、話とはなんじゃ。そんなことのためにわざわざ呼び出したのか?」


その空白に負けて、言葉は絞り出すように吐き出す。


「そんなことって……確かに、それじゃ本題に入るよ」


彼は懐から小さな箱を取り出し、妾の前に跪く。


「リンレン、こんな時かもしれないけど、私、山本小六と、家族になってほしい」


「……!」


驚きのあまり、言葉にならない声が漏れる。その小さな箱を開けられる。箱の中には、赤色に輝く大きな宝石が埋め込まれた指輪が入っていた。


「もしも、もしも断ったら?」


「君が認めてくれる男になって、もう1度、同じことを言おう」


真剣なまなざし。

三日月の明かりの元でさえ、眩しい。


「今の情勢下を分かっておるのか? つい先日、あんなことがあったのに」


「あの時、俺は死ぬかもしれないと思った。けどリンレンもそれに答えてくれた。だからこそ、もっと、リンレンと一緒にいたいんだ。まだ、完全に皇国の立て直しが済んだわけじゃないけど、だからこそ言わせてくれ」


小六が小さく深呼吸する。妾の鼓動は早鐘を打つよりも早く、大太鼓を叩くよりも大きくなる。


「愛している。結婚してくれ」


誰が、いったい誰が。


「待たせ過ぎじゃ。馬鹿者」


断るのだろうか。

涙が溢れてくる。もう空の色も景色もわからない程に、涙が溢れた。



まだ、続きます


追記

最後は甘々すぎて書いてる自分が恥ずかしかったです。

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