俺の幼少期
何事もなくニ年の月日が流れた。
最初こそ様々な不安はあったものの、今では一人で家の外に出られるくらいにはなった。勿論、一人で家を脱出したとしても、すぐに気が付いた両親に回収されるわけなのだが。
両親にはその度に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳無くは思っているのだが、どうか許して欲しい。
ここがどこなのか、そもそも異世界の外の様子はどんな感じなのかを知る為には、実際に自分の目で見るのが一番だろうからな。
と、そんな言い訳をし始めて早くもニ年が経ったわけだ。
この異世界に来てニ年。転生前に女神様から聞いた話も含め、このニ年間で得ることの出来た情報を自分なりにまとめてみようではないか。
まずこの世界は、三つの広大な大陸から成り立っており、通称アースと呼ばれている。
そして俺が今いるのはその三つのうちの一つ「ジフリル」という人族が最も多く住む大陸で、どうやら俺はその「ジフリル」の東南部に位置する「ノキア村」という村に生まれたらしい。
ノキア村は人口が五十人弱と規模が小さく、更に若い人間が極端に少ない。見た感じ、俺の他に子供はいないんじゃないだろうか。それに、この村で俺の次に若いのが恐らく両親だ。
というのも、俺の両親は元々王都で冒険者をやっていたらしく、その時に稼いだお金でゆっくりと二人で暮らすためにこのノキア村に引っ越して来たそうなのだ。
前に父が俺に、僕と母さんは王都ではそれなりに名の知れた冒険者だったんだぞ、と自慢をしてきたのだが本当かどうかは未だに判らない。それよりもその時の俺には冒険者というワードの方が興味深かったしな。
ああ、そうだ。冒険者で思い出したが、少し前に気になったことがあったんだった。それは少し前にこの村が魔物に襲われた時のことだ。
まあ、魔物とは言ってもクマを一回り大きくして額に目がもう一つ付いているくらいだったのだが。充分魔物か。
んで、その魔物は両親が率先して倒していったわけなのだが、その時に使っていた魔法や技からして、両親にはそれぞれ【ギフト】が二つ以上あるっぽかったのだ。【ギフト】は一人に付き一つだと思っていたのだが……。
女神様から聞いた話では、確か【ギフト】が無くても火水土風光の基本属性と呼ばれる魔法は、初級までなら誰でも扱えるということだったはずだ。
そのため、俺が見たのは単純にその初級の魔法だった可能性はある。しかし、その可能性はあるとしても、やはり低いのではないかと思われる。
だって、初級なのに空から光の槍が雨のように降ってくるわけがないじゃないか。他にもなんか空を歩いたり炎で狼を創ったりと、俺が見た限りではどれもチートだった。
魔物を倒し終わった後に、それとなく両親に【ギフト】について聞いてみたのだが、五歳になったらわかるよ、とそれだけであとは何も聞けなかった。
そのため【ギフト】については未だにほとんどのことが判らない状態だ。気にはなるが、考えても判らないので大人しく五歳まで待ってみようと思っている。
だが、魔法に関してはこの二年間で大体のことは掴めた。というのも、最初から感覚で分かったのだ。自分が扱うことの出来る魔法やどうすれば魔法が使用出来るかなどが。
魔法を使用するには魔力というものが必要らしく、赤ん坊の俺にはその魔力が最初は殆ど無かった。
しかし、魔力は魔法を使えば使うほど上限が上がるらしく、初めて魔法を知った二年前から今日に至るまで、毎日魔法を自分の限界まで使うようにしている。
その甲斐あって、今では魔力量は最初に比べ少しずつだが確実に上がっているし、魔法の扱い方にも大分慣れてきた。
そうだ、ちょうどいい。今日はまだ魔法を使っていないし、今から少しやってみるか。両親は二人とも畑仕事に行っているからここにいるのは俺だけだし。
そうと決まれば早速行動だ。
俺は今まで寝ていたベッドから起き上がると、そのまま居間へと向かう。
前に一度、水魔法を暴発させてしまい部屋を水浸しにしてしまったことがあった。その時はダイナミックおねしょということで何とか両親を誤魔化して事なきを得たのだが、もし暴発させたのが火魔法だったらと考えるとゾッとする。
それがあってから俺は、魔法を使用する際は寝室ではなく、玄関に近く、空間の広い居間にしたのだ。
そもそも魔法を使わないのが一番いいのだろうが、それだけはどうしても出来なかった。なぜなら魔法は男のロマンだからな。
そんなアホなことを考えながら居間へと続くドアを開ける。
そして、置いてある篭やイスなどを軽く片付け、何時でも逃げられるように窓を開ける。
さて、これで準備は整った。早速始めよう。
俺は床に座り込むと、そのまま神経を集中させる。すると、俺の頭の中にずらりと初級魔法の名前が並んだ。俺はその中から光魔法の一つを選択する。
「ふっ!」
俺が力むと同時に、目の前に小さな光の球が現れた。
成功だ。
あとは、出現させた光の球に少しずつ魔力を込めていく。俺が魔力を込めていくのに合わせ光の球は、だんだんと大きく、強い光を放っていく。
これぐらいでいいか。
五十センチほどまで大きくしたら、そこで魔力を込めるのを止める。次に、光の球の大きさはそのままで、光量だけを上げるように魔力を注いでいく。
さて、俺が今何をしているかというと、魔法のコントロールをやっている。少し前に、魔法を暴発させるという大失敗を犯した俺は、もう二度と繰り返さないように、毎日これをやるようにしているのだ。
そうして光量をある程度上げたら、次は光の球を前後に移動させる。ここまでやって、ちょうど俺の魔力残量が半分を切った。
よし、ちょうどいい。両親もそろそろ帰ってくるころだし、この辺りで辞めておこう。
魔力を注ぐのを止め、部屋を元通りにする作業に移る。
「これで大丈夫かな」
元通りになった部屋を一通り見渡す。最後に、俺が出現させた光の球がちゃんと消えているかを確認して、居間をあとにした。
残りの魔力は夜寝るときに使うから問題はない。というのも、魔力は全て使い果たすと気絶してしまうので、どうせならと夜ベッドに入ってから魔力を使い果たすようにしているのだ。
ほとんど強制的に気絶するお陰で夜に寝付けないなどの心配も無くなって助かっている。
そんなことを考えながら自分の寝室に戻ってきた俺は、そのままベッドにダイブする。
うん。布団フカフカじゃないけど気持ち良い。
さて、これでこの二年間で学んだ大体のことはお浚いできたのではないだろうか。まあ、唯一【ギフト】に関しては全く判らないのだが。
いや、そういえば判らないことがもう一つあった。それは、転生する直前に女神様が俺に言い放った一言。確か「巻き込まれなければ、初めてできた彼女とラブラブだったでしょうに」だったかな。細かいところまでは覚えてないが、大体そんな感じだったはずだ。
俺が判らないのは、なんで転生直前に女神様がそれを言ったのか、ということだ。女神様の言葉をそのままの意味で受け取るならば、俺は巻き込まれなければ初めての彼女、恐らく後輩とラブラブだった、ということになる。
……意味が判らない。
つまり女神様は、後輩の告白は嘘告白ではなかったと言いたかったのだろうか? しかし、それを言うだけならばわざわざ転生直前じゃなくてもいいはずなのだ。
そう思って、他に何か意味があるんじゃないかと、あれこれ考えてみたのだが何も判らなかった。
まあ、それを言ったあとに「あっ」と口に出していたので、言うつもりはなかったが思わず言ってしまった、という可能性は大いにある。しかし、なんというか、それも含めて全てが非常にわざとらしかったのだ。
気のせいだったのかもしれないがあの時は、俺の頭の中にその言葉を植え付けようとしているような、強烈な違和感を感じたのだ。
だから今こうして、あの言葉には何か意味があるんじゃないかと、色々と考えているわけなのだが、やはり何も判らない。
俺の考えすぎだろうか? いや、でも……
俺が悩んでいると、玄関から両親の「ただいま」という二人の声が聞こえてきた。
……まあ、今が幸せなら何でもいいか。そもそも今の俺にとって、後輩とラブラブだったとかどうでもいいしな。この異世界で彼女を作れば何も問題はない。いや、彼女どころかハーレムだって築けるかもしれないのだ。
それに、考えても分からないことに悩んでもただの時間の無駄だ。そんなことよりも、俺に今できることをやろう。