ギルド
ギルドを後にした俺は、宿屋に戻る。一階の食堂を通り過ぎ二階へ上がればすぐに自分の部屋が見えてくるのだが、そこには、一人不機嫌そうに佇む桃髪の姿があった。
俺は急いで小走りに走り出す。
しまった、まだ時間はあるはずだが待たせてしまっただろうか。というかレイラはどうしたんだ? 周りに見当たらないが……。
疑問に思いながらも駆け寄り声をかける。
「お待たせしてすみません、ヴィオラさん。あの、レイラはどこに……」
「……」
問いかけるが、何故か返答がない。代わりに鋭い眼光が俺を睨んだ。
……え?
突然の鋭い眼光にどうしていいか分からず黙って様子を窺っていると、桃髪は一つため息を吐き、口を開いた。
「アンタはなんであの子、レイラを買ったの?」
「なんでって……。ですから今朝もお話しした通り、ギルド長に助言を頂いたからです。決して不埒な目的ではありません」
俺がそう答えると、桃髪はもう一度深くため息を吐いた。
「……あっそ。言おうと思ったけど、やっぱりいいわ。レイラはもう部屋に戻っているから早く行ってあげなさい? 主人なんでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「それじゃ、私は自分の部屋に戻るわ。後はよろしく」
「あ、はい。分かりました」
そう言うが早いか、桃髪は俺の横を通り過ぎ自分の部屋に歩いていってしまった。
……一体なんだったんだ? やはりまだ疑われているのだろうか。しかし、後はよろしくということは多少は信じてもらえたのか……?
「……とりあえず俺も戻るか」
よくわからんが、桃髪のことは一旦頭の隅に置いておこう。誤解を解こうにも、俺が説明するだけじゃ意味ないだろうしな。
そうして、部屋に戻ると桃髪の言った通り既にレイラが一人で戻っていた。俺に気付いたレイラが、静かに口を開く。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……ただいま」
戻った俺にレイラが挨拶をしてくれるが、返事がぎこちなくなってしまう。
……やっぱり、この主人という立ち位置にはどうしても慣れないな。というか、気のせいだろうか? 朝よりレイラの機嫌が良くなってる気がする。
疑問に思いながらも今日あった事を軽くレイラに話し、気になっていた桃髪について尋ねた。
「今日一日、ヴィオラさんはどうだった?」
俺がそう問いかけた時のことだった。
え?
桃髪の話題を出した途端、僅かにだが、これまで殆ど表情を示さなかったレイラが、嬉しそうに微笑んだのが分かった。
「……ふふ、ヴィオラさんはお姉ちゃんみたいで、とても強くて、優しい方でした」
「……」
初めてみるレイラの表情に、俺は思わず硬直してしまう。そんな俺に更に追い打ちをかけるように、レイラが呟いた。
「……私もヴィオラさんみたいな、強くて仲間想いな冒険者になりたいです……」
恐らく今の呟きは、俺に向けて話した、というより殆ど独り言に近いものだったのだろう。しかしその言葉を聞いた途端、俺の中に強い意志――使命感とでも言うのだろうか――が生まれたのを感じた。
「……レイラはヴィオラさんみたいな冒険者になりたいのか?」
咄嗟に、俺はそんな事をレイラに尋ねていた。
「……? そう、ですね。ヴィオラさんみたいな方になれたら、きっと素敵だと思います」
「そうか。だったら、明後日一緒に冒険者登録をしに行かないか?」
「え?」
自分でも驚くほど自然に、無意識に口から出ていた。
「あ、いや、冒険者になるんだったら少しでも早い方がいいかなと思ってな」
「……いいのですか?」
「もちろんだ。レイラが強くなってくれれば俺も助かる」
「それは……ありがとうございます」
一瞬困惑げな表情を浮かべたレイラだったが、何か考え込むような素振りを見せると、途端に俺に向き直り礼を言ってきた。
「明日は少し用事があるから無理だけどその次の日にさっそく冒険者登録をしてみよう」
「分かりました」
俺の言葉にレイラがこくりと頷いた。
さて、一体今日のうちに何があったのだろうか……。ヴィオラさんに詳しいところを聞いてみたいが教えてくれるだろうか。、
そんなことを思いながら、俺は椅子に深く腰掛けた。
◇◆◇◆◇
翌日、支度を終えた俺は言われた通りギルドに向かった。ギルドに着くと、昨日と同じように職員さんにブルースさんのいる部屋に案内された。
「お、もう来たのか。それじゃあ、ついてきてくれ。説明は行きながら話す」
「あ、分かりました」
どこに行くのだろうか? 疑問を浮かべつつもついていくと、見覚えのあるところに出た。
「あれ? この先って……」
「そうだ。今から監獄に向かう」
「監獄に?」
「ああ、昨日話したバーバランについてちょっとな」
そういえばそうだったな。結局、昨日俺が帰った後はどうなったのだろうか。
考えていると、ブルースさんが訝しそうな様子で聞いてきた。
「……改めて聞くが、実際にバーバランという人物と牢屋の中で会話をしたんだよな? その牢屋って一体どこのだ?」
……どこの牢屋か聞かれてもな。詳しい場所までは分からないが、たしか桃髪は最奥だとか言っていたはずだ。
「恐らく、監獄の一番奥だと思います」
「一番奥か。その牢屋に行くまでに何か違和感はなかったか?」
「……違和感ですか。特に何もなかったと思います」
「そうか、それじゃあ――」
そうして、同じようにブルースさんが質問し俺が答えるといったことを数回繰り返しているうちに監獄に着いた。
「よし、着いたな。さっそく中に入るぞ」
「はい。あ、その前に歩きながらでいいのですがバーバランという方について詳しく教えて頂けないでしょうか? 何かお答え出来るかもしれません」
というか俺的にはバーバランさんの事実確認が出来ればそれでいいのだ。
バーバランさんの話だと何も危害は加えていないとのことだったが、ブルースさんの反応を見るに少し怪しくなってくる。ひとまず何があったのかを聞きたい。
「そうだな。今のうちに話しとくか。もう数十年も前、俺もまだ産まれてなかった時の話になるんだが、バーバランは、驚くことにこの国の大貴族カルベロナ様の邸宅に突如として現れたんだよ」
「突如として、ですか」
ここまではバーバランさんが言っていた通りだな。ただ、その貴族の名前は初耳だったが。
「恐らくは奴のギフトの能力だろう。捕縛時は魔道具らしき物は持っていなかったからな」
「そうなんですか。因みに、そのバーバランは人を襲ったりなどはしなかったんですか?」
俺が聞きたいのはここからだ。これで襲ったとなったらバーバランさんは嘘を吐いたことになる。
「いや、被害自体は特に何もなかったそうだ」
「え、何もなかったんですか」
てっきりブルースさんの重々しい反応からして上級魔法の一つ二つはぶっ放したのかと思っていたのだが。それじゃあなんで昨日ブルースさんは怖い顔をしていたのだろうか。
考えていると、ブルースさんが「ただ」と言葉を続けた。
「ただ、奴は人間ではない。魔物だ」
「……魔物?」
ブルースさんの言葉に俺は耳を疑う。
「当時偶然にもその場に魔物の強さを測ることが出来るギフトを持つ者がいてな。バーバランにその者のギフトが反応し、それによりバーバランが人間ではなく魔物だと分かったのだそうだ」
「……」
ブルースさんの言葉に俺は混乱する。
いや、どういうことだ? バーバランさんが魔物? 俺が話していた時は一切そんな様子は感じられなかったが……。
「お前から聞いた話だとバーバランは現在老婆の姿をしているらしいが、当時は若い小娘の姿だったそうだ。単純に歳を取っただけとも考えられるが、奴は魔物だ。詳しいことは分からない」
「つまり、バーバランは人間の姿に化けた魔物ということですか」
「恐らくな。しかも、その時にバーバランの強さを測ったらA級クラスの魔物と同等の強さを持っていたそうだ」
「A級ですか」
A級クラスとなると、前に襲われた不壊狼の群れと同じくらいか。
「因みに、これから行くバーバランの牢屋の辺り一帯には魔力溜まりと呼ばれる、魔力の多い人間が大量に死ぬことで発生する魔力の塊が漂っているから気を付けた方がいい」
「……分かりました」
魔力溜まりに気を付けろと言われても、一体どう気を付ければいいのだろうか。というか、俺は既に何度もそこに行っているのだが。
「魔力溜まりは厄介でな。一度そこに発生すると消えることはなく、本当に長い間そこに漂っているんだ。まあこの監獄のような場所でもない限り滅多に発生することはないんだがな。そして、なにより魔力溜まりの最も厄介なところが――」
そこで、ブルースさんの歩いている足が止まった。
「……? どうかしましたか?」
俺は振り返り尋ねるが、なぜかブルースさんはそこから先に一歩も進もうとはしない。
……いきなりどうしたのだろうか。
そうして、黙って様子を窺っているとブルースさんがボソリと呟いた。
「最も厄介なのは、魔力溜まりには普通人間は近づくことさえ出来ないはずなのだ」
「え?」
その言葉に俺は固まる。
ブルースさんは、少し疲れたような顔をするとため息混じりに言葉を続けた。
「更に、魔物は魔力溜まりに長い間いることで進化というものを起こし何倍も強くなる。つまり、お前の話が全て事実ならば、我々は数十年前よりも更に強大となった魔物を国のど真ん中で放置していたということになる」




