レイラ
「……さて」
どうしたものか。
「……」
隣で小さく歩く『奴隷の首輪』をつけた少女をチラリと眺めながら、俺は考える。
あのあと俺は、ペラペラと喋り続ける奴隷商館の男にさっさと金を渡し、この少女を買って商館を出た。名前はレイラと言うそうで、殆ど喋らない。
つい勢いで商館を出てきてしまったため、肝心なレイラのギフトの能力を聞きそびれてしまった。それで今レイラに直接ギフトを確認しようとしたのだが、何故か頑なに答えてくれないのだ。
『奴隷の首輪』の能力を使えば無理やり聞き出すことも出来るかもしれないが、さすがにそんなことは出来ない。
仕方ない、試しにもう一度聞いてみるか。
「……すまん、もう一度聞きたいんだけど、自分のギフトの能力とかって分かるか?」
「……」
繰り返し尋ねてみるが、やはりレイラは俯いているだけで何も反応を示さない。
……どうしたものか。
こうして奴隷商を出てきてしまった以上戻る訳にはいかない。出来ることならレイラの口から直接聞くのが一番なのだが……。
まあ、しかし、今レイラを買った理由としては――もちろん自分の護衛という目的もあるが――この少女の境遇に同情してしまったというのも大きいのだ。
奴隷商館の男が言うには、レイラには姉以外に家族がいないのだそうだ。しかも唯一の家族である姉は勇者に買われ、独りになってしまった。
まだ幼い少女が奴隷として、誰に買われるか分からない恐怖を抱きながら独り奴隷商館にいるのだ。そんなの、普通だったら堪えられない。
そして何よりも酷いのがその姉は、妹のことなどまるで気にもしていないかのように、勇者と元気に仲良くやっていたのを俺は村で見てしまっている。
……あまりにレイラが不憫ではないだろうか。俺なんかが半ば同情で買ったところでレイラの為にならないことは重々承知しているが、それでも、この少女の為に何かしてあげたいとどうしても思ってしまうのだ。
「……いや、もしかしたらこれが商館の狙いだったかもしれないな」
隣にいるレイラにも聞こえない程の声でボソリ呟く。
今考えてみれば、こうして客、もとい俺に同情させレイラを買わせるのが奴隷商館の目的だったのかもしれない。さすがに「勇者」という名前を使ってまで嘘はつかないと思うが……。
と、そんなことを考えているうちに大通りに出た。今の時間帯が昼時ということもあってか人通りは多い。
そういえば、監獄から出てすぐに奴隷商館に向かったからまだ昼食を食べていなかったな。久しぶりにガッツリとしたものを食べたい。
というか、レイラはどうなんだろうか?
「レイラ、お昼ご飯はもう食べたのか?」
「……いえ」
「まだか、何か食べたいものはあるか? お金ならまだ残っているし、なんでも言っていいぞ」
「……大丈夫です」
「そうか……」
……なんというか、遠慮されている、というよりも警戒されているという方が近い気がするな。まあ、さっきの今なのだから警戒されるのは当たり前なのだが、もう少し気楽になってもらいたい。
「……とりあえず、なんか適当な店にでも入るか」
色々と頼んでみて、レイラが食べないようだったら俺が食えばいいか。
そうして、逸れないように気を付けながら飲食店へと向かった。
◇◆◇◆◇
「よいしょと」
昼食を食べ終わり宿屋の部屋に戻った俺は、荷物を置いて備付の椅子に深く座る。
……あー、久しぶりだ。丸々一ヶ月監獄の中に閉じ込められていたせいか、普通に椅子に座れることが嬉しい。
さて、しかし椅子の座り心地を堪能する前にやらないといけないことがある。
俺は、部屋の入り口近くで黙って立っているレイラに向き直る。
「あー、その、適当にベッドにでも腰掛けていいぞ」
「……わかりました」
呟くように小さく答え、レイラはスッとベッドに腰掛けた。そして、静かにこちらをジッと見つめてくる。
……うーむ。さて、どうしたものか。恐らく、俺の指示を待っているのだろうが、別にすることなんて何もないし、こういった時にどうすればいいのか分からない。というか、レイラとの接し方が分からない。
俺がコミュ障ということもあるかもしれないが、そもそも奴隷とその主人という立ち位置が全く分からない。そのために、未だにレイラとの距離感を掴みかねている。
口調も、もっと優しくした方がいいのだろうか? ただ、そうすると他の人から不審な目で見られるかもしれない。この国の奴隷に対する扱いは比較的良い方だとは聞いているが……。
「なあ、レイラ。何かしてみたいことはないか?」
「……」
俺が問いかけると、レイラは横に首を小さく振って答える。
……まあ、そりゃそうか。いきなり何かしたいか聞かれても困るよな。とはいえ、なんて声をかければいいだろうか。
「……一応言っておくが、別に俺は何もヒドいことはしないから、その、なんだ。安心してくれ」
「……そうですか」
……やっぱり、接し方が分からないのは、単に俺のコミュ障が原因かもしれないな。
レイラの変わらない表情を眺めながら、俺は言葉を続ける。
「たしかに俺はレイラのことを奴隷として買ったわけだが、別に戦いを強要するわけでもないし、何か嫌なことがあるのなら全然言ってくれて構わない。なんというか、俺のことを味方だと思って欲しい。だから、安心してくれないか」
「……」
レイラは何も答えず、ただジッとこちらを見つめている。
……もしかして余計に警戒させてしまっただろうか。
そもそも部屋が男の俺と一緒というのも、警戒させてしまっている要因の一つなのだろう。だけど、この状態のレイラを一人にさせるのはさすがに心配になる。さっき行った飲食店でも殆ど無反応だったし。
本当ならもう一人、戦力面も併せて女性の奴隷を買えれば、レイラの気もいくらか楽になったのかもしれないが――いや、どちらにしろ無理だったか。
というのも、単純に奴隷商館に持っていった分ではお金が足りなかったということもあるが、俺がこの国の奴隷制度についてそれほど詳しくないからだ。
例えば、俺は奴隷でも冒険者になれるということは知っていたが、その奴隷の主がパーティーに入っていた場合、その奴隷はどういった扱いになるのか等々。
特に俺は、パーティーの件で現在進行形で揉めているので、そこら辺のことはより一層気をつけないといけない。桃髪とか絶対に文句言ってきそうだしな。
とりあえずレイラのことは明日アナザに話すとして、現状これ以上奴隷を増やすのはやめた方がいいだろう。
というか、その時にもう一度アナザにこの国のことについて詳しく教えてもらおう。何か問題があるのなら、早いうちに片付けておきたい。
まあ、冒険者たちに命を狙われるかもしれないという時点で問題しかないのだが、俺の問題にレイラを巻き込んでしまった以上、主人として責任を持たなければいけない。
少なくとも、この高級宿屋の中は安全だと思いた――
俺があれこれと考えている時だった。
「アナタの」
「――え?」
低く、発せられた声に、俺は顔を上げる。見ると、歯を食いしばり泣くのを必死に堪えているレイラの姿があった。
……え?
急な出来事に、俺は固まってしまう。
「……アナタのその優しさも、嘘なんですよね?」
喉の奥からやっとのことで絞り出したような、そんな声で俺は問いかけられた。




