テレポート
「それじゃ、また明日」
「分かりました」
桃髪は最後に、鍵がしっかりと施錠されているかを確認してから帰って行った。
牢屋の中では何もすることが出来ない俺は、部屋の隅に積まれた藁の上に飛び込んだ。
投獄されてから一週間が経ったわけだが、未だに桃髪には一回も攻撃を浴びせることが出来ていない。というか出来るはずがない。カウンターが強過ぎる。
一昨日なんか槍で少し突こうとしただけなのに、気が付いたら俺の体に風穴が開いていた。
攻撃されたことに気が付かなかった。
多分、体に風穴が開いたことに気が付かなかったらその後も普通に生活して生きていけたと思う。
……それにしても、本当に俺はこれで強くなっているのだろうか。
一週間前に比べれば、たしかに魔力量は上がっているのだが……。
「ああ、そうだ」
魔力量で思い出したが、そういえば寝る前にやらないといけないことが出来たんだった。
今日の戦いで魔力はほとんど使い切ってしまったが、もう一つの方の魔力は限界までには余裕があったはずだ。
俺は、自分の首に嵌められてる首輪に手をかざす。そして【闇堕ち】を選択した。
「上級魔法『奴隷紋操作』」
魔法を発動させながら俺は考える。
さて、いま俺は何の躊躇なく【闇堕ち】の上級魔法を発動させたわけだが、これには理由がある。というか単純に、桃髪との戦いの時に、無意識に【闇堕ち】の上級魔法を使ってしまっていたのだ。
無意識、というのも、戦闘の中で桃髪に何回も首を斬られた俺は、戦闘二日目にして発狂したのだが、その時に【闇堕ち】の上級魔法を使用してしまったのだ。
もちろん発狂時の記憶のほとんどは覚えていなかったのだが、後でシェイラさんに教えてもらって分かった。
そうして、その後ドーラさんに精神回復魔法をかけてもらい正気に戻った俺は、俺の中に溜まる悪いものの仕組みに気付いた。
もともと分かっていたことも含めて、簡単にまとめてみる。
まずその『悪いもの』は、俺が【闇堕ち】の上級以上の魔法を使うことで溜まり、それが溜まれば溜まるほど、俺はよりおかしくなる。
次にここから先が今回気付いたことなのだが、驚くことに溜まった『悪いもの』は、魔法によって消費された魔力のように、時間経過によって回復するのだ。
つまり、【闇堕ち】の上級以上の魔法でも、ちょっとだけなら使っても大丈夫ということだ。
シェイラさんから聞いた限り、俺は自分の幻のようなものを発生させる魔法――恐らく上級魔法の『幻影』――を五回ほど使っていたということだったので、少なくとも上級魔法五回程度なら体に負担がかかることはない。
そして、そのあと【闇堕ち】の上級以上の魔法を見ていたところ、俺が先ほど発動させた『奴隷紋操作』という魔法を見つけたのだ。
俺は、奴隷という言葉が気になり魔法を発動させてみると、それに俺の首輪が反応し、どういった原理かは分からないが、首輪の効力が弱まった。そういった理由から、俺は首輪を外すために毎日この魔法を発動させるようにしているのだ。
まあ、仮に外せたとしても、外したのが桃髪に見つかるとまずいので、できるならギリギリで止めたいと思っているのだが。
と、そんなことを考えているうちに、魔法の発動が終わり、首輪に文字の羅列が浮かび出した。
同時に、俺の中に押し寄せる不快感も。
やはり、こればっかりはどうしても慣れない。
そうして、『奴隷紋操作』の効果により、浮かび上がった文字の一部が他の文字へと書き換えられ、首輪の『拘束の力』が弱まったのが分かった。
俺は、自分の首に嵌められた首輪を強引に引っ張る。しかし――
「やっぱり無理か」
『奴隷の首輪』は簡単には外れない。たぶん首輪に定められた能力を完全に弱らせないと駄目なんだろうな。
ちなみに首輪の『拘束の力』というのは、『奴隷の首輪』に定めることが出来る能力の一つで、術者から逃げようとすると首輪が勝手に絞まる、という能力を持っている。
他にも首輪の文字を変える――能力を変える――ことで、魔法を使えなくさせたり、身体能力を下げたりと『奴隷の首輪』に定めることが出来る能力は多岐に渡るのだ。
まあ、俺の場合は首輪が絞まるよりも、あの桃髪の首狩りに狩られる方が早いので首輪の効果はほとんど意味がないが。
というか、俺っていつまでこの監獄に閉じ込められているのだろうか。強くなるまでとは言われているが、具体的なところが分からない。
もし、あの桃狩りの悪魔を倒すことが出来るまで、なんて言われたら俺は本当にここから逃げないといけない。
いや、いっそのこと今の内にここを逃げるか……。
俺は、頑丈に作られた鉄のドアを見る。
たしか桃髪は、あのドアも魔法的手段によって鍵の施錠をしていたはずだ。ということは逆に、うまくやれば解錠をすることも出来るかもしれない。
まあ、今は逃げ出さないとしても、それが出来るかの確認だけはしておきたいな。
俺はドアに近づくと、先ほどと同じ【闇堕ち】の上級魔法を選択する。ちなみに先ほど使ったのが今日一回目だったので、【闇堕ち】の上級魔法を使う余裕はまだある。
「上級魔法『奴隷紋操作』」
発動と同時に、俺の中に『悪いもの』が溜まったのが分かった。
よし、成功だ。ちなみに魔法は、発動させようとしても魔力が減らなければ発動しない。
同じように【闇堕ち】の上級魔法も、『悪いもの』が溜まることで発動が確認出来る。
そう思っていたのだが……。
「……あれ」
いくら待ってみても、鉄製のドアに変化がない。
試しにと、ドアを押したり引いたりしてみるがビクともしない。
……どういうことだ? たしかに魔法は発動したはずだが……。まさか、実は引き戸でしたなんてオチじゃあるまいし。
「……」
念の為にドアを横に引いてみるが、やはり動くことはない。
……うーん? ドアじゃないんだとしたら、『奴隷紋操作』は一体何に反応したんだ? 俺の首輪も何の反応もしていないし……。
「もう一回やるか」
よく分からないが、魔法の使用にはまだ余裕がある。もう一回やってみて、無理そうだったら諦めよう。
そう思い、俺は鉄のドアに手を向け、魔法を発動させようともう一度――
「この魔法、お主がやったのか?」
突如声がかかった。
「え?」
声の主を探そうと辺りを見回すが、この牢屋の中には俺しかいない。
「ここじゃよ」
「ここ?」
もう一度声がかかり、それを頼りに声のした方向を向く。
「牢屋……?」
その声は、どうやら俺の向かいの牢屋からのようだった。
「誰か、いらっしゃるんですか?」
恐る恐る、俺が問いかけると、そんな俺の声に反応し向かいの牢屋から声の主が現れた。
その姿を見て、俺は一言呟く。
「……湯婆婆?」
「誰が湯婆婆じゃ」
牢屋から姿を現したのは、俺と同じように、首に『奴隷の首輪』を付けた老婆だった。
まさか向かいの牢屋に先客がいたとは。ここは、後からこの牢屋に入った者として挨拶をしなければ。
そう思った俺は、老婆に向かい合い口を開いた。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。この牢屋に一週間ほど前に引っ越してきましたカカルドと申します。僕がここを脱獄するまでの短い間にはなりますが、どうぞよろしくお願いします」
「何を言っとるんじゃお主。そんなことよりもワシは、いま魔法を使ったのはお主かと聞いておるのじゃ」
「魔法ですか?」
「そうじゃ」
見ると、老婆が自分の首を指差している。
それを見て俺は理解した。
ああ、なるほど。さっき俺が発動させた『奴隷紋操作』の効果はこの婆さんの首輪に吸われたのか。
だとしたら、このお婆さんは次に「その魔法を使ってワシを逃してくれ」とでも言うつもりだな?
もしそんなことを言ってきたらお婆さんには悪いが、ダメだと一蹴してやろう。別に、桃髪に負けてストレスが溜まっているとかそういうわけではない。
普通に考えて、犯罪者を野に放つわけにはいかないのだ。
「そうですね。たしかに、首輪の効果を弱める魔法はいま僕が使いました」
そんな俺の言葉に、お婆さんが嬉々とした表情を見せる。
「おお、やはりそうじゃったか。実はワシのギフトに【テレポート】という、予め選んでいた場所に一瞬で移動出来る能力があっての。お主のその魔法で、ワシの首輪の効果を完全に弱らせてくれんかの? もしそれが出来るんじゃったら、ワシの【テレポート】でお主を遠くへ運んでやるが……どうじゃ?」
「……なるほど」
だいぶ予想していたものとは違ったな。
そんなことより、テレポートか……。
魅力的な提案に俺は深く考える。
たしかに俺の魔法ならば、俺だけでなくお婆さんの首輪の効果を完全に弱めきることがたぶん出来る。
しかも、俺の魔法では首輪を外すことは出来ても、鍵の掛けられたこの牢屋を出ることは出来ない。……あれ、お婆さんの提案で良いじゃないか。
なるほど、これがWin-Winの関係というやつか。ただ、それでも一つ確認しないといけないことがある。
「失礼ですが、お婆さまは一体何の罪を犯したのですか?」
俺が問いかけると、お婆さんは顔を真っ赤に染めて怒りを表した。
「なんじゃと!」
「え?」
お婆さんに怒鳴られて、俺は自分の過ちに気付く。
そうか、しまった。お婆さまではなくお姉さまだったか。だが、さすがにその見た目でお姉さまは逆に煽りだと思われないだろうか。
と、俺がトンチンカンなことを考えているうちに、お婆さんが言葉を続けた。
「ワシは何もしとらん!」
「はい?」
俺は思わず聞き返した。
「だから、ワシは何もしとらんのじゃ!」
「そ、そうなんですか」
えぇ……? 何もしてないって言われても……。とりあえず、理由を聞いてみた方がいいかな。
「ひとまず、そうおっしゃる理由をお聞かせ願えますか?」
俺のせいなのだが、怒り狂ったお婆さんに落ち着いてもらうためにひとまず理由を聞こうと尋ねると、お婆さまはやはりお姉さまではなくお婆さまだった。
「それは、ワシにも分からん!」
「はい?」
もしかしたらこのお婆さん、ボケているのかもしれない。




