地獄の使い
「こ、この音楽は……!」
エリシャの様子がおかしい。頭を抱えて踞り、先程までの気丈さからはかけ離れた怖がりようだ。まるでトラウマを引きずり出されたのかのような……そんな風にも見える。
まさかこいつらが虐殺の真犯人だと言うのか? あの兵隊はここを出るときにすれ違ったが、俺には何もしてこなかったぞ?
『この状況を鑑みるに、マスターは私と一体化しているから助かったのではないかと思われます』
つまりあいつらは、人間を攻撃するってことか?
『いえ、それは一概に言えることではありません。現に彼らは私たちのことも攻撃するつもりのようです』
俺が望遠機能で兵隊たちを観測すると、彼らの武器の中にアンチメタルライフルがある。あんなものを食らったら俺の体は溶けて無くなってしまうだろう。エリシャに当たれば言わずもがなである。
小さな兵隊たちが俺たちを囲むような陣形を構築する。三方を囲まれた。
これは死ぬな。俺はそう直感した。アンチメタルライフルが構築された陣形を割って、にゅっと突き出した。
アンチメタルライフルは対戦車戦を前提に設計されたライフルだ。その名の通り、複合金属の障壁をものともせず貫通することが出来るとんでもない兵器だ。幸い、その威力の大きさに比例してライフルも巨大なので、照準するのには時間がかかる。ましてやそれを扱うのは小人サイズの兵隊たちだから、更にかかることは言うまでもない。
豹の姿に戻った俺は照準の隙を突いてエリシャを背中に無理やり乗せると、全速力で逃げ出した。
その直後、俺のいた場所が消し飛んだ。後から熱風が叩きつけられ、俺の体が揺らぐ。
今のは本気で危なかった。もう少し遅れていたら死んでいたな。幸い避けられたが、次もまた避けられるかはわからない。
更に陣形を割って、二つのアンチメタルライフルが出てきた。
広場を疾駆し、懸命に距離をとる。しかし、それは叶わない。俺が行こうとしているところには既に兵隊たちが展開していて、手に持つ銃剣で発砲してきた。
鬱陶しい奴らだ。銃剣程度では俺のナノマシンの皮膚を通すことは出来ないが、流れ弾がエリシャに当たるかもしれない。
俺はエリシャを体内に取り込み、銃弾から身を守ることにした。その方が動きやすくもなる。
反転し、兵隊からも距離を取った。広場を大量の銃弾が飛び交い、俺の体にも被弾する。俺は細やかな反撃として、体内に潜り込んだ弾丸を兵隊たちに飛ばしてやった。
被弾した兵隊たちは体を真っ二つにされながら飛んでいった。
『マスター! 来ます!』
俺は体を傾けて、殆ど倒れる形で今いる場所から離れた。するとそこにアンチメタルライフルの弾道が三つも重なり、俺のいた場所を薙いだ。
「…………」
『逃げた方がよろしいかと……』
「俺も同じことを思っていた」
俺は脱兎の如く駆け出した。反撃もせず、完全に逃げに徹する。この速度には兵隊たちも追い付かない。後ろに聞こえる銃声を無視して元来た階段を駆け上がり、出口から飛び出した。
お陰で視界が突然の光量で真っ白に埋まった。俺は回復する暇すら惜しいと止まらなかった。安全のためにもう少し距離をとったほうがいい。奴らが追跡しないとも限らない。俺は用心のためにもう少しダンジョンから少し離れた森に行くことにした。
腰を落ち着けるところまで来ると、俺は体内からエリシャを出した。エリシャは落ち着きを取り戻し、幾つかの遺品を力強く握りしめている。
「大丈夫か?」
「少し落ち着いたわ」
「あいつらがエリシャの部下を殺した犯人か?」
「……そうよ。思い出したわ。あのときもあいつらはあの音楽を鳴らしながら行進してきて……私たちを無言で撃ったの」
「ダンジョンってのはここまで恐ろしいもんなんだな。でも、何で危ないってわかってる所に足を踏み入れたんだよ?」
わかってたはずだ、と俺はエリシャに聞いた。エリシャは至極当然と言う顔をして、
「だって、そこから手に入る技術が欲しいからよ」
決まってるじゃない、と忌々しげに言った。
皮肉が効いてるなあ。エリシャは国の兵士であり、それも末端の部隊長だ。死ぬ確率が非常に高く、代えも利く。そのための捨て石なのだろう。
俺は、何かを手に入れるためには、代わりのものを犠牲にしなくてはならない、という言葉が頭に浮かんだ。普段は納得してしまいそうになるこの文句も、現状を見せつけられると、疑問が浮かぶ。末端兵士たちも立派な人間だ。末端だから死んでもいい何てことにはならない。しかし、それは誰しもが一度は考える虚構なのだ。実際は犠牲にしなくてはならない。
俺は慰めるべき言葉を思い付かなかった。
「技術か……」
確かにあのダンジョンに眠るであろう技術は、俺の予想が正しければさぞかし強力なものだ。それを手に入れれば、他国へ軍事力でも医療面でも有利に立てること請け合いである。
「軍ってことは駐屯地へ帰るのか?」
「ええ、せめて報告の義務くらいは果たさないとね。それとネモには付いてきてもらうわ。一応、ダンジョンの技術であることには変わりないし」
エリシャの目には決意の火が点っていた。
それもそうだ。俺はダンジョンで目覚めた。エリシャたちからしてみれば貴重な技術である。命を睹した偵察で入手してきました、とか言って俺を差し出せば勲章でも貰えるかもしれない。
エリシャを助けるという意味合いでも付いていくのはありだな。
「でも、その前にその格好をどうにかしたいな」
俺はエリシャのあられもない格好に目を落とした。ナノマシン製胸当てに、ナノマシン製腰巻き。もはやくっついていると形容してもいい具合だ。
「そ、そうね。この格好では何処にも行けないわ」
顔を赤らめてエリシャは胸当てをつつく。どうにかいい案がないものか。
服……か。果たしてナノマシンで作れるか? 細かい造形に拘らなければ簡単な服くらいならば作れるかもしれない。
「服の方は何とかなるかもしれない」
試しに俺はエリシャからナノマシン製胸当てを呼び出し、薄く広がるように命令を出す。その間エリシャが上半身裸になってしまったが、我慢して貰った。
ナノマシンは髪の毛ほどの厚さで胸部を十分覆える大きさになった。これを少々加工し、服に仕立てていく。
それが終わると次は腰巻きを呼び出し、同じように薄く広げていった。
エリシャが顔を赤らめて胸と股を隠している。どうせ、この森には俺たちしかいないのだから、恥ずかしがることはないのに。まあ、わからなくもないけどね。
広げたナノマシンを裁断し繋げて俺はズボンを作った。色とかもつけられたが、ここは無難に紺色にしておこう。
作り終えた服に着替えたエリシャは軽く動いてその着心地を確かめる。
「中々悪くないわね。ネモは凄いわ。何でも出来るのね」
「何でもは出来ない。現に俺は自分の名前すら忘れている」
「ありがとうネモ。まだちゃんとお礼を言っていなかったわね」
「気にしなくていい。どうせ助けるのなら最後まで助けるのが道理だからな」
「じゃあ行きましょう」
こうして俺とエリシャは、エリシャの案内で軍が駐留している森を抜けたところへ行くことになった。