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陰謀の匂い

 俺とエリシャは森を抜けて軍の駐留地点へ向かった。エリシャによると軍は四万の軍を四つに分け、それをダンジョンを中心に東西南北に配置しているそうだ。

 これから向かうのはその中の東の駐留地点である。どうしてダンジョンから離れた位置に、部隊を配置しているのかをエリシャに聞いたところ、何でも、第二次ダンジョン群発生時に攻略したダンジョンの一つに、自爆するダンジョンがあったらしい。

 可哀想な話である。

 それ以来どの国でもダンジョンを攻略するときは必ず安全圏を確保してから攻略することになった。

 道理でエリシャに助けが来ないわけだ。

 ダンジョンを攻略するのには最低限の人数で……かあ。俺のいたダンジョンではそれは無謀だな。間違いなくエリシャたちの二の舞になる。

 俺は森を抜けていった方が早いと言ったのだが、それは彼女が頑なに拒んだ。森の中に入ると生きて帰れないらしい。だから、結果として森に沿うようにして行くことになった。

 駐留地点は森を抜けた先の村を利用して作られていた。

 あくまで攻略拠点であるのか塀や堀の類いは見受けられない。しかし、その代わりに大きな物見櫓が村の二方に屹立し、厳戒態勢でダンジョンの方角を監視していた。

 俺は警戒心を与えないように、元のスライムの形になり、エリシャの後ろを付いていくことにした。このときに余分なナノマシンは何かあったときにと、エリシャには秘密に森の中に隠してきている。このとき、エリシャは、大きさも自由自在なのね、と鼻息荒く感心していた。

 エリシャと俺がが駐留地に到着すると、驚きの声で以てして迎えられた。

 行き交う兵士皆に二度見されるわ、こちらに聞こえないように小声で何かを囁かれるわ、終いには、


「エリシャ様!? 本当に生きているのですか!?」


 などと勝手に死亡認定される始末。その中でも比較的まともだったのが、


「エーロ司祭長……!」


「エリシャ様!? よ、よくぞご無事で。定時連絡がないので、てっきり……。他の者共は……?」


「エーロ司祭長…………。申し訳ありません。私の力不足で部下は全員死んでしまいました」


「それは……何とも……ですが、本当にご無事で何よりです」


 エリシャを出迎えたのは神官を思わせる格好をした老年だ。立派に蓄えた髭を手で(しご)きながら、右手の教典らしき分厚い本で大仰にリアクションをとる。

 何ともわざとらしい仕草だった。


「ですが、本当にどうやって……いえ、それよりもエリシャ様の後ろにいる奇っ怪な生き物は何なのです? 見たところ変わった色のスライムに見えますが」


「彼ですか? 彼は私の命の恩人です。彼がいなければ私も死んでいたでしょう。彼が気を失っている私を治療してくれたのです」


「こんなスライムがですか!? いやはや、エリシャ様も冗談が過ぎるようだ。大体スライム程度の知能では、我らを人として認識できているかどうか……」


 散々な言われようだ。この世界ではスライムはそんなに弱い生き物なのだろうか。俺はスライムではないが、何だか腹が立ってきた。だから一言言っておく。


「散々に言うが、エリシャの言ったことは本当だよ。俺がエリシャを治療した。覚えときな、スライムはお前らの言葉がわかるんだぜ」


「スライムが喋った……!? なんだこの生き物は? 本当にスライムか!?」


「ネ、ネモ!? 司祭長に何てことを! えっと……ネモは、スライムではなくてロボットという魔族のようです。彼が自分でそう言ってました」


「何!? 魔族だと? 魔族がどうしてこんなところに!」


 俺は魔族じゃないぞ。しれっと俺を魔族認定しているようだが、それは違うぞ。もう一度言う。俺は魔族ではないからな。


「ご心配なく! ネモはダンジョンから生まれたそうなので、正確には魔族ではありません。ですが魔法みたいなものを使うのです。斯くいう私もそれに助けられた身です。安全は私が保証します」


「エリシャ様がそう言うのなら私としても構いませんが、このことはあまり吹聴しない方がよろしいでしょう。一応、ドラ司令に許可を得てみてはいかがですか?」


「そうします。御助言ありがとうございます。では、私は一度着替えてから司令の元へ向かうことにしますので失礼します」


「丁度我もドラ司令に用があります。我が司令にそう伝えておきましょう」


「ありがとうございます」


「この度の事、心中お察しします。ですので多少の遅刻は大目に見てくれるよう司令にはお願いしておきます」


 会話を後ろで聞いていて気が付いたが、エリシャは身分の高い人のようだ。敬称や言葉遣いを聞く限りそんな気がしてくる。

 俺はエリシャの後について行きながら、向けられる驚愕の視線と好奇心の視線に耐えていた。エリシャはそんなのをお構いなく、ずんずん先へ進んでいく。

 少しは落ち着いたのだろう。エリシャは元の凛とした顔つきに戻っている。確かに部下の死は悲しい。俺もエリシャの立場なら、塞ぎ込むだろう。それを堪えて気丈に振る舞う姿に俺は少し尊敬の念を抱いた。

 やがて、エリシャはある家の前で立ち止まる。村人の民家を改良して作られたエリシャ専用の家である。

 俺は確信した。エリシャは身分の高い人間だ。

 ドアを開けて中に入ると、エリシャは迷わず浴室まで行き、予め溜めてあった水桶の前でナノマシン製の服を脱いで全裸になると水浴びを始めた。

 あの、俺がいるんですけど。


「俺も一応分類上は男になるんだけどな」


「ロボットに性別はあるの?」


「いや……生物学的な性別は無いはず……そもそも生物じゃないしな」


「じゃあいいじゃない。それに私スライムロボットに裸を見られてもなんとも思わないわよ」


「…………」


 そのロボットは元人間なんですけどね。まあ、性欲が完全に失せたので、いくら年頃の女の子の裸を見たところで何かを思うことは無い。悲しいかな、これがいいことなのか悪いことなのか俺には判断がつかないでいた。

 水浴びを終え、新しい服に着替えたエリシャは新しい髪留めで髪を結い上げる。その櫛は漆塗りが施されていた。


「この世界にも漆があるのか?」


「漆? この櫛のこと? これは私のお母様から頂いたものよ。私の宝物。今日は部下のお墓も作りに行くから、最上の礼服を着ようと思って……」


「成る程ね」


「ネモ、あなたもお墓作りを手伝ってくれない? 私一人だとやっぱり大変なの……」


「別にいいけど、それならエリシャの上司に頼んでみんなでやった方が良くないか?」


「……それは……。何か私……皆から嫌われているみたいなの……だから手伝ってくれないと思う」


 何やら分けありみたいだな。末端の部隊長に、身分の高い令嬢、そしてその令嬢は何故か嫌われている。エリシャの人格によるものではないことは明白なので、残るは身分絡みのいざこざか。

 もしかしたらエリシャが受けたダンジョンの偵察任務も何かの意図があったのかもしれない。

 これ以上は止めておこう。確たる証拠もないのに詮索するのは猜疑心の泥沼に嵌まる。


「嫌われているってどういうことだ? エリシャはいい人だということは俺が知っているぞ」


「ありがとうネモ。私弱気になってたみたい。お墓作りは報告が終わった後の自由時間にやりましょう? ……埋めるのはこれだけだしすぐ終わるわ」


 気丈に振る舞うエリシャは儚げに見える。手に抱えた部下たちの小さな遺品はとても大きなものに見えた。


「じゃあそろそろ司令の所に向かおうか」


「そうね、行きましょう」


 俺たちはドラ司令の元へ向かった。

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