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踏み出す勇気

それは、本当に偶然の一瞬。

知人とすれ違っても恐らく気づかないだろう夜の雑踏の中で、彼らを見つけた。


見たことのある―――否、飽きるほど見つめ続けた人物と、その傍らを歩む彼女を。

今日は家の関係で出かけることになったからと、彼とは夕方には別れた。自他共に彼がもてるのは知っている。でも、これは反則じゃないか。

彼女の細い腕が彼の腕に絡まっていて、時折わがままを言うように自分のほうへと引っ張る。それを彼は拒むことなく、彼女が体重をかけるままに支えていた。

彼らの醸しだす緊密な雰囲気は、誰が見ても恋人同士と納得するだろう。それほど仲睦まじい空気が二人の間にある。

何かを囁いては笑い合う、彼の表情がいつになく優しい。

見間違うはずはないけれども、見間違いであって欲しい。その願いが叶わなかった今、裏切られた感よりも切ない想いが勝る。

自分ではああやって彼と腕を組んで歩くことはできない。

あの表情を自分だけが独占できると思うこと自体が間違っていたのだろうか。

どこか他人事のようにさえ感じてしまうほど、感覚が麻痺している。

呆然と見つめる視線に気づいたのか、彼の視線が動き―――有也の顔で止まった。彼の目が驚きで見開かれるのが居たたまれなくて、有也は踵を返す。

煩いほどに活動する心の臓を中心に、身体の中を何かが広がっていくのをぼんやりと感じていた。





土曜日の昼過ぎは図書館で過ごす。それが高校に入学して以来続く、久住有也の生活である。

この私立学校付属図書館が高校生以上を対象に一般開放しているおかげで、今や読書時は子供の金切り声と縁がない。

大好きな読書を落ち着いた空間でゆったりと。

その理想的な生活を始めてもうすぐ丸二年が経とうとしていた。


「こんばんは」

図書館に入り、いつも通り返却カウンターへ向かうと顔見知りの司書に不思議そうな顔をされた。

有也が平日に図書館へ来るのは珍しく、来るとすれば新刊が入ると情報をもらったときのみだ。彼の驚きの理由を知っているからこそ、その反応に有也は小さな笑みを浮かべた。

「返すのが遅くなってすみませんでした」

一昨日の土曜日が返却期限だった本を差し出すと、彼は更に目を見開いた。毎週土曜日に顔を出す有也が本を遅れて返すことはめったにない。

「珍しいことが続くな、土曜日は来られなかったんだね。このあとは待ち合わせ?」

司書の彼が待ち合わせ相手だと想定したのは、有也と同学年の新藤祐のことだ。この図書館の付属高校の生徒である祐と有也の、仲良く並んでいる姿を見たことのない司書はいない。他の司書にも何度か感心したように言われた時も、有也はそのたびに笑って頷いてきた。

それが友情以上の関係だと知っているのは祐の先輩である司書の一人だけで、あとは誰も知らない。二人の関係は今のところ不自然には映っていないらしい。

当然祐と待ち合わせなのだろうと問う彼に、有也は笑顔を貼り付けながら言葉を返した。

「いいえ。僕は本を返しに来ただけだし、もう帰っていると思いますよ。僕ももう帰らなくちゃいけなくて……」

「あれ? 久住?」

会話を打ち破るように名前を呼ばれた。振り返った先には、祐と同じ制服を着用した生徒が立っている。

彼もまた図書館によく入り浸っている生徒で、祐を介して彼の名前を知ったのはつい最近のことだ。祐の級友という彼とは、それ以来顔を合わせば挨拶をする仲になっている。


「珍しいね、久住が平日にいるの」

近づいてきた彼に頷くと、有也は司書に会釈をしてカウンターから離れた。彼の手には携帯電話が握られているから、外に出ても構わないだろうと判断してそちらに促す。

「今日はたまたま、ね。羽丘は電話をかけに行くの?」

「ああ、これ? さっき着信に気づいたんだ。何度か着信あったから、かけ直そうと思って」

肩を竦めて応じた羽丘だったが、すぐに表情を変えて有也の顔を見つめてくる。眉根を寄せるほどの視線に、有也は思わず一歩退いた。

「顔色が良くないだけれど寝不足?」

「……うん。そんなに顔に出てるのか?」

「最初は照明のせいだと思ったんだけれど……その反応だと違うみたいだね」

カマをかけられたのだと気づいた有也は、文句を言うために口を開きかける。しかし間をおいて出たのは別な言葉だった。

「時間、ないかな?」

前触れのない申し出に、言われた側だけでなく言った側も驚いた。互いに言葉の意味を脳裏で変換し、先に行動を起こしたのは有也だった。

「ごめ……今のなしっ」

自分は何を突然言い出したのだろう。最近になって顔と名前が一致した間柄だというのに、ずうずうしい態度を取った自分に赤面する。

居たたまれなくなって背を向けた有也だったが、それは伸ばされた腕に制止された。恐る恐る振り返った先で綺麗な笑みを見つける。

「俺でいいなら付き合うよ」





『電話を一本だけかけたいから、どこかで少しだけ待っていてもらえるかな?』

申し訳なさそうに言われ、有也は慌てて頷いた。もともと電話をかけるために出てきたのだから、彼の用事が優先なのは当然だ。

外のベンチで待っているからと告げて、声の聞こえない距離まで足早に向かう。図書館のすぐ脇にあるベンチに腰をかけた途端、全身の力が一気に抜けた。

「……びっくりした」

何がって自分の行動に、だ。

羽丘とは本当に顔見知り程度の中で、そもそも二人きりで話したことがない。その彼に相談を持ちかけようとするのは、奥底で共通の知り合いに聞いて欲しかったのだろうか。

そして、もしかしたら彼の様子を聞けるかもしれない、というずるい感情が有也を動かしたのかもしれない。

俯いた有也の髪を、春風がそっと揺らす。それに促されるように顔を上げた有也は、ようやくオレンジ色に染まりだした空をぼんやりと見つめた。

「もうこんなに陽が長いんだな……」

有也と祐との付き合いはこの図書館で始まった。昨年の秋に祐が偶然を装って近づいてきたことで知り合い、紆余曲折を経て今の関係に至る。

二人の関係を知る唯一の人物は、この過程で祐から協力要請されていたという話だ。

知らないところで画策されていたというのは、正直今でも恥ずかしいものがある。


以来、図書館という空間で共に時間を過ごし、日曜日には彼と外出する。平日を弟たちの面倒で潰す有也の唯一の時間だと知っているから、祐は図書館を取り上げることはなかった。

『俺が図書館に来ればいいだけの話だろう。その代わり夜まで束縛するからな』

そう言ってもらえたときは本当に嬉しかった。しかしきっと自分はその言葉に甘えすぎてしまったのだろう。

彼の好意に胡坐をかき、自分中心に二人で決めるべき行動を決めた。その結果、祐は他の相手を選ぼうと―――いや、すでに選んだのかもしれない。

先週の土曜日に見かけた光景が有也の脳裏に浮かぶ。

祐と腕を組み歩いていた少女を、有也は以前見かけたことがあった。

外出するときの待ち合わせ場所で、祐と顔を突き合わせていた人物が彼女だったと思う。自分たちと同じくらいの年頃で、背の高い祐を見上げて何かを話していたのを覚えている。

あの時は呆気に取られた有也に気づき、祐が彼女を置いてきてくれたのだ。知り合いかと問うた有也に、彼は「知らない」と答えた。そして「道を訊かれただけだよ。気にするな」と。

明らかな嘘だと感じても、祐が言い張るのならと、有也はそれ以上訊くことはできなかった。

だが、実際はどうだろう。

その彼らが腕を組んで歩いていた。それも違和感なしに。

違和感がないように思えたのは、それだけ彼らが親密だからだろう。連鎖的に最近の祐の行動を思い返すと、そういえばと気になることがある。

ここ一月というもの、あの台詞が嘘のように土曜日の束縛はなくなり、日曜日は約束を止めたこともあった。その理由は様々で、祐も他の友人との付き合いがあるのだろうと思っていたのだが、それは前兆だったのかもしれない。

有也が祐の立場だったら、と考えた。行き場所もほぼ決まっていて単調な約束しかできない相手と、平日も会うことができて行動的な相手と、どちらがいいだろう。


「……悩むまでもない、か」

男だからとかそういう問題ではなく、そもそも自分と同じように時間を使える相手のほうが断然付き合いやすいはずだ。手間隙かけることを喜ぶ人間のほうが奇特だと思う。

暗くなる思考に溜め息が尽きない。

すっかり癖になったそれをまた無意識に零していると、目の前に缶が差し出された。視線を上げると、苦笑を浮かべた羽丘が立っている。

「お茶とコーヒー、好きなほうをどうぞ」

「あ……ありがとう。いくら?」

「俺が飲みたくて買ったんだし、久住はそれに付き合ってくれればいいんだよ」

ほら、と促されて有也はコーヒーを選んだ。両手で包んだその温かさに体から余計な力が抜けていく。

隣に座り早々と口つける羽丘とは逆に、無言で体感していた有也は手の内で転がす缶を見つめながら口を開いた。

「……今日の祐、どうだった?」

「新藤? 彼なら今日は面白いほど失敗の連続だったよ。覇気がないし、授業中はうわの空で厄介な教師に呆れられてた。そういえば提出の課題も忘れてたな。おかげで今日の放課後は居残りです」

まったく、彼らしくない。苦笑交じりの呟きはすぐに確信へと変えられた。

「原因は久住だろう? 喧嘩でもした?」

「どうなんだろう……自分でもよくわからないや」

あの日の夜遅くにかかってきた祐の電話。有也は着信を知らせる画面を見つめるだけで、結局取らなかった。

自分でも卑怯だと思う。だが、その電話で彼が何を言いたいのかを想像してしまい、あのときは不安と怯えが入り混じった状態だった。

それ以降何度か鳴っていたようだったが、有也は見ない振りをした。サイレントモードへと切り替えると部屋の隅へ放り、今でもそのままだ。もしかしたら今頃電池が切れているかもしれない。

携帯が通じなければ直接会うしかない。彼は当然そう考えるだろう。そう思って、土曜日は図書館にも来なかった。

祐を好きだと思う気持ちに変わりはない。

嫌いだと思う余地もない。

だが、それと彼の話を落ち着いて聞けるかは別問題だ。


本日何度目かも分からない溜め息をついていると、隣から小さな笑い声が届いた。顔を上げるとやはり羽丘が小さく肩を震わせている。

「ああ、ごめん。二人して隣で溜め息をつくものだから、つい……」

何が彼をそんなに笑わせたのかがわからなくて、有也は怪訝な表情を浮かべる。そんな有也を羽丘は優しい瞳で見つめた。

「久住は、言ってくれるのを待つタイプ?」

「? どういうこと?」

「例えば新藤が目の前にいるとしようか。いつも通りの態度、声。それなのにどこかが違う。そんなとき久住はどうする?」

有也は素直に言われたような状況を想像してみた。

もしもその場にいたら、間違いなく彼が何を抱えているのか気になるだろう。だが、彼から聞き出そうとする自分の姿は描けなかった。脳裏に浮かんだのは彼の傍で「何かあった?」と聞けないで悶々とする自分の姿だ。

「待つのは根気がいる。聞き出すのは勇気がいる。そして、言うのも勇気がいる」

「羽丘……」

「別に久住のことを攻めているわけじゃないよ。俺は両方の立場を知っているつもりだし。ただ、お互いに一方が勇気を出すのを待っていたら、いつまで経ってもそのままだ」

「…………」

羽丘の言い分には頷けるものがある。しかし祐が話してくれなかった過去があるだけに、素直には受け入れられない。

黙りこんでしまった有也をどう思ったのか、ふいに羽丘が軽い口調で言った。

「新藤って結構人気あるんだよ」

「羽丘?」

突然何を言い出すのだろう。脈絡のない話題転換に有也は目を瞬かせる。

「愛想は良いし、面倒見も良い。生徒会に引き込まれそうになるほど、人望もある。でも、自分のことを自分から話そうとはしない」

「……っ!」

「あいつの人気は、責任逃れをしないことに起因するのかな。だから出来ないことは言わないし、嘘をついてまで言い訳をすることもない。ただし、都合の悪いこと―――知られたくないことは黙る。聞かれない限り答えなくて済むしね。……俺も人のことを言えないけれどさ」

軽い口調を裏切る内容なのに、彼の表情はどこか穏やかに映る。

そう言い切れるまでの何かを、彼は手に入れられたのだろうか。

「疑うのは簡単だけれど、それを信じるのは自分自身でさえ難しい。絡んだ糸は解きやすいうちに解いたほうがいい」

「……それは、羽丘の実体験?」

有也の質問に、彼は肩を竦めてみせた。

「俺のことはいいんだよ。それよりも今は二人のことだろう? ほら、ちょうど当事者が揃ったことだしね」

彼が視線で示す先で、こちらに向かって走ってくる人影を見つけた。思わず立ち上がりその姿を注視する。

まさかと目を疑う有也の横で「早かったな」と呟く声があった。反射的に視線を向けると、隣の少年は笑みを浮かべて種明かしをする。

「久住を待たせているときに呼び出したんだ。結構前に学校を飛び出していったから、駅には着いていただろうね。これだけ早いのなら全力疾走に近いと思うよ」

「………」

「結局久住の話をあまり聞かないで、俺が好き勝手に喋ってたな」

「そんなことないよ、すごく助けられた。ありがとう」

「そう? それなら新藤の溜め息を何とかしてやってくれる? 隣の席で一日中されると、こっちまで沈みそうなんだ」

立ち上がり有也の肩を軽く叩くと、彼はそのまま歩き出した。祐とすれ違う瞬間、二人が短い会話を交わすのが視界に入る。

祐が目の前にいる。

それだけで鼓動が速まるほど、彼に囚われている自分を改めて自覚した。





視界の中で徐々に祐は大きくなり、ついには有也の目の前までやってきた。羽丘の「全力疾走」という言葉を証明するように、肩でする息は上がり顔にはいくつもの汗が浮いている。

有也に会うためだけに走ってきてくれた。

それだけで有也の中に巣食っていた黒い靄が晴れていくような気さえする。

ポケットから出したハンカチでその汗を拭く。無言の動作に驚いたのだろう、彼は暫くされるがまま大人しく有也に従っていた。

「……怒ってないのか?」

「それは、何について?」

「何って……そりゃ、色々と」

思い当たることがいくつもあるせいか祐が言葉を濁す。祐を評していた羽丘の言葉が過ぎり、有也はふうと溜め息を吐いた。

以前なら黙ってしまったかもしれない沈黙。だが今は自分から動けばいいと、有也はもう知っている。


汗を拭いていたハンカチを止め、祐と正面から視線を合わした。

「俺は祐がもてるのを知ってるから、もしかしたらどこかで諦めていたのかもしれない。やっぱり女の子の方がいいんだろうとか、いつでも会える人のほうがいいんだろうとか、考えるくらいに」

「有也っ!?」

「祐、聞いて。……そりゃ、あの人と一緒にいるところを見て泣きそうになったよ。嘘をつかれたとわかったこともショックだったし……何より寂しかった。でも、もういいんだ」

「………」

「自分でも甘いと思うんだけれどね。……羽丘から聞いて走ってきてくれたんだろう? だから、もういい」

真剣な表情でこちらに向かってきた祐を見たとき、会うことを躊躇わせていた感情が霧散した。その代わりに浮かんできた驚くほどシンプルな感情がある。

大切なのは自分が彼を好きだということで、彼が自分を好きかどうかは他の問題だと気づいたから。

先ほどまでの翳りは表情から消え、自然な笑顔が浮かぶ。

伸ばされた腕が背中に回され、抱きしめられた有也はその力強さに泣きそうになった。一度は失ったかと覚悟をしただけに、安堵さえ覚えてしまう。

「……痛いよ」

「ごめん、有也。……ありがとう」

「嘘をついたことに関しては怒ってる」

「……わかってる」

腕の中から睨むと、彼は神妙な顔で頷いた。

「悪かった。今回は完全に俺が悪い」

少しだけ二人の間に距離を取られ、有也は無意識に空いた手を彼の腕にかける。それに気づいた祐が、有也へと回した腕に軽く力を籠めた。


「まずは言い訳をさせてくれ。……あの時一緒にいたのは妹だ」

「妹? 祐は一人っ子だって言ってたよね?」

以前有也が弟を持っていることを羨ましがっていた祐は、自分に弟妹はいないといっていた。だから有也が羨ましいと。

「戸籍上は、な。あいつと俺たちは同い年だぜ? 当然双子じゃない」

「それって……」

「いわゆる異母妹ってやつ。あいつも俺も親父が愛人に生ませた子供なんだ。俺にはよくわからないんだけれど、結構母親同士は仲がいいんだよな。たまにああやって出かけることもあって」

「妹、さん」

「ああ。親父もよくやるよな。同時期に三人以上と付き合ってんだから。……聞いていて気持ちのいい話と思えないから、今まで言えなかった。それでおまえに嫌な思いをさせたらしょうがないな。ごめん、有也」

申し訳なさそうな表情をする祐に、有也は慌てて頭を振る。

「こっちこそ、ごめん。言い難いこと言わせて……」

「なんでおまえが謝るんだよ。有也が無理やり聞き出したわけじゃないだろう?」

「でも……」

「いつかは言うつもりだったんだ。だから、そんな顔はしなくていい」

それでも言わせたことに違いはない。

俯きかけた頬を掌で支えられ、その視線の先で祐のそれと絡み合う。

「俺は自分のことを話したりするのはうまくないし、もしかしたら俺のことで今後も有也を振り回すことがあるかもしれない。だからこれだけは誓っておく。―――二度と嘘をついて有也を傷つけたりしない。あれが、最後だ」

「祐……」

「約束する」

「……うん」

頷いた有也は今一度強く抱きしめられた。肩口に顔を埋め、互いの体がすぐ傍にあることを改めて体感する。

もう言葉は必要なかった。





帰ろうか、と祐が言い出したのは、どちらからともなく唇を合わせた後だった。

まずは駐輪場までと、その短い道のりを並んで歩く。

その途中で、彼はわざわざ生真面目な表情を作って言った。

「それから、一応言っておくぞ。おまえと付き合う前に関しては否定しないけれど、今は完全に潔白だからな」

「……ふぅん」

「……なんだよ、その反応は」

「腕組んでたくせに」

「あれは、妹だぞ?」

「そのとき俺は知らなかったの。しかも前に祐が彼女のことを『知らない人』だって言ったんだよ? 俺がどんな気持ちだったかわかる?」

恨み言を軽い睨みと共に押し付けると、案の定祐は言葉に詰まる。あちこちに視線を飛ばしたあとで、観念したように謝ってきた。

「……悪い」

「それに比べて羽丘はいいやつだよな。あまり話したこともないのに時間とってくれるし、話は聞いてくれるし」

「おい、有也」

「何?」

文句あるものなら言ってみろ。原因は祐にあるんだぞ。

強気の姿勢を崩さないでいると、とうとう祐は肩から深い息を吐き出した。

「いーえ、ありません」

「しばらくは苛めるから、覚悟しといてよ」

言ってから、有也はにんまりと笑みを浮かべた。

「そうだ、羽丘にも言っておこうかな」

「……頼むから、勘弁してくれ」

変なところでタッグを組まれては堪らないとばかりに、祐が心底嫌そうな顔をする。くすくすと笑っていると、不意に手を伸ばされた。

「? 何?」

首を傾げていると、無言のままカバンを持たない手を取られた。そのまま手を繋がれ、有也は思わず声を上げる。

「祐!」

「たまにはいいだろ」

「…………好きにすれば」

 誤魔化すためにすぐ顔を背けたけれど、きっと祐には顔が赤くなったのがばれているだろう。自分より高い位置で雰囲気が変わるのを感じる。

触れ合う指に力を籠めると、同じだけ返される。単純だけれども、それが嬉しい。

絡められた指に、有也はそっと顔を綻ばせた。




二人の関係を司書のみが知る、というのはもちろん有也の勘違いです(笑)。

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