第六話 いい意味で猫を被る
週の終わり、日曜日。
中学時代なら一日中ゲームをして遊んでいたが高校に入ってからトラウマ克服も兼ねてアルバイトをいれている。
「お、来たな」
「おはようございます。先輩」
現場に向かった俺は作業着姿の啓介先輩に挨拶をした。
「今日はどこの仕事です?」
「柱の点検と掃除と必要があれば塗装だそうだ」
「柱ですか……」
俺の目の前に聳え立つのは見上げるほど高い柱。
一般的な家屋の柱は壁に埋め込まれているため見えない。
ではなぜ目視出来るのか。
「にしてもデカイな……現地調査の時も思ったが改めて見ると格差社会を感じる」
「加羅忍家と言えば誰もが知る大企業ですからね。その本家となればこれだけの家屋を持っていても不思議じゃないですよ」
「庭も広いし建物もデカイしで、維持費が大変そうだな」
「左様でございます」
声の方に振り向けば白髪の男性が立っていた。
スーツが似合うその姿は一企業の官僚クラスの雰囲気。
「どうも。作業を請け負います拝島塗装の山本です」
「間宮です」
「よろしくお願いします」
「一つ質問いいですか?」
「はい。構いませんよ」
俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「なんで自分達に依頼を?これだけの屋敷を担当するほど大きな会社ではないですし、本来なら仮足場を建設してやる作業ですよ?」
俺が勤務する拝島塗装はかなり小さな塗装屋。
車のカラーリングや一般家屋の塗装を請け負う会社。
確かに値段はその分安く済むが仮足場を建設して行う作業よりどうしても雑になってしまう。
これだけの屋敷を持っていてなぜそこをケチったのか不思議で仕方なかった。
「確かに、家屋のことを考えればもっと大きな所に頼んだ方が良いのは分かっています。ですが、お嬢様の事を考えたらあまり大きな音は出したくはないのです」
「失礼ですがお嬢様はなにか病気などをされて?」
「病気というほど深刻なものではありませんが、生まれつき御身体が弱くこの前も体調を崩されてしまいました」
お嬢様という言葉に嫌な予感しかしないが別に会って喋るわけじゃないから大丈夫か。
「遅れました」
「ごめんちゃい」
後ろから聞こえるのは女の声。しかもかなり若い。
「麻耶が遅刻せずに来るなんて珍しい」
「え?麻耶はいつもこの時間。遅刻なんてした事ない」
どの口が言うのか。
この結月麻耶という女の子は大抵の現場で遅刻をする。
朝に弱く中々起きられないというのは本人談。
その麻耶が遅刻をせずに来た理由。
「陽キャに逆らったらこの世界で暮らせなくなる」
目からハイライトを失った麻耶を誰も声をかけない。
そこから先は地雷源。丸見えの地雷を踏み抜くほど嫌いではない。
「そうですね。私が起こしに行かなかったら今頃寝てますもんね」
「だろうとは思った」
麻耶の幼馴染みである天月時雨。
猫被りをいい意味で使いこなす秀才。
この自堕落少女が人間として生活出来るのも時雨の支援あってのこと。
もし時雨が居なかったら麻耶はナマケモノの一種として動物園に寄贈されることになるだろう。
「よし、作業を始めます。出来るだけ音は立てないように気をつけます。オレと麻耶。狼斗と時雨で作業を始めてくれ」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
男性が屋敷の中に姿を消すと社長が持って来た車から脚立などの必要な道具を取り出し作業を開始した。
「狼斗!取り敢えず柱の点検からだ!」
「分かりました」
「麻耶さん⁉︎微フィラーかかってませんけど?」
「うるさい!重いの!」
啓介先輩と麻耶は仲良くキャッキャウフフしながら作業を進めていった。
「時雨、微弾性フィラーかけといて」
「分かりました」
俺と時雨は事務的にこなしていった。
男女のキャッキャウフフなんて仕事中は不要だし、お互いに欠点がある面倒な人間。
干渉し合わなければ間に亀裂が生まれることはない。
なぜなら元々深い溝があるから。
「た、高いので、気を付けてください」
「……無理に会話しなくていいから」
「別に!無理なんて!してましぇん!」
「なんて?」
先ほどまでのビシッとした時雨はどこへ行ってしまったのか。
コロコロと表情を変えふにゃふにゃになってしまった。
時雨はもともと誰よりもメンタルが弱い。
プレッシャーに弱く、誹謗中傷に対してはめっぽう弱い
言われたことをそのまま飲み込むし、心の弱さなら俺と麻耶より弱い。
「この高さからなら落ちても死なない」
「怪我はします。作業人が減るのは死活問題です。私が出来ればいいんですが」
「その怪我するかもしれない作業を女の子にやらせらんねぇだろ」
「あ、ありがとうございます……」
別にお礼を言われるようなことはしてないんだが。
脚立に登り作業をしているとふと窓のカーテンが開かれた。
スモークガラスに加えビニールを被せているためハッキリと容姿は確認出来ないがこれだけは見えた。
スモークガラスとビニールすら貫通する綺麗な抹茶髪。
「……!〜〜」
なにか喋ってるような気もするが窓は閉まってるしスモークなため確認することが出来ない。
だが揺れる抹茶髪の長さから女だと断定。
これが男性が言っていたお嬢様なのか。お嬢様……と言っても啓介先輩より年上な気もする。
あくまで気がするだけだが。
「どうかしましたか?」
「いんや、なんでも」
俺は作業を続け下塗りが終わった。
また後日、上塗りの作業を行う。
「今日の作業は完了致しましたので窓にある保護シートだけはそのままでお願いします」
「お疲れ様です。またよろしくお願いします」
啓介先輩の後にお辞儀をし車に乗り込んだ俺はさっき見えた抹茶髪が玄関まで出てきていることに気がついたがすぐに目を逸らした。
なぜなら見目麗しいお嬢様だったから。




