No.37
今年最後の投稿です。ええギリギリでした。来年はもう少し早く更新したいと思います。
それでは皆さん良きお年をお迎えください(⌒0⌒)
No.37
ロンニャンの案内は実に相手を退屈させないよう、相手に合わせた案内をしていた。と言うよりは、自分が刃物関係の物を熱心に見ていたところから、そうした案内に切り替えたのだろう。頭の回転が速いだけでなく。観察力も高いようだ。
『どうですか? お気に召したものはありましたか?』
『鍛冶師として見るならば、どれも見るところはない。…だが、そうだな。これは引かれるものがあるな』
店先に並んでいる物はどれも数打ちをしたもの。モンスターを相手にするなら心許ない物ばかりだ。
しかしそんな中に誰かの刀剣をあとは研ぐだけのだろう。修理依頼と札が掲げられているモノがある。これも数打ちのひとつのモノであるのは見てわかる。しかしどうにも他とは違い心引かれるモノがあった。
何故心引かれるのか? 技術は明らかに自分より下だ。だが自分にはない何かがこれには宿っていた。
『これを打った鍛冶師は在宅か?』
今の自分に足りないものが何か掴めるかもしれないと店の者に尋ね。都合よくその者に会うことが出来、何か特別なことをしているのかと尋ねてみたが。
『普通に打ってるだけだぞ?』
と、そう返答を返された。本人がそう思っているだけで、他から見ればそうではないのかもしれないと思い。無理を言って打つところも見せてた。
だがモノを見てわかっていたことだが、あまりの技術の拙さに思わず口を出しそうになるくらいの腕しかなかった。
そうした鍛治師がここには何人かいた。誰も彼も技術は自分より圧倒的に下なのに、彼らは今の自分にない。刀剣鍛治師の知識にある鍛治師達が持つ技術ではない何かを、彼らは持っていたのだ。
『腑に落ちない、と言うお顔をされていますが、彼らに何かありましたか?』
彼ら自身に何かあったのだろうか? 技術的に劣っている以上はそうとしか思えないのだが、彼らは鍛治師として最高の一振りを造りたいと言う思いはあったが、だが打った刀剣は単に客に、使う者に合わせて打って調整をしているだけだと言う。
『そこ、ではないですか? 違いがあるとすれば』
『なに? どう言うことだ?』
『お客様は"鍛治師とっての一振り"を。お客様が気になった人達は"使う人の為の一振り"を。その違いだと思います』
それはわかる。だがそこにはなぜ自分には無い違いが出るのかがわからない。最高の一振りを持って使えば、使う者にいちいち合わせる必要は無いのではと。
『最高の芸が必ずしも見る者にとっては最高の芸となるとは限らない。故に見るものに合わせると、コチョウ様が良く仰られる言葉です』
『なぜそのような言葉を?』
畑は違えど、同じ創造の作り手と感じだが、違うのだろうか? 作り手であるならば常に今の自分より一歩でも、半歩でも優れたものにしたいと言う在ると思うのだが。
『もちろんコチョウ様も芸を魅せる者として、常に最高のモノをお求めになっています。ですがそれも時と場合、お客様の反応を見て、魅せるものを変えているのです』
自分が少し困惑していると、ロンニャンは例えを出してくる。
『お客様は畑を耕したいと言う者に剣を作りますか? 料理したいと言う者に斧を作りますか? モンスターを打ち倒したいと言う者に円匙(スコップ)を作りますか?』
『バカを言うな。そんなもの役に立つわけがなかろう』
何を言うかと思えば、そんな当たり前なことする筈がない。使う場所に適したモノでなければ道具とて役に立つことはーーー
『何かお気づきになりましたか?』
『……独り善がりをしていた、と言うことなのか?』
翁の言葉で刀剣鍛治師より得られる知識から、過去の鍛治師達が造り上げた、最高の一振りを上回る一振りを造ること。それが自分に課せられた使命、そんな風に思っていたが、それすらも思い上がりであったのだろうか。
『いいえ。それはそれでお客様にとって良き事。向上心持たぬ人に優れたモノは出来ないと、コチョウ様も言われていました』
こう見えて自分は器用な方ではない。愚直に。ただひとつの事のみを追うことしか出来ない者だ。二つの事柄に心血を注ぐ事など。
『二つではありませんよ。これはすべてひとつです』
『先も言ったようには器用な方ではない。最高の一振りを打ちながら、使う者に合う刀剣を造れと言うのか?」
出来なくはない。出来なくはないが、果たしてそこには自分が求める最高の一振りとなり得るだろうか…。
不安そうな表情でもしていたのだろう。ロンニャンは可笑しそうに笑ってから。
『お客様は本当に不器用な方なんですね。言ったじゃないですか。お客様が求める"一振り"と。使う人が望む"一振り"は同じに出来るんです』
『それがわからん。鍛治師が求めるものと。使うものが求めるものは一致するとは限らんだろう』
『一致させるんですよ。"使う人が求める。鍛治師が望む最高の一振り"とすることで』
ロンニャンは更に言うのだ。使う者に合わせ刀剣を打つ。だがそこには妥協は一切入れず。使う者の為の武器を、鍛治師が持てる技術の全てを注ぎ込むと。
なるほど。それもひとつの極致だ。刀剣のみに心血を注ぐのではなく。使う者が望む最高の一振りを造る。もしかしたら刀剣鍛治師の鍛治師達の刀剣もその様に造られたのかもしれない。
『もちろんそれもひとつの考えですよ。他にも答えがあるかもしれません』
『おい』
あれやこれやと言って自分を悩ませるな。本当に自分は器用な人間ではないんだ。
『ふふ、ごめんなさい。答えはひとつではないと言われているんです。悩み。考え。足掻きながら行き着いた先が自分だけの答えになると『コチョウ様が言っているか?』ーーはい』
今までの言葉が全て自分の言葉ではなく。受け売りの言葉であることに、ロンニャンは少し恥ずかしそうにしながら頷く。
例え誰かの言葉であろうとも、自分の中でロンニャンの言葉がひとつの光明となり得たのは確かであった。
ただがむしゃらに先人の技術を上回ろうと躍起になって打っていたよりは、打つ目的が明確である方が自分には分かりやすい。
"使う者の為の最高の一振り"を造る。と言う目標。
これに至る山頂は険しく高い…。いやこれは頂では決してないな。果てのない。永遠と終わらぬ道となるだろう。だがそれでも『望むところだ』と口にすると、自分の中にあったひとつの壁が取り払われた感じがした。
そこでその切っ掛けを与えてくれたロンニャンに礼を言い。何か返しがしたいと言うと。
『でしたら今度私を指名してください』
どう言うことかと聞けば。この御伽館で芸を生業とするものは、見習いの内は師事するもの。ロンニャンの場合はタツキ様より芸を習い。それをタツキ様の客の前で披露する機会を得る。そうして次第にタツキ様の客から顔を覚えられ。客から指名で芸をして欲しいと呼ばれて漸く半人前と。この人物の芸が見たいと、そう言われるくらいにならなければいけないらしい。
自分はチンロンに住むものだ。翁のように気軽に『魔境』の森の中を出歩けるような力は持ち合わせてはいない。それを指名と言われても、次にいつこれるかはわからない。
しかしロンニャンのお陰でひとつの壁を越えられたのも確かだ。それを無下にするのは礼にも反する。確約は出来ないが、自分はロンニャンに次に来れば指名しようと約束をした。
『本当ですか!? 絶対ですよ! これで私も指名してくれるお客様が持てます!』
はしゃぐように喜び。終始必ず来て指名してくださいと言われた。そんなことがあったとチンロンに戻る際翁に言うと。
『なら早めに行かんとな。なんなら明日にでも行くか?』
『…翁、自分にもやるべき仕事がある。そうそう他の集落に出歩いて行くわけにも』
『しかしそれではいつまでも礼をせんことになるぞ? 御主はそれで良いのか? 不義理とならんかのう?』
まったく痛いところを突く。
なので翁の都合等も聞き、話し合い。ひとつの仕事が終わったとき、日帰り、もしくは一泊と言う形でチューチュエへと行くことに決まった。
『まだ終わらんのかのう。あの娘さんが首を長くして待っておるぞ』
わかっている。わかっているからそう急かせないでくれ、翁。見ろ客も遠慮して、何か用事があるならそちらの用事を終わらせてからなどと言ってくるではないか。きちんと万全の形でそちらの仕事は終わらせる。だから翁の言葉は気にするな。ああ。大丈夫だ。翁は喋るの置物とでも思っていてくれと、等と話をするも、客は恐縮しながらいくらでも待っていると言って、寧ろ客の方が置物のような感じになりながらじっと待っていた。
『御主は儂にたいして大分存外な扱いをするようになったのう』
『仕事の終わりがいつになるか伝えているにも関わらず。毎日のように来てはまだ終わらんのか? 相手が待っているぞと、仕事の邪魔をするような相手に敬意などと言うものは、当の昔に置き忘れましたよ』
『本当に根が図太くなってきたのう。これも『獣の王』に選ばれ。皆のまとめ役としての自覚かのう』
使う者のために鍛冶師が打てる最高の刀剣を目指していた、その最中。刀剣の特性だけでなく。使う者側の気持ち、の様なものを理解しなくては往けないのではと思い。刀剣鍛冶師の力の一端でもある。過去の鍛冶師が打ち上げた刀剣の再現を利用し。『魔境』に住むモンスター相手に剣の振るい方を覚えてみた。
始めの内はモンスターに食い殺されそうになったこともあった。
鎚を振るうのと剣を振るうとのではまったく違うと言うのを知り。狩人衆達は日々の糧を得るため、こんな凶悪なモンスターを相手にしているのかと心底尊敬をした。
そうして仕事の合間を見てはモンスター相手に剣の振るい方を覚えていた自分だが、ある日を境にと言うことではないのだが、剣を自分の意思で振るのではなく。その剣がどう言う意味合いで造られたモノなのかと考え始めた時に。自分は剣の振るい方ではなく。剣の扱い方を覚えていた。
まあこれは仕方がないことだろう。自分は剣士でも戦士でもない、鍛冶師だ。自分の打つ刀剣をどう扱うのかが知りたがったのだ。
そして『刀術使い』や『剣術使い』ではなく。『刀剣使い』。この称号が現れたのだろう。
またこの称号が現れたと同時期に『獣の王』の称号も現れ。自分が新たなチンロンの『獣の王』心宿天王星君・心月狐と選ばれた。
『それともあの娘さんと好い中になったお陰かのう。なにやら御主に似合わぬかんざしを贈ったとか』
翁の言葉を半分聞き流しながら、自分の仕事に集中していたら、その集中をバッサリと切り捨てられたかのような言葉が耳に入り。思わず息が詰まり噎せていた。
そして仕事の手を止め。翁の方に振り向き見ていた。
『いまの御主は一人でもチューチュエへと行けるんじゃろう? 御伽館の娘っ子さん方が言うておったぞ。お連れの方がたまに一人でふらりと来られてはあの娘さんを指名して、一夜明けてから帰っていくとな。ほっほっほっ』
……か、隠していた、と言うわけではないのだが…。それでも外聞が悪い気が、いやいやいや! 決してロンニャンに問題があるわけではない。あの幼き娘はここ数年で、見目麗しき女性へと成長を遂げた。子供だ子供だと思っていたのにいつの間にかそうした間柄へとなっていた。……言っておくがこちらから無理やり手を出したわけではない。気がついたら本当に、本当にそうなっていたのだ。あの娘はそうした人の心を操る手管が巧いのだ。だからと言ってそれが嫌な気分になると言うようなこともなく。相手に不快感を与えず相手を御すると言うか。
そもそも翁に一人でもチューチュエへ行ける事を告げなかったのは、刀剣鍛冶師の力が少しずつモノに成ってきて、それに伴い鍛冶師としての技量だけてなく。モンスター相手にも引けを取らない力量者へとなってきた。そこで翁が面白半分に稽古をつけてやるなどと言い出しかねない。実際に見込みのある者。変わった力を持つ者などに声をかけ、手ほどきをしている姿を何度も目にした事がある。……そうした者達は例外なく。翁の稽古でボロボロの姿を晒していた。
『無茶な事はしとらんよ』
絶対に嘘だと。胡乱気な瞳で見つめるも。その態度は微塵も変わることがなかった。
一人でチュチューエへ行けることが知られてからも翁は変わらず来ては、まだ行かないのかと誘う始末であった。
『まるで来ん方が言い様な言い方じゃのう』
『…翁、以前から言ってるように、もうお年なのですから、そう気軽に自分の住む集落からお出にならないでください』
『ほっほっほっ。儂が気軽に外を出歩かなくなったら、それこそ死ぬ時くらいなもんじゃよ』
『獣の王』に選ばれてから更に数年。その前からも大分年老いていた翁。老人とは思えぬ覇気に満ちたお方であったが、ここ数年でその覇気が衰えているような感じがする。
『なんじゃ御主。儂が耄碌したとでも言いたいのか?』
『そうではなく。翁のようなお方が『魔境』の森で人知れず亡くなったなどと知れば。ここに住む者達がどれ程哀しむことか』
『なに。人はいずれ死ぬ。それが床の上か別の場所かの違いなだけじゃ。それに儂が死んだからと言って悲しむ必要はない。儂が死ぬと言うことは、最早儂に出来ることはこの世にはないと言うこと。儂が伝えるべきものは全て、御主達に伝えたと言うことじゃ。それは儂にとって喜びでもあるんじゃよ』
翁は慈愛に満ちた表情でそう語られた。
……この時、もしかしたら翁はご自分の死期が近いことを感じていたのかもしれないと思った。
『さて、そろそろ御主の仕事も終わったじゃろう? チュチューエへと行こうかのう。あ、儂今回一切モンスターの相手をせんつもりじゃからな。御主が全部相手するんじゃぞ。ほっほっほっ。御主の力がどのように成長したか楽しみじゃのう』
ーーーと、思ったが、人がどれだけ成長したか。そしてその成長が自分の相手になるくらいに強いのかと見定めようとしているのに気がつき。
この人の死期は少なくとも今すぐじゃない。あと百年は軽く生きる。そう思った。
ロンニャンとの関係が明るみになったからと言う訳ではないのだが、自分達の事を祝福してくれる者が多くいてくれたのたが、ただ御一人。コチョウ様、チュチュ―エの『獣の王』であるタスキ様だけからは祝福の言葉すらなかった。
寧ろ自分との関係性がいずれ辛くなる様なことすらロンニャンに話していたそうだ。何故そんなことをと、問うたことがある。
『……わからない。でももしかしたら『獣の王』としてのお力が関係しているのかもしれない』
『自分のは過去の鍛冶師達の知識と技術が模倣出来る力。翁は『気』と呼ばれる生命力を力に転化させることの出来る力。シューマは薬に関する力と聞いたが、面識がない上に翁なから聞いた限りだからな。タスキ様はどの様な力を?』
『…コチョウさまのお力は"先を知る力"』
『先?』
『コチョウさまは夢を通じて、これから訪れる明日の出来事を知ることが出来るそうなの』
『それは凄い!? 』
先が知れれば『魔境』で起きる災害などにも先手が打てる。
しかしそう便利な力ではないようで。
『見られるものすべて抽象的なものばかりだそうよ。その夢の内容から起こりうることを予測して対策をされるの』
『それでも凄い力だと言うのは代わりない気がするが、その口ぶりからするとそうではないのか?』
『夢見はコチョウさまの読み解く力にも左右される。コチョウさまご自分でも仰られているんだけど、時に間違った解釈をする事もあるから万全には往かないって』
『…うむ。なるほど。つまりお前はタスキ様が自分達を祝福してくださらないのは、間違った解釈をされているのでは、と言いたいのだな』
『…そう言う訳じゃないけど…。でももしかしたらって言う思いがあるのはたしか…』
ロンニャン自身もタスキ様から心より自分達を祝福して欲しいと願っている。
タスキ様がどの様な"未来"を見たのかはわからないが、ならばそんな"未来"を自分が、いや二人ではね除けてしまえば良いと考えていた。
『お前はいつまでかんざしを着けているんだ』
『貴方が初めて私に贈ってくれたものですよ。ずっとですよ』
『…もっと良いものがいまは作れる。今度作ってきてやるからそれを着けろ。自分で作った不出来なものを見せつけられるのは恥以外のなんでもない』
『イヤです。私はこれが良いんです。たとえ貴方がいくら嫌がっても着けるのをやめませんから』
『なら奪い取って新しいの持ってくる』
『ああれぇ~。誰かお助けを~』
『なッ!? 何を言っているんだお前は! 外に聞こえ誰か来たら!?』
『私は別に困りませんよ? 貴方とならどんな格好をしていても』
『バカを言うなまったく!』
二人は自分達の訪れる未来が明るいと信じ。互いに幸せな時間を過ごしていた。
しかし。その二人の関係を別つ、最初の原因がやって来た。
『……チュチューエの『獣の王』に選ばれた……!?』
『はい。先日行われた選定の義で、私が次のチュチューエの『獣の王』に選ばれました』
驚き狼狽する自分とは逆にロンニャンは淡々と話しをしていく。
そこには自分が知るロンニャンではなく。まるで彼女の姿をした別人の様にさえ思えた。
『現『獣の王』であらせられます。コチョウ様より正式にチュチューエの『獣の王』を引き継ぎましたら、若輩でいたらぬことはありましょうが、身を粉にし。チュチューエの為になるよう働く所存でございます』
自分にはロンニャンの言葉が決意の言葉ではなく。自分との別れの言葉のように感じられた。
そしてそれが正しいと決定付けられたのは。
『つきましては日頃よりチンロンの『獣の王』であらせられますガルド様より。この身をご贔屓して頂いておりましたが、今後はチュチューエのため働かなくてはならなくなる我が身。手前勝手な言い分となりますが。例え同じ『獣の王』様で有られましょうが、今後は正規のお手続きを致しまして、ご相手に致しとうと存じ上げます』
『ロンニャン…それでは自分とのーー』
所帯を持つ話はと続けようとするが、それが現状不可能となったのは戸惑い混乱している自分の頭でも良くわかった。
何しろロンニャンは自分に説明している最中から一度として頭を上げようとはしなかったのだ。
そこには今日初めてロンニャンを感じたモノがあった。
それは。
『ーーごめんなさい。貴方と一緒になると言う約束を守れずにーー』
そう、言葉成らず語られていた。
我知らずに拳を握り込んでいた。
ロンニャンのその態度に怒りを覚えたからではない。
彼女の対応は間違いなくこの『魔境』に生きるものであるならば、何を置いても成さねばならない役目。
それを捨て。自分と一緒になって欲しいと願うのは、このチュチューエに住む者達を切り捨てて欲しいと言っているのと同義だ。逆の立場だとあったとしても自分は同じ言葉をロンニャンに告げていたことだろう。
それ程に『獣の王』と言う役目はこの『魔境』に於いては大きな存在なのだ。
だが理解していたとしても、自分の感情はこんな役目を負わなければ、自分達はあと少しで一緒に暮らして行けていたと。理不尽な運命に静かに怒りを覚えていた。
しかしだからと言って、この怒りを何処の誰にもぶつけるところが無いと言うことにも理解している。『獣の王』に選ばれるのはその集落で、その時に必要だと思われるものが選ばれることが多いのだ。自分やロンニャンが同時期に選ばれたのは偶然なのだ。
『…そうか。わかった…。自分はお前より先に『獣の王』と選ばれたものだ。困り事があった時にはいつでも声を掛けると良い。それが互いの集落の助け合いともなろう』
『お心遣い感謝致します…』
この時の自分の言葉は間違っていなかったが、同時に間違えてもいた。
自分としての言葉ではなく。『獣の王』としての言葉をロンニャンに投げ掛けてしまった。
もっと他に言うべき言葉があった筈だ。
もっと伝えるべき言葉があった筈だ。
だが……自分の口から出てきた言葉は、彼女を『獣の王』として送り出す言葉しか出てこなかった……。
それ故にこの場にはもうガルドとロンニャンと言う男女は存在せず。
チンロンの『獣の王』心宿天王星君・心月狐と言う男と。
チュチューエの『獣の王』鬼宿天匮星君・鬼金羊と言う女が居たのみであった。
その後自分はチンロンへと戻り。自分の役目、鍛治師としてその腕を振るい続けた。…ある一定の休みがあればチュチューエへと向かっていたものもピタリと止め。休みがあれば仕事の代わりに自分の腕を研くため鎚を振るっていた。
そんな時に翁が現れ。いつものように自分を連れ出すように声を掛けた。
『あの者が今も自分が治めるべき集落で頑張っているのです。些かとは言え先達の自分がのうのうと遊び呆けていられましょうか。翁も他の集落など見に来ず。ご自分の集落をきちんと治めるべきでは?』
自分は『獣の王』として真っ当な言葉を翁に返した。
『……やれやれ。『獣の王』としての自覚、いや。ある意味自覚はしておるのかのう。ならば御主よりも先達な儂の言葉、聞くだけ聞いておきなさい。……その思いは決して晴れることはないじゃろう。唯一その嵐のような激情を鎮められるのは"時"か。"思いの主"だけじゃ。どのような道を辿るかは御主次第じゃが。しかし後悔だけはする出ないぞ。でなければ儂のようになるからのう』
まさか翁も自分と同じような経験があるのかと、鎚を振るっていた手を止め。振り返り翁を見るが、翁は既に鍛治場から出ていき。そこには翁の背が小さく。哀愁と哀しみの背中が遠く去っていくのが見えただけであった。
それ以降定期的にチンロンに訪れていた翁がパタリと来なくなった。病に倒れたと言う話は聞かず。自分が治めるべき集落で後進の育成に力を注いでいると言うのを風の噂で聞き及んでいた。
そして翁が来なくなり程なくしてからだろう。『外』の者がこの集落にたどり着くようになったのは。
初めはこの『魔境』で命からがらたどり着いた者。助け合わなければ生きていけないこの『魔境』だ。それ故に『外』からの者であっても迎え入れもしていたが。
『今日からここは俺がここを支配してやる。ありがたく思え!』
誰も彼もここが安全な場所だと知ると意気揚々と声を上げ。傍若無人な王として君臨すると主張する。そうした相手には心を鬼にして容赦なく外へ放り出さなければいけない。そうしなければここで暮らしていけないのだ。
……そう、崩す訳には往かないのだ。個人の理由でここの暮らしを崩す訳には…。
『ガルドさん大丈夫ですか!? ……ガルドさん?』
『……無頼者とは言え。ここでは死ねば皆同じだ。丁重に埋葬をしてやってくれ』
『は、はい…』
地面に無惨な姿を晒す男は、自分の力で死んだ。
相手の力を利用し。その力で相手に攻撃する。守るために攻める力。それが捲土重来だ。
集落に住む者達を守るには適している力だ。…周りを一切気にしないのであれば、辺り一面を火の海に変えるほどの力を持つ星火燎原が一番強いだろう。
だが俺は『獣の王』なのだ。皆を守る王でなければならない。
ーーそのためなら俺は、いくらでも鬼となろうーー。
ああ、そうだ。アイツも集落を守るため今も頑張っているのだ。『獣の王』としての地位にいる内は、自分はそうあるべきモノとして役目を全うしよう。
……この時だな。二つ目の原因としてあったのは。
なぜこの時『集落に住む者を守る』と言う役目が。『集落を守る』と言うものに置き換わってしまったのか。自分でもどうしてなのか分かっていなかった。
そして分かったときには、もう手遅れな状態となっていた。
『外』から来る者が定期的に訪れ。同じような問答を繰り返し。同じ結果へと終着していく。
そして少しずつ、少しずつ。自分の心に泥のような感情が溜まっていくのを感じてはいたが。それを取り払うすべがわからなかった自分は、その泥に足を取られ。身を沈められ。息も出来ぬ泥の奥底へと沈め込められていく様を苛立ちと共に感じているしかなかった。
「ーーーッ! ーーーッ! ーーーッ!」
無心で槌を振るっているつもりでも心の雑念が鍛冶に出る。
その出来はとても自分で作ったものとは到底信じられないくらい不出来なモノだった。
そしてその不出来なモノしか造れなくなった自分に苛立ち。鬱憤が溜まる。
その溜まった鬱憤を『外』から来る無頼者にぶつけるように相手を殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
殺し続けた。
『……最近のガルドさん様子がおかしくないか?』
『……ああ。なんか恐ろしいよな』
『……まあ『外』から来る奴らがみんなああだからな。仕方がないのかもしれないが』
『それにしたって、まるで鬼のようじゃねえか。モンスターと変わらねぇぜ』
『お、おい!?』
集落の者達が噂する。
その聞こえてくる方に目を向けると皆が怯えたような目をし。俺から目を背ける。
風評など構うものか。俺はこの集落を守るのだ。それを脅かすモノを殺すだけだ。
『……そうだ。守るんだ。集落を。俺が。『獣の王』のこの俺が……!』
ーーああそうだ。『守れ』。それがお前と女を繋ぐ唯一の『絆』だ。それを壊すヤツ誰であろうとぶっ壊せ! ーー
いつからだろう。黒く澱んだ感情がまるでひとつの意思を持ったかのように語り掛けてくるようになったのは。
いやそう思っているだけかもしれない。
本当はそんなものはなく。ただ自分がそう思わなければやっていけないために作り出した、幻覚の類いだったのかもしれない。
『…どちらでもいい。俺の守るモノを犯さなければ…』
フラフラとした足取りで鍛治場に戻り。夢遊病者のように槌を振るい続け。そして守るべきモノを壊さんとする者が現れれば、行って殺すと言う行動を繰り返していた。
そんな何かに取り憑かれ。同じ行動しか繰り返さなくなった自分だからこそ気がつかなくなっていた。
前はあれほど慕われていた自分に、今は誰一人として寄り付く者はいなくなり。まるでモンスターを見るかのような瞳で見続けられて居たことに、一切気がつくことがなかった。
そして、あの日だ。あのどうしようもなく。愚かな自分が曝け出された日だ。
翁の言葉に耳を傾けられなくなり。
ローニャンとの絆を信じられなくなり。
そして自分が何を守りたかったのか。それすらもわからなくなってしまった愚かな自分が曝け出された日だ。
ああ。悔やんでも悔やみきれない。
自分で自分のバカさ加減に腹が立つ!
出来ることならばこんなことなど語りたくもない。思い返さずとも腸が煮えくり返る思いだ。
だがーーだが知って貰わねばならない!
自分がしてしまった過ちを。犯した罪を。
今。この絶好の巡り合わせとも言える状況下の中で。ヤツの意識が自分から離れている今! お前に知って貰いたい! ああ。わかっている。これはただの懺悔でしかない。お前には迷惑顧みないないモノだろう。だが頼む。ここに触れられたお前だからそこ。自分に起きたことを。この結末を知ってくれ。そしてもし出来ることならーーー




