その12・真珠と琥珀
こうして、コールドストーン家は、ロス家と正式に婚約を解消した。その3か月後、エレナ嬢とアーサー・グッドウィル卿との婚約を発表し、さらにその3か月後に結婚式を迎える予定だ。
異例といえる早さだが、その裏には、ゴーディ・ロックスの活躍があった。
傷心のエレナと、彼女を献身的に支えるアーサーの姿を、噂という形で社交界に浸透させ、世論をコントロールしていた。
もともと、アルバートの噂は知られていたので、庶民から貴族まで、エレナには同情的だった。
そしてアルバートは、今回の件でその信用は失墜し、社交界での居場所を失った。
──婚約から3か月後。この日、エレナとアーサーの結婚式が執り行われる。
「ようこそおいでくださいました、ロックス様」
執事のジョンソンの案内で、ロックスは新郎新婦の控室に入った。
「ロックス様!」
そこには、正装したアーサーと、純白のウエディングドレスに身を包んだエレナの姿があった。
重ねたレースの隙間から、シルクサテンが真珠のように輝く。
エレナがロックスに歩み寄ると、ドレスの裾が優雅に揺れた。雪のようなドレスが、エレナの美しさをいっそう引き立て、ロックスも一瞬、目を奪われるほどだった。
「ロックス様に、この姿をお見せしたかったのです」
エレナがそう言うと、アーサーが歩み寄った。
「ロックス殿。この度は大変お世話になりました。あなたは恩人です」
アーサーは、ロックスと力強く握手した。
「それでは、私はこれで。おふたりともお幸せに」
ロックスは、一礼すると控室を出た。外には馬車が待っている。
「先生、どうでした? 花嫁さんは」
馬車に乗り込んだロックスに、シェリーが興味津々で聞く。
「まあね……。さ、出してくれ」
ロックスがステッキでキャビンの天井を叩くと、馬車が走り出した。
──結婚式が終わり、披露宴が、コールドストーン邸のテラスから続く庭園で行われていた。コールドストーン家とグッドウィル家の親戚一同が参加し、次々と祝いの言葉を述べた。
「コールドストーン卿。今日は最高の日ですな。両家の益々の発展を願いますぞ」
「こちらこそ、グッドウィル卿」
2人は固い握手を交わした。
「エレナ、アーサーを頼みますよ」
アーサーの母がエレナの手を包んだ。
「知っての通り、私たちは娘を亡くしております。これからは、あなたを本当の娘だと思わせてちょうだいね」
「はい……お母様」
エレナは、アーサーの顔を見てほほ笑むと、アーサーの弟ウィリアムが前に出てエレナにお辞儀した。
「エレナ嬢……いえ、姉上。どうか兄上をよろしくお願いします。ふつつかな兄ですが」
「ウィル、お前が言うな!」
アーサーが拳を振り上げる真似をすると、親戚一同がどっと笑った。
「冗談ですよ、兄上。私もこんな綺麗なお姉様ができて嬉しいんですから」
ウィリアムが笑うと、エレナも口に手を当てて笑った。
──コールドストーン家の敷地内の、小高い丘の上に、ロックスは佇んでいた。傍らにはシェリーが寄り添う。ふたりの視線の彼方には、披露宴の様子があった。
「結婚式は無事に終わったようだな」
ロックスがつぶやくと、シェリーが意外そうにロックスを見た。
「先生は、結婚式に興味がおありでしたっけ?」
「いや、ないよ。ただ、僕は、依頼が完了したのを見届けたかっただけさ。さ、行こうか」
2人は馬車に乗りこむ。御者が鞭を打つと、馬車が動き出した。
◇ ◇ ◇
──次の日。ブレッド街のロックスの事務所ではいつもの日常が戻っていた。
「先生、コーヒーですよ」
「ありがとう、シェリー。それにしても、今回の依頼は骨が折れたね。ほんのちょっぴり」
「でも、無事に終わって良かったですね」
「ああ……。ところでシェリー、依頼の手紙はないかい?」
ロックスは、コーヒーをすすりながら聞いた。
「ありませんよ、先生。お仕事が終わったばかりなんですから、少しお休みになられては?」
「……そうだな」
ロックスはカップを持ったまま窓際に行くと、外を見た。通りは、たくさんの人や馬車が、忙しそうに行き交っている。
それを眺めながら、ロックスは琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
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