その11・令嬢の蔑み
「お待ちしておりました、アルバート卿」
2人の従者を連れ、コールドストーン邸に訪れたアルバート卿に、ジョンソンが丁寧にお辞儀をした。
その様子をロックスとエレナが階上で見ていた。
「ずいぶんと体格のいい従者を連れていますね。アルバート卿は」
「ロックス様、私たちも応接間に」
──応接間に一同が集まった。
「よく来られた、アルバート卿」
コールドストーン卿が言うと、アルバート卿はうやうやしくお辞儀をし、勧められるまま肘掛け椅子に座る。2人の従者がその後ろに立った。
対面にコールドストーン卿とエレナが並んで座ると、ジョンソンがお茶の用意をし、それが終ると2人の後ろに下がって待機した。
ロックスも数歩下がったところにいる。砂ぼこりで汚れたままだ。だがアルバートは、ちらりと一瞥しただけだった。
アルバートがティーカップを置くと、ニヤニヤしながら口を開いた。
「閣下、最近は物騒な事件を耳にしますね。庶民の間でのことですが」
「ほう、そうかね。わしは知らなかったが」
楽し気な歓談が始まった。もっとも、楽しそうにしているのは、アルバート1人だけだった。エレナはうつむいたまま、父と婚約者の会話を聞いている。
アルバートは、他の貴族の噂話を、ペラペラと嬉しそうに語った。その内容は、どこそこの誰かが落ちぶれている、もしくは、誰と誰がもめている、といった内容だった。
コールドストーン卿は黙って聞いていたが、突然、話を切り出した。
「婚約のことだが、アルバート卿」
「ああ、そうでしたね。結婚式も近いというのに、その話をしてませんでしたね」
「婚約は解消してもらいたい」
「解消!?」
アルバート卿の声が裏返り、驚きのあまり椅子から立ち上がった。後ろの従者にも、動揺の表情が見えた。
「い、いったいどういうことです? コールドストーン卿」
アルバートは椅子に座りなおし、むせこんで言った。
「言った通りだ。あなたの不貞は耳にしている。しかし、わしは事を荒立てる気はない。お互い不名誉だからな。婚約を解消ということで、穏便にすまそうではないか」
「穏便……ですと? 何を勝手なことをおっしゃるのです、閣下!」
アルバートは座ったまま身を乗り出した。
「そんな根も葉もない噂で、婚約を解消など……」
「証拠があると言ったらどうだね? 不貞の証拠になる手紙が」
「そんなものがあるはずがありません!」
コールドストーン卿の合図で、ロックスは前に歩み出て手紙を取りだすと、アルバートに見えるように掲げた。
「これはあなたの筆跡ですよ、アルバート卿」
「ば、バカな! その手紙は、確かに……」
アルバートはハッとして口をつぐんだ。
「何が、『確かに』なのです? 『確かに盗んだ』と言いたいのですか?」
「うるさい! だいたい、何だその汚い恰好は? 無礼なやつだ」
「答えになってませんよ、アルバート卿。この姿は、さっき暴漢に襲われましてね。あなたの手の者の」
アルバートは怒りで真っ赤になった。
「でたらめを言うな! コールドストーン卿、何ですか、この男は。こんな無礼な者は見たことがありません」
「ロックスはわしの友人だ。彼への侮辱は、わし及びコールドストーン家への侮辱ですぞ、アルバート卿」
アルバートはいったん黙ったが、すぐにまた口を開いた。
「騙されてはいけません、そいつは詐欺師です。これは、我々を破滅させるための陰謀です!」
喚き続けるアルバートを、ロックスたちは冷ややかな目で見ている。
「ともかく、アルバート卿。婚約は解消していただけますな? 認めていただければ、この手紙は返してもよいのですぞ」
コールドストーン卿が手紙を指すと、アルバートはうつむいて怒りに震えていた。
「お前たち、あの男から手紙を奪うんだ! ……何をしている! 早くしろ」
アルバートが喚くが、従者たちは困惑して互いの顔を見合わせている。
「き、貴様らはクビだ! もういい、自分でやる」
アルバートがロックスに飛びかかる。意外に素早い動きだった。
しかし、ジョンソンが、とっさにアルバートを羽交い締めにした。
「ぐぐ、放せ。執事ふぜいが、無礼だぞ!」
「アルバート卿、そこまでですぞ」
コールドストーン卿が厳かに言った。
「これ以上は、あなたの格を落とすだけです。……お引き取りを」
アルバートの力が抜けた。ジョンソンが手を放すと、アルバートは崩れ落ち、両手を床についた。
「ジョンソン、アルバート卿はお帰りのようだ。ご案内しろ。エレナ、アルバート卿に何か声をかけて差し上げなさい」
「……はい、お父様」
エレナは、アルバートの正面に立ち、見下ろした。
「アルバート卿。私は、あなたを心から軽蔑いたします……」
エレナが踵を返して立ち去った後も、アルバートは床に両手をついたままだった。




