どうやって伝える?
朝の鍛錬を終えて着替えた後、ガルドは執務室に戻ってきた。
机の上には商店通りの地図が広げられていて、彼はそれをじっと見つめたまま動けない。
ーーー王族が放っておくと思う? 日和ってる時間なんてないわよ。
ーーーこの世界で家族を作るなんて、想像もつかないです。
リサリアとひかりの言葉が、何度も頭の中を巡っていく。
ひかりに、自分を選んでもらえるのだろうか。
貴族令嬢たちからは散々怖がられてきたが、ひかりは全くそんな素振りを見せない。むしろ信頼されている。
だがその信頼は、雛が親鳥を頼るようなものではないのだろうか。
ひかりに触れたい。自分だけを見てほしい。
こんな気持ちを、ひかりが受け入れてくれるのか。
警戒心のない柔らかな心の持ち主だからこそ、ガルドは怖気付いていた。しかも、ひかりは化粧をしないと清らかな少女にしか見えない。
ガタイのデカイ自分と、可愛らしい彼女。
……犯罪っぽい。地味にくるなコレ。
どよんと落ち込みつつ椅子に腰掛けると、扉をノックする音がした。
「どうぞ」
「失礼します。王城の方から書状が届きました」
「……そうか」
「え、どうしたんです? そんなに凹んで。珍しいですね」
執務室に入ってきた室長のシリウスは、目を丸くしてガルドを見た。
「……シリウスは、妻子持ちだよな」
「ええ、そうですけど?」
「どうやって……いや、何でもない」
「ひかりさんに振られました?」
「何でだよ。振られてない」
「そうですか。その落ち込み具合を見たら、つい」
「振られてはいないが……受け入れてもらえる気がしない……」
「ヘタレですねえ」
バッサリと、シリウスはガルドの言葉を切り捨てた。
「受け入れてもらえるように努力はしたんですか? どんなアプローチを?」
「う……怖がられるかと思うと、何もできて……ない」
「え? 何も?……そうですか?」
シリウスは首を傾げる。
ガルドがひかりへかける言葉には、好意がダダ漏れなのだが本人はまるで気付いていないらしい。
ひかりのガルドへの態度は、どう見ても好感を持っているように見える。
だがまあ、好意を示せば好意で返してくれる彼女だから、判断はつきにくい。
「……はっきり言わないと気付かないのでは?」
「シリウスもリサリアと同じことを言うんだな」
「ハハッ、副団長が言うなら確実にそうなんでしょう。頑張ってください団長。いや、辺境伯令息ガルド・エッセン殿?」
シリウスはニッコリ笑うが、瞳は貴族の眼差しだった。
ーー王族相手にどこまで出来る?次期辺境伯よ。
ガルドは、シリウスの言葉がただの激励ではないのに気付く。
謁見で、王族がひかりを認知した。
もう、ただの騎士団団長として、何も考えずゆっくりひかりとの仲を深められる時期は過ぎたのだ。
「ハア…そういうことにもなるのか」
「それはそうでしょう。応援してますよ。では、失礼します」
シリウスは一礼をして部屋を出て行った。
「はっきり……どこで言えばいいんだ?」
ガルドはますます頭を抱えた。




