夕陽が沈んだら
「やあ秋緋、それに東雲も……がんばってるみたいだね」
「よ、夜兄?なんで??」
鮫屋を覆っていた空気は元通りになり、周りに見える景色も音も戻ったところで……新たなお客様が来たわけだ。
親父が噛んでる時点で色々諦めてはいたが、まさか夜兄までお出でになるとは。
「夜くん!待っとったよー!ささ、ここ座って!なに飲む?おなかすいとるんやったらなんか食べる?あ、暑ない?はっ!水着も似合うなぁ~うふふ〜」
東雲のこの対応の違いよ。
そりゃ俺と契約状態なったのは強制で、本人の意志は無視してたけども……夜兄のことを好きなのは、お前だけじゃないんだぞ?
夜兄の為に色々持ちに行って東雲がいなくなったし、先輩のライブの方はもう本番を待つのみ。
兄弟水入らずでお話でもするかなっと。
「東雲が連絡くれてたからここに寄ったのだけど、実は今日はこの先の岩場で行われる宴に招待されてたんだ」
「月の道とかいうやつ?俺、その宴の中の儀式?で鈴鳴らす事になったんだけど……」
「そうなのかい?それは凄いね!宴の目玉だよ!それに、わたしの当主としての初宴席の仕事で見れるなんて……嬉しいよ、秋緋」
変わらないその笑顔。もうなにも我慢することなくだせる自然な笑顔だ……嬉しい。
「よくわからないうちにやることになったけどさ、そういうことなら、夜兄の為にもがんばるよ!」
「っしょ、と……秋くんは沙織里ちゃんの舞がみとーてやるだけやんなぁ?だまされたらあかんで夜くん!はい、東雲特製トロピカルドリンクやで~飲んでや~」
「なるほど…て?秋緋も隅に置けないね?」
「ばっ!ちがっ……」
東雲のやつ余計なことを!
「還りの巫女は大役だからね……わたしも楽しみだよ?」
「還りの……巫女?てか俺なんの儀式するか知らないわ……知ってるなら教えてよ夜兄」
「えっ?知らなかったのかい?ふふ……秋緋らしいといえばらしいけど。しょうがないね、この宴と儀式はね――」
ちゃんと教えてもらえる。持つべきものは優しく優秀な兄である……親父とは違う、泣けてくるわ。
夜兄いわく、今夜行われる宴は【月の宴】と言うらしい。儀式の内容はこう……妖怪と縁がある、黄泉へ降った魂を呼び、ひと時の逢瀬をするもの。
「つまり……妖怪のお盆ってこと?」
「ふふ……わかりやすく言うとそうなるかな?でも、人の世のお盆とは違ってね?月があそこを通り、沈むまでの僅かの時間だけしか会うことはできないんだ」
人のお盆は数日間、妖怪のお盆は数時間、か。
更に特殊なのが、『会える』ってことは、魂が人の世に形を成して触れ合えうことができることなんだって……さすがに人の世では、それは出来ない。
あちら側に近い存在でもあるからこそなんだけど、現れるその現象の違いで、人の世に生きる妖怪へ許されたお盆は僅かな時間のみ……ということになるんだそうな。
「なるほど……だから鈴、ね」
「その鈴はこの時にだけ使う特別なもの、もし失敗したら……還ってきた者たちと宴が出来なくなるからしっかり務めるんだよ?」
え……マジで?重大任務過ぎやしないか?
「自信持ちーや?秋くんは感じ取りやすいからリズムにも乗れるて!大丈夫大丈夫!はい、夜くんあーんして?」
「はぐっ……ん、ぅん、はひひのひからも安定してるから問題ないと思うよ」
食べながら喋っちゃいけませんよ夜兄!
てか、東雲のこの溺愛ぶり……夜兄と一緒の時、いつもこうだったのか?茨木も大概だが、甘やかしすぎな気もするんだが。
とりあえず、力に関しては、感じ取るとか安定とか自分じゃそこまで大きく変わったのかはわからないけど、先輩にもやるって言ったからにはやるしかない。
「真砂くん東雲さん、話してるところごめんね?もう少ししたら始まる……出番は最後だから初めは普通に聴いていれば大丈夫だよ」
先輩に声をかけられて、そろそろ本番らしいのでオープンテラスに移動する。でも、まだ月は出ていない。それどころかサンセット……夕陽が沈む頃合いだ。
「あっと……言い忘れてた。夕陽が沈んで、月が出るタイミング……序曲としてさっきの曲をやるんだ。始まりを告げる曲としてね」
なるほど、いくつかの曲で構成されてるってことだな。
「それじゃわたしはそろそろお暇させてもらうね?岩場の方で待ってるから、また後でね」
「よ、夜くん……俺寂しい。」
すがるように夜兄に抱きつく東雲……そんなに俺といるのは嫌なのかと!
「東雲……ちゃんと秋緋を守るんだよ?それが僕を守ることにもつながるんだから。それに、家族だからいつでも会える……よしよし」
家族だから、か。
確かに色んな意味でバラバラだった気がする俺の家。俺自身の事もあったが、夜兄からこの言葉を聞けるようになったのは、心底嬉しい。
夜兄が鮫屋を出た直後、オープンテラスでざわつく声が聞こえてきた。
ギター、キーボード、ドラムの音も聴こえる。なんでベースはいないのかと先輩に聞いたら、喧嘩して今日は来ないって言われたんだって……こんな温和な先輩と、どんな喧嘩したんだろう。
「秋くん~さみしいぃ~!」
「調子のいいやつだなほんとに……静かにきいてろ!」
よろよろと今度は俺にしがみついてきた東雲。暑苦しくてかなわないが、寂しさが伝わりまくってさすがに……放置することにした。
そして、先輩のライブがスタートする。
「きゃー!!ULAー!!すてきー!!」
「なんだ?バンド?寄ってこうぜ!」
曲が始まると、真っ先に待機していたファンの女性たちの黄色い声が上がり、音楽とその声に誘われて、浜辺を歩いていた人たちが集まってきた。
中々の盛況ぶりだ。
それもそうだろう、普段ロック系の音楽なんか聴かない俺でも、聴き惚れるレベルの演奏だ。
ひとり欠けて、ベースは打ち込み音源らしいのだが……歌声も演奏もプ、ロ顔負けだ。なんでアマチュアで埋もれてるのかわからないくらい。
「カッコいいなぁ……こんなのほぼプロじゃん」
「そらそもそも楽器が楽器弾いとるようなもんやし、普通の人間なんかより練習なり鍛錬なりながーい時間かけとるからやろ?」
「それは言ってくれるな東雲」
人じゃないのはわかるけども……先輩の方向性もあるとは思うが、世に出れない、出ない理由はあるわけだ。
観客としてこのまま聴いていたいところだが、そろそろ出番らしい。チラリと先輩と目があった……合図だ。
こそこそとステージになっているテラスに移動する。
サングラスをかけ、鈴を準備して……よし。スピーカーの裏側、観客からできる限り見えない位置に移動してっと……流石にこの状況で知らないやつが急に現れて、バンドの演奏に不釣り合いな鈴を堂々と先輩の横で鳴らしまくる勇気はない。
「みんなありがとう……最後の曲は新曲のロックバラード『Moon』……聴いて」
会場のボルテージは最高潮……そして最後にしっとりと。
裏の曲は雅楽だけど、人にはわからないんだろうな。
さて?拍子毎にと言われてるが、正直うまくできる自信はない。俺は感じ取りやすいから大丈夫だと言われ、なにがどう大丈夫なのかと疑問に思っていたが……それはすぐわかった。
曲が流れ始めたら、譜面のような雲が宙を描き流れだし、拍子が見えたのだ。
譜面とは言ったけど、音符のようなおたまじゃくしが並んでいるのではなく、光の文字の粒というか……その中の『鈴』の文字が俺の担当っぽい?弾き終った雲の譜面は消えていくようなので、流れてきた『鈴』が譜面に重なる時に鳴らせばいいみたい。
これはあれだ……音ゲー。
失敗の許されないぶっつけ本番でフルコンボしろっては鬼の所業……あぁ、先輩リアルに鬼だった。
俺にだけ聴こえてるだろう、現代の楽器と、裏で同時に演奏してる昔ながらの楽器のコラボレーションは不思議な感覚に陥らせる。霊力の流れもあるのだろうが、どこか持っていかれそうになる。
気を引き締めてやらないと台無しになる……俺の負担デカすぎない?
「不思議……親に会いたくなってきちゃった……なんでだろ、もう会えないのに……」
「俺もばあちゃんに会いたくなってきた……うぅ……」
そんな俺の苦労なんか知らない観客たちは、うっとりと聴き入ってる……曲の本質は、伝わっているみたいだ。
リーン……
曲の締め、最後の鈴を鳴らし終わった。
「みんなありがとう……また会おうね」
先輩の言葉で観客たちは我に返って、割れんばかりの拍手を送った。
「秋くんおつかれさまぁ!ちゃんとできたやん!」
「ミッションコンプリート……報酬はない、よな。まぁなにはともあれ、無事に終わってよかった」
辺りを見渡すと、そのまま帰る人もいればバーカウンターで余韻に浸っている人も見える……TALISMANのライブも成功、みたいだな。
ふと、海を見ると、夕陽は沈んで月が登っていた。
普段見ている月より、なんだか大きいような気がする。
「真砂くん、お疲れ様……ありがとう!大成功だよ!あとは宴だけだね!寝過ごしちゃだめだよ?」
片付けをし終わった先輩が来て声をかけてきたが……寝過ごす?どういう意味だ?宴はすぐやるんじゃないの?
「月があそこを通る時間は夜中っちゅうか、ほぼ明け方やで?寝落ちの匠の秋くんは起きれへんちゃうか?ひゃひゃひゃ!」
またへんなあだ名を生み出すなと……まぁでも、東雲の言う通りにならないように、がんばらねば。




