夜②
遠くで土蜘蛛が暴れているであろう音と、振動が伝わってくる。
扉の向こうの壱弥も、戻っていってしまった。結界張ってるから大丈夫!ってことらしいが……親父と結緋さんに怒られないか?これ。
無力な俺は、あの場にいては邪魔になるだけだし。言われるがままこの旧校舎に来たわけだが……まさか結果的にこんなとこに閉じ込められるとは思わなったがな……壱弥のやつめ。
「さて、と……」
いつまでも突っ立ってるのもあれだしな。探検とまではいかないにしろ、少し見てみるか。懐中電灯でエントランスを一周照らして見渡してみる。
玄関に入って正面に大階段があり踊り場に大きな窓があった。そこから両サイドに2階に上がる階段が設置されている。
パッと見、明治時代とかによくある洋風建築の大きなお屋敷みたいな造りと言ったところだろうか。さすが旧校舎、時代を感じる。普段あまり目にしないからか少しワクワクしてしまう自分がいる。
1階にいくつかある扉は施錠がされていた為、必然的に2階に上がるしかないようだ。
「2階の窓から親父たち、見えるかもしれないな」
大階段の手摺に手をかけて木でできた階段をギシギシと軋む音を響かせながら一歩ずつ上っていくと、徐々にだが、窓から差し込む月明かりに雲がかかり旧校舎内が暗闇に包まれていった。
さすがの俺も、ゾクっとするような雰囲気だ。
ヒュゥッ……と。
締め切られているはずなのに風が抜けていった感覚を全身に感じた。それを感じてから、あと一歩、踊り場につくだろう時だった。
肝試しのコースに足を踏み入れた時と似たような空気の変化、違和感……圧迫感。
俺は息を呑んだ。何故か冷や汗も出た気がする。ものすごい嫌な予感がした。
「やあ、待っていたよ」
予感的中、か……吹き抜けた風は気のせいじゃなかった。
「誰……だ?」
恐る恐る顔を上げる。
雲が晴れ始め、窓から差し込む月明かりを背にその人は立っていた。キラキラと照らされる銀色の髪、かけられた声、見つめてくる金色の瞳。男性でありながら線の細いその体格。落ち着いた着物の装いと相まったその物腰のすべてが……何故か懐かしい気持ちにさせる。
「あぁ、記憶封じをされているんだったね?あんなことがあれば仕方ないといえばそうだけど」
記憶封じ?あんなこと?すべてを知っているかのようなこの人はいったい?くらくらする頭とざわつく心。
「そんなに警戒しないでいいのだよ?家族なのだから」
にっこりと笑うその顔。わからないのに、知っている。単純に懐かしいだけの笑顔じゃない。言いようのない怖さを感じている。
「ふふ。少し綻んでるみたいだね?だからそんな顔をしてるんでしょ?」
にこにこしたまま、舐めるように俺の頭の上から足の先までじっくり観察してくる。まるで品定めされてるような感覚だ。
クソっ!なんでだ!動けない!声が出ない!
「でもまだ全部思い出していないから、わたしの事は……どうやらまだ感じている程度みたいだね」
口をパクパクさせてる俺が滑稽なのか、クスクスと笑いを挟みながら淡々と話を続けている。
「……お、まえが、座敷わらしか?」
絞りだせた声でする質問の内容がこれなのは、さすが俺といったところだろうな。
「座敷わらし?わたしが?ぷっ……あははは!!」
そりゃあ笑うだろう。いくら混乱してるとはいえ、俺が逆の立場でも笑ってる。
「ぁはーっはぁ……はぁ……久々にこんなに笑ったよ、おもしろい、おもしろいよ秋緋!」
でも、さすがに涙流して呼吸困難になるくらいまで笑わなくてもいいだろ。さすがに傷付くわ。
「やっぱり良い子に育ってくれたんだね?良かった、ますます気に入っちゃったよ」
気に入ったってどういうことだ?
「ふぅ、さてと。これ、なにか覚えてる?」
着物の裾からおもむろに取り出したそれは……玉だ。
親父が俺をだまして儀式を行わせて、当主にさせようとしたあの時の白い玉。存在をすっかり忘れてた。
【継承の赤玉】だったか?どこにしまっていたかも覚えていないくらいに色々ありすぎて記憶の隅にいっていた。忘れていたとはいえ、目の前の人物が手にしているのは、おかしい。
「すずめちゃんがいい仕事してくれたんだ。まぁちょっと油断したみたいで痛い目にあってしまったみたいだけどね、ふふ。可哀想な子だね、もっと要領よくやればいいものを……これだからメスは――」
「すずめになにしたんだ……!」
「いやだな?わたしがなにかした訳ではないよ?やったのはあのさとりの男の子だからね?でも鬼門送りなんて酷なこと、よくするよね?鬼でもないのに、まだ現し世に生がある妖怪を送るなんて……残酷」
さとり?鬼門送り?わからない単語が多すぎる。
「秋緋はこちら側のことは深く学んでいないんだったね、ごめんよ?教えてあげるね?鬼門っていうのは、妖怪の魂が廻る処なんだ。その名の通り鬼……鬼と言っても高位で力のある鬼だけに許されることなのだけど、自由に行き来できるのはその鬼たちだけ例外で、生のある妖怪たちは鬼門の中では命を吸い取られ、長くとどまると消滅してしまう場所」
すずめが消滅したってことか?ただ玉を盗んだくらいでか?
「でも安心していいよ。君のお父さんが連れ戻したみたいだからね?そのせいもあってボロボロでさっき帰ってきたみたいだけど」
鵺が言ってたことを思い出した。妖怪の魂が行くところの話。雨女の雫さんに言ってたこと。雫さんもそこに行ったのだろうか。親父が取り戻したってことはすずめは無事そうだけど、なんでこのタイミングで、鬼門に行ったんだ。
「あぁそうそう。真砂家の加護があるからあの男は行っても平気なんだよ。だからそれも、心配する必要はないよ?」
無事に戻ってきているのを確認しているのもあるし、親父のことはそこまで心配はしてないが……『さっき』……つまり、土蜘蛛が暴れ始めたその時帰ってきたって事で、『理事長と話をしていた』というのは嘘だったということになる。
それに、すずめの姿を見なくなる直前にのあいつの行動も。
「……気付いた?さとりの子、君のお友達だよ」
「本当に?壱弥……が?」
勘がいいっていうのは、そのまんま、だったんだな。
手段として使っているのもあるが、あの壱弥が鬼門がどういう場所か知らないまま、目的もなくそんなことをするはずがない。命ある妖怪や人間を鬼門に送り込むまでする理由はなんだ?
胸の奥が熱い。
実際、ざわついて揺れ動いているだろう俺の感情、なぜか抑え込まれている感覚。俺の中にいるっていう鬼のせいだってわかる。なんでこんなことをするんだ?こういう時は感じなきゃいけないだろう?
「顔色悪いみたいだけど続けるよ?彼も彼で言うところの大事な事っていうのを成し遂げるために動いていたみたいだけど、結果的にわたしに有利になる状況になってしまった」
「有利って、な、んの」
途切れ途切れにしか声を発することができない。もう俺の声は聞こえていない……聞く必要はない。
「そうだ、直接お礼をいわなきゃいけないね」
見上げていた視線を天井から俺の顔へ。
よく見ろ、目つきが変わっただろう?
よく聞け、声色が変わっただろう?
「君を、ひとりにしてくれたこの状況に」
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
今ならわかる。親父たちが付けてくれた護衛のありがたみ。
今日に限ってほんとうのオンリーワン!絶望!
「彼もここで、君となにかしらするつもりだったのかもしれないね。残念ながら、わたしの方が先になってしまったが」
気のコントロールの修行しかしてない俺には対抗手段がない。
相手が普通の人間なら、拳で一発とかあるだろうが……この人は自分でこちら側と言った。故になにか特殊なことをしてくることは間違いない。間違いないんだ。
踊り場に片足突っ込んだ状態のまま動くことは出来ず、声すらギリギリだせるかどうかの状態じゃ避けることすら不可能。
「扉に貼られた結界の札もわたしにとってはぬるいもの。すべてこちらに有利に運んでいるのは奇跡のようだよ。さとり様様だね」
コツンと。【継承の赤玉】を俺の額に押し付けてきた。
「な、にをして……」
「この玉にはね、こーんな使い方もあったりするんだ。まぁ、ごく一部の関係者しか知らないんだけど、ね」
額の玉が鈍く光を出し始める。少し熱いような。少し……いや、アッツ!
「あっ、っい!なん、だコレ?!」
燃えてるように熱い。それに意識が持っていかれるような、嫌な感覚がする。
「そういえば名乗るのを忘れていたね」
俺の額に押し当てた玉を挟むように、その人も玉に額を押し付けて静かに優しい声で語りかけてくる。
「わたしの名は夜緋呂、真砂……夜緋呂」
あぁ、そうだ。
知っている。
わかる。
結緋さんが、親父が言っていたからじゃない。
ずっと前から、知っている。
「真砂の血筋に生まれた忌み子。夜の静寂と闇をもたらす者、なんて自分で言うとなんだか照れてしまうね」
照れてるとは違うんじゃないか?その言い方、その声は。
「……戻ってきて、わたしの愛しい鬼」
まるで泣いてるみたいじゃないか、夜兄。
フラッシュバックするかのように、頭の中に場面が流れ込んでくる。まだ断片的な記憶のようだけど、チカチカと眩しい光の中にたくさんの色が溢れる。玉から発せられたものなのか、俺の頭の中で起きてることなのか……そこまでは理解することは出来なかった。
「……ん……ね」
夜兄がなにか最後に言ったような気がするけど、ちゃんと聞き取れなかった。
そして、フワッとした感覚が体を包んだ。
月の方へ向かって体が引っ張られるような感覚と、流れ込んできた記憶の波に頭の中がショートしたかのように、プツリと意識が途絶えた。




