仲直りのち…④
反転した世界――すべてが止まっている。
いつも目にしている自然の色とは違う、独特な色合いが視界を覆う。この感覚、気持ちが悪い。空中で吹き飛ばされたままの体勢だったが、ふっと力が抜けて床に叩きつけられた。
今日、俺は、何回体を痛め付けられてるんだ?満身創痍だよ。
「おー流石天使、やることが違うねぇ」
俺と天使以外止まっていると思ったが、何故か親父の声が聞こえる。キョロキョロと見回すと……頭上にいた。天井からひょっこりと頭を出している。
え、怖っ!生首?
「ふん。貴様に用はないぞ、加宮紅司郎……そんなに息子が心配か」
「ご挨拶だな、天使様よ?そらぁこの状況は見過ごせないだろ?」
天使と睨み合う逆さまの親父の頭。ニヤリと笑うと、天井からずるんっと出てきた。出てきたと言うか、これは……産まれた?
着地した親父はターミ○ーターのように全裸で、しかも女装バージョンではなく、ノーマルバージョンの親父だった。
無駄に体格がいいせいで、似合っているのが気に食わな……うわぁ……俺は座り込んでいるせいで目線がちょうどいい位置、なにこれ眩しい。
「安心しろ秋緋、天使様の粋な計らいで俺の股間は光源で見えなくなっている」
「目に毒だからな」
それは安心だな……ってそういうことじゃなくもないが、天使も一緒になってうんうんって頷いてるんじゃないよ。
それにしても、親父はどうしてそんな格好でここにいるんだ?ってあれ?廊下の先を見ると、天使の横の保健室の扉にもたれかかってるルージュの方の親父が見えた。
「簡単に言うと幽体離脱?かねぇ?」
あの一瞬でやったのはすげぇなとは思うけど、急ぎすぎて全裸ってのがいただけない、笑ってんじゃないよほんと。
「さて、茶番はここまでだ人の子よ……我らが愛し子を連れていくが、いいな?」
「なぁ?!なに言ってんだ?!」
沙織里が怒ったからか?怒ることなら今までだっていくらでもあった……それが、なんで、今?
「わからぬのか愚か者め。毎日毎日そこの小娘といちゃついていただろう、どれだけ傷付いていたかわかっているのか貴様」
悲しいような、怒っているような……複雑な表情で天使は告げた。
別に俺はいちゃついていたつもりはない。あいつが勝手にくっついてきてただけだ……いや、見る人によってはそう見えるんだろうか。と、言ってもあいつは、すずめは妖怪だぞ?沙織里もわかっていたはずだ。見た目が、人だから?
「でもあいつが、嫉妬するとか……」
「そうだな」と、天使が一言言うと、俺の体は沙織里の前まで引き寄せられ……と言うより引きずられた感じだな、これは。摩擦でやけどするかと思うほどの勢いで接近させられる。
「人の心と言うものは読めないもの……小さなきっかけで、あまりにも大きく揺れる」
「うんうん……沙織里ちゃんも女の子だしなぁ。しかもこんな思春期真っ盛りの難しい時期に……愚かな息子で申し訳ないよ……」
「ややこしくなるから親父は黙っててくれます?」
口を尖らせてブーイングして文句を言う親父。
ごもっともな意見なのはわかるが、親父が視界に入る度に気が散るんだよ。俺だって好きですずめと一緒にいた訳じゃない……だから親父に頼んだんだろうが。
「言い訳でも考えているのか?真砂秋緋。ふん……あの時のように、愛し子に誓いを立ててみるか?」
あの時っていつの話だ?お前が無理矢理脅した時の事か?今もその時と似たような状況だが……天使がそんな事言うってことは、まだ止めるすべはあるってことか?そういうことなら……。
「先に言っておくが、うわべだけの言葉では無駄ぞ?」
「そ、そんなことしないわ!心から言ってやる!誓ってやる!」
読まれていたか。
天使の癖に、悪魔みたいにニヤつきやがって……あの時は小さかったし、無知だったから許されたんだろう。
しかし、今この時、この誓いがどういう意味なのか、それがどう影響するか、完全にわかってしまっている。こういう沙汰は、他人にはガンガン行ける俺だが自分のこととなると別。
天使もそれをわかっていて、俺を煽っている。
絶対に、沙織里は連れていかせるつもりはない……だから、その煽り……乗ってやる。
「誓えるのだな?」
天使が自分の翼で包んでいた沙織里を解放する。沙織里は止まったまま。その表情が目に入ってしまった。
こんな顔をする沙織里は始めて見た。鈍感な自分が憎らしい。
そっと沙織里の肩に両手を添える……一応温かさは伝わってくる。止まっている沙織里と動ける俺と、違和感があるが仕方がない。ふぅっと息を吐き、沙織里に俺が見えているかわからないが俺はしっかりと沙織里の涙が滲む瞳を見つめる。
天使曰く「止まった世界でも、真の言葉なら届く」とのことらしい。俺としてもこの状態であれば、なんとか言葉にできるはず。
「父ちゃん耳塞いどくからっ!」
全裸のおっさんはひっこんでろ!
「沙織里、俺はすげぇ鈍い奴だってわかった……いつもそばにいたから余計に気付かなかったんだ、お前の変化に……その、ごめんな?」
あー段々恥ずかしくなってきた。目、合わせてられないわ。
俺は顔を伏せて、目を閉じて、改めて声を大にして話始めた。
コンッ――。
「俺はいつでもお前をみてるし、これからもお前だけを……ぇぇい!あれだよ!お前と一緒がいい!お前が一番なんだぁっ!」
廊下にこだまする俺の声。さわさわと中庭の木々が風に揺れる音だけが聞こ……聞こえる?
「あ、ああ、あっあーちゃん?!」
動いてるー!時間動いてるじゃんかー!おぉい!天使!どういうことだ!あ、いねぇし!親父も天使も!ああ!沙織里もパニクってるし、真っ赤だし!俺も真っ赤だけど!
「あ、いや、沙織里?これにはわけが……」
わたわたと俺が説明しようとしたら、
「わたしっ……ちが……ちがうのー!あーちゃんのばかー!!」
バシンッ!と気持ちのいい音を俺の頬が鳴らす。
なんで?
抱えていたペットボトルを床に落とし、沙織里は何処かへ走り去ってしまった。残されたのは、ひっぱたかれた頬を押さえへたりこむ俺。と、一般人には見えないが、唖然としているすずめ。
周りにいた生徒たちは、この状況をこう捉えるだろう。
あぁ、あいつ振られたんだなぁ……ってね。
心身ともにボロボロになってしまった俺に、すずめが話しかけてくる。
「あの、秋……ど、どんまい?」
……慰めが、更に俺の心の傷を深めた。
**************
「さて、茶番はどっちの事だかな?天使様」
「知れたこと……沙織里の心が乱れたのは事実だ」
「愛し子じゃなくて、沙織里ねぇ?お前も天使じゃなかったら……」
「……たらればの話はよせ、加宮紅司郎。私は私の役目を果たしているだけの事だ。貴様こそ、何が心配でワザワザ……何か隠してるようだが?」
「さぁてどうかねぇ?面白そうだとは思ったな、ははは!」
「ふん、まぁいい。私には関係ないことだ。貴様らが何をしていようが構わんが、沙織里に危害が及ぶことの無いように行動するのだな」
すうっと天使が消える。
「ま、色恋事は置いておいて……どう転ぶかはあいつ次第なんだわ……悪いな、ミカエル」
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放課後……俺はひとりで通学路を歩き、アルバイト先のコンビニへ向かう。
あの後、保健室から出てきた親父にすずめを預けた。
やけに素直だった。有難いような悲しいような複雑な気持ちだった。だって少し前まであんなにベタベタしてたのに変わりすぎだろう。
沙織里も沙織里であのまま早退したらしく、話もしてない。ちゃんと話を聞いてもらおうとメールを送ったが返事はない。涙がでてきそうだ。
「俺……ここに来てからいいこと無いなぁ……」
大きな独り言を言ってしまった。日頃の行いが悪いはずはないはずだ。きっとほかに、なにか原因があるに違いない。もういっそ、壱弥に相談してみようか。
「おはようございまーっふぶっ!」
考え事をしながら更衣室に入ったらヤンキー先輩にぶつかった。
「あ、すみません!」
「俺こそごめんね、こんなとこに立ってたから……怪我してない?」
あぁ、やっぱりヤンキー先輩は癒されるなぁ。元々今日はケガだらけではある。心も体も。
「そうだ、真砂君、頼みたいことがあるんだけど……」
ヤンキー先輩が俺に頼み事?珍しいこともあるものだなと。
話を聞くとこれが……今日受けた傷の痛みが吹き飛ぶような、心躍るお願いだったのだ。




