仲直りのち…③
「悪かった」
「ひぇっ?」
親父が放った一言に俺は驚き固まった……静寂が保健室を包む。
保健室に入ってから会話なんて無くて、元々静かだったけど……保健医らしく俺の怪我を手際よく治療して……そんな時の、不意討ちだった。
額の傷の消毒をしながら、親父は続けた。
「あー……なんて言うかだな、そのー、んんっ!」
咳払いをして照れ臭そうにしている。
消毒に使っていたピンセットを置くと、背筋を伸ばして正面に俺を真っ直ぐ見るように、姿勢を直した。
「お前が家を出るってなってまぁ、なんだ。俺は正直寂しかったわけだ、柄にもなく、な。普段もそんなにかまってやれてなかったし……それで、ここでまたお前の姿が見れる!ってなって、舞い上がって、調子乗った」
お、親父が寂しかった?そんな素振り、微塵も見せてなかったんだが……驚いて言葉も出ない。
「言葉足らずなのはわかっちゃいるんだが、中々直らないもんでな?ははは……相手がお前だと余計に気が緩んで癖がでちまう……跡取りの件も焦って、まして騙すような形でやることじゃなかった、悪かった」
「上手く話せなくてすまん」と、更に一言加えて頭を下げてきた。しばらく待っていたが中々頭を上げる様子はない。
あぁ、俺の言葉を待ってるのか。
「お、俺も、さ。親父の話、ムキになって聞かない時もあったし。もちろんこの間も……きっかけつくろうと呼び出したりしてたのわかってたけど無視してたし、俺の方こそ、ごめん」
照れ臭いから、俯いて、小さい声で俺も謝った。少しの間ふたりとも黙り、同時に顔を上げて目があった。
「反抗期っつうか……親父の息子なわけだし、そういうところは似たって言うか……」
頬をかきながら俺が言うと、親父はわしゃわしゃと俺の頭を撫で回した。その顔は笑顔、お互いに。
ひとつ問題があるとすれば、一般的にこういう状況は感動すべき瞬間に当たるものなのだろうが……女装のせいで台無しになっていることだ。バサバサと音が聞こえてきそうなまつ毛を有する目を見続けたらスンッ……と気持ちが冷めてくのを感じた。あんなこと言う親父は始めてみるし、ちゃんと謝ってくれたし、嬉しいんだけど……今一つ、素直に喜べない自分がいる。
若干もやっとした顔をしてる俺の額の傷に、親父がバシッと絆創膏を張り付けた。力加減わかってる?また血、出るんじゃない?
「よし、これで大丈夫よ。もう怪我しちゃダメよ?」
「急にルージュになるな!」
「やだこわぁい」じゃないわ!さっきまでの雰囲気どこいったよ。ほんと、こういうとこが俺の親父だわ。
治療もしてもらったし、授業に戻ろうと立ち上がった。出入り口の扉の窓からすずめの姿が目にはいる。
そうだ、すずめのこと相談してみるか。いつまでもうちにいられても困るし、親父の使役妖怪に加えてもらえないだろうか。
すずめのことを軽く説明すると、親父は保健室の扉の窓から覗いて窓際で座っているすずめを確認した。
「んー?どれどれ……あら、かわいい子じゃない?なにが不満なの?」
「かわいいからいいってわけないだろ!ただでさえ小鬼が俺の部屋にいて圧迫されてんのに!」
かわいいのは認めよう、そこに不満がある訳じゃない。
ただ、いち男子高校生として女の子と同棲してるとかダメだと思うんだよ、妖怪だけども。
その辺りに関して親父は、なにも思わないんだろうか?妖怪だって割りきってるんかな?俺の気にしすぎ?
「そんなに邪魔なの?」
はっきりと邪魔とは言っていないんだが……気持ちとしてはそうなのかもしれない。小鬼は俺が許してしまったから仕方ないとしても、これ以上流されてなんでもかんでも住まわしてたら、きりがない。モンスターハウスみたいになるのは、ごめんだ。
ため息をついて、親父は「無理矢理に使役するのはなるべく避けたいから、話してきなさい」と俺の背中を叩いた。
無理矢理だと問題があるんだろうか?使役に関しては、俺は素人だから従うしかないのだけど……親父に促され、保健室の廊下にいるすずめに話しかける。
「すずめ、話が……ん?」
体育座りしたまま、足の間に顔を埋めて、俺が話しかけても反応を見せない。俺はしゃがんですずめを覗きこみ、もう一度話かける。
「どうし……うわっ?!」
すずめの肩に手を添えた瞬間、すずめは俺に抱きついてきた。そのまま俺は尻餅を付いてしまった。
「うち、邪魔やった?いややった?うぅ~……」
どうやら親父との会話が聞こえていたらしい。
すずめはぐすぐすと泣きながら抱きしめてくる……柔らか……はっ!違う!ダメだ!また流される!
「邪魔とかじゃなくて……いつまでも風呂場の天井裏にいるのも嫌だろ?親父のとこいけば……」
「やーー!だぁ!うちは秋のとこがいい!だってうち、秋の全部しっとるんよ?背中のほくろの数だってわかるんよ?」
あ、やっぱりこいつ覗いてたな。余計においといたら危ない。
ニヤニヤ顔で「ヒューっ♪」と親父が口笛を吹く。そこはなんかフォローいれるところじゃないの?親だろ?
「それは関係ないだろっ!とりあえず落ち着いて話を聞け」
どうにか落ち着かせようとすずめの頭を撫でる。泣き声が少しおさまったところで、親父のところに行っても、俺に会えなくなる訳じゃない、と説明した。
「でも、この人危ない人やろ?」
そこはなぁ、間違ってないんだよなぁ。
見た目だけだから安心しろと無理矢理納得させようとするが、すずめはむくれたまま。俺の胸に顔を埋めて更にきつく抱きしめてくる。
「はぁ……」
親父に目配せするが役に立たない。扉にもたれてキメ顔でウィンクしてるんじゃない。
俺が困った表情をしてため息を吐いたのをすずめは気付いたのか、
「……もっかいだけ頭撫でて?そしたら、ちゃんとする」
ボソッとすずめが言った。俺は納得してもらえるならと優しく撫でてやる。すずめは頬を染めながら笑顔になっていく。
ふぅ……これで一応、言うこと聞いてくれるかな?……なんて安心したのも、束の間。
「……なにしてるの」
少し騒がしいと思ったら、廊下には生徒が複数……授業が終わり、いつの間にか休み時間になっていたらしい。
顔を上げると、沙織里がペットボトルの飲料を持って立っていた。かけてきた声も去ることながら、その表情は正に鬼のよう。
「いや、これは別になにも無いぞ?沙織里こそどうしたんだ?おや……加宮先生に用事か?」
その様子を気にもとめないで俺は、沙織里の問いに普通に応えてしまった。こういう時の俺は、とことん鈍い、大馬鹿者になるようだ。
「あ、わ、私、わたしは、あーちゃんが怪我したって壱弥くんから聞いて……聞いて……それで心配……しんぱい、して……」
沙織里の様子がおかしいな?あれ、なんだか泣きそう?俺、まずいこと言ったか?
「あ、あーちゃんの……」
「うん?」
「あーちゃんの、ばかあーー!!」
一瞬親父の顔が目に入った。「あ~あ……」と、言って呆れたような表情をしていたかな。
そう、こうして俺は吹っ飛んでいたのだ。




