12. 浅はかさの欠片もない家族
レイアはこれから行く修道院はどんなところだろうと胸を膨らませていた。修道院、修道女が神に祈り、神に身を捧げた者が集う。清貧を旨とする建前の元、如何なる浅まし・浅はかワールドが繰り広げられているのだろうか。人の欲望を無理くり抑えたことで滲み出る浅はかさ。期待できるなとレイアは目論んでいた。
そんなこんなしていると、馬車の音の他に、けたたましい音が近づいてきた。早馬かな、パカラッパカラッというよりはダダダダッと地を駆る音がする。その馬はレイアの乗っている馬車に用があったようで、並走してきた。
「どこに行く気だ」
「ゲオルク様……!」
馬の乗り手はゲオルクだった。レイアはあれ?結婚式は?と想定外の事態に目を丸くした。
「修道院です」
レイアはゲオルクは馬に乗ったまま会話を続けるのかと思った。
「……あなたはそれでいいのか」
「何をおっしゃりたいのかわかりません」
レイアはにっこりと笑った。
「それより、フローラはどうしました?」
「お引き取り願った」
「……そうでしたか。ご迷惑をお掛けいたしました」
「あなたのせいではない!」
ゲオルクは柄にもなく大きな声を出した。
「話は聞いた」
「どのようなお話ですか?」
「あなたが家族からどのような待遇を受けていたのか、だ。デーテも心配している」
「……私にとってあの家は悪くありませんでしたよ」
レイアは自嘲気味に笑った。あの浅はかさは自分の身の丈に合っている泥沼だった。
「……本当に?」
ゲオルクは心底驚いたようにレイアを見つめた。
「ええ、心の底から思っています」
レイアははきはきと述べた。
「あんな仕打ちを受けて?」
レイアが偽っていないか確かめるようにゲオルクはまじまじと見つめた。
「はい」
レイアはゲオルクと目をガッチリ合わせた。
「親に娘と思われず、尊重されず?」
痛ましそうにゲオルクはレイアを見つめた。
「ええ……」
レイアはゲオルクが何を言いたいのか、わからなかった。ただ一つ、伝わったことは、ゲオルクはあんな家族で可哀想とレイアを憐れんでいることだ。気に食わないとレイアは思った。レイアは人並み以上に見栄っ張りで、そして、プライドが高かった。
「……そうか、わかった」
何がわかったのか?とレイアは呆れるようにゲオルクから目を逸らした。
「式場に来てくれ」
「何をなさるのですか?」
「結婚式だ!」
ゲオルクは焦れたように叫んだ。
「その格好で、ですか?」
ゲオルクの格好は新郎らしくはあったが、髪も乱れ、服もひどく汚れていた。なりふり構わずレイアを探したことが窺える。私も人のことは言えないがなとレイアは思った。レイアも修道院に行くに相応しく、結婚式には相応しくない、質素で地味な格好をしていた。
「俺にとっては結婚したという事実が大事だ」
どうやらゲオルクはとってもとっても焦っているらしい。レイアは慌てふためいてる姿は胸がすくなぁとのんびり思っていた。
「それとも……、そんなに俺のことが嫌いか?」
ゲオルクは眉を寄せ、目を伏せた。自信のなさそうな様子である。自信がなくとも人は行動できるのだなぁとレイアは思った。
「…………嫌ってはおりませんよ」
レイアは名状し難い笑みを湛えた。嫌ってはいない。好いてもいない。ゲオルクのことは浅はかさや浅ましさの欠片もない善人だと思う。だからこそ、どーでもいい。
「式に参りましょうか」
レイアは他人事のように自分の結婚式に行こうと言った。
「いいのか……」
「ええ」
レイアはゲオルクの屋敷とまだ見ぬ修道院を天秤にかけていた。レイアにとっては見知った屋敷の方が重かったようで、結婚を承諾したのだ。また、憐れまれるよりは乞われる方がマシとのことらしい。
そして二人は結婚した。片や乱れたタキシード、片や質素で地味なワンピース。それでも、ゲオルクは満足そうだった。