砂漠の国のコボルト
謁見の間にはこちらが通ってきた扉の他、玉座の脇にも扉がある。
そこからリアスティーゼ王国の主君が出入りするのだろう。
十数秒ほど待つと扉の蝶番が軋み、人の気配が玉座よりも下段、左側の手前あたりまで移動して止まった。
「アレクシウス陛下の御入来である」
頭ごと視線を下げているため、見えてはいないが… 近衛兵たちが一斉に臣下の礼を取ったのか、金属質なプレートアーマーの擦過音が聞こえてくる。
少しの間を挟んで、国王と思しき人物が玉座へ進み、腰を下ろす音も耳に届いた。
「苦労をかけたな、エルネスタ」
「はッ、フェリアス領よりただいま戻りました」
「卿より嘆願のあったイーステリアの森に係る聖域化、準備をしておいた」
「ありがとう御座います」
微かな身動ぎに伴う衣擦れを聴覚が拾い、元より頭を下げていたエルネスタがさらに一段、低い位置にする光景など脳裏を掠めていく。
「戻ってよいぞ」
「はい」
短い言葉を交わした後、足音を追うと… 流麗な動作で身を起こした彼女は臣下の列に加わったようだ。
「で、其方がフェリアス領の森に棲むコボルトの長か、おもてを上げよ」
「…………」
一度目の言葉に対して、俺は頭を僅かに上げるのみに留めた。傭兵時代の際は素直に顔を向けてしまい、団長殿にこっぴどく叱られたのさ。
「…… おもてを上げよ」
二度目の言葉で顔を見せるが、まだ視線は合わせない。
「クルォオ ワゥアォオン、グルァ『初めてお目に掛かります、陛下』」
ここまでの所作により、列席する臣下から起きたどよめきを聞き流して、最初の返答を済ませた後に王の姿を視界へ収める。
人の良さそうな、それでいて威厳もある男が不思議そうな表情を浮かべていた。
「…… 貴公、東方諸国の出身か? 素振りだけ見ると砂漠の国々の者だな、あの辺りは砂コボルトたちの棲まう土地であったと、朧げに記憶しているが……」
「グゥ、グゥガァウオ ウォルフォウア ウォアン
『いえ、旅の人間から聞き齧った作法に過ぎません』」
「ふむ、王城に来てもらったのは他でもない、黒雨のアルヴェスタ討伐への協力をしてもらうためだ、グレイオ」
王から見て右列の直近に立ち、鋭い眼光を飛ばしていた白髪の宮廷魔導士が歩み寄り、俺に三通の書状を見せる。
其々の末尾には王都の枢機卿とフェリアス公、リアスティーゼ国王の署名が成されていた。
「銀毛の犬人殿、既にイーステリアの森は一部聖域となっている。ただし、フェリアス公の付帯事項により、近隣住民の立ち入りは認められているがな」
ヴィエル村の連中か… 何とはなしに亜麻色髪の少女を思い出す。
あの村は地理的に木材加工と狩猟により生計を立てているはずだ。
それを排除するのも気が引けるし、長期的に考えればルクア村のように交流が持てる可能性も高い。
「クルゥオァン、グァオル『構いませんよ、魔導士殿』」
「では、この三通の書状は聖都ヴェリタスへ送ろう。以後は教皇府で保管されることになる」
続けざまに老魔導士は “誓約書” も取り出す。
「貴殿の要望に従い、新たに用意したものだ。確認するといい」
手渡された書面には黒雨討伐につき、真摯な協力が得られた場合の報酬や、誓いを破った際の代償と王の署名が記載されていた。
群れの生活圏を聖域指定するにあたり、臣民への告知や不可侵など、こちらが提示した内容も含まれている。
「この条件で依頼を引き受けてもらうことになるが、良いな?」
再度、文面を精読してから頷き、老魔導士に戻せば、彼の御仁は恭しい態度で誓約書を王の元まで運ぶ。
「アレクシウス・ブレンベルクの名を以って、ここに承認する」
自身の魂に刻み込むため、誓うべき事柄の要約を王が述べて、最後に魔力を流すと青白い光が一瞬だけ羊皮紙に灯った。
「さて、これで当初の用件は済んだが、私は犬人族を見るのが初めてでな、貴公に些か興味がある」
何やら前触れもなく、王の雰囲気が軽いものとなり、明け透けな好奇の視線を向けてくる。おかしい、どうにも嫌な予感がするぞ。
「脆弱な脅威度E+の魔物に見えないぞ、まったく違う印象ではないか」
「この者はハイ・コボルト… いや、もっと先に進んでいるため、類まれな体格を持つに過ぎませぬ」
こちらと同じく、面倒事の予兆など感じた老魔導士が話の腰を折ろうとするも意に介さず、愉快気な主君は止まらない。
「なればこそ、力量を見たいのだ!」
「恐れながら… 彼と交わした誓約には含まれておりません」
至極、もっともなエルネスタの指摘に王が瞑目する。
「では、御前試合に応じれば “世界樹の種” を与えよう」
唐突かつ予期せぬ言葉を受け、ピクリとケモ耳が動いてしまう。
本物なら国宝級の貴重品だ。
種そのものに霊薬としての効能はないが、葉はありとあらゆる薬の代替となるし、森そのものを育む効果もある。
「……よろしいのですかな、あれを与えても」
「グレイオ… 卿も散々試した挙句、芽吹かせる事ができなかったはずだ。まだ未練でもあるのか?」
確かに、人族が種を発芽させた事例はないに等しい、皆無ではないものの世界樹を育てるのは森人族、所謂エルフだ。
地図によると俺たちの棲むイーステリアの森から、そこまで遠くない土地にも森人族の領域がある。
どういう経緯で王国に種があるのかは知らないが、これは連中にとっても貴重極まりない物だ。所持していれば、何かしらの交渉材料になり得る。
「グルヴォルファ、ガルォアァオン『その御前試合、引き受けましょう』」
“貰えるならば貰っておこう” という結論に至り、俺は老魔導士が王を諫める前にそう切り出した。
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