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流血病の蔓延の兆しと征嵐の魔女

「お母さん、雨だよッ」

「そうね、洗濯物をしまい込まないと……えッ!?」


話しかけながら、幼い息子に視線を向けた若い母親が硬直する。

空を見上げた息子の顔にかかる雨が赤黒かったためだ。


「…… お母さん、何か、気持ち……わる…ッ」

「ゼノスッ、しっかり……し…てぇ…ぅあッ……ッ」


倒れる息子を支えたまま母親も力が入らずに石畳の上に身を伏せる。その歪む視界の先では同じように通りを歩いていた人々が路上に横たわっていた。


…… 七つの災禍の一体である黒雨のアルヴェスタの発生が王都セルクラムで初めて確認された次の日、王都の至る所で散発的な黒い血の雨が降り、千人以上の人々が流血病に倒れることになる。


おかげで各区画の聖堂教会はさながら戦場のようである。


「いいかッ、絶対に罹患者の血に触れるんじゃないぞッ!感染するからなッ!!」


「ッ、司祭様ッ!! 聖属性魔法が効きませんッ!!」

「そんなことは分かっている、過去の事例でも無理だったじゃないか!!」


「く、苦しい……、た、助けて……ッ」

「じゃあどうしろっていうんですかッ!?」


「…… 祈るしかないだろう。罹患者が末期になって死ぬまで一月ほどの時間がある…… その間に主の奇跡が起きることを願おう」


「「「…………」」」


司祭の言葉で修道女たちは悟る。

自分たちにできる事はあまりにも無いのだと。


最初にこの大陸でアルヴェスタが姿を現してから二百年、流血病の患者で助かったものは極少数である。それも治療行為の結果として回復したのではなく、自然回復によるものだ。


聖堂教会の治療施設の中、ベッドで苦しみ、呻き声を上げる人々の中心で一心不乱に祈りを捧げる彼らはある意味、滑稽以外の何物でもない。


現場視察に訪れた次席の宮廷魔導士はその様子を冷ややかに見つめていた。


「祈る以前にやるべき事があるのにね……」


基本的にこの大陸における医療行為とは薬草や聖水を併用した聖属性の治癒魔法だ。しかし、それだけで万病が治るはずもない。


では、治癒魔法が効かなかった場合どうなるのか?

その答えは眼前にある。


つまり、苦しみの中で司祭たちに囲まれて祈られるだけだ。

そして、大抵の場合はそのまま死んでいく。


最後を看取った家族の中には、その光景を許せない者も当然に存在し、彼らが心血を注いで薬学や魔法以外の治療手段を追求したものは医学と呼ばれる。


宮廷魔導士のエルネスタも医学を志す者の一人だ。


何の因果か、彼女は風属性魔法しか使えない。義父の勧めで入学した王都の魔術学院で一通りの属性魔法を習ったが全て失敗した。


そんな彼女が宮廷魔導士を務めるのは魔導士長である義父の七光りという訳ではなく、王城内でそんなことを思う者など一人もいない。彼女の風属性魔法はあまりにも規格外だったからだ。


ただ、それで彼女が満足するわけもない。


もしもの時に “救えるはずの命” を失ってしまえばきっと後悔する。それが大切な人だったら…… と考えたエルネスタが目を付けたのは医療技術だ。


ただ、治癒魔法の利便性から医師よりも司祭の方が医療者として格上に扱われ、医者は日陰者であるが……



“治癒魔法が効きません”

“…… 皆さん、祈りましょう!!”



という諦めの良さは持っていない。

できる限りの悪あがきをするのが医師だと彼女は考える。


「さて、ここで得られる情報はこれまでね。王城に戻りましょう」

「はい、エルネスタ様」


彼女の部下は上司が “患者の血液を採取して持って帰る” (など)と無茶を言いださなかった事に内心でほっとした。


それを彼女が言い出したら、何としてでも阻止して王城に持ち込ませるなとの指示を宮廷魔導士長から受けていたのだ。


「…… 私だってひとりの人間だから感染のリスクは考えるよ。もし大切な人が病に倒れたら手段を選ばないけれど、現状で命を賭してまでとは思わない。君は見知らぬ誰かのために命を懸けられるの?」


「…… そんなことはしませんね」


「よかった…… 君が肯定するなら、義父に解任を進言するところだったよ」


にこやかに彼女は笑う。

外見だけで言えば、銀髪碧眼の美女なのだが……


「理由を聞いても?」


「己の命を大事にしない奴ほど、多くの人を巻き込んで自滅すると思うのさ、私はね」


軽い口調でそう言うが、きっと自分が答えを間違えていれば明日から無職になっていたと思うと、魔導士の彼は重いため息を吐くのだった。


「ため息なんか吐いてないで、しっかりする! これから忙しくなるからね、これが彼の病魔の仕業で文献の通りになるとすれば、これから暫く毎日千人程度の患者が出るはずよ」


「……余計に気が滅入りますよ」


アルヴェスタはこれまでの記録によると人口数万以上の大都市へ唐突に姿を現し、赤黒い血の雨を散発的に振らせて、流血病を流行らせる。


その被害者は聖堂教会の聖職者から始まり、初日に百人程度、その次の日からは毎日千人程度の被害を出し、最終的に約二万人の感染者を生み出してから忽然と姿を消すのだ。そして、罹患者の90%以上がアルヴェスタが去ってから、一月前後のうちに亡くなる……


「ならばこその早期対策、アルヴェスタ関連の資料は大図書館からもう執務室に集まっているの?」


「それは、大丈夫だと思いますけど、例のヴィエル村に現れた人語を解するハイ・コボルトの資料は冒険者ギルドの持ち出し手続きがありますので、もう少しかかります」


「そっちが割と本命だから急いでね」


それだけ言うとエルネスタは踵を返して、聖堂教会を後にするのだった。

読んでくださる皆様には本当に感謝です!!

ブクマとかで支援して頂けると小躍りして喜びます!!

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