王都の異変
リアスティーゼ王国フェリアス領に含まれるイーステリアの森にて、コボルトたちがささやかな文明開化を果たしていた頃、その王都ではある事件の幕が開かれようとしていた。
そう、ここ200年の記録に残る限り、それは必ず聖堂教会から始まる。
「…… あら、雨かしら?おかしいわね、空は晴天なのに」
時刻は昼過ぎ、夏の日差しが燦々と芝生を照らす。
日差しの中、礼拝堂から宿舎へと修道女のエレンは敷地内を歩いていたが、その額に何か雨のような液体がぽたぽたと降ってきたのだ。
彼女は何気ない動作でその額を手で拭う。
「えっ!? 何これッ…… 血?」
自らの指に付着した赤黒い液体に驚いたエレンはそれが直ぐに血液であると気付く。
この時代、聖堂教会は傷病を聖属性魔法で治癒し、寄付と称した治療費を稼いでいた。又、生命を救うという行為を宣伝して社会的地位や権力も得ている。
勿論、彼女の所属する教会も例外ではなく、治療行為の際に血を見慣れていたのだ。
「空から、血が…… ッ、黒い雨ッ!!」
エレンがそれに気付いた時にはもう遅い。
「あぅ、うあぁ……、ぁ……」
急激に身体がだるくなり、力が抜けてその場に倒れ込む。
次には高熱が襲ってきて、その思考を蝕んだ。
「エレンッ! どうした、大丈夫かッ!!」
「「エレンッ!!」」
その異変に気付いた同僚の修道女たちや助司祭が駆け寄ってくる。
「だ、だめ……、建物の、中……避難、して……」
彼女は何とかその言葉を絞り出したが、状況を理解しかねた同僚たちは止まらない。そして彼らの頭上にも血の黒雨が降る。
「なッ、血の雨、まさか…… アルヴェスタなのか?」
「あたし、血がかかって、う、嘘ッ!? 死んじゃうのッ?」
「い、いやあッ!」
助司祭と共に黒い雨を受けた修道女が取り乱す。
聖堂教会に属する聖職者で “黒雨のアルヴェスタ” が何を意味するのかを知らない者はいない……
何故かといえば、彼らが惨劇の場所に選ばれた都市で最初の犠牲者となるからだ。その情報は国内外の聖堂教会の全員に伝達共有されている。
「落ち着きなさい、まだそうと決まったわけでは……、ぐッ、あぁう!」
「助司祭様ッ!ッ、うぁあ……うぐ…ッ」
「あ、あぁ……ぅ、あ……」
エレンを助けようとした3人も身体から力が抜け、立っている事さえままならず地に伏せ、高熱に苛まれていく。
…… そんな彼らを見下ろす虚ろな瞳がある。
王都の荘厳な礼拝堂の最も高い尖塔、その上に晴れ渡る空と対照的な黒衣の怪人が佇む。黒づくめで性別は不明、その顔は不気味な白い仮面で覆われている。
その仮面をよく見れば、眼孔の向こうに潜む狂気に気付けるだろう。
もっとも、彼の姿に気付いたものなどいないのだが…… 人は歳を重ねると意外と空を見上げなくなるのだろうか?
「カ、神ヲ語ル、グ、愚者二、サ、裁キヲ」
黒衣の怪人は仮面越しに奇声を漏らす。
だが、彼の声を拾う者もそこには存在しない。
その日、リアスティーゼ王国の王都セルクラムにある国内最大の教会施設で聖職者を含む百名以上が重篤な病に倒れる事件が起き、危急の報告が王城へともたらされるのだった……
……………
………
…
「これは本当の事なのね…… 間違っていたら承知しないよ?」
「は、はい、この内容で間違っていたら刑罰に値しますッ! 最初の患者が聖職者であることも過去の事例に一致しますし、その可能性は高いかと……」
これは間違いなく一大事で、むしろ間違ってくれていた方がよっぽど良いわけなのだけど…… と、部下から報告を受けた宮廷魔導士エルネスタ・エルバラードは内心でため息を吐く。
「確かに、周期的にアレが現れてもおかしくない、偶々、うちの王都だったというのもあり得る範疇…… 分かった、義父には私から説明するよ」
「エルネスタ様、直ぐに此方も魔導士を派遣して被害状況の確認をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
暫し考えて彼女は指示を出す。
「感染源が血液なのは分かってるよね?もし、本当に流血病だとしても体中から血を噴き出すのは末期のみだけど…… 十分に気を付けて。それと罹患した者たちの隔離も徹底すること!」
「はいッ!」
「後、どうせ緘口令が敷かれるから、関係者に口止めもしておいてね」
「分かりました、では失礼します」
軽く頭を下げて一礼し、部下の魔導士が執務室から退出すると、エルネスタは机上に上半身をぐでーっと投げ出す。彼女の奇麗な銀色の髪がそこに広がり、窓からの日差しを受けて輝いた。
「よりによって、アルヴェスタかよぅ…… 七つの災禍の一角じゃないか」
七つの災禍とは、現状でその存在が確認されている脅威度Sランクの魔物の内、特に人類が危険視する存在をいう。
いや、明らかに魔物じゃなさそうなのも混じっているので、一概に魔物とも断言しがたいのだが…… 病を振りまくモノ “アルヴェスタ” も人語を話すことが確認されているあたり、純粋な魔物とも言えない……
しかし、彼女とて冒険者をやっていれば、最高位の “緋金” に成れたかもしれないと噂される “征嵐の魔女” だ。
一切の遠慮なく、全力で征嵐の魔法を両腕に纏わせて、メリケンサックで武装した拳を叩き込めば、この王城を吹き飛ばせる自信なども持っている。
それをやったら、彼女の義父にこっぴどく叱られることは自明だが……
さらに彼女個人では無理でも、リアスティーゼ王国の次席宮廷魔導士である自身と配下の近衛魔導騎士中隊二百名を以ってすれば、脅威度Sランクの討伐も夢ではないのかもしれない。
何せ、過去の大英雄や大賢者はやってみせたのだから。
因みに、彼らの大半も国家の支援を受けて、軍と共に討伐を成していた。
「う~、面倒だ」
ただ、黒雨のアルヴェスタは特に厄介な災禍であり、彼女は頭を抱えてしまう。
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